『瑞穂坂学園魔法科2年、神坂春姫さん。
瑞穂坂学園魔法科2年、神坂春姫さん。
至急理事長室までお越し下さい。
繰り返します―――――――――』
そんな放送が瑞穂坂学園に響いたのは、
雄真の転科試験を3日前に控えた昼休みだった。
Happiness story『小日向雄真の魔法科転科奮闘記』
Magic4.御三家の陰謀
「おう、小日向。3日後、がんばれよ!」
「小日向君、しっかりね!」
「小日向ぁ!頼む、転科したら女の子紹介してくれぇ!」
転科願いが正式に受理されてからというもの、
学園全体に広がったその事実は、一種のお祭り騒ぎのような空気を醸し出していた。
試験が行われる際には、一般生徒の一切はその試験に立ち入ることができないため、
その全貌を皆が知ることはできない。
それでも、この転科試験に全く無関係な人間でも浮き足立ってしまうくらい、
やはり転科とは珍しいことなのだ。
雄真は声援を受けながらも(最後の1名は違う気もするが…)
少し落ち着かない心持ちで教室へと戻った。
「あ、雄真!」
クラスの女子と話していた準が、教室に姿を見せた雄真に駆け寄った。
「…さっきの放送って」
「ああ。春姫が理事長室に呼ばれた。
この時期、俺と同じ学年、魔法科、成績トップが
理事長室へ呼ばれたとなると、つまりはそういうことだろう」
「…なにがそういうことなんだよ」
ハチが訝しげにそう尋ねる。
「…俺の魔法模擬実践の相手が、春姫になってしまったということだ」
「はぁぁ?! 姫ちゃんって魔法科トップクラスの成績なんだろう?!」
「それも、この学園においてClassBを取得しているわずか3人のうちの一人だ」
Classとは、世界共通の魔法実技試験である。
段階として下から順にF、E、D、C、B、A、S、Mときて、別枠にLがある。
Class昇格試験は年に3回行われる。飛び級は可能だが、掛け持ちはできない決まりだ。
高校生活にてClassCを、大学卒業までにClassBを取得するのが理想と言われている。
つまり、単純に言ってしまえば、春姫は大学過程で取るべき資格をすでに取得していることになる。
「3人って、もしかしてあと二人は…」
「多分準が予想している通りだ。伊吹と小雪さんだよ」
準は驚いて手で口を覆い、ハチに至っては隠すことなく大口あけて絶句している。
「そんなの…勝てるの?」
「いや、おそらく十中八九負けるな。
今の俺に、ClassB相当の魔法と遣り合える自信はない。
…が」
一旦言葉を切った雄真に、準とハチの視線が集まる。
「戦う手段がないわけじゃない」
(…そのためには。どうしても必要な技術が2つ)
コンコン
「神坂春姫です」
「どうぞ。開いていますから、入ってきてください」
「失礼します」
ギイと重厚な音を立て、理事長室の扉を開ける。
中には―――――――――。
扉の真正面、部屋の奥にある大きなデスク。
その席にゆったりと腰を下ろしているのは、
世界が認める『予言者』なる異名を持つ、
学園最高権力者、理事長・高峰ゆずは。
その席の左側に立つのは、春姫の師匠であり、雄真の母親。
瑞穂坂学園にて教鞭を取りつつも、その独自の魔法理論によりその名を馳せ、
日本史上初の“Master of Legend”の称号を持つ大魔法使い・御薙鈴莉。
右側には、確か式守家で一度会ったはずだ。
秘宝事件終結の折りに、雄真たちは式守家へ招待されている。
瑞穂坂一帯を統治する名門、式守本家現当主・式守護国が立っていた。
つまり、ここには現在の瑞穂坂の実権を握りし、
御三家のトップが揃っていることになる。
雄真の転科試験の件で呼ばれたと思っていた春姫は、
緊張を高めるのと同時に、矛盾するようだが些か拍子抜けしてしまった。
「あの、ご用件とはなんでしょうか?」
「ええ、実は普通科2年・小日向雄真君の転科試験に関することで
お願いがありまして。お呼びさせて頂きました」
「っ?!」
再び春姫の体に力が入る。
同時に疑問に思う。なぜ式守家当主までこの場にいるのか、と。
「ふふふ。私の存在がそんなに気がかりかね?
君と会うのは二回目だったかな。神坂春姫君」
「いえ?! 決してそのようなことは…」
訝しげな視線を感じとられてしまったのだろう。
図星とも言えるその指摘に、春姫の否定は尻すぼみになってしまった。
「ははは、そう畏まらないでくれたまえ。
君たちには感謝してもしきれない恩がある。
…そう、今話題の小日向雄真君もね」
雄真というワードに、春姫はバッと顔を上げた。
「…なぜ、瑞穂坂学園内の転科試験に、式守家が…?
なにか問題があったのでしょうか」
「いや、いや。そういうわけではない。
我々式守家は、瑞穂坂学園の自治に関して言えば、まったくもって部外者だ。
彼の転科試験の結果について影響を及ぼすことはない。
それは、この場で約束しよう」
「あ…。も、申し訳ございません」
結果的に「部外者が何の用だ」というニュアンスに
取られてしまったことに気付き、春姫は非礼を詫びた。
「気にする必要はないよ。
そして、雄真君に関して君が気にすることも当然だ。
だから、これからする話を彼に内緒にすることを条件に、
式守家が転科試験に関わる理由をお教えしよう。
どうだね?」
「………。
申し訳ございませんが、その申し出は辞退させて頂きます」
春姫の回答に、護国はおろかゆずはと鈴莉も目を丸くした。
「なぜか…。聞いても構わないかね?」
「失礼を承知でお話しします。
仮に、小日向雄真君の今後の試験が不利になるようなお話であった場合、
彼に秘密にしておける自信が、私にはございません。
そのための辞退です」
「なるほど? 確かに“模範的な”解答ですね。
学年トップ、神坂春姫さん?」
(…なんですって?!)
ゆずはの挑発的な言動に対して頭に血が上りそうになったが、
寸前のところで堪える。今、ここで切れてしまうのは宜しくない。
自分の為にも。雄真の為にも。
「もう一つだけ質問させて欲しい」
「…なんでしょうか?」
護国に対して、少し棘のある返しになってしまったが仕方あるまい。
許容範囲だろうと割り切る。
「なぜ。
小日向雄真君に、そんなに親身になれるのかね?」
急に毒気を抜かれたような気がした。
それは拍子抜けした質問だったからではない。
護国の目は、とても穏やかだった。しかし、それと同時に
この質問で自分は試されている、と本能的に感じ取った。
「………」
護国、ゆずは、そして鈴莉。3人の権力者を前に、
春姫は覚悟を決めた。
「私は、彼に救われました。魔法の光を、見せてもらいました。
彼が再び魔法の道を歩もうとするのなら。
私は、彼の手助けをしたい。少しでも恩を返したい。
それが全てです。
魔法使い神坂春姫としての」
『…春姫』
彼女の背に控えているマジックワンド、ソプラノは
自身の予想を上回るマスター(春姫)の覚悟を聞いて驚いていた。
マジックワンドの創生の儀式にて、初めて春姫と交わした言葉。
「これからよろしくね! ソプラノ!」
魔法の才能は素晴らしく、御薙鈴莉という良い人間に師事するものの、
まだ精神面では幼さも残り、不安定な面もある。
だから思ったのだ。この春姫の姉替わりとなろうと。
春姫がこの先の道で迷うようなことがあれば、支えようと。
道を誤るようなことがあれば、正そうと。
しかし、その役目も思ったより早く終わりそうだ。
これからは、ただマスターのパートナーとして。
マスターの望むがままに。
『…ご立派になられましたね。マスター』
ソプラノは、春姫が聞こえないほどの大きさで、そっと呟いた。
「魔法使いとしての、…全て、か。神坂春姫君」
「…はい」
護国の声に、春姫は思わず身構えた。
流石にこの決意を馬鹿にされると、黙っていられなくなるだろう。
「どうか。
これからも伊吹の良き友人であって欲しい」
「…え? は、はい」
「うむ。ありがとう。
では、私はこれにて失礼させてもらおう。
彼女で、こちらとしては申し分ない」
「わかりました。どうかお気をつけて」
護国はゆずはに断りを入れてから、出口へと歩き出した。
退出の際、春姫とすれ違う瞬間に、
「雄真君の転科が決まったら、家へお出でなさい。
皆で祝うとしよう」
「あ、ありがとうございます」
そう言い残し、扉の外へと消えていった。
「さて、では本題に入りましょうか」
ゆずはの一言で、春姫は一気に現実に引き戻されたような気がした。
「神坂春姫さん。貴方にお願いしたいのは
小日向雄真君の転科試験の一つ、
模擬実践にて雄真君のお相手になって頂きたいのです」
(…やっぱり)
春姫はそう思った。こういったパターンも予想していた。
いや、もっとも高い確率に当たったということか。
「お断りします」
「…なぜ?」
「当たり前です。
転科試験において、同学年の者から対戦者を選択することは賛成です。
しかしながら、相手が私では雄真くんがあまりに不利です。
理事長ともあろう方が、私の取得Classを知らないとは思えませんが?」
「ええ存じてますとも。2年にしてClassB。
素晴らしい才能ですわ」
「…でしたら!」
「でしたら、なんですか?」
「…はい?」
『春姫、落ち着いて下さい。
ここで熱くなってはいけませんよ』
『…わかってる! …わよ』
これまで沈黙を守り続けてきたソプラノが、テレパシーで春姫を押しとどめる。
完全に向こう側のペースだった。
相手に何の思惑があって春姫をけしかけているかは分からないが、
相手の話術に誘導されていくのはまずい。
「いえ、先ほどはあれ程までに小日向雄真君への想いを語っていたのに、
あれは嘘だったのですかねぇ」
「…なんですって?」
『春姫!』
「私どもは、小日向雄真君の実力を“信じて”、
貴方という魔法使いにどう実力を発揮してくれるかを見るつもりだったのですが…。
貴方が小日向雄真君を信じてあげられないのならやむを得ません。
他を当たるしかないのでしょうか…?」
ゆずはは意味ありげに、会話を一旦切った。
「…くっ!!」
『…やられましたね』
既に布石は打たれていた。春姫が決意表明をした時点で。
もうその時にこちらの逃げ道は塞がれていたのだ。
高峰ゆずは。一介の女子高生が言い逃れできるような相手ではなかったということか…。
『…春姫』
「もう一度だけ聞きます」
「………」
『これはもう、受けるしか…』
「小日向雄真君の転科試験の一つ、
模擬実践にて雄真君のお相手になって頂けますか?」
「…っ」
ギリッ
歯を喰いしばりながら。
春姫ができた動作といえば、
ただ、頭を上下に振るだけだった。
バタン
「ふふふ。全てはこちらの手筈通りね」
「あのねぇ、神坂さんは私の大切な弟子なのだけれど…」
「ええ、良い娘に育っているじゃない」
「…ゆずは」
「分かっているわよ! 悪かったと思っているわ。
けどね、これは雄真君の為でもあるのよ?
式守家の提案には貴方も乗ったはず。
私だけを責めるのは、お門違いじゃなくて?」
「ぐ…」
「彼女なら大丈夫でしょう?
いえ、大丈夫でなくては困るわ。
貴方の自慢なお弟子さんなら尚更ね」
キーンコーンカーンコーン
今日の授業はこれで終わり。
早々に荷物を片付け、席を立った雄真に準が声を掛けた。
「雄真、大事な時期なのは分かるけど、
ちょっと春姫ちゃんの様子、見てきた方が良いんじゃない?」
準の呼びかけに、雄真は当然のように頷いた。
「もちろん。これから魔法科に顔を出してくるよ」
雄真の即答ぶりに準は目を丸くした。
「あら、即答なのね」
「春姫の性格を考えれば、俺との模擬実践の対戦者に選ばれた場合、
断りを入れるはずだからな。
それでも、春姫を除いて校内放送が掛からなかったということは、
対戦相手が春姫に決まったってことだ。
納得して決まったことならいいけど、もし無理にだったとしたら…。
きっと春姫は落ち込むから。放ってはおけないよ」
雄真の回答に、準は満足そうに頷いた。
「流石雄真ね!
じゃあ、あたしの告白も受け止めてくれる?!」
「じゃあの意味がわかんねぇーよ!」
準にそう吐き捨てると、雄真は逃げるように教室から出て行った。
「わかる?これがアンタと雄真の違いよ」
「うるせー! 俺だってなぁ! 雄真の立場なら…。
俺だってぇぇ!!!」
「…うっさいなぁ。はぁ、もう帰ろーっと」
「おい、待てよ準! 置いてかないでー!」
ハチは慌てて荷物をしまうと、準の背中を追いかけた。
「あ、雄真!! 探したのよ!!!」
「杏璃?」
春姫を探して魔法科の校舎に来たはいいものの、
春姫の教室を探すので一忙し。見つけても既に春姫はおらず、
杏璃も居なかったため、慣れない魔法科の校舎をウロウロしていたのだ。
しかも転科の話は、やはりこちらにも伝わっていたようで、
自分が小日向雄真だと気付かれるたびに声援を受けた。
相手からの純粋な好意なだけに、無碍にも扱えずに
かなりの時間をロスしてしまっていた。
「アンタ探して普通科まで行ってたのに!」
…完全に行き違いになっていたようだ。
しかし、杏璃がわざわざ俺を探しに普通科に行っていたということは…。
「じゃあ、春姫は?」
「…寮に戻ったわ。春姫から聞けたのは一言だけ。
雄真の対戦相手に選ばれたって。
…凄く、悲しそうな顔してた」
「…やっぱり、無理に」
「当たり前でしょ!
アンタの相手に選ばれるってことは!
アンタの目標を! 自分の力で潰さなきゃならないってことなのよ!」
杏璃が吼えた。
「そんなの! そんなこと…!
私じゃ…、耐えられないよ…」
杏璃の威勢が徐々に下がってくる。
「…雄真ぁ。どうしよう。私、どうしていいか分からないよ」
徐々に目が潤んできている。
友のために泣ける、それは杏璃の素敵な性格だと、雄真は思った。
「大丈夫だ」
それに対して、雄真は一言で告げた。
「…え?」
「転科試験の模擬実践のクリア条件は、対戦相手に勝つことじゃない。
自分の実力が、今の瑞穂坂学園のレベルに適っていればいいだけだ。
相手が誰であろうと関係ない。俺が、俺の力を発揮すればいいだけだ」
「馬鹿言ってんじゃないわよ! 相手が強ければ強い程、自分の行動は制限されるのよ!
春姫の実力、アンタも知ってるでしょうが!
瞬殺よ! 瞬殺!! 詠唱すら満足にさせてもらえないわ!」
杏璃が喚いても、雄真の表情は揺るがない。
内心「俺ってそこまで低評価だったのか」と嘆いていたとしても、
心の芯まで、ざわめきは響かなかった。
「杏璃」
雄真は杏璃の両肩を掴んだ。
「きゃっ! ちょちょちょちょ?! 雄真?!」
「大丈夫だ」
二回目の言葉を口にした。
「――――――っ!」
至近距離で見つめられ、杏璃の顔が一瞬で真っ赤になった。
「……ど」
「ん?」
「……んだけど」
「何だよ、はっきり言えよ」
「………。恥ずかしいんだけど」
「へ?」
魔法科の廊下、帰宅時間、生徒多し、廊下中央で一組の男女、
男が女の肩を掴み、女は目を潤ませている。
ーーーーーーー次に移す行動は…?
「ご、ごめん?!」
目にも止まらぬ速さで、雄真は杏璃から離れた。
「あの男の人って例の転科希望の…」
「うそぉ、柊さんと付き合ってたの?」
「愛の力で転科か〜。ロマンスだね〜」
ざわざわざわ。
…すっごい注目されてる。あ、当たり前か。
アホなことを考えつつ杏璃の様子を伺う。
顔を真っ赤にして俯き、スカートを両手で握りしめている様は
とてもかわい――――――ではなく!
「…ごめん」
二度目の謝罪を口にした。
「べ、別に…。いいけどね」
「………はい?」
「うううううっうっさぁぁい!
早く女子寮に行くわよ!!!!」
「ば、馬鹿っ! 杏璃!!!」
雄真が制止しようとしたときにはもう遅い。
杏璃の代わりに周りの空間が静止していた。
「…女子寮? …一緒に?」
誰かがそう呟いた瞬間…。
「人違いですぅぅぅぅ〜!!!!!!」
訳の分からない言い訳を吐き捨てて、杏璃は走り去った。
「お、おい待てよ!!杏璃ー!!」
慌てて後を追う雄真。
何がどうなったのかも分からぬまま、帰宅途中だった魔法科の面々は、その廊下に取り残された。
励みになります。
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Leica
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