「今、雄真くんが魔法服に着替え終え、こちらに向かっていると連絡が入りました。
神坂さん、準備はよろしいですか?」
「はいっ!!」
魔法実習ドームでスタンバイをしていた春姫に、ゆずはが声を掛けた。
春姫は今日の授業をまるまる公欠している。
既に昼食も摂り、今は最後の調整をしていたところだった。
「…? 顔付きが変わりましたか?」
ゆずはの質問に春姫は、
「雄真くんを、信じてますからっ!」
笑顔でそう言い切った。
Happiness story『小日向雄真の魔法科転科奮闘記』
Magic8.小日向雄真vs神坂春姫
魔法実習ドームとは、その名が指す通り魔法実習を行う際に使用する練習場である。
ドーム自体に魔法による障壁が張られており、ちょっとやそっとの魔法では傷一つつかない。
魔法科の魔法実習にはこの場所が使われる。大きさは普通の学校の体育館レベルを想像してもらえばいい。
もちろん、運動で使う本来の体育館とは別に用意されている。
このことからも、瑞穂坂学園の敷地の雄大さや、施設環境の良さが伺えるであろう。
「じゃあどうぞ、雄真君!!」
「…し、失礼します」
元気いっぱいの陽菜に連れられ、雄真はドームの扉をくぐった。
その先は少し長い廊下になっており、最奥のもう一枚の扉を開けた瞬間、雄真は眩い光に目を細めた。
「ようこそいらっしゃいました。
小日向雄真君」
雄真の入室を確認してゆずはが声を掛ける。
中には既に試験用のフィールド魔法が張られており、大きな魔方陣がドーム中央に描かれていた。
ゆずははそのフィールドの外側、出入り口に立っている雄真とは対極の場所に設置されている
審査員席に座っていた。横には母である鈴莉を含め、計6名の教師が同じく腰掛けている。
そしてフィールド中央には、
「よろしくね。雄真くん!」
既に春姫がスタンバイしていた。
「ちょーっと失礼」
そう言って雄真の脇を通り抜けた陽菜は、迷うことなくその足を鈴莉の元へと向けた。
「御薙先生」
「あら、なにかしら?」
「考え直す気はないのですか?」
直ぐにワンドの事だと悟った鈴莉は、
「ないわね」
即座に切り捨てた。
「鈴莉さんっ!!!」
「…九条先生。試験官たる貴方が審査員席で何をしているのです?
早く試験を取り仕切って下さい」
そう告げて、鈴莉は試験官用の小型マイクを差し出した。
試験官は魔法実践中、万が一の時実力介入する必要がある。
その際、魔法の音で自分の声が掻き消されないようにマイクをする義務があるのだ。
「…っ!!」
それをひったくると、自分の襟に取り付けながら、陽菜はフィールド中央へと歩いて行った。
『あ、ああああああ!!
テステステス!!!テストちゅーーーーー!!!』
陽菜が大声でマイクの調整を始め、雄真は不覚にもビクッとなってしまった。
鈴莉と何を話しているのか気になっていた雄真は、無駄と分かりつつも聞き耳を立てていた。
そのため普段よりも聴覚が敏感になっていたのだ。
こういった仕草は恒例のものなのか、春姫は陽菜をみて苦笑していた。
『こほん』
陽菜が一度咳払いをして、雄真を見る。
(…いよいよか)
雄真は気を引き締めた。
『それでは、魔法科転科試験・最終科目、模擬実践を行います。
小日向雄真君、前へ』
「はいっ!」
陽菜の指示に応え、雄真はフィールドに足を踏み入れた。
フィールドの中央では、既に春姫がソプラノを手にスタンバイしている。
目が合うと、春姫はにこっと笑った。
「雄真君なら大丈夫だよ」と目で励まされ、震えていた手から力が抜ける。
今更ながら、震えるほど緊張していたことに気付き、苦笑する。
(そうだ。やるべきことはやった。後は、その力を発揮するだけ)
深呼吸をする。大丈夫だ。いける。
左手の人差し指に填った指輪が、一瞬呼応したかのように青く煌めいた。
『対戦者・神坂春姫に勝つ必要はありません。
この模擬実践においては、勝敗の結果ではなく過程を重視します。
貴方の実力の全てを、ここで発揮して下さい。
よろしいですね?』
「はいっ!」
再度元気よく返事をする雄真を横目に、
陽菜は審査員席に腰掛ける、御薙鈴莉を伺った。
対して鈴莉は済んだ話と、目もくれず首を振る。
視線は我が子を捉えたまま離れない。
陽菜はやむを得ず、視線をフィールド中央に戻した。
『それでは、模擬実践を開始します。
用意…始めっ!!』
「「エル・アムダルト・リ・エルス」」
二人の詠唱は同時にスタートした。
ソプラノを掲げる春姫と、左手を差し出す雄真。
詠唱スタイルは異なるものの、その他は一切違わず朗々と詠唱する。
「「カルティエ・ディ・ルテ・エル・アダファルス!!」」
詠唱終了と同時に、二人の手に眩い魔法球が発現した。
両者共にそれを上空に掲げ、見つめ合う。
攻撃魔法ではない。あれほどまでに心が温かくなるような魔法が、攻撃力を持つはずが、ない。
雄真と春姫はお互いの魔法球を見て、微笑んだ。
思い出の男の子と女の子が、時を越えて再び交錯する。
言葉には出さなかったものの、雄真と春姫はお互いに相手が言いたかったことを理解した。
「ただいま」「おかえり」と。
『…ちょ、ちょっと?』
何を勘違いしてるんだ、と陽菜が声を掛けようとしたところで、
「「エル・アムダルト・リ・エルス」」
空中に浮かぶ魔法球を気散させ、二人は再び同じ呪文を唱え始めた。
「カルティエ・ディ…」
「ウィンズ!!」
ここからは詠唱が違った。雄真の足に身体強化の魔法が掛かる。
春姫の詠唱に構わず、雄真は地面を蹴った。
『春姫!!』
「…っく?! ディ・ラティル・アムレスト!!」
「…リ・カルティエ・ディ…」
春姫は雄真を目前にして、詠唱中の呪文をキャンセルし障壁に切り替える。
3音で発現した6枚の障壁は、一目見ただけで並々ならぬ強度を誇っていることがわかった。
しかし、予想通り。こうして正面から攻めれば、春姫が防御に入るであろうことは予測していた。
「…ルテ・エル…」
雄真は春姫の障壁を視界に捉えながら、再び地面を蹴った。
ドンッ!!
一瞬で春姫の上へと移動し、
「アダファルス!!!」
得意の火属性魔法を解き放った。
「うっ?!」
寸前の所で障壁をずらすことに成功した春姫は、
上空からの奇襲を何とか防ぎ切った。
バシュウウウウウウウウ!!!
雄真の魔法が春姫の障壁に敗れ、掻き消される。
春姫の後ろに着地した雄真は、苦笑いを浮かべた。
「やっぱ、間に合っちゃうのか。
流石だな」
「ふふふ、ちょっとひやっとしたけどね」
そう答えると、春姫はソプラノを前に構えて笑みを消した。
「もっと見せて、雄真くん。
あなたの実力は、まだまだこんなものじゃないでしょ?」
そう言うと、春姫は無詠唱で炎の矢を3つ発現した。
「…げ」
シュバババッ!!!
それと同時に放たれた3本の矢は、寸分違わず雄真を狙い撃ちする。
「うおおおっ?!」
身体強化の効力で速さを増した雄真はその3本から何とか逃れるが、
「…アダファルス!!」
その間に詠唱されていた春姫の魔法、今度は火球8つに襲われていた。
しかも、今度はタイミングも着弾点もバラバラだ。
ドガガガガガガガ!!!!
雄真の周りに次々と火球が着弾する。
華麗なステップでなんとかいなす雄真だが、
避けている間に春姫の次の詠唱が完了し、次の火球が飛んでくる。
防御にしか手が回らなくなっていることは、一目瞭然だった。
「…ふむ。身体強化には驚かされましたが…。
というより、ぶっちゃけもう合格でもいいのですが…」
ゆずはは火球の嵐を見据えながら、そう呟いた。
開始早々ではあるが、転科試験はもう結果が出た。
身体強化魔法など、2学年はおろか3学年でも使えるものはそういないはずだ。
まさか本当に一ヶ月と少しでここまでこようとは。
鈴莉の親ばかフィルターでどれほど着色されているか見極めようと思っていたゆずはは、
驚愕を通り越して逆に呆れてしまっていた。
横を見ると、鈴莉が真剣な顔つきで試合を見守っている。
さらに奥の、文字通り開いた口が塞がらなくなっている教師達は見なかったことにした。
鈴莉は一言も口にしない。まるで、何かを待っているかのように…。
(まさか、まだ何か隠しているというの…?)
ゆずはは黙って目を前に戻した。
春姫の魔法ラッシュは留まることを知らない。
その火炎によって、ドームには薄い煙が立ち込め始めていた。
別にドームが燃え出した訳ではない。
フィールド障壁が春姫の魔法を受け止めた時の副作用みたいなものだ。
それをもちろん知っている陽菜は、雄真と同じ身体強化の魔法を、
但し風ではなく光を、足ではなく目に掛けた。
(神坂さんが考えなしの連射をするとは思えないけど…)
春姫の放つ火球と春姫、そして逃げ惑う雄真をそれぞれ目で追いつつ、陽菜は疑問符を浮かべていた。
身体強化魔法によって強化された目は、魔力の流れをしっかりとその目で捉えている。
移動系でもっとも効力を発揮する風は、主に動作に関する身体強化に用いられる。
対して視覚系でもっとも効力を発揮する光は、主に目の視覚強化や手での幻術などに用いられていた。
陽菜が行っているのもまさに視覚強化の一種であり、ここでは視力の強化ではなく、
目に映すものの強化いわゆる映力強化(えいりょくきょうか)である。
じっくりと魔力を眺めていた陽菜は、春姫の体を纏う魔力の“色”が変わったのを的確に捉えた。
(…なるほど?)
陽菜は、春姫がこれから行わんとすることを誰よりも早く突き止めた。
(…おかしいな。春姫がこんなスタイルで来るなんて)
雄真は、身体強化で得たスピードで春姫の魔法を何とか掻い潜りながらそう思った。
まるで杏璃と戦ってるみたいだ、という考えは即座に切り捨てる。
こちらの布石は既に打ってある。というより今終えたところだ。
あとは実行に移すだけなのだが、どうにも不安が拭えない。
(あんま時間掛けるのもまずいんだが…)
そう考えた直後、
ガシィッ!!!
「…なっ?!」
地を這ってきた拘束魔法が雄真を捕らえた。
「…これは、光の拘束魔法か」
「そうだよ、気付かなかったでしょう?」
火球の連打を止めた春姫が得意げに答える。
光の拘束魔法「ディア・ダ・オル・アムギア」。
秘宝事件から、何度も見てきた春姫の得意魔法の1つだ。
雄真も注意はしていたのだが…。
(…火球で目を引くだけでなく、その副作用によって生じる煙で地面を見えづらくしていたのか)
これほどまでに、綺麗に拘束されるとは流石に思ってなかったため、
雄真は悔しいよりも先にびっくりした顔をしていた。
「…この勝負は俺の負けかな?」
「雄真くんがそこから抜け出して、まだ戦えるならその限りじゃないよ?」
そう言って春姫は陽菜へと目を向けた。陽菜も雄真がどう出るかを伺っている。
勝敗が全てではない、という決まりはこんなところにも効果があるのか、と雄真は考えた。
「…それで? どうするの? 雄真くん」
「もちろん、やれるさ!
アダファルス!!」
魔力を全身から解き放ち、春姫の拘束魔法に干渉する。
魔力量で押し負けた春姫の拘束は、統制を失い気散した。
その動作に審査員席からどよめきの声が聞こえたが、気にしない。
体の自由を取り戻した雄真は、改めて足に強化魔法を掛けなおした。
「さっきと同じ奇襲は通じないよ?
今度は、攻撃詠唱まではさせない」
春姫はソプラノを構え、雄真の様子を伺った。
体術で来るなら防御を、詠唱で来るなら応戦をと考えているらしい。
確かに、先ほどと違い流れで攻撃魔法を詠唱させてくれる雰囲気ではなさそうだ。
だが、雄真は笑いながら、
「…いや、今度のはもっと速い」
ドンッ!!
風の力を借りた足は、目にも止まらぬ速さで春姫の後ろを取る。
「…っ!!
ディ・ラティル…!!」
「“オープン”!! アダファルス!!!」
僅か1音で発現した雄真の火球は、詠唱途中の春姫を完全に捉えた。
その瞬間―――――――――。
「ルークス!!!!」
陽菜の光の障壁が、春姫と雄真の間に瞬時に発現した。
ズガガガガガガガガガガガガンッ!!!!!!
雄真の火球を全て受け止め、凄い音を放つ。
「きゃあああああ?!」
「うおおおおおお?!」
春姫は突然の轟音に耳を塞ぎ、雄真は衝撃を受けて2〜3m吹っ飛んだ。
光の障壁が炎の玉を掻き消し、ゆっくりと気散した。
会場は、静まり返っている。雄真の呻き声だけが嫌に響いた。
パチパチパチ
ゆずはは立ち上がり、その手を鳴らし始めた。
それに従い、ほかの教員も我に返って立ち上がる。
鈴莉だけはそれに倣わず、体を震わせて泣いていた。
「素晴らしい腕前でした。
風の身体魔法に火の攻撃魔法、そして最後は遅延呪文ですね?
魔法の質、種類、発動のタイミング。
審査員の目からみれば、
どれをとっても文句のつけようがありません。
…九条試験官? 」
ゆずはの声に従い、陽菜は頷き手を上げた。
『そこまでとします!!
魔法科転科実技試験・模擬実践の結果、小日向雄真君を合格と認定します!!』
陽菜はマイクでそう叫んだ。
「ご、合格…?
じゃあ、俺は…」
「これからは、瑞穂坂学園魔法科としての、貴方の活躍に期待します。
魔法使い・小日向雄真君」
「…あ。ありがとうございま――――――!!」
「雄真くんっ!!!!!」
お礼の言葉を言い終わる前に、春姫が抱き着いてきた。
「よかった!! よかった!! よかったよぉ〜!! 雄真く〜ん!!!」
雄真の胸に顔をうずめながら言う春姫の頭を、雄真はそっと撫でた。
「…ありがとな。春姫。春姫の、そして皆のおかげだよ。
おかげで俺は…。俺はまた、魔法使いとして道を歩んでいける」
見れば春姫の顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。
ひっくひっくと嗚咽を漏らす春姫を、雄真は落ち着くまで抱きしめていた。
「青春ですね〜」
陽菜はそう言いながら、取り外したマイクを審査員テーブルに置く。
「まさかワンドと魔法服、そして経験値のハンデがあった状態でも
ここまでやってのけるとは。…御薙の血を甘く見ていたようです」
「あらあら、それでも貴方は立派よ。ちゃんと自我を保てているのだから。
この体たらくを御覧なさい」
ゆずはは呆れたように同席していた教師陣を見据える。
まだうまく頭が動いていないらしい。それを見て陽菜はクスクスと笑った。
「う〜ん?
これは審査員としての機能を果たしたのかな?
まぁ、驚きが合格基準とするならアリなのかもしれませんが」
「…そんなわけがないでしょう。
鈴莉、良かったわね。貴方の息子は良い成長を遂げたようじゃない」
「…! …っ。ええ。…ええ」
ゆずはの言葉に鈴莉は何度も頷いた。
あの時魔法を捨てた我が子が、こんなにも強く。逞しくなって。
この魔法の世界に帰って来てくれた。
その事実に、鈴莉の体の震えはなかなか止まってくれなかった。
その光景から目を放し、再びフィールドへと目を向けた陽菜は、
「ふふ、やっとおもしろくなってきたじゃないですか。
この世代の魔法科も!!」
と、そう呟いた。
フィールドではやっと我に返ったのか、春姫が雄真から離れ、
ぺこぺこと頭を下げているところだった。
励みになります。
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Leica
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