『マスター、マスター。起きてください。
もう時間ですよ?』
穏やかな女性の声を聞き、徐々に意識が覚醒してくる。
「も、もうすこしだけ………」
『この時間に起きたいと言ったのは貴方ですよ?
それにもうじき、すももさんも上がってきます。
ここで二度寝されても、あまり意味の無いように感じますが』
とんとんとん
彼女の声に倣うかのように、ドアの外から足音が聞こえてきた。
「うぅん、くそぅ…」
雄真は未練がましく呻くと、布団からなんとか這い出した。
ちょうど同じタイミングでドアが開けられた。
バンッ!!!
「おはようございます!! 兄さん!!!」
今日も元気よく、小日向すももはそう叫んだ。
Happiness story『小日向雄真と夏休み戦争』
Magic1.魔法科と雄真
『そうです。その調子を維持して下さい』
雄真のマジックワンド・クリスがそう告げる。
早朝の静かな公園で、その声は透き通るかのように響いた。
『余計な力は入れないこと。
自分の力を世界に慣らすように。
ゆっくり。ゆっくりと息を吐いて。
そうです』
目を閉じて立つ雄真の前で、クリスは地面と平行に宙に浮いていた。
先端の石が青色に煌めく。それは雄真が供給している魔力の色だ。
穏やかに供給され続ける魔力を感じながら、クリスは満足げに声を掛けた。
『ここまでにしましょう。お疲れ様でした』
「ふぅ」
クリスの言葉に従い、魔力供給をストップする。
目の前に浮いていたクリスは、浮遊の力を失って雄真の手に収まった。
『魔力供給が効率よくなってきましたね。
魔力の無駄遣いが目に見えて減ってきています』
「そっか。俺はまだ、あまり実感が湧かないんだけど」
『直に体で分かってきますよ。
特に大きい魔法になればなるほど、発動のしやすさを感じるはずです』
「なるほど。それは楽しみだ」
『もう少し、効率的な供給と維持ができるようになれば、
天蓋魔法も見えてきます。頑張りましょう』
「まじか?!」
『ええ、まじです。
さて、朝練はここまでにして、そろそろ参りましょう。
いつもの登校時間を少し過ぎてしまっています』
「了解。行こうか、クリス」
雄真はクリスを背中に取り付けて、足元の鞄を拾い上げた。
午前8時10分。そろそろ向かわないとまずい時間だ。
雄真は日課になっていた魔法の朝練を終えて、学校へと足を向けた。
「雄真ぁ〜!! お願い、勉強教えて!!」
「何言ってんの?! 助けを求める相手間違ってるだろ!!」
教室へ入るなり、杏璃が飛びついてきた。
女性特有の柔らかい体を脳が感じるより早く、杏璃を引きはがす。
「教えてくれたっていいじゃない!! 減るもんじゃないでしょうが!!」
「おまっ?! 俺が転科してまだ一ヶ月程度なの知ってるだろ!!」
「で、でも! アンタ既に私より魔法理論できてるじゃない!!」
「自信たっぷりに言い切ってんじゃねぇ!!」
雄真が魔法科に転科してから早一ヶ月。
雄真は既に魔法科では知らぬ人なしの生徒になっていた。
転科試験合格者という事実がもたらしたものでもあるが、
それ以上に彼自身に注目を集める要素が多すぎた。
まず第一に、大魔法使い・御薙鈴莉の実の息子という事実である。
当初、雄真はそのことは公言しないつもりだった。
別に隠すつもりはなかったが、おおぴらに言うことでもない。
しかし、そのスタンスは転科初日で叩き潰された。
彼の担任である九条陽菜その人に。
「魔法科に転科してきました、小日向雄真です!!
これからよろしくお願いします!!!」
「ちなみに、雄真君は小日向って名乗ってるけど、本名は御薙だから!!
みんな仲良くしてあげてね!!」
「ちょっと?!」
こういうわけである。
転校初日でその噂は魔法科のみならず、普通科まで浸透し大騒ぎになった。
陽菜は理事長室へ呼び出されお説教。他の普通科並びに魔法科の教員は、
「あまり詮索しないこと」と教室それぞれにお灸を据えて回らなければならなかった。
(普通科は、御薙の名がどれほどのものか分かっていない者が大多数なので、
「あいつ偽名使ってやがったのか?!」と魔法科とは異質の騒ぎになっていた)
ちなみに。その日の魔法科教師・御薙鈴莉は、周りの人間が軽くヒくくらい上機嫌だったという。
第二に、その潜在的な魔法能力の高さ。
魔法科には、魔法実習という普通科には無い授業がある。
初めての実習ということで、やる気満々だった雄真は見本をと名指しされて皆の前で魔法を使用した。
作ったのは簡単な魔法球(本人談)。重ねて言うが“本人談”。
指示された通り、同じく名指しされていたクラスメイトが張った障壁に向かって、それを打ち込んだ。
結果、障壁は1秒も拮抗することなく破壊され、そのクラスメイトは2〜3m後方へ吹っ飛んだ。
衝撃を緩和するフィールドが張られていたため、怪我は負ってなかったようだが、
吹っ飛ばされたクラスメイトは訳も分からず首を傾げていた。
中学過程から魔法を学んできた魔法使いが、
初めて一ヶ月ちょいの新人の手を借りて立ち上がるという奇妙な光景が演出された。
第三に、魔法理論の知識容量。
結論から言えば、転科の為にと励んでいた魔法理論の勉強はやり過ぎた。
いや、それだけならまだ良かったのだが…。
雄真は転科してからも、魔法理論だけは人数倍勉強していた。
というより、理論により実践でも利用できるという観点から、もう勉強ではなく趣味の領域に入っていた。
とにかく自分の興味を引く本を読み漁っていた雄真は、魔法理論の一部の分野では既に春姫を凌いでいた。
鈴莉が受け持つ授業では、必ず雄真が指名される。
転科してからこの一ヶ月近く。雄真が質問に答えられなかった事は一度もない。
「なんで知ってるの?」と聞かれそうな関係のない質問にもスラスラと。
そんな訳で、雄真は魔法科にセンセーショナルなデビューを飾り、今に至る。
杏璃をようやく引きはがし、雄真は自分の席に着いた。
「おはよう、雄真くん。
今日はちょっと遅かったんだね」
「おはよう。ああ、ちょっと熱中しちゃってね」
それが彼の朝練を指すことだと、春姫はすぐに気付いた。
「特訓するのはいいことだけど、遅刻しちゃだめだよ?」
「大丈夫さ。なんてったってクリスがいるからな」
『…マスターはもう少し、時間観念を持つべきかと』
「はいはい、わかってますよっと」
そう言いながら、雄真は魔道書を鞄から取り出した。
「ゆ、雄真くん。その本、昨日見てたのと違うよね?」
「ああ、昨日母さんから借りたんだ」
「あんまり根を詰め過ぎちゃ駄目だからね」
「了解。とは言っても苦痛じゃないから別に平気なんだけどね」
そう言ったところで、沙耶が寄ってきた。
「おはようございます」
「おはよう、沙耶さん」
「おはよう、沙耶ちゃん。信哉は…。って、精神集中か」
「はい、申し訳ありません」
「いやいや、気にしなくていいよ。
で、どうかした?」
「いえ、実は――――――」
「じぃぃぃぃぃぃぃ」
「うぉ?!」
沙耶の後ろから、今にも呪いを飛ばしてきそうな杏璃が睨んでいた。
「…杏璃。人様に迷惑かけちゃだめじゃないか」
「なに保護者ぶってんのよ!!」
「春姫に教えて貰えよ!! 一番優秀じゃないか!!」
「は、春姫じゃ駄目なのよ!! だって――――――」
「杏璃ちゃん?」
ビクッ!!
杏璃の体が電撃を浴びたかのように反応した。
「私が“また”教えてあげるよ?」
杏璃は、春姫の声に冷や汗を垂らしながら、
「さって!! そろそろホームルームの時間ね!!
席に着かなきゃ!!!」
と言って身体魔法でも掛けてるんじゃないかと思うスピードで、
自分の席へと戻っていった。
「ど、どうされたのでしょう?」
「どうもしないよ?」
沙耶の質問に、春姫は不気味なくらいニコニコと答えた。
沙耶と雄真はその迫力に飲まれ、それ以上疑問を口にできなかった。
「む。そろそろ予鈴か」
少し離れた所でそう信哉が呟いた。
「さぁー席につけぃ!!!!」
開口一番、担任・九条陽菜はそう叫んだ。
「みんなおはよう!! 今日も元気かな?!
よし、じゃあ隣の友達が来てないって人は手を挙げろ!!!」
教卓でビシッと手を挙げた担当には、誰も倣わなかった。
「…よし。今日も全員出席っと」
自分が持ってきた出席簿にメモる。
最初はそんな適当な点呼でいいのかと思っていた雄真だったが、
この一ヶ月でもう慣れてしまった。
「みんなが元気で何よりだ!!
朝の連絡事項はなし!!
今日の1時間目の授業は〜。
御薙先生の実技だね!
じゃ、今日も一日頑張ろう!!!」
ガタタタッ!!
その言葉でホームルームはお開きとなった。
皆が音を立てて立ち上がる。1時間目は陽菜が言ったように実習。
更衣室で魔法服に着替えて、実習ドームに集合だ。
「じゃあ、雄真くん、信哉くん。また後でね」
「今日こそ負かしたるわよ!! 春姫ぃ!!」
「では、小日向さん、兄様。また後で」
「ああ」
「うむ」
騒々しく出ていく女性陣に倣い、雄真も着替えを持って立ち上がった。
「さて、行くか」
「そうしよう」
信哉は魔法服に着替える必要がない。
なぜなら彼は、制服に直接必要な魔法式を編み込んでいるからだ(それは妹の沙耶も同じ)。
なので、雄真が更衣室で着替えている間、信哉はただ待っているだけということになる。
転科して不慣れだった雄真に付き添っていた名残は、今も残っていた。
制服を脱ぎ、魔法服に袖を通す。
全体を黒でコーディネートされた魔法服に、銀のワンドが映える。
左の胸元には、アクセントとして小さな魔法石の欠片が輝いている。
これは砕けてしまった雄真の指輪の欠片を埋め込んだものだ。
鈴莉が転科祝いに魔法服を用意すると言ってくれた時に、雄真が頼んだのだ。
魔力制御には役に立たないが、雄真にはこの上なく心強いものだった。
「さて、今日の実技では何をやらされるやら」
「雄真殿は鈴莉殿のお気に入りであるからな。
苦労は絶えまい」
「ま、少しでも多く練習できるのは嬉しいんだけどね」
ロッカーの鍵を閉めながら、雄真がぼやく。
「ふふ。雄真殿の魔法も、近接での動きも様になってきている。
同じ風を扱う俺としては、そろそろ本気で手合わせをしてみたいところだ」
「おいおい、まだまだ俺じゃ敵わないだろう?」
『そうですね。今の実力で、信哉さんに勝てる確率は…』
「ストップストップ!! やめようクリス!!
数字を出されるとキツいから!!」
『そうですか?』
「そうなの!!」
「ふむ。残念だな。
今の雄真殿なら少なくとも善戦できると思うのだが…」
「はぁ…。持ち上げなくていいから、もう行こうぜ?」
「別に持ち上げてなど…。
む。確かに少し急いだ方がよさそうだな」
既に更衣室は、雄真と信哉以外誰も居なかった。
遅刻しようものなら何をされるか分かったもんじゃない。
ブルッと身を震わせた雄真は、信哉と共に走り出した。
キーンコーンカーンコーン
「それでは、授業を始めます」
チャイムの音と同時に、御薙鈴莉は声を出した。
「今日も前回に引き続いて、障壁と魔法球の練習です。
既に体得している人も腕を磨くつもりで授業に励んでください。
一度で作る数を増やす。質を上げる。属性を付加する。
何かわからないところがあれば、クラスメイトもしくは私に聞いて下さい。
それでは、はじめてください」
鈴莉の言葉と共に、生徒が散らばり出す。
個人で魔法を使い始める者、パートナーを探している者、様々だ。
雄真が、さて今日はどうしようかと考えていると、後ろから声が掛かった。
「雄真君!! よかったら今日は付き合ってくれないかなぁ?」
「ミサか」
声を掛けてきたのは真白美砂。あまり実践向きの魔法を得意としていない女の子だった。
何回か障壁や魔法球のアドバイスもしたことがある。
「構わないよ。やろうか」
春姫は杏璃に既に捕まっており、信哉はいつも通り沙耶と組んでいる。
それを確認して雄真は頷いた。
「やた!! 実は障壁なんだけど、強度面でなかなかうまくいかなくて…」
「わかった。んじゃ、まずは発現してみてくれ」
「おっけー!」
美砂が背中からワンドを抜く。彼女のワンドは透明のガラス棒のようなスティックで、
ガラスの中央部分に赤いラインが入っている。温度計をワンドにした、と雄真は前に聞いていた。
「いくよー!!」
元気いっぱいに詠唱の構えを取る美砂に苦笑しながら、
雄真は魔力に集中しようと目を細めたのだった。
励みになります。
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