窓から覗く夕焼けは、直にその役目を終えようとしていた。
徐々に部屋に影が差し、辺りが見えづらくなってきた。
『…春姫』
シンと静まり返った部屋に、ソプラノの声が響く。
しかし、それだけだった。相棒の呼びかけに、マスターは答えない。
やはり、まだまだ成長が足りないと考える反面、
今回限っては、高峰ゆずはの大人気ない行動のせいだとも思う。
何故春姫をあそこまで焚き付けたのだろうか。
今回転科を望んでいるのはゆずはと旧知の仲、鈴莉の息子である。
転科を妨害するメリットはない。なにより、あの場には鈴莉もいた。
彼女の雄真の愛しっぷりは、師事している春姫の元、何度も確認してきた。
彼女がゆずはの横暴を見逃すとも思えない。
では何故?
相手が春姫でなければならない理由があったのだろうか?
あの場には、ゆずはと鈴莉の他に、式守家の当主の姿もあった。
しかし、春姫に対して否定的な感情を持っていたとも思えない。
むしろ好感を持ってくれたのではと思う。
少なくとも春姫の言葉は、あの方には届いていたように見えたのだ。
では一体何が目的なのだろうか。
あと一つ、何か大切なキーがあればわかるような気がしたが、
残念ながらそのキーは手元にはないようだ。
いくら考えても答えは出なかった。
『春姫。
雄真様と今後の対策について話し合われた方が良いのではないですか?』
このセリフを口にしたのは何回目だろう。
少なくとも二桁は口にしたであろうその言葉にも、
答えたのは静寂だけだった。
Happiness story『小日向雄真の魔法科転科奮闘記』
Magic5.神坂春姫の覚悟
「あんたのせいでとんだ赤っ恥よ!!!」
「おいおい! 確かに最初は俺が悪かったかもしれないが、
最後に疑惑を確信に変えたのはお前だぞ!」
「何押し付けてんのよ!
最初に疑惑を持たれた時点で終わってんのよ!」
「お前、俺が最初に肩掴んだこと、別にいいわよって言ったじゃんか!」
「何細かいこと言ってんのよ!
それ以上言ったらぶっ飛ばすわよ!」
「やろうってか?! 受けて立つぞ!
この一ヶ月での成長を見せてやるぜ!」
『…あのー?』
「なんだよ?!」「なによ?!」
杏璃のマジックワンド、パエリアが突然口を挟んできた。
『お二方とも、今は別にやることがあるじゃろう。
どうじゃろうか。ここは痛み分けということで、
先に春姫様の所へ向かわれては』
「む」「う」
正論過ぎる正論に、雄真と杏璃は同時に口を紡ぐ。
「…いや、その。悪かった」
「ううん。私こそ、変なこと口ばしっちゃってごめん」
パエリアのおかげで、何とか落ち着きを取り戻した。
「さんきゅ、パエリア。ちょっと熱くなっちまってた」
「偶にはいい仕事するじゃない」
『もちろんですとも。
正直、さっきのは杏璃様の方が問題発言をしてましたからな。
ワンドとしては当然、マスターの尻拭いを―――――――――』
「アンタは一言多いのよー!!!!!」
…そして。
「…で、どうやって侵入するんだ?
忘れてるかもしれないから一応言っとくが、
俺、男だぞ」
ゴンッ!!!
「ってぇぇぇぇ!! てめぇグーで殴りやがったな!」
「アンタが私を馬鹿にするからでしょうが!!!」
…ちくしょう。まぁ、でも今回は俺が悪いか。
声を潜めて、再び女子寮前の茂みに姿を隠す。
「入口は一つ。
管理人のおばちゃんの部屋の前を通り過ぎる必要があるわ」
「あの受付みたいな場所か。どうする気だ?」
「私がおばちゃんの注意を引くわ。アンタはこっそり通り抜けなさい」
「おいおい、それで見つからないとでも?」
「それはアンタの力量次第ね。
見つかっても怒られんのアンタだけだし。
行くわよ」
「は?! おいちょっと杏―――――――――」
「たっだいまーおばちゃん!!」
杏璃は雄真の制止を振り切り、何食わぬ顔で受付のおばちゃんと話し始めた。
…あいつ後で殴る。
どす黒い感情をかみ殺し、周りを伺う。
都合が良いことに、今出入り口付近にいるのは杏璃と受付のおばちゃん以外居ない。
(…行くなら今!!)
「エル・アムダルト・リ・エルス・ウィンズ」
雄真は風の身体強化魔法を足に掛けた。
(…………今だ!!)
ドンッ!!!
文字通り風の速さで、雄真は女子寮にアタックを掛けた。
受付でおばちゃんと話している杏璃の後ろを目にも止まらぬ速さで通り抜け、
ーーーーーーー着地地点の階段の段差に躓いた。
「アムレスト?!」
宙に舞った瞬間、一音だけ詠唱することに成功した。
「へぶろぷろふぁぼがづごぉぉぉぉ??????!!!!!!」
ズガガガッガガガガガッガガガガッ!!!!!
障壁は張ったものの、階段に激突してその反動で階段のさらに上へと飛んでいく。
しかも、一瞬火花が散ったように見えた。雄真お得意の火の属性変化も発現していたかもしれない。
ゴシャッ!!!
鈍い音がした。
「な、何だい?!」
異変に気が付いたおばちゃんに杏璃は、
「あーーーっ!!よっち?!
何拳闘で使ってる棍棒持ち出してんのよ!!
あまり大きな音立てちゃダメじゃない!!
今拾うの手伝ってあげるから待ってなさい!!!
じゃ、おばちゃんお休み!来なくて平気だから!」
マシンガンの如く並べ立て、杏璃は一目散に階段を駆け上がった。
「いっつううっ!」
「我慢しなさいよ! 男なんだから!」
杏璃の肩を借り、なんとか杏璃の部屋まで逃げ込めた雄真は
杏璃から怪我の応急処置を受けていた。
「魔法で治せないのかよ。魔法使いだろ?」
「アンタ! それでも治療を受ける人間の態度なの?!」
「ぐわああっ!!」
結果として、雄真は大事には至らずに済んだ。
まさに奇跡としか言いようがない。
雄真が咄嗟に発した詠唱「アムレスト」はピンポイントに2枚の障壁を発現した。
雄真が激突した階段の段差と、上の踊り場である。
身体強化による跳躍で、平衡感覚を失っていたのが不幸中の幸い。
見当違いの所に張られたと思われた障壁は、それぞれが役目を果たし、見事に雄真を衝撃から守っていた。
火の属性変化によって、ちょっと雄真の服を焦がしていたが…
もっとも、最低でも「ディ・ラティル・アムレスト」と3音で成り立たせていた障壁だ。
1音では数も威力も遠く及ばず、ピンポイントで守ってくれていても無傷とは行かなかった。
「はい! おしまい!」
パチンと消毒液の蓋を閉め、杏璃は満足げに言い放った。
「ん。さんきゅ、杏璃」
「気にしないでいいわよ。私の作戦にもミスがあったし」
…作戦ね。
ツッコまないあたり、雄真も杏璃の扱い方を学習してきたといえる。
「さてっと」
「行くの? 春姫のトコ」
立ち上がった雄真に、杏璃が尋ねる。
「ああ、その為にわざわざ女子寮に侵入したんだからな」
「…アンタ、勢い余って春姫襲うんじゃないわよ」
「するかっ!!」
杏璃の部屋を出て、春姫の部屋に向かう。
とは言っても、春姫の部屋は杏璃の部屋の横だ。
雄真は一つ深呼吸をして、春姫の部屋をノックした。
…が、返事がない。2、3度繰り返したが、まったく反応がない。
「俺、雄真だけど。春姫、居ないのか?」
ゴチン!
「?! お、おい。今凄い音したけど、大丈夫か?!」
何か鈍い音がした気がするが、返事は貰えなかった。
「…。春姫。
聞いたよ。俺の転科試験の相手、春姫なんだってな」
…開けて貰えないなら仕方ない。
そもそも、男の俺が女子寮に居る時点で、既に非常識なのだ。
聞いてくれてると信じて、話すしかない。
「春姫の今の気持ち、分かるよ。
転科にむけて、ずっと一緒に頑張ってきてくれたんだ。
俺と戦いたくない気持ち、分かってるつもりだ。
だから、聞いてくれ」
この言葉に全てを込めて。
「大丈夫だから。絶対に俺は合格してみせる。
春姫に勝てるとは思ってないけど。
…それでも試験官をびっくりさせるくらいは、粘れるつもりだ」
届いただろうか。いや、それよりもまだ伝えたいことがある。
「最後に一つだけ。
俺は、春姫が対戦相手に選ばれて、凄く嬉しい。
嘘じゃない。だってそうだろ?
当日の試験、一般生徒は見学・立ち入りが禁止されてるんだ。
最後まで、春姫が俺を見ていてくれる。
最高に心強いよ。
だから、どうか気に病まないで欲しい」
言いたいことは、全部言った。
後は、伝わったことを願うだけだ。
「じゃあ、俺行くよ。体壊さないようにな」
ドアに背を向け、歩き出した所でカチャリと鍵の音がした。
「…雄真くん」
かなり泣いたのだろう。目が腫れており、真っ赤だ。
自分がきっかけでここまで追い詰めてしまったのかと思うと、胸が熱くなった。
「ご、ごめんね。ちょっと散らかってて」
「いや、そんなことはないよ」
お世辞ではない。自分の部屋とは雲泥の差だ。
特にこの一ヶ月の部屋は、汚いというより凄まじいといった方がしっくりくる。
魔道書やなんやらで目も当てられない状態だ。
…それでも、すももは平気で掃除をしてくれているので、もはや頭が上がらないわけだが。
「あ、い、いまお茶を…」
「いいからいいから!」
自分が酷い状態なのに、律儀にお茶まで出そうとするとは。
ホントにいい子だな、と不謹慎ながらも思ってしまった。
春姫をベッドに座らせ、自分は机に備えられていた椅子を借りて座る。
「…平気か? って、んなわけはないか」
「ううん。だいぶ落ち着いてきたみたい」
「…そっか」
…。
二人の間に沈黙が訪れる。春姫は顔を赤くして俯き、
雄真は雄真で何て声を掛ければいいか分からず、口ごもってしまった。
「ありがとう」
先に沈黙を破ったのは、春姫だった。
「心強いって、言ってくれて。
そんな風に、私は考えられなかったから…。
自分の事しか考えてなくて…」
「そんなことないさ。
自分が対戦相手に選ばれると、俺が大変だと考えてくれてたんだろ?
十分過ぎるほど、俺の事を考えてくれてる」
「…そ、そうかな?」
「そうさ。だからこっちが感謝しなくちゃ。
ありがとな、春姫」
ニコッと笑った雄真に対して春姫は、
(…うう、雄真くん反則だよぉ)
目を逸らし、顔を真っ赤にして俯いた。
まさか、ここまで雄真が乗り込んで来てくれるとは思ってもみなかった。
驚いた反面、貴重な時間を奪ってしまったことに申し訳無さを感じた。
しかし、それ以上に嬉しかった。自分に、ここまで気をかけてくれることが。
「母さんに説得されたのか?」
少し落ち着いてきたのか、雰囲気が柔らかくなったことを確認して、
雄真が尋ねてみた。
「ううん。確かに鈴莉先生はいたけど、口は出してこなかったし。
私にやって欲しいって言ってきたのはーーー」
『高峰ゆずは理事長が、春姫を脅したのです』
「へ?」
「ちょっ、ソプラノ?!」
『ちょっと黙っていて下さい、春姫。
雄真様には聞いてもらわねばなりません。
理事長は、春姫の雄真様への想いを利用したのです!』
「ぶっ?!」
雄真は返答に詰まった。当たり前だ。
春姫の屋上での告白は、今でも鮮明に思い出せる。
それを断ってしまった身としては、まさに耳が痛い話であった。
「…な、何があったのでしょうか?」
辛うじて捻り出した言葉も、敬語になっていた。
『よくぞ聞いて下さいました。
お話ししましょう。今日、理事長室で起こった全てを』
―――――――――ソプラノは、ノリノリで話し始めた。
「…なるほど」
ソプラノが話し終えると、雄真は顎に手を当てて考え込んだ。
顔が真っ赤なのを誤魔化そうとする仕草であることは明白だったが、
ソプラノは口に出さなかった。彼女のマスターである春姫は、
ソプラノの話が進むたびに「あー」とか「うー」とか言っていたが、
今は口を真一文字に結び、ひたすら沈黙を守り続けている。
恥ずかしさで死ねるのなら、春姫はとうに死んでいただろう。
「確かに、いじわるな言い方だなぁ」
高峰ゆずはという人物は、雄真もあまり知らない。
秘宝事件に関係して何度か顔を合わせはしたが、ほとんど会話をしてない。
幼少の頃にも繋がりはあったかもしれないが、まったくといっていいほど記憶にない。
しかし、ここまできつい言い方をする人ではなかったと思うのだが…。
「…話を聞く限りだと、鍵を握るのは式守家ってことになりそうだな」
『やはり雄真様もそう思われますか』
あのタイミングで理事長室にいたのだ。
転科試験に無関係とは考えにくい。
しかし、試験結果に影響を及ぼさないと断言したのなら、
試験官でもないということなる。それもそのはず。
そもそも護国が述べたように、学園自治に式守の力は及ばないはずだ。
だとしたら、転科試験には何の関係があるのだろうか…。
「…あの、雄真くん」
「ん? どうした、春姫?」
ソプラノと、あーでもないこーでもないと頭を捻っていると、
急に春姫が声を掛けてきた。
「あのね、えと。
女子寮の門限…。そろそろなんだけど。
…泊まるの?」
「…へ?」
『あら、大胆ですね。春姫』
「べ、別に変な意味じゃないよ!!」
『いえいえ、構いませんとも。
では、私は一足先にスリープモードにでも移行しましょうかね』
「ソプラノー!!!」
春姫がソプラノとわいわいやっている間、雄真は真剣に悩んでいた。
無論、どうやって女子寮から抜け出すかである。
(くそ、受付のおばちゃんがやはり立ちはだかるか。
あそこを何とか回避できないものだろうか。
…だめだ。出入り口はあそこ一つのみ。
それこそ、窓から飛んで逃げるくらいじゃなきゃ………)
「………ん?」
(窓から、飛ぶ?)
思ったより遥かに簡単に、答えは出たのだった。
からからから
雄真が出て行った窓を閉める。
まさか窓から跳び下りるとは思っていなかった。
まだ心臓がドキドキしている。
それにしても…。
『気付きましたか? 春姫』
「うん」
抽象的なソプラノの質問に、春姫は即答した。
「…身体強化魔法」
『足に掛けられた魔法にブレは感じられませんでした。
魔力の練りこみ具合も含め、足の強化という面においては文句の無い出来栄えです』
「風を、もうあそこまで使いこなせるなんて」
『とても魔法を習い始めて一ヶ月の少年とは思えません。
春姫、今回の試合は…』
「…うん。言われなくても、分かってる」
身体強化だけではないはずだ。
そもそも雄真の得意属性は火。
風があれだけ雄真の体に馴染んでいるのだとしたら…。
「私、決めたよ。ソプラノ」
『…何をですか? 春姫』
「3日後、本気でいく。
私の全てを、その試合で出すよ」
春姫は力強く、ソプラノを握りしめた。
「私、勘違いしてた。分かってたはずだった。
あの時の優しくて勇敢だった男の子に、同情や手加減なんて有り得ない。
それは、失礼だよ」
『…分かってきましたね、春姫。
頑張りましょう。油断していると、足元を掬われますよ』
「ええ、もちろん! 油断なんてしないわ!」
春姫もソプラノも、改めて肌で感じ取っていた。
小日向雄真の潜在能力の高さを。
そして。
―――――――――油断すれば、本当に掬われてしまうであろうことも。
励みになります。
個人情報登録等は一切ございませんので、
作品が気に入って頂けましたらお願いします。
Leica
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