「うん。この問題も正解。
 魔法理論については、もう問題ないね」

 そう笑顔で話しながら、神坂春姫は赤ペンでキュッと丸を書いた。

「ふぅ〜っ。良かったぁ〜」

 雄真は脱力してテーブルに突っ伏した。
場所が学園内とはいえカフェテリアなので行儀悪い行為ではあるものの、それを咎める者はいなかった。
なにせ今日は休日だ。カフェテリアOasisを利用する者はほとんどいない。
休日出勤の教師や、部活動に精を出す生徒、もしくはこの学園に近い女子寮に住む女学生くらいだ。
ランチタイムを過ぎた今は、もう従業員を除けば居るのは雄真と春姫二人だけである。

「はぁ〜、もう魔法理論終わっちゃったの?
 実技特訓開始初日に魔法球作っちゃうのにもびっくりしたけど…。
 何者なのよ、あんた」

 従業員でありながら、暇を持て余した柊杏璃は
驚き半分呆れ半分で雄真に問うた。

「失礼だな。俺は普通の人間だ。
 魔法理論に関しては、思い出す作業が大半だったからな。
 なにより、実技と並行して進める面もある」

 幼少の頃、それこそ魔法を捨てるまでは、大魔法使い・御薙鈴莉の指導の下、英才教育を積んでいたのだ。
憶えていないようでも、教科書を読めば意外とすんなり入ってくるものもある。
特に、実技でその才能の鱗片を表し始めていた雄真は、魔法理論ですら、その大半を体で覚えるスタイルだった。
むしろ苦労したのは、魔法理論の理屈ではなく、それに用いる専門用語を暗記することだったりする。
実技において、魔法の流れやその仕組みの名を叫びながら行うわけではないからだ。

「ふん。なんにせよ、順調なのはいいことじゃない。
 じゃあ、やっぱり問題なのは…」

「…ああ。魔法史だ」

 雄真は、顔を顰めながら魔法史の教科書に手を伸ばした。






Happiness story『小日向雄真の魔法科転科奮闘記』

Magic2.休日の過ごし方(後編)






 Oasisを照らす日が傾き、徐々に赤みを帯びてきていた。
その経過していく時間と比例するように増えていくのは、雄真の知識容量と疲労感、そして。
―――――――――春姫の食したいちごパフェの空容器だった。

 仕方の無い事でもある。
魔法史の勉強は、日本史や世界史同様、基本的には暗記。
たまに用語が理解できないときや、
時系列の混乱から多少の質問はされるものの、教える身としては手持無沙汰なのだ。

 魔法理論においては、思いの他早く目途が立った為、雄真は最難関である魔法史に取り掛かる事にした。
その際、春姫は雄真から「今日はもういいよ」と言われたのだが、
「魔法史でも教師役は必要なはず」と帰らなかったのだ。

 初恋の人がこんなに頑張っているのだ。自分だって少しは役に立ちたい。
それが、雄真には言わなかったがここに残ることにした本当の理由。

 幼い春姫をいじめっ子たちから助けるために、雄真が魔法を使ったあの日。
魔法に恐怖し、雄真が魔法を捨てたあの日は、春姫にとっても人生のターニングポイントとなった。
そう。魔法に感謝し、春姫が魔法を手にした日である。

 雄真があの時の少年だという事を知った時、春姫は心臓が止まるかと思った。
その後、屋上でした告白は今でも一字一句覚えている。
残念ながら雄真からは断られてしまったが、まだ友達として傍に居られればチャンスはある。
そう信じ、「今は友達のままでいいよ。でも私、諦めないから!」と宣戦布告をした。

 だからこそ、雄真には本当の理由は言わなかった。
それが今の彼には重荷にしかならないと思ってのことである。
今は余計な事は言わなくていい。傍にいられれば。それで。

 そう考えながら、春姫はカウンターで掃き掃除をしていた杏璃に声を掛け、
追加のいちごパフェを注文した。






「うぉおおおおおおっ!ここまでだぁっ!」

 日が沈みかけ、時計の針が6を指したあたりで雄真は咆哮を上げた。

「ふふ。お疲れ様。
 今日もすごく進んだんじゃない?」

 読んでいた魔道書から顔を上げて、春姫は笑顔で雄真に問うた。

「ああ、ようやく世紀が追い付いたようだ…。
 ふふふ、もう俺は過去の人じゃないぜ」

 半分狂乱の状態に陥っているのか、訳の分からないことを呟く雄真に、春姫は苦笑した。

「現代魔法については、わりと身近なものも多いし、
 後はすぐに追い付けると思うよ?」

「そうかもな。…けど、うぅ。勉強に拒絶反応が出そうだ。
 魔法科に転科したら、もう勉強できないかも…」

 力なく答える雄真に、春姫は思いついたかのように魔法史の教科書を捲った。

 「雄真くん。これ」

 「んー。春姫、頼む。今だけは教科書を開かないでく――――――」

 怠そうに顔を上げた雄真の、言葉が止まった。
そこに書いてある文章。そして一枚の女性の写真。



御薙鈴莉

 2007年、それは彼女の年といっても過言ではない。
なぜなら、彼女が魔法史上3人目の“Master of Legend”を授与された年だからである。
2006年、御薙鈴莉は注目されていた独自の魔法理論を発表した。
これは昔から唱えられてきた魔力伝達の効率化の一つを、詠唱の音によって見事実用化した形となる。
この方法(音)を用いることにより、詠唱によって具現化する魔法の魔力伝達が0.06〜0.13%良くなった。
2007年、世界魔法協議会はその功績を称え、女史にClassLを授与した。
 そして、女史はその年に合わせたかのように、ClassMの試験を受ける手続きを取る。
世界中が注目する中、女史は見事試験をパスし、ClassMを取得。
魔法史上三人目、我が国では初となる“Master of Legend”を授与された。

※Class、MoLについてはP5〜6を参照のこと。



 呼吸をするのも忘れていた。
母さんが、教科書に載ってる。
その事実を認識するだけで数秒を要した。
Master of Legend、独自の魔法理論、魔力伝達の効率化。
すべて言葉としては知っていても、遠すぎるその意味に、今まで頭が理解していなかったのだろう。
母さんがどれだけ凄い魔法使いなのか、改めて確認させられた形となった。

 春姫は黙って雄真を見ていた。
自分の母が教科書に載っている。その経験が無い春姫に、
彼の心情は分からなかったが、徐々に雄真の顔つきが変わっていくのは分かった。

「…泣き言なんて、言ってられないよな。」

「雄真くんが弱音を吐いているとこなんて、見たことないけどな」

 春姫はクスクスと笑った。

「それに、これから先。
 もしも雄真くんが不安になることがあったとしたら…。
 今度は私が雄真くんを助けるから」

 ジッと目を合わせながら面と向かって言われたその言葉に、
雄真は思わずクラッときてしまった。
強烈に異性として意識してしまい、顔が熱くなる。
その大きくて綺麗な瞳に、吸い込まれそうだった。
見れば春姫の頬もほんのりと赤みがさしている。

どきどきどき。

 自分の鼓動が、嫌に五月蝿かった。

「あ、ありがと」

 辛うじて捻り出した言葉に、春姫は満足そうに頷いた。

「…ふぅん。いーい雰囲気ねぇ。二人とも」

ガタン!

 突如第三者から声をかけられ、雄真と春姫は二人揃って椅子を揺らした。

「何よ! せっかく仕事が終わって、少しでも手伝ってやろうと来てみれば!
 春姫といちゃいちゃして! いちゃいちゃして! いちゃいちゃして!」

「してねーよ!
 三回も繰り返すな!」

 椅子から立ち上がり抗議するものの、その顔は赤く説得力はない。
加えて、春姫は俯いたまま顔を上げず、まさに火に油を注ぐ状態になっていた。

 さらに。

「えぇ〜?!
 雄真くんったら、ついに春姫ちゃんに決めちゃったの〜?!」

 火に油を注いでいる後ろから、重油をぶっかけるが如く、
Oasisチーフ・小日向音羽がやって来た。

「な、なんですって?! ホントなの?! 雄真ぁぁ!」

 音羽のテンションに当てられたのか、ますますヒートアップした杏璃が、
雄真の胸ぐらを掴み、思いっきり揺すり始めた。

「きゃー! 結婚式の準備しなきゃ! あーん、何着て行こうかしら〜」

「ゆ、う、まぁぁぁ!」

「け、けっ…こん。
 …ぽー」

「いい加減落ち着けー!」

 結局。騒ぎが収まったのは、春姫が妄想世界から帰還した、30分後であった。






「じゃあ、俺は春姫と杏璃を送ってくから」

「は〜い。夕食待ってるから、早めに帰ってくるのよ〜」

「了解。じゃ行こうか」

「失礼します。音羽さん」

「明日もよろしくお願いします! 音羽さん」

 音羽とOasisで別れ、三人で女子寮に向けて歩き出した。

「春姫。実際のところ、雄真の筆記はどうなのよ。結構まずいの?」

「ううん。ペースとしては、予想よりも格段に早いし、雄真くん飲み込みも凄いから。
それに、魔法史が危ないといっても、筆記は魔法理論も合わせた総合評価だから。
雄真くんの魔法理論の出来を考えると、余程悪い点数をとらない限り、落ちることはないと思う」

「へぇ〜。やるじゃない雄真。見直したわよ」

「勿体なさすぎるお言葉だなぁ」

 雄真は本当に恐縮しながら、そう答えた。

「なによ。せっかく人が褒めて上げてるのに、調子狂うわね」

「…すまん。
 ま、油断せずに精進するよ」






「あれー? 神坂さんと杏璃じゃない?」

「あ、ホントだ。神坂さーん! 杏璃ー!」

「ん?」

 雄真が声がした方に顔を向けると、
女の子が二人こちらに駆け寄ってくるところだった。

「よっちにミサじゃない。何してんのよこんなところで」

「何してるはないでしょうよ。部活帰りよ。
 そっちはアルバイトと…?」

 杏璃と話していた女の子がこちらを向いた。

「ど、どうも」

 なんだその返答は。もう少しまともな受け答えしろよと自分にツッコむ。

「えっと、もしかして彼が神坂さんと杏璃が言ってた?」

「…? 小日向雄真です。よろしく」

「きゃー! やっぱり! 普通科から魔法科へ転科しようとしてる英雄!」

「え、英雄って…」

 このテンションは流石に引き気味にならざるを得ない。
杏璃と同じ金髪だが、髪はストレートに下している。
一目でかわいいと思える美少女だ。性格は話し言葉から察するに、
杏璃と同じでかなり明るいタイプだろう。

「しかも、イケメン! 噂通り、いや!
 噂を良い意味で裏切ってくれたね!
 と、言うわけで小日向雄真くん!」

「な、なに?」

「私と付き合わない?」

「…は?………はぁ?!」

 杏璃と同じ? 違う! 杏璃以上にぶっ飛んでるみたいだった。

「ちょっ…?! ミサ?!」

「ま、真白さん!! 何を言っているんですか?!」

「何って私からの愛の告はk―――ぐえっ!!」

 …今、女の子が出してはいけない声がした気がする。
見ればミサという女の子の腹に拳がめり込んでいた。

「なーにが愛の告白よ。
 相手が名前より先に愛を告白してきたら普通に引くわ。私なら」

 それは言えてる。

「さて、改めて。私は吉田小百合(よしださゆり)。
 瑞穂坂学園魔法科2年、魔法拳闘同好会に所属してる。
 よろしくね」

 手を差し出された為、握手に応じる。
こちらは真っ黒な髪をポニーテールにしている。
ミサと比べと背が高い。いや、ミサが小柄というのもあるのだが。
雄真の身長とほぼ変わらない。随分と女性らしい体つきをしており、雄真は軽く目を泳がせた。
 それにしても…。

「魔法、拳闘?」

「ん? まあ知らないのも仕方ないかもね。
 同好会、ようするに正式な部じゃないから」

「雄真くん。魔法拳闘同好会っていうのは、
自分の魔力を体に纏わせることで能力を高めて―――」

「―――身体強化」

「え?」

「ほうほう。君は身体強化魔法に興味があるの?
 もしかして、もう使えるとか?」

「あはは! よっち冗談はよしてよ!
 コイツはこの間やっと属性変化ができるようになったばかりだし、
 そもそも得意属性は火でーーー」

「一応、使える。まだ無駄な動きが多いんだけど。」

「…は?」

「…え?」

「ほうほうほうほう。で、それは杏璃が言う君の得意な火で?」

「いや、身体強化には風を使う。
 攻撃特化の火を体に纏えるほど、まだ魔法に慣れていないんでね」

「はぁぁぁぁ?!」

「えぇぇぇぇ?!」

「うがーーーーーーーっ!!!」

「うおぉっ?!」

 しきりに驚いていた春姫と杏璃は置き去りにして話を進めてきたが、
もう一人奇声を上げて乱入してきた。どうやら復活したらしい。

「ひどいっ! ひどいよっ!!
 私を置いてかないでっ! 捨てないで!!」

「…人聞きの悪いことを言わないでくれないかしら」

 心底面倒くさそうな顔で、吉田小百合は振り返った。

「私にも自己紹介させてよ!!」

「普通にするんでしょうね?」

「もち!!」

 そういうと、ミサは雄真の前にぴょこんと躍り出た。

「さっきは順番間違えてごめんね。
 私は真白美砂(ましろみさ)!
 瑞穂坂学園魔法科2年、魔法薬調合研究会所属!!
 惚れ薬から青酸カリまで! 幅広く取り扱っているから、
 誰かの心を! 命を! 奪いたいときはどうぞこちらへ!
 そしてどうぞわたしを――――――ぐひゃあっ!!!」

 再びミサの腹を拳が襲った。

「は、はやい。また腕を上げたね。
 よっち………がく」

 ミサの体を拾い上げると、吉田は雄真を視界に捉え、

「まあ、よろしくお願いね。私のことはよっち。
 この珍獣はミサで構わないので。
 …あぁ、それと」

 帰り際、もう一度雄真を振り返り、

「興味があるようなら、是非一度魔法拳闘同好会へ。
 もしかすると…。君の役に立てるかもしれないわ」

 ペコっと頭を下げると、今度こそ帰路についた。

「…なんというか、嵐のような二人だったな」

 ぼそっと呟いた雄真に、

「雄真ぁ?」

「雄真くん?」

「…へ?」

「身体強化ができるって何?!」「属性魔法で風って何?!」

 質問の嵐が到来した。






「…む、むちゃくちゃ疲れた。」

 ドサッとベッドに崩れ落ちる。今日もハードな1日だった。
午前中は式守家で伊吹とひたすら模擬実践を行い、午後はOasisでひたすら勉強。
帰り際に魔法科の女の子二人と出会って…。
春姫と杏璃からの質問攻めとお説教(「雄真魔法技能秘匿禁止令」が発令された)
帰ってからは、帰りが遅いとかーさんとすももにお説教。

(…ホントに胃に、穴開くかも)

 時計に目をやると、すでに11を回っていた。

(…まだだ、まだ寝ちゃいけない。本を…)

 そこで雄真の意識は途絶えた。
 


   ―――――――――雄真の転科決意から4回目の休日は、こうして幕を閉じた。


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