ジリリリリリリリリリリッ!
ジリリリリリリリリリリッ!
ジリリリリリ、ガシャッ
寝ぼけ眼で目覚ましを止めた雄真は、カーテンから除く朝日に目を細めた。
「…もう朝か。
ほとんど寝ていないような気がするな」
目覚まし時計は、午前6時を指している。
今日は休日だ。入学したばかりの自分が見たら、正気かと疑うだろう。
この一ヶ月で、それほどまでに雄真の生活は一変していた。
机に目をやると、本の山が崩れていた。
自分が寝入った後に崩れたのだろう。まったく気付かなかった。
頭を掻きながら、ベッドから降りる。
床に落ちていた本を拾い上げ、机に戻す。
漫画ではない。魔法書だ。
窓に近づき、カーテンを開けたところで
「おはようございます!兄さん!」
元気よく、義妹・小日向すももがドアを開けた。
「おはよう、すもも」
雄真も振り返り、朝の挨拶を返す。
「流石ですね!今日もちゃんと起きてます。
…記録更新っと」
「…なにをメモしてる」
「さて!朝食できてますからね!
早く降りてきて下さいよ!」
そう言うやいなや、すももは逃げるように部屋から出て行った。
耳を澄ませば、彼女の母小日向音羽に報告しているようだ。
「すっごいじゃない雄真くん。記録更新ねっ!」なんて声が聞こえてくる。
(…すももとかーさんめ)
そう思いつつも、しょうがないとも思う。
だってそうだ。こんな自分、ちょっと前までならありえないのだから。
雄真はため息を一つつくと、着替えに手を伸ばした。
Happiness story『小日向雄真の魔法科転科奮闘記』
Magic1.休日の過ごし方(前編)
秘宝事件から、一ヶ月が過ぎた。
あの激闘が嘘だったかのように、瑞穂坂学園は平穏を保っている。
…しかしその平穏が、全ての人間に等しく訪れている訳ではない。
「気を抜くなと言っておるであろう!」
ズガンッ!
「うおぉっ!」
式守伊吹の放った魔法は、目にも止まらぬ速さで雄真の足元を貫いた。
「危なっ!!」
「当たり前だ!攻撃魔法なのだぞ!危なくないはずがなかろう!」
「くっ…!」
「その程度で逃れられるか!」
転がりながらその場を移動する雄真に、伊吹はさらなる連打を浴びせる。
「ディ・ラティル・アムレスト!」
わずか三音の雄真の詠唱とともに、
伊吹が放った6本の魔法の矢と雄真の間に同じく6枚の障壁が張られる。
「ほう」
伊吹が感心した直後、
ズガガガガッ!!
全弾が雄真の障壁を襲った。
「エル・アムダルト・リ・エルス…」
全ての障壁は破られてしまったが、雄真は無傷。
続けて唱えられた詠唱により、
「…ディ・ルテ・ウィンズ!」
「何だと?」
雄真の足に、身体強化の魔法が掛かる。
軽く驚いた顔の伊吹に構わず、雄真は地面を蹴った。
風の能力を付与された体は、人間には不可能な速さで伊吹の後ろに回り込んだ。
(もらった!)
雄真は己の手を伊吹に向けた。
「アダファルス!」
力強く唱えた呪文に続いて、手から彼の得意とする火球が…
―――――――――放たれなかった。
「…ふむ」
伊吹が軽く手を振ると、それに従うかのように雄真の体が地面に叩き付けられた。
「ぐえっ!!」
「そこまでっ!」
それと同時に試合の成り行きを見守っていた上条信哉が、終了を告げる。
場の空気が一気に弛緩した。
「小日向さん!」
兄の傍にいた上条沙耶が、雄真の傍に駆け寄る。
「大丈夫ですか?!」
「げほっ!がはっ!…は、はは。ありがと沙耶ちゃん。平気だよ。」
「当たり前だ。この程度で根を上げるような、やわな鍛え方はしておらぬわ」
伊吹は、ジロッと雄真を目で射抜いた後、今度はジトッとさせた目で沙耶を捕らえた。
「それにしても…。沙耶よ。そなた、試合の後は雄真に駆け寄るようになったのだな。
少し前までは私にねぎらいの言葉を掛けておったのに。最近はその言葉すらないとは。
悲しいものだ」
「…っ?!も、申し訳ありません!」
「いや、よい。少しからかってやっただけだ」
顔を赤らめて謝る沙耶を見て、くくっと笑うと伊吹は雄真に目を戻す。
「そなた、い―――」
「素晴らしいぞ、雄真殿!
いつの間に火以外の属性変化を習得したのだ?
風による身体強化など、そう簡単にできるものではない!
やはり目に見えぬ所での鍛錬の賜物か!
流石は伊吹様のお目にかかっ―――ぐはぁっ?!」
「峰打ちです。兄様」
雄真の傍に駆け寄るなり、猛然と賞賛を始めた信哉の頭を沙耶のサンバッハが捉えた。
「最近は謝罪の言葉すら聞かなくなったなぁ」と内心で苦笑する雄真に、伊吹が改めて向き直った。
どうやら信哉はスルーする方向でいくらしい。
「良かった点から述べようか。
まず、3音で6枚の障壁が張れるようになったな。
魔力が効率よく運用され出している証拠だ。
その感じを忘れぬようにな。」
「あぁ、練習でうまく型にハマった時は、8枚までいけるんだが…。
実践で使うと、あせっちゃうからな。6枚が限界だ」
少し歯痒そうに雄真が答えるのを見て、伊吹は頷いた。
「うむ。瞬時に使わねばならない実践と違い、
練習では自分のタイミングで行えるからな。
その実力差を埋めていくのが今後の課題の一つとも言える。
次に、信哉が言う通り、風の属性変化を身に付けたか。
魔法を始めてわずか一ヶ月で、二つ目の属性変化とは。
これは手放しで賞賛せざるを得まい。」
「そうですね。普通では考えられぬペースです。
それも発現するだけでなく、身体強化として既に使用できるとは。
驚きました」
伊吹と沙耶が驚いているのを見て、雄真はしてやったりという顔をした。
「はは。びっくりしてくれて嬉しいよ。
実をいうと、一週間くらい前からもう発現はできてたんだ。
すぐに知らせようとは思ったんだけどね。
せっかくだからびっくりさせようって。こっそり練習してたんだ」
「まったく。そなたという奴は。
それで本当にやってしまうのだから、恐れ入る」
「その通りだ。雄真殿。
それに風を扱える者が増えるとは。
俺も嬉しい」
いつのまに復活したのか、信哉も賞賛の輪に加わっていた。
「さて、最後だ。
雄真、そなた。最後に放とうとした魔法。
遅延呪文であろう?」
「なっ?!」
「え?!」
「…やっぱり、バレたか。敵わないなぁ。」
信哉と沙耶が驚愕する中、雄真は居心地が悪そうに頬を掻いた。
「信哉と沙耶は気づかなかったか。
まぁ、私と違い離れていたからな。
詠唱も聞き取れなかったか」
「…雄真殿。いつの間にそのような…」
「…信じられません」
「おかげさまで。これ以上ないくらい、良い環境だからね」
雄真は両手を挙げながら答えた。
そう。雄真は秘宝事件以後、魔法科への転科を決めていた。
しかし、瑞穂坂学園の魔法科といえば、日本においてトップクラスの偏差値を誇っている。
理事長に「予言者」として名高い高峰ゆずはが構えていることを筆頭に、新たなる魔法理論を確立し、
史上3人目となる“Master of Legend”の称号を与えられた、御薙鈴莉が教鞭を執る。
これほどまでに優れた教育環境は、当然の如く毎年の偏差値上昇に大きく貢献していた。
編入や転科試験ならなおのこと、ハードルは上がる。
当初、鈴莉は転科試験を受けずに転科できるよう学園側に手回ししようとしていた。
しかし、雄真自身がそれを断ったのだ。それでは意味がない、と。
雄真は、普通科の生徒として授業を受けつつ、平日は朝と晩、
休日はフルに使って魔法の勉強に励んだ。いや、励んでいる。
実母の鈴莉に師事しつつ、休日に鈴莉が公用で手が回らない時は、
こうして伊吹の屋敷で修業を見て貰っていた。
恵まれた環境であることは、自他共に認める事実。
しかし、それだけではここまでの急成長は期待できない。
やはり、溢れんばかりの才能。
そして、それに慢心することなく努力し続けた結果が今をもたらしているのだろう。
伊吹は満足そうに頷いた。
「いや。実に素晴らしい。
わずか一ヶ月でここまで来ようとは。
環境だけではない。そなたの努力の賜物だ」
「ありがとう。そう言ってくれると嬉しいよ」
「うむ。さて、次は悪かった点について述べておくか。
まずは障壁についてだ。数は様になってきたが、問題は強度だな。
こちらの6本の矢に対して、6枚の障壁で相殺とは…。
1本につき1枚の計算だ。これでは天蓋魔法を相手取れるようになるのはまだまだ先だな」
「うぐっ…。確かにそうだ。あの威力はやばいからな」
秘宝事件において、その恐怖を身を持って体験している雄真はぶるっと身震いした。
「極端な話をすれば、数が例え1枚であっても、それで6本の矢を抑えることができれば
そなたと同等の防御力を持つことになるのだ。数だけが全てと思わぬようにな」
「了解。まさにその通りだ」
雄真が納得したのを見て、伊吹は次の指摘に入る。
「次だ。身体強化による移動。
悪くはないが、まだ多少足がもたついているな。
魔法戦闘では、コンマ一秒の差で試合が決する。
文字通り、足を拱いていたら掬われるぞ。
まぁ、覚えたてだ。仕方の無い面もあるが…」
「身体強化の部類は特に、体での慣れが必要だ。
本来、一朝一夕で身に付くものではないのだ。
精進されよ、雄真殿」
「あぁ、そうだな。まさかあの一瞬でそこまで見られているとは思わなかった。
流石だな」
「最後だ。そなたの遅延呪文“もどき”についてだが」
「ぐ…。“もどき”か。その通りではあるが…」
「まだ実践では使い物にならんな。
遅延、すなわち魔法の待機時間にお主の実力が追い付いておらん。
辛うじて魔法の形は保っていたが、中身はスカスカだ。
現に私は無詠唱で消すことができたのだからな」
無詠唱。すなわち詠唱破棄。
文字通り魔法の発動に必要な詠唱という過程を省いた行為である。
詠唱しない分、魔法の発現までに掛かる時間が短くなるというメリットがあるが、
反面詠唱時よりも威力が弱まるというデメリットもある。
ちなみに、先に雄真が用いた障壁も、部分詠唱破棄により本来よりも短い詠唱で発現された。
部分詠唱破棄とは、詠唱の何割かを省略して魔法を行使することである。
無詠唱より時間は掛かるが、その分威力の減少は少なくてすむ。
全てを詠唱する完全詠唱と無詠唱。メリットデメリットを含め中間に位置するのが、この技法である。
完全に詠唱を唱えれば、今の雄真ならば9枚の詠唱が張れる。
しかし、一瞬を争う防御に時間の掛かる詠唱はナンセンスだ。
伊吹は、早くから雄真にこの部分詠唱破棄による障壁練習をさせていた。
「言葉もでないな。やっぱ実践で使うのは早すぎたかぁ」
悔しがる雄真に、伊吹は顔を綻ばせた。
「まぁ、それを除いても十分すぎる出来栄えだ。
魔法の実技試験においては、もう問題ないと言っていい。
座学の方はどうなのだ?
これだけ魔法が使えて、できないということもあるまいが」
「春姫が言うには、魔法理論に関しては特に問題ないらしい。
問題があるとすれば…。魔法史だ」
「その科目は特に難しいですね。
それも私たちに追いつけるだけの知識量が必要となると…」
魔法史。つまりは魔法の歴史。
普通科の日本史、世界史だけではその全てを網羅できない。
重要な魔法事件や魔法発見はその二つでも習うものの、
やはり細かな事件や出来事までは習えない。
魔法科の生徒は、中学過程から魔法史を学んでいる者が多い。
高校から魔法科に入る生徒でも、入試試験がある為、
高校入学の段階で、皆の知識は一定の状態でスタートするようになっているのだ。
それに対して、雄真は中学過程の勉強は手に付けてこなかった。
魔法科転科試験では、中学過程の知識はもちろん、
転科する学年で行われている授業レベルに追い付いていけることが求められる。
これが転科試験のハードルが高いといわれる要因の一つでもある。
「雄真殿もよくやっているとは思うが…」
信哉が言う通り、最近の雄真はまったく遊んでいない。
平日休日問わず魔法づくし。実技ができない時間は、ひたすら勉学に励んでいた。
学校の昼休みはおろか、休憩時間にも歴史の本を広げる始末。
初めの頃は、普通科の腐れ縁である渡良瀬準やハチは「構ってもらえない」と嘆いていたが、
雄真の本気具合を見るや、最近ではハチが雄真の邪魔をしないように準が牽制してくれている。
もっとも、ハチも雄真の気分転換程度に騒ぐだけになったが。
「試験において大切なのは、過程じゃない。結果だ。
ま、なるようになるさ」
苦笑いをしながら、雄真は立ち上がった。
「その心意気は立派だ。せいぜい足掻くがよい。
もう行くのか?」
「ああ。ぎりぎりまで付き合わせて悪かったな。
これから会合があるんだろ?」
今日は午後から、式守家で本家と分家を合わせた会合が開かれる。
伊吹の計らいにより、午前中のみ雄真のために時間を取ってもらっていたのだ。
「いや、良い。そなたの健闘を祈る。
これから神坂春姫と筆記対策であろう。しっかりとな」
「あぁ、じゃあこれで。
信哉と沙耶ちゃんもありがとう。
また学園でな」
「うむ。雄真殿。また会おう」
「小日向さん、どうか無理をなさらぬよう」
三人と挨拶を交わし、雄真は式守家の練習場を出た。
そのまま屋敷の庭を抜け、外に出る。
一人として屋敷の人とすれ違わなかったのは、もう会合の開始間近ということだろう。
結局ぎりぎりまで付き合わせてしまったことに申し訳なさを覚えつつ、
「…今度、三人には何か奢ろう」
そう呟いて、駅へと足を向けた。
式守家は、瑞穂坂学園や雄真たちの自宅の最寄駅から3駅程離れた所にある。
次は、学園のカフェテリアOasisにて、
春姫に魔法理論と魔法史の勉強を見て貰うことになっていた。
(少しでも先に進めておくか)
そう思い、雄真は歩きながら鞄の中から魔法史の参考書を取り出した。
一分一秒も無駄にできない。皆に協力を要請した時点で、
これは自分だけの問題じゃなくなっているんだ。
雄真はそう考えるようになっていた。
一番のお礼は、自分が一日でも早く転科できることなのだと。
―――――――――転科を決意してから4度目の休日は、緩やかに過ぎていく。
励みになります。
個人情報登録等は一切ございませんので、
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Leica
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