「俺は、お前たちの素性を知ろうとは思わないし、名前にも興味がない」

 開口一番、新橋恭介はそう言い放った。

 ここはとあるホテルの一室。総勢20名。
そこに集められた魔法使いたちは、その言葉を黙って聞いていた。

「お前らと同様、こちらは世間にこのことを知られたくない。
 俺とお前らを縛るもの。それは金だけだ。
 全員、満足のいく金額は貰ったろう?」

 全員が頷く。
既に金は契約金として半額支払われている。
その金額だけでも、自分たちが想像していた金額よりも倍以上高かった。
さらに、この仕事を成就できればもう半額入ってくる。
文句の言いようもなかった。

「作戦は成功が第一。
 間違っても負けて捕まってくれるな。
 仮に捕まったとしても、俺との関係を喋るのだけは絶対に許さん。
 わかってるな?」

 また皆揃って頷く。

「まずは…。お前と、お前。
 先制して2、3人潰して俺の所へ引きずってこい。
 間違っても殺すな。死んだ奴からは情報を抜き取れねぇし、
 何より殺しまでしちまうと大事になっちまうからな。
 俺は予め説明した所で、他の奴らと待機してる」

「わかりました」

「いいだろう」

 二人が了承したのを見て、新橋が続ける。

「抜き取る情報は、向こうの陣営。それだけだ。
 ものの数秒で終わる。終わり次第、俺は転移魔法を使ってA班を学園の森へばらばらに飛ばす。
 おそらく、森にも何人か配置しているだろう。適当に遊んでやれ」

 喋りながら、新橋は煙草に火を付けた。

「んで、B班はそのタイミングで校舎に突入。指定した場所へ向かえ。
 別にそこで何を取ってこいとは言わねぇ。ただ向かうだけでいい」

 その言葉に、B班と割り振られていた面々は首を傾げる。

「お前らは陽動だ。但し、間違っても気を抜くなよ?
 そこにはおそらく御薙鈴莉と高峰ゆずはがいる」

 全員が息を呑んだ。

「学園には警察も入り、向こうもあまり派手な動きは見せないだろう。
 指定した場所に向かえとは言ったが、そこまで行き着く必要もない。
 適切な距離を保ち続け、あたかも攻めあぐねているように見せてればいい。
 わかったな?」

 少し安堵したような者もいたようだが、新橋はそれを咎めなかった。

「肝心の俺の目的については、きっちり俺がやる。
 お前らは何も知らなくていい。やるべきことをやれ。
 そうすれば、もう半額もお前らの物だ」

 全員が再度頷いたのを確認して、新橋はゆっくりと立ち上がった。

「んじゃ、行くか」






Happiness story『小日向雄真の夏休み戦争』
Magic10.音の無き侵攻






 戦闘は、全ての場所でほぼ同時に開始された。
しかし、戦闘とは言ってもあくまでひっそりと。

 ゆずはは理事長の権限をフルに使い、学園にはこの一週間、誰も入ってこないように手配した。
それは生徒はもちろんのこと、用務員も、教師までも。

 シーンと静まり返った校舎に、敵の足音が響く。
鈴莉の研究室は3階。おそらくそこに鍵が隠してあるであろうことは相手方も知っているはず。
鈴莉とゆずはは、敢えてその隠し場所を変えず迎え撃つことにした。
お互いの配置は、鈴莉が研究室の扉の前で、ゆずはが鈴莉の研究室の真上となる屋上。
校舎内から向かってくる敵は鈴莉。窓から侵入しようとすればゆずは。

 2人の大魔法使いから強固に守られたその場所は、容易に近づくことすらできないようだ。
校舎内では3階に上がってくる途中の階段で、校舎外では研究室の窓が見える茂みから、伺うような息遣いが聞こえてくる。

 鈴莉とゆずはは微動だにしない。
それが相手にとって一番やりずらい展開だった。
目的となる場所から一歩も動かないのであれば、どうしようもない。
なにせ、戦って勝てる相手ではないからだ。

 このこう着に状態に痺れを切らした男が、階段の影からこっそり鈴莉を覗こうとした瞬間。

「アダファルス」

ボゥンッ!!!

「があ?!」

「ディア・ダ・オル・アムギア」

バシィィッ!!

 男に火球が直撃し、瞬く間に光の拘束魔法が捕らえた。
影から息を呑む音が聞こえる。本当に一瞬の出来事だった。
援護する隙すら与えない。気が付けば仲間が攻撃され、地面に伏す前に束縛されていた。

「貴方たち」

ビクッ

 突然女性の声が廊下に響き、残りの隠れた魔法使いたちは硬直した。

「私はここを一歩も動かないわ。
 この状態に痺れを切らした者から。
 ゆっくりと、順番に出てきなさい?
 私の姿を貴方たちが捉える前に、私は全てを終わらせる」

   その声を聞き、残りの魔法使いは同時に同じことを思った。
あの報酬金額に対して、この仕事は割に合わない、と。






「レム・ラダス・アガナトス」

 突如発生した魔法の渦に、二人の魔法使いが捕らわれ、宙を舞った。

ドシャッ

 そのまま、何の抵抗もなく地面に叩き付けられる。二人は既に意識を失っていた。
茂みから、多少乗り出してその光景を目にしていた者は、慌てて直ぐに身を隠した。
仲間を助けるのは諦めたらしい。

 それを目で確認はしていたが、ゆずはは追撃を仕掛けなかった。
少しでも外す可能性があるならば、仕掛けない。それは鈴莉と徹底していた事だ。
あまり相手に自棄になられて、魔法を連発されてもまずい。
戦闘における沈黙は恐怖を呼ぶ。焦りが生じる。隙ができる。
そこを突いていけば、こちらに負けは無い。
奢りでもなんでもない事実。もっとも勝率が高い安全策だ。

 今日も警察は学園の現場確認に来ている。
ゆずははその対応を、ある人物に一任していた。
自分からの携帯電話のワンコール1つを合図として警察を誘導し、
この魔法科校舎と森からもっとも遠い学園の入口付近の駐輪場で、ひたすらに時間を稼げと言ってある。
そういった“演技”をしてくれと。

 正直な話、相手方はどう思って行動しているかは知らないが、
ゆずはを含めた学園側は、もう警察に隠して行動する必要がなくなっていた。
別に秘宝の話を馬鹿正直に打ち明けたわけではない。

 瑞穂坂学園に侵入した謎の男にどう対応するか、
と息を巻いていた警察に待ったをかけたのは式守家当主・式守護国。
言ったのはたった一言。

『我が地に無礼を働いた輩の見当はおおよそついている。
 我々式守家でかたをつける故、手出ししてくれるな』

 日本に名を馳せる名家のうちでも、“七賢人”と呼ばれる七家のうちの一角。
“光の加護を受けし一族”の声は、あまりにも強い。
日本魔法協議会にすら介入できる権限を持つ式守家当主から、手出しをするなと言われたのだ。
警察は何も事情を知らぬまま、ただカモフラージュとして、
学園側から手配された教師の指示に従い、ひたすらに現場検証まがいのことを続けさせられていた。

 当初ゆずはは、この件に式守家が白昼堂々介入することは無い、と踏んでいた。
仮に式守の秘宝の事まで嗅ぎつけられてしまえば、もっとパニックになっていたはずだからだ。
しかし、護国が進んで介入を申し出てきた。これはもともと我々の問題だからだと。
こうして警察の人間は、何も言わず何も聞かず何も気付かずの振りを押し通すことになった。

 この件について、ゆずはは鈴莉にしか話していない。
子どもたちや警備に当たっている式守家の者に話してしまえば、
敵に知られる可能性があったからだ。
相手の思考を強制的に搾取する、新橋恭介に。

 警察に見つかりたくはないと慎重に動いてくれた方が、学園側としてはやりやすい。
なにせ、目立った魔法が使えないのだ。少なくとも校舎側は大した被害になることなく、決着できるだろう。

 無論、カモフラージュとして置いている警察に、子どもたちの事を気付かれるのもまずい。
学園の生徒を、警察が介入すべき事案に参加させていたと知られれば大目玉を食らうだろう。
よって、子どもたちには自分から積極的に警察から隠れて貰った方がいいのも事実。

 この秘密は、この戦いに二重の意味をもたらしていた。

「むむ?」

 そんな事を考えていると、森の方から異様なまでの魔力を感知した。
これは―――――――――。

「………柊さんですね」

 ゆずはは頭を抱えたくなった。
警察に話を付けてあったからいいものの、これほどの魔力。
警察にも当然魔法使いはいる。警察を懐柔できていなければ、もうアウトだっただろう。

(感づかれたらおしまい、とあれほど言っておいたのに…)

 そう思いつつ、茂みからチラッと様子を伺ってきた相手に目を向ける。

「レム・ラダス・アガナトス」

 3音で発生した魔力の渦は、瞬く間に相手の体を宙に浮かせ、地面に叩き付けた。

 黒いフードですっぽり顔を隠していた男たちは、
今や顔を惜しげもなく晒し、大の字になって倒れていた。

「…まだ茂みに気配があるわね。あと1人か2人かしら」

 ゆずはは屋上のフェンスに指を絡めつつ、そう呟いた。
 





 学園潜入直後。

 先行した仲間から受け取った気を失った二人の人間。
新橋恭介は禁呪によって、瑞穂坂学園の迎撃部隊の陣営をほぼ正確に掴み取っていた。

 学園本校付近、並びに森の入口付近に警備は集中。
森の中には、手練れは皆無。いるのはガキばかりという状態。
(これは捕らえられた式守の従者が学園警護につく際、ゆずはから
 「必要なのは鍵の警備であり、それが守られている限り秘宝は安全。森には何人か生徒を置き、時間稼ぎができれば十分」
 との説明しか受けていなかったからである)

 転移魔法陣の守護は明らかに諦めている。
学園に眠る鍵を死守する事だけに全てを捧げたオーダーだ、と新橋は解釈した。

 そこで新橋は、ここで仲間の配置を少し変更した。
当初森に侵攻するA班と学園内部に侵攻するB班は、各10名ずつにする手筈だった。
しかし、ここまであからさまに相手の戦力が傾いているなら、こちらも相応の人数で挑むべき。
ガキだから、と舐めた面もある。A班からB班に5名移動した。
A班森侵攻5名。B班学園侵攻15名。

 その作戦変更のツケが、A班に襲いかかろうとしていた。






「――――――エルートラス・レオラ!!」

バシュウウウウッ!!

「ちょ、ちょっと杏璃ちゃん?!」
 杏璃から放たれた“過激な”攻撃魔法が、相手を襲う。
とは言え相手も手練れ。別に単体のその攻撃程度で食らうレベルではないのだが…。

「なっ?! こ、こいつ!!」

「普通に攻撃呪文使ってきたぞ!!」

「話と違うんじゃないの?!」

 明らかに動揺していた。
新橋の転移魔法により、学園の森へと転移されたフードの魔法使い5人のうち、
3人が早速交戦に入った相手は、小雪・春姫・杏璃グループ。

 新橋からは、相手方も警察に見つかりたくない理由がある、と説明を受けていた。
よってこの戦いも最低限の魔力しか使わない持久戦だと踏んでいたのだが、
あろうことか相手方の一人、金髪の少女が光の攻撃呪文を放ってきたのだ。

「柊さん!! 目立つ行動はいけませんよ!!」

「何言ってるのよ!!
 こっちは何も悪い事してないじゃない!!
 だったらこそこそ動き回ってるこいつら!!
 堂々と懲らしめちゃえばいいんだから!!」

「…あ、杏璃ちゃん」

 敵含め、味方の小雪と春姫ですら呆然としてしまった。

「………仕方ありません。神坂さん」

 呻くように小雪は春姫を呼んだ。

「このまま一気に押し切りましょう。短期決戦です。
 柊さん!! どでかいの一発頼みます!!」

「まっかしといて!!
 …オン・エルメサス・ルク・ゼオートラス」

「まずい、詠唱を始めやがった!!
 ロウ・サルヴァス・エン――――――」

「タマちゃん!!」

『あいあいさ〜!!』

「危ねぇ!!」

「―――サイ―――――――――へ?」

ちゅどーん!!

「…アルクサス・ディオーラ…」

「ディア・ダ・オル・アムギア!!」

 相手の詠唱をキャンセルしたタマちゃんの爆風に紛れ、
春姫が光の拘束魔法を放つ。
―――――――――が。

「させっか!!
 ユース・フール・サイレイ!!」

バシィィッ!!

 相手の放った妨害魔法でキャンセルされる。
そこにフードを被った女性の声が響いた。

「詠唱はそこまでだよ!!
 ク・ファル・デイネス・アクテス――――――」

「エスティオラ・エイム・エルスタス!!」

パシンッ!!

「な、なんだって?!」

 小雪の妨害魔法によって、女性の詠唱が中断させられる。

「え、詠唱キャンセル?!
 このガキどもいったい――――――」

「ギガントス・イオラ!!」

ピカ――――ッ!!!

 驚愕に染められた相手を掻き消すかのように、杏璃の得意呪文が炸裂する。
3対3。小雪・春姫・杏璃チームは、いまや完全に相手を翻弄していた。

「くそっ!!」

「く?! いったいなんなのよ!!」

「ガキのくせに、強ぇ?!」

 各自障壁で防御はできたものの、心の動揺は消えない。

 当初の予定通りA班に10人が割かれていれば、数で圧倒できたであろう生徒相手に対して、
フードを被った三人の魔法使いは押され気味だ。

 相手は学生。おそらく1対1なら必ず勝てる相手。
それでも、雇われた魔法使いが劣勢なのは見て明らかだった。

 理由は明白。チームワークである。
この日の為に、3人で行っていた打ち合わせ通りに戦いは進んでいた。
(もっとも、ここまで過激にやるとは思っていなかったが)
小雪が牽制し、春姫が翻弄・攻撃、そして杏璃が決める。

 対して雇われた魔法使いたちは、
それぞれの魔法特性どころか名前すら知らない赤の他人。



 息の合いすぎた攻撃に、本来するはずのない苦戦を強いられていた。



励みになります。
個人情報登録等は一切ございませんので、
作品が気に入って頂けましたらお願いします。
                      Leica

『小日向雄真の夏休み戦争』に戻る

『Happiness story』に戻る

『小説置き場』に戻る

『A Fateful Encounter』のトップページに戻る