「…ふぅ」

 収束させていた魔力を解く。
徐々に薄くなった魔力は、大気にスッと溶けていった。

「だいぶ良い感じで魔力が練れるようになってきたわね。
 濃度も申し分ないわ。…初めて一ヶ月にしては、だけどね」

「はは。褒められているとは思えないなぁ」

 雄真は苦笑しながら、自分の朝練に付き合っている彼の母、
鈴莉に振り向いた。

「それほど、転科試験は甘くないってことよ。
 魔法初心者が、一ヶ月の特訓で瑞穂坂学園高等部転科なんて。
 大ニュースになるかもしれないわ」

「まさか。メディアにタレこみなんてしないよね?」

「…もちろん。そのつもりはないわ」

「今の間は?! ねぇ!!」

「雄真くん?」

 笑いながら受け答えしていた鈴莉が、顔を正す。

「秘宝事件以後、貴方の魔法の成長ぶりは凄まじいわ。
 成長速度だけで言えば、全盛期の私を遥かに凌いでる」

「……」

「転科試験の合否を問わず、自分の力に責任を持ちなさい。
 それだけ大きな力を、既に貴方は得たのよ。
 慢心しても駄目だし…。…絶望することも許されないわ。
 無責任に放り出すことは、もうできない」

「…!」

 過去の思い出が脳裏を過ぎる。
公園、いじめっ子、そして春姫。
雄真は知らず知らずに拳を握りしめていた。

「大丈夫だよ。母さん。
 おれはもう子どもじゃない。
 自分の責任を魔法に押し付けるような真似、
 二度としない」

 鈴莉は軽く目を見開いた後、満足そうに頷いた。

「…なら、安心ね」



 ―――――――――雄真の魔法科転科試験、前日。






happiness story『小日向雄真の魔法科転科奮闘記』

Magic6.試験前日






「どういうことですか?!」

 両手をテーブルに叩きつけて、魔法科教師・九条陽菜(くじょうはるな)はそう叫んだ。

「陽菜先生落ち着いて――――――」

「落ち着いていられるもんですか!! 」

 自分を抑えようとした目上の教師相手にも怒鳴りつける。
態度としては悪いとしか言いようがないが、
今はそのことについて咎める者は誰もいなかった。
 ―――――――――なぜなら。

「転科試験希望の小日向雄真君が、マジックワンド未所持など!!
 いくら御薙先生の息子といえど、むちゃくちゃです!!
 相手はあの神坂春姫なんですよ!!!」

 そういうことである。
これはここにいる教員の誰もがそう思いつつ、口にしなかったことだ。

「おまけに魔法服は、学園においてある予備の物を使うなんて!!
 どんなハンデですか、それは!!!」

 対戦相手はアンタの弟子なんだぞ!! と言外に言い放つ。

 マジックワンドが、術者の魔法発動を補佐する武器であるのに対して、
魔法服は術者の身を守る防護服となる。服には複雑な魔法が編み込まれており、
術者の魔力に応じて効力を発揮する。
それだけならどれでもいいじゃんと思うかもしれないが、そういうわけでもない。
やはり、個人個人に合う魔法の編み方というものがあり、
自分に合っているものを着ていた方が効力を発揮しやすいのだ。
 よって、魔法科の生徒は例外なく、オーダーメイドの魔法服を所持している。
(上条姉妹は制服に無理矢理魔法を編み込んだ)

 魔法戦闘においては、そういったちょっとしたスペックの差で勝敗が決することもある。
この雄真の転科試験を明日に控えた教員会議では、今更のようにこの問題が議題となっていた。

「これは正式に学園が受理した転科願いです。
 取り消しは不可。九条先生? まずは着席しなさい」

 鈴莉は陽菜の怒気をいとも簡単に振り払い、静かに口にした。

「…ぐぅぅっ」

 歯を噛み締めながら着席する陽菜を見て、鈴莉は続ける。

「書面を見ての通り、魔法制御具は身に付けています」

「それは、自身の体内に司る魔力の循環を制御するまででしょう!
 魔法として発現させるために、体外へと出た魔力には影響を及ぼさない!
 魔法発動のプロセスには、さほど大きな役割を果たしません!!」

「もちろん知っています」

「…話が噛み合ってないと感じるのは、まだ私が教師として未熟だからでしょうか。
 鈴莉さん?」

 こめかみをピクピクさせながら陽菜は唸った。早くも素が漏れ出ていた。

「私の息子を心配して述べてくれてるのなら、ありがたいけど結構よ。
 この転科試験の実技程度なら、ワンドも専用の魔法服もあの子には必要ない」

 教員一同がざわめいた。

「…今の発言、何を意味しているかわかっているんですか?」

「ええ。そのつもりよ。
 小日向雄真は、実技試験において勝てないまでも
 神坂春姫と善戦するでしょう。そう、私の弟子とね」

 唖然とする陽菜含め教員一同は、
あたかも当然のように言い放った鈴莉の一言に絶句した。






キーンコーンカーンコーン

 昼休みを告げるチャイムが鳴り、教室が慌ただしくなる。
授業を終え、Oasisにでも行くかと席を立った雄真に準が寄って来た。

「Oasisでしょ? 一緒してもいい?」

「もちろん。行こうか」

「あ、待てよ。俺も行くぜ!」

 準とハチを連れ立って教室を出る。
Oasisに向かう途中、準が感心したように雄真に語りかけた。

「それにしても真面目すぎるんじゃない?
 転科試験、明日でしょ? 律儀に登校してこなくてもいいのに」

「律儀に登校はしても、律儀に授業は受けてないぞ?
 授業中は魔道書を読んでるからな」

「何言ってんのよ、それでも十分凄いと思うわ」

「そうだぜ、雄真。お前いつも通りすぎるんだもんよ。
 ったくこっちの方がハラハラしちまうぜ」

「はは、やれるだけのことはもうやったからね。後は明日頑張るだけだ」






「うわ、めちゃめちゃ混んでるな。ちょっと出遅れたか」

 ハチが呟くのも無理はない。
Oasisは大繁盛という言葉も生ぬるいくらいの人で溢れていた。

「…これは購買かしらねぇ」

 雄真が準の言葉に賛成しようとしたところで、音羽が声を掛けてきた。

「ゆーまくーん! こっちこっち!」

 小さい背でぴょこぴょこ飛びながら、懸命に自分をアピールしている。
見ていてなんだか微笑ましくなってしまった。

「行ってみるか」

 三人で人ごみを掻き分け、音羽の元へと向かう。
そこにはこの人ごみの中、使用されていないテ−ブル席。
テーブルには、
 ―――――――――『転科を望む英雄の席』というプレートが置いてあった。

「かーさん!!!」

「だって、前日くらい少しでもリラックスさせてあげたかったんだも〜ん!」

「こんな贔屓された状態で寛げるほど図太くないよ!!」

 こんな席に座って、食後にケーキでも注文しようなら殺されてしまうだろう。

「平気よ。今日この席は公認で指定席なんだから」

 音羽はしれっとそう告げた。

「…へ?」

 雄真が間抜けな声を上げるのとほぼ同時に

うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!

 Oasisに来ていた学生たちが盛り上がり始めた。

「明日は頑張れよ!!」

「魔法科で待ってるわよー!!」

「うらやましいぞちきしょー!」

「絶対落ちんじゃねーぞー!!!」

 次々に声援が雄真に届く。

「うおぉ、すげーな」

「もうヒーローね。ああ、英雄だっけ?」

 ハチと準がそれぞれ呟く中、雄真は…

(リラックス…むり)

 と呻くように席に着いた。






 今なら塩と砂糖を間違えられていても気付かないような味覚で
Aランチを食べていた雄真に、影が差した。

「こんにちは、英雄さん。良い食べっぷりですね」

 高峰小雪が雄真の横に立っていた。

「…こ、小雪さんいつの間に」

 気配を全く感じさせなかった小雪に、同席していた準が驚きの声を上げる。

「ふふふ。今日は転科試験を明日に控えた雄真さんに、
 素敵なプレゼントを持って参りました」

「…なんです?」

 Aランチから顔を上げ、小雪に問う。
少し訝しげな聞き方になってしまったのは許して欲しい。
今までの実績がものをいうのだ。信頼というやつは。

「これです」

 小雪はエプロンのポケットから取り出して、テーブルに置いた。

「…鉛筆?」

「ただの鉛筆ではありません。コロコロ鉛筆です」

「結構です」

 即答した。

「まあまあ、聞いて下さい。
 私の得意な魔法、ご存じですよね?
 そう、予知です。なんと私は、明日の雄真さんの転科試験問題を予知し、
 その鉛筆を転がせば、問題に合わせ的確な解答を示せるようプログラミングを…」

(ま、まじか…)

 震える手で鉛筆に手を伸ばした雄真を見て、小雪は告げた。

「…しようとしたのですが、うまくいかなかったので取りやめてしまいました。
 その時に用いた鉛筆です」

バキッ!!

 雄真はその鉛筆を何の躊躇もなくへし折った。

「ああ、資源を無駄にしてはいけませんよ?」

「ほっといて下さい!!」

 雄真が呻くのを見て、小雪はクスクスと笑った。

「流石は私の雄真さんです。
 仮に成功していても使いませんでしたね?
 私が結論を口にする前から、鉛筆を握った手に力を込めていました」

「…私の雄真さん?」

「失礼。私の見込んだ雄真さんでした」

「意図的すぎるでしょ!! その間違い!!!」

 雄真は堪えきれず、ため息をついた。
当たり前だ。仮に完成品だったとしても使う気はなかった。
それは今日まで、誠実に付き合ってきてくれた面々を裏切ることになる。

「…で、何の用です? 小雪さん」

「いけずですね。まあいいです。
 プレゼントをご用意したというのは本当です。
 これを」

 テーブルに置かれた一枚の紙。そこには

 『雄真さん専用占い優先権』

「是非、明日の雄真さんのご健闘を占って差し上げたく、
 こうしてわざわざ――――――って、雄真さんは何処ですか?」

「雄真なら逃げました」

 食後のフルーツを口にしながら、準が答えた。

「仕方ありませんね。では私も。
 あ、ウェイトレスさん。五穀米カレーをひとつ」

「雄真居なくなっちまったから、
 この席いちゃいけない気がするんだが…」

 ハチは普通に相席してきた小雪を見ながら、そう呟いた。






ガコンッ!!

 屋上の扉を開く。気持ちのいい風が頬を撫でた。
結局、校内は何処に居ようが明日の転科試験の話で持ち切りであり、
当事者である雄真は休むどころではなかった。
ふらふらと屋上に逃げてきた雄真だったが、その選択は正解だったようだ。
運よく屋上には誰も居なかった。

「…しんど〜」

 屋上のベンチに倒れこむ。
今日は小雪を除く魔法科の面々には会っていない。
おそらく、自分が明日を変に意識しないようにと気を使ってくれたのかもしれない。
小雪も手段はアレだったが、彼女なりの激励だったのだろう。

「…空が青いなぁ」

 試験は明日。雄真は自身の左手・人差し指に付けている指輪に目を向けた。
それは秘宝事件の時、鈴莉から貰った魔法の制御アイテム。
日の光を反射し、青い魔法石がキラキラと輝いた。

 ふと、鈴莉からマジックワンドを勧められたことを思い出す。
マジックワンドの有用性は、春姫や杏璃から予てから聞いていたし、
伊吹・信哉と対峙した時にも、身を持って味わっている。
しかし、雄真は断った。

(そりゃそうだ。俺にとってはその為の転科試験なんだから)

 雄真が正面から転科試験を受けようとした理由。
それは、

『この試験に合格してこそ、俺は本当の魔法使いに「戻れる」』

 幼い頃、無責任に魔法を手放して得た魔法の無い穏やかな生活。
そして起こった伊吹の秘宝騒動。自身の責任と共に放り出した魔法を、
「普通科である小日向雄真」は、何のけじめも付けず再び魔法を使用した。
そして、その流れのまま、今も雄真は魔法を使っている。

 だからこそ、雄真は己に試練を課した。
すなわち転科試験を受け、誰も否定できない正式な「魔法科の小日向雄真」になる為に。

「マジックワンドは、魔法使いたる正式な証だ。
 俺が手にするのは魔法科に転科してから。
 それは間違っていないはず…」

 仮にそれで転科試験に落ちようとも、それはあくまで自分の実力不足だったということだ。

(―――――――――あの時みたいに、魔法のせいにはしないさ)

 雄真は強く手を握りしめた。






キーンコーンカーンコーン

 放課後を告げるチャイムが響く。

「小日向、明日頑張れよ!」

「魔法科に行っても、偶にはこっちに顔出せよな!」

「ありがとう、頑張るよ。
 …って、仮に明日受かったとしても、もう何日かは普通科にいるわ!」

 帰宅ついでに次々と声を掛けながら、雄真はそう返した。
ちょうど激励の一区切りがついたところで、準とハチが寄ってくる。

「いよいよ明日ね。
 雄真もう一度考え直さない?
 貴方がいない生活なんて。私、考えられないの!!」

「雄真ぁ!! 絶対女の子紹介しろよ!! 絶対だぞ!!」

「うるせぇよ?! 二人揃っておもしろおかしいこと叫んでんじゃねぇ!!」

 そう返しながら、雄真はきちんと気付いていた。

(…俺が合格すること前提のセリフだもんな。怒るに怒れないじゃんか…)

 完全に信頼を置いてくれている二人に、改めて感謝を覚えた。

「…ありがとな。二人とも」

「「ん?」」

 息がぴったりだ。おそらく俺が何を言わんとしているかも、もう想像付いているのだろう。
それくらいの時間、三人は共にいたのだ。

「魔法科行っても、俺は俺。
 俺たちの関係は変わらないさ。
 …だから、これからもよろしくな!!」

 敢えて強気に返した。自分も、合格を疑わないと。
二人の信頼には、全力を持って応えたかった。

「当たり前よ!!」

「その通りじゃー!! お前だけハーレムを楽しませてたまるかー!!」

 三人で、笑いながら帰路についた。






「ごちそうさま!」

 雄真は箸を置き、元気よく口にした。

「うわぁ。兄さん食べるの速すぎですよ!!」

 見ればすももはまだ1/3も食べていない。
速かったことを否定はしないが、すもものスピードがいつも通り遅いせいでもある。

「先にお風呂入っちゃいなさい。後は全部私たちがやっておいてあげるから。
 ただ、湯冷めには気を付けるのよ?」

「ありがとう、かーさん。そうさせてもらうよ」

「兄さん」

 そう応え、席を立つ雄真にすももが声を掛けた。

「明日、頑張ってくださいね。
 夕食にはコロッケをたくさん作りますから!」

「はは、それは合格しなきゃいけない理由がもう一つ増えたな。
 任せとけ、必ず合格してみせるさ」

 そう言って雄真はリビングから出て行った。
それを見計らったかのように音羽がすももに尋ねる。

「…それで、首尾は?」

「ばっちりです。伊吹ちゃんにかかれば、失敗なんてないですから!」

「そう! それじゃ、明日のお見送りは素晴らしいものになるわね〜。
 それでそれで? 文字は何にしたの?」

「ふふふ。明日のお楽しみです!」

「あ〜ん! ひっぱっちゃいやよ、すももちゃん!
 じゃあ、一文字だけ!!」

「仕方ありませんね。ずばり、『こ』です!!」

「『こ』かぁ。って、それじゃ何にも分からないわ?!」

 …小日向家の食卓は、今日も賑やかだった。






ギシッ

 雄真はゆっくりとベッドに体重を預けた。
時計の短針は、まもなく頂点を向こうかという時間。

(…こんなに早く寝るのは、あの皆でボーリング行ったとき以来だな)

 すでに微睡みかけている思考で、雄真はそう思った。
体が睡眠を欲している。あの時春姫に言われた通り、
あのままの生活で突っ走っていたら倒れていただろう。

(…ホント、皆には頭が上がらないな)

 雄真は苦笑しながら目を閉じた。

(…泣いても笑っても、明日結果が出る)

 そこまで考えて、雄真の思考は完全に閉じられた。
時計の短針が頂点を指す。



 ―――――――――こうして。雄真は魔法科転科試験、当日を迎えた。


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