「ア・ルディエ・カウル・ア・ラルス」
新橋は伊吹から抜き取った詠唱キーを唱え始めた。
ここは、“龍脈の秘石”が安置される場所へ転移するための、
転移魔法陣が敷かれている祠。その最奥。
複雑な魔法陣は、新橋の詠唱に応え煌めき始めていた。
「…ダルス・ルゥ・サラ・カティム・ファ・ロナ…」
詠唱しながらほくそ笑む。
新橋本人も、まさかここまで順調にいくとは思っていなかった。
もともと新橋は、鍵の入手方法から鈴莉の研究室は省いていた。
どうあろうが、そこが学園側の最重要防衛ポイントになると思っていたからだ。
そうなると、手に入れる手段は一つしかない。
『エレクトリック・ダイブ』を使い、鍵を知っている人間から強制的に抜き出す。
禁呪によって抜き取った情報によれば、知っていた人間はわずか4人。高峰ゆずは・御薙鈴莉・高峰小雪・式守伊吹。
ゆずはと鈴莉を相手にするのは、危険すぎる。ならば残るは二人しかいない。
その高峰小雪と式守伊吹は御三家の関係者。それなりに魔法の腕も立つと聞く。
つまり、今回の外部に漏らしたくない事案において、協力者としては外せない存在なはず。
そこまで考えた新橋は、最初から狙いを二人に絞っていた。
金で雇った仲間に、当日見張りをしている奴を捕らえてもらい、その者から情報を抜く。
もちろん欲しい情報は、高峰小雪並びに式守伊吹の居場所。
運は完全に新橋に向いていた。
鍵を持つ式守伊吹は、あろうことか転移魔法陣付近にいた。
(これは情報を抜き取った男が式守の関係者だったため、伊吹の居場所のみピンポイントで分かった結果である)
あとは軽くひねってやるだけ。相手はただのガキなのだから。
「ヴィーテ・ラ・レフィス!!」
ヴゥゥゥゥン!!!
魔法陣が煌めいた。
その瞬間。
既にそこには新橋の姿は無かった。
Happiness story『小日向雄真の夏休み戦争』
Magic12.私が貴方に仕える理由
ピクッ
辛うじて指先を動かしてみるものの、未だに痛みと痺れは取れない。
雄真が身体強化を掛けられるのは、現時点では足のみ。
おそらく狙ってやったのだろう。
新橋は、その身体強化を掛けた拳で、雄真の腹を狙った。
骨が何本かイってしまっている。これでも、まだ良かった方だ。
雄真は打撃を食らう直前、無意識のうちに腹部へ魔力を集中していた。
そうでなければ骨は砕け、臓器の一つや二つ、滅茶苦茶になっていたかもしれない。
そして、雷のフル・アーマーの付加能力。
体に電撃が走り、完全に自由が奪われている。
『マスター!! マスター!!』
先ほどから、クリスが必死に雄真の事を呼んでいる。
しかし。
(………これ以上、どうしろっていうんだ)
雄真は痛み以外の何かで顔をしかめた。
伊吹は禁呪を食らってしまった。おそらくこの戦いへの再戦は不可能だろう。
意識が戻ったころには、もう何もかも終わっている。
ビサイムも微動だにしない。
新橋にやられた電撃の当たり所が悪かったのだろうか?
雄真は、ぼーっとした頭でそんなことを考えていた。
(…勝てなかった。俺じゃ……やっぱり、無理だったのか………)
そう思った瞬間だった。
『立ちなさい雄真!!』
「っ?!」
思わず、倒れた体のまま、ビクッとなってしまった。
ただ、不意を突かれたから、という理由だけではない。
クリスがこんな感情を剥き出しにして叫んだのは初めてかもしれない。
いや、それ以前に―――――――――。
『何を弱気になっているのです!!
あの男は伊吹さんから転移魔法の鍵を聞きだし、
今まさに秘宝に辿り着こうとしているのですよ!!』
草むらに転がっているクリスは、雄真に構わず続ける。
『鈴莉さんも!! ゆずはさんも!! 春姫さんも!! 杏璃さんも!!
小雪さんも!! 信哉さんも!! 沙耶さんも!!
皆がやるべきことをなしているのに!!
伊吹さんだって、意識が戻れば立ち上がるでしょう!!
皆、それだけ本気でこの場に立っているのに!!
貴方一人だけ、もう諦めるのですか?!
勝てないと、地に伏すのですか?!』
「………っ」
『貴方が!! 今成すべき事を成しなさい!! 雄真!!』
「……クリス」
初めて反応を返した雄真に、クリスの周りを纏っていた空気がフッと和らいだ。
そして、いつも通りの穏やかな口調でこう言った。
『私がワンドとなってから、まだ一ヶ月程度ですか…。
それでも、私は貴方がどのような人かは分かっているつもりです。
友達想いで、実直。努力家で、負けず嫌い。
そして、いつも代わりに自分が傷ついてる。
周りの人が苦しむのは耐えられないから。
……そんな貴方だから、“私は貴方に仕えることにした”のです』
「………え?」
いきなり何の話だ、と雄真はきょとんとしてしまった。
『私は、“龍脈の秘石”の欠片から生成された。
私は、伊吹さんが私を操ろうとしたことを知ってるし、
貴方がそれを止めるために尽力したことも、
秘石暴走の代償に死にかけていた伊吹さんを、貴方が危険を冒してまで救ったことも知っています』
体が痛むことも忘れて、雄真はよろよろと立ち上がった。
『もちろん私には伊吹さんを殺す意図なんてありませんでしたよ?
しかし、伊吹さんは秘石起動の詠唱を強引に行ったから、あのような結末になってしまったのです。
まぁそれでも。結果として、奇跡的に伊吹さんは助かった。
けれど、それで終わればいいものを、今度は式守の方々は砕けた私の処遇を話し始めた』
その欠片の処遇については当主・護国聞いた話。でも、語り手が違う。
『あれほどの被害を受けておきながら、まだ私を扱う気でいるのかと、半ば本気で呆れました。
まだ、自分たちの無力さに気付かないのかと』
語り手が違うだけで、こうも違う話になるものなのか。
雄真はくらくらする頭でそう思った。
『しかし、どうやら私は式守とは別の人間に渡されるらしいと知りました。
そして貴方に会ったのです。護国さんから私をワンドにしたらどうかと聞かれましたね?
あの時、貴方はなんて言ったか覚えてますか?』
「…………『俺はワンドと友達になりたい』」
『そうです。初めてでした。
私を秘宝と称し、兵器に見立てなかったのも。
死者の蘇生という響きに、目が眩まなかったのも。
貴方が、初めて。だから私は貴方に興味を持ったのです。
果たして、どのような器を持った人間なのかということを。
………貴方の、その左胸の魔法石の欠片』
「?」
雄真は首を傾げながら言われた場所を見る。
そこには、鈴莉から貰った指輪についていた魔法石。
その欠片が魔法服の左胸に埋め込まれていた。
『決定的でした。私をワンドに生成しようとしている時、
貴方は泣いた。その指輪の為に。そして言った。
「先に進むよ。お前の心を持って」って。
だから私は決めたんです』
「……何を?」
震える声で、聞いた。
『その指輪の意志は、私が継ぐと。
貴方を生涯支えるパートナーになろう、と』
じわっと視界が歪む。
魔法を手にしてからというもの、泣いてばかりかもしれない、と雄真は思った。
『私と、友達になってくれるんですよね?』
こくこくと頷く。声が出せなかった。
『さぁ、私を手に取って下さい。
まだまだ、これからでしょう?
私にとって、只一人の。マイ・マスター』
「当たり前だ!!」
クリスを掴み、軋む体も厭わず、雄真は叫んだ。
『エル・アムダルト・リ・エルス』
それと同時にクリスが詠唱を始める。
『カルティエ・ディ・アムンマルサス!!』
パァァァァァッ!!
眩い光が雄真の体を纏う。
クリスは“独自詠唱”を用いて、“光の”時間回帰魔法を発動した。
キラキラとした光が消えたころには、
雄真の体から痺れが抜けて、痛みもほとんど引いていた。
これが、“龍脈の秘石の欠片”を媒体として生まれたクリスの特異能力。
「マスターである雄真と得意属性が異なる」という能力である。(能力と分類できるかは疑問だが)
一度説明した事だが、ワンドの中でも一部の物(者?)にしか扱えない『独自詠唱』能力。
本来ならば、自身のマスターから魔力を受け取って発現する為、ワンドも同じ得意属性となる。
しかし、クリスは火を得意属性とする雄真と異なり、光の得意属性を持つ。
これが生成時に注ぎ込んだ魔力量の膨大さによって付随されたのか、
それとも式守の秘宝として、龍脈から受け継いだエネルギー変化によってもたらされたものなのか、理由は分からない。
しかし、クリスは確かに光属性を得意とした。
そして、雄真の魔力を受け継いでいる分、火も風も同様に使用できる。
まさにそれは、独自詠唱の学説を根本から揺るがす能力だった。
「さんきゅー、クリス。だいぶ楽になった」
『但し、あまり長期戦はできませんよ。
今の私のレベルでは、完全な時間回帰までは操れません。
骨が折れてしまっていましたからね。
今は、辛うじて繋がっている状態でしょう』
「十分さ。あまり時間を掛けられる状況でもないしな」
『ところでマスター。一つ問だ――――――』
「初めてマスターじゃなく、名前で呼んでくれたな」
『へ?』
急な話題変換で、クリスは素っ頓狂な声を出してしまった。
「いや、今まで名前で呼んでくれって言っても聞いてくれなかったじゃないか。
嬉しかったよ。これでやっと、“本当の”友達になれたな? クリス」
そう言って、雄真がニコッと笑いかけると、
『な? え? …あ、う』
ぷしゅーという音が聞こえた気がした。
別にどこも変わっていないのに、心なしか縮こまっているようにも見える。
「ど、どうした?」
『マ、マスターは――――――』
「雄真」
『………』
「雄真って呼んでくれ」
『…………ゆ、雄真……さんは…』
「………まあ、いいか。で?」
『……………わ、私の事が……。す、好きになったのですか?』
「何言ってんだ? 当たり前だろ?
俺はクリスの事、最初っから大好きだぞ」
『………………』
自分の言う好きと雄真の言う好きに、根本的な違いがあるとクリスは瞬時に察知した。
(……これは、ますた…じゃなく、雄真さんの情報に加えなければなりませんね)
天然の女たらし、と。
「さて、んじゃ祠に潜入するか」
『あ、待って下さい!!』
「…なに?」
走り出そうとしたポーズのままピタッと止まる。
『駄目です。問題が一つ。転移魔法起動の鍵ならば、転移ごとに鍵を詠唱しなければならないはずです。
そうなると仮に新橋恭介が鍵を開けて転移したとしても、鍵は開けっ放しにはならないのでは?
閉まるんです。私たちは、鍵を知りません』
そしてそのポーズのまま固まった。
「ど」
『ど?』
「どーすんの?!」
雄真が吼えた。
『どうすればいいのでしょう…。
か、鍵を聞きに行っている時間なんてありません』
クリスもあわあわしている。二人でいよいよパニックに……、
というところで後ろから声が掛かった。
『…それには及びません』
「?!」
『あ』
声がした方を振り向くと、ビサイムが単体でふよふよ浮いていた。
「ビサイム、無事だったのか!! 良かった!」
『いえ、むしろ私は貴方に謝らねばなりません。
小日向様、私は貴方を試していました』
「へ?」
ビサイムから予想外の返答を受け、雄真は再度固まった。
『新橋恭介の力は圧倒的でした。
それ故に、貴方の心は折れたのではないかと。
そして、あの男が向かった先は、我が主君式守の秘宝が安置される場所。
伊吹様は動けない。仮に追撃するのであれば、部外者である貴方一人を行かせる事になる』
雄真はビサイムの話を黙って聞いていた。
言いたい事は良く分かる。いくら高峰や御薙に管理を託したものとはいえ、
式守の秘宝なのだ。雄真が部外者というのは、確かに的を射ている。
「で? 結果はどうなんだ?」
雄真の質問にビサイムが答える。
『鍵をお教えします。私は以前、伊吹様と共に転移魔法陣を起動しました。
詠唱は覚えています。それを全てお伝えします。
だから、一つお願いが』
「なに?」
『伊吹様の仇を、取って下さい。
お願いします』
ビサイムからこのような態度を取られたのは初めてだったので、流石に面喰ってしまったが、
雄真は直ぐ笑顔を向けた。
「目、覚めたら伊吹に言っといてくれ。
おいしいところは全部、俺が貰っとくってな」
カツン カツン カツン
「ここだな」
雄真は転移魔法陣に目を向ける。
複雑な文字が書かれた魔法陣が幾重にも張り巡らされ、
まったく解読の出来ない特殊な魔力の流れを生み出していた。
「じゃ、さっさと跳ぶぞ」
『雄真さん』
「ん?」
いざ詠唱、というところでクリスから待ったが掛かる。
「どうした? クリス。
もうあんまり時間ないぞ」
『分かっています。だからこそ、です』
「………」
思いの他真剣なクリスの声を聞き、雄真はクリスを背中から取り外し、
正面に掲げなおした。
「なんだい? クリス」
『このお話は、もう少し先にしようと思っていました。
雄真さんが、もっと魔法使いとして成長してからに』
クリスが一度言葉を切る。
雄真はそれを無言で促した。
『それでも、今。話すべきだと思いました。
ですから、少しだけ時間を下さい』
そして、クリスは決意を固めたかのように、こう言った。
『私の、私にしかできない。もう一つの特異能力についてです』
励みになります。
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