コンコン

 一触即発の状態に陥った理事長室に新たな来訪者が訪れた。
殺気だった内部に似つかわしくないお気楽なノックが、理事長室に響く。

「………」

「………」

「………」

 三者共に、そのノックに答える者は誰も居ない。

コンコン

「あのぉ、魔法科の小日向雄真ですが…」

「……っ?!」

「………」

「……生徒さんですかな?」

 鈴莉の一瞬の硬直は、新橋には気付かれなかったようだ。

「……どうぞ、招いたらどうです?
 大切なお客様なのでは?」

 新橋は毒気を抜かれたかのような顔でそう告げ、
勝手に理事長室のドアに手を掛けた。

「ちょ…」

ガシッ

 鈴莉がその無作法に叱責しようとしたところを、ゆずはに止められる。

「おやぁ…? 君は? ここは理事長室だけど、ここに何の用だい?」

「へ?」

 それが小日向雄真と新橋恭介の、ファーストコンタクトだった。






Happiness story『小日向雄真の夏休み戦争』

Magic4.“光の加護を受けし一族”と“龍の脈ずく場所”






 理事長室のドアを開けたのは、見知らぬ男だった。
黒いスーツを着こなしているところを見ると、魔法関連のお客様なのだろうか。
だとしたらまずいところに来てしまった、と雄真は思った。

「固まられちゃうと、分からないんだけどなぁ?」

「あ、すみません。
 俺はかあさ――――――、
 ゆずは理事長から頼まれた教材を受け取りにきたところで」

 本当の理由を説明しようとしたところを、ゆずはからジェスチャーで制される。
人差し指を口元に、つまり黙れと言うことだ。
場所は理事長室。とりあえず、理事長と言っておけば大丈夫だろうと適当に並べた。

 鈴莉とゆずはが安堵したところで、

「……で?
 本当の理由は?」

「…っ?!」

 まさか追及が来ると思っていなかった雄真は、思わず息を飲んでしまった。
その動作に、スーツの男が目を細める。

「……なるほど?
 状況が悪くなった時を見越して生徒を廊下に配置していたわけですか」

 質問は目の前の雄真ではなく、後ろの二人に飛んだようだ。

(…状況? …配置? なんのことだ?)

「“光の加護を受けし一族”が統治するとは、俄かには信じがたい対応ですねぇ。
 いえ、だからこそ…。なのでしょうか?」

「それ以上の侮辱は避けなさい。お互いの為にならないわ」

 鈴莉が静かにそう告げた。
雄真は思わずゾクッとなってしまった。
実の母の、これほどの怒気は見たことがない。

「はは、おもしろいね」

 しかし、前の男はそうならなかったようだ。
嘲笑を浮かべながら、雄真から離れる。
そして、そのまま歩いて理事長室のソファーに置かれていた鞄を取り、
ドアの前に戻ってきた。

 しかし、直ぐに退出することなく、一度立ち止まる。
そして鈴莉とゆずはの方を向いた。

「残念です。その選択は後悔することになりますよ」

「後悔しない選択なら、もう選んだわ。
 ご心配なく」

「はっ!!」

 鈴莉の言葉を笑い飛ばして、雄真の横を通り過ぎ、理事長室を出る。
そしてもう一度だけ振り返った。

「…何と言いますか。魔法の才能の欠片も感じられない少年ですね。
 この地の行く末が心配で仕方ない」

「…っ?! このぉ!!」

「鈴莉!!」

「ふんっ!!」

 キレそうになった鈴莉を、ゆずはがなんとか抑える。
それを一瞥して、男は今度こそ帰って行った。






「それで、雄真君。わざわざ理事長室に何の用かしら。
 授業をサボってまで」

 その後、あの男が本当に帰ったことを確認すると、ゆずはは雄真を理事長室に招き入れた。
雄真は勧められるがまま、ゆずはと鈴莉の対面のソファーに腰掛けたところで、ゆずはが問うた。

「う”…、いやその」

「ゆーうーまーくーん?
 回答によっては覚悟しなさいねぇ?」

 鈴莉からも嫌なオーラが漂っている。
早めに白状した方がよさそうだと、雄真は正直に答えることにした。

「…俺の模擬実践のせいで、母さんが理事長から注意を受けると思って…」

「はい?」

 雄真の見当違いの発言に、鈴莉は思わず首を傾げた。

『マスターの言うことは本当です。
 鈴莉様がおっしゃったように、先ほどの模擬実践は少々やり過ぎてしまいました。
 そのせいで、鈴莉様がゆずは様からお叱りを受けるのではないかと、マスターは心配したのです』

 クリスが背中から助け船を出してくれる。
出してくれるのは嬉しいのだが、内容が内容なだけに、
雄真は恥ずかしくて顔が真っ赤になってしまった。

「あらあら、素晴らしい母想いですわね」

 案の定、ゆずはが茶々を入れてきたが、鈴莉がそれを制した。

「いいえ、私も先ほどは少し言い過ぎたわ。
 ごめんなさいね、雄真君。私が呼ばれたのは、また別件よ」

「…それは、さっきの男の人のこと?」

「………そうよ」

「誰だったの? 少なくとも、友好的には見えなかったんだけど」

 鈴莉はしまった、という顔で目を逸らした。
どうやらこの話は秘密にしておきたかったらしい。
けど、先ほどの険悪なムードを肌で感じていた雄真は食い下がってみた。

「『“光の加護を受けし一族”が統治する』って言うのは、式守家を指しているんだよね?
 式守家に保管してある『龍笛』を光に準えて、瑞穂坂以外の地域の人たちはそう呼んでるはずだ。
 それに加えて『この地の行く末が』と言ったことから分かるのは…。
 あの人が他の地方の人だったってこと」

 ゆずはと鈴莉は口を開かない。
雄真は構わず続けることにした。

「あの男は『その選択は後悔することになります』と言っていた。
 つまり何らかの提案を持ってきたことになる。
 ここは、理事長室。あの男が理事長と一対一で話し合っていたのなら、
 学園全体に対する要求だったことに決まりだということになるけど…。
 母さんが放送で呼ばれている。学園に対する重要な人物・提案であったなら、
 呼ばれるべきは教頭先生等の、学園での権力が高い人物であるはず…」

 話しながら推理する。バラバラだったピースが徐々に組み上がる。

「それでも母さんが呼ばれたということは、学園全体に関わることでは無かったということ。
 しかし、あの男は理事長室に来た。つまり、完全に学園が関係ないとも言い切れない」

 雄真は、前に座る二人の大魔法使いを見る。完全に無表情だった。
二人とも、こちらが答えを出さない限り、教えてくれそうにない。
ここまで話してきた内容で、ほぼ目途はついた。
雄真は二人にカマを掛けてみることにした。
それは簡単なこと。ある一言を言えば分かる。

「式守の秘宝」

ピクッ

 僅かだが、二人とも体が揺れた。間違いない。
雄真は自分の考えに確信を抱いた。

「高峰と御薙がその場に居た。統治する者“光の加護を受けし一族”。
 …そして、瑞穂坂学園。御三家と学園。この繋がりが示すものは一つしかない」

 ゆずはと鈴莉は、まだ喋らない。

「確か、秘宝事件終結後。
 式守家当主・護国さんと理事長、おっしゃってましたよね。
 秘宝はもう人が扱えるものではない。直に封印すると。
 そして『その選択は後悔することになります』という言葉」

 鈴莉が目を逸らしたのを見て、雄真はふつふつと怒りがわいてきた。

「…あの男。
 秘宝を寄越せと言ってきたのか」

ビクッ!!

 今度は劇的な変化だった。見間違えようもない、鈴莉は大きく肩を震わせた。
それを的確に捉えた雄真を見て、

「素晴らしい推理でした。雄真君」

 仕方ないとばかりにゆずははそう呻いた。

「まさか、ここまでの洞察力を持つとは。伊達に秘宝事件解決の立役者ではありませんね。
 そして、その魔法使いとしての溢れんばかりの才能。
 理事長としては、頼もしい限りです」

 雄真は過大評価だとは思いながらも、一つ頷いて先を促した。

「彼の名は新橋恭介。国内企業『ミタカ・コーポレーション』の社員のようです」

「ちょっとゆずは!!」

「雄真君は自力で気付いてしまったんですよ?
 ここまで踏み込んでおいて、はいさよならと言うわけにはいかないでしょう」

「ミタカって…。国内有数の魔法グッズの販売会社じゃないか!」

 3つの鷹のマークで有名な会社。
確か魔法関連の道具では、国内シェアの半分近くを握っているはずだ。

「利益の為なら手段は選ばない、という事でも有名な会社ですね」

「……へ?」

「それも消費者には気付かれぬような部分での、です。
 彼らの策略に嵌り、経営破たんした会社や無理矢理吸収された会社は多く存在します。
 例えば――――――ごほんごほん。ここは生徒に聞かせる話ではありませんでしたね」

(…わ、わざと喋ってたな)

 わざとらしく自分の話の骨を折ったゆずはを見て、雄真はすぐ気付いた。
やはり、この人はあの小雪さんの母親なんだと妙な部分で実感してしまった。
顔は表面上笑顔を保ってはいるものの、こめかみはぴくぴくと微妙に痙攣している。
よほどフラストレーションが溜まっているらしい。

「それで、なぜ秘宝を? まさかグッズ販売するわけじゃないでしょう?」

 どろどろした空気を纏いだしたゆずはに向けて、雄真はなるべく軽い口調でそう尋ねてみた。

「秘宝自体を商品化なんてもちろんできないわ。
 彼らが欲しているのは、秘宝が持つ圧倒的魔力そのもの。
 確かに、あのクラスの魔力が扱えるのなら、相当な利益にできるでしょうね。
 なんて言ったって、秘宝には死者を生き返らせるという伝説まで残っているくらいだから」

 ゆずはではなく、鈴莉が唸るように答えた。
雄真は今の鈴莉が抱いている気持ちを、ほぼ正確に理解していた。
鈴莉はその伝説のせいで、大切な親友を亡くしているのだ。
何とか間に合ったとはいえ、伊吹も大変な目にあっている。
秘宝の力の恐ろしさは、雄真も等しく分かっているつもりだった。

「あれは、もはや人が扱える物ではありません」

 気を取り直したゆずはは、姿勢を正してそう告げた。

「式守家当主・式守護国も、そのことについては良く分かっていらっしゃいます。
 先日、日本魔法協議会にて、正式に秘宝封印の許可が下りました」

「式守家所有の秘宝に、日本魔法協議会の許可がいるんですか?」

「もちろんです。
 本来、式守の秘宝とは“龍脈の秘石”と呼ばれる物です。
 龍脈はご存じですね?」

「はい。地球の魔力溜まりみたいなものなんですよね?」

「ほぼ正解です。正確には地球のエネルギーが漏れ出ている場所。
 そこを古代よりの魔法生物、龍に準えてそう呼んでいます。
 “龍の脈ずく場所”と」

「そこで稀に生成される石がある。それは、龍脈から溢れ出てきた多量の魔力を、
 もともとその場にあった鉱石などが吸収し、長い年月を掛けて天然の魔法石となったもの。
 それが秘石よ」

 ゆずはの言葉を継いで、今度は鈴莉が語り始めた。

「その“龍脈の秘石”を、ここら一帯を統治していた式守家が握り、
 「式守の秘宝」と呼んでいたに過ぎない。
 もちろん所有権は彼らにあるのだけれど、国としても貴重な資源なのよ。
 だから、保有するだけならともかく、破棄封印となってくると話は変わってくるの」

「…なんとなく、分かった気がする」

「では、続けさせてもらいますね。
 式守の秘宝は、雄真君も知ってのとおり世間一般の人々に知られているような代物ではありません。
 実際の封印にも、こちらが信用の出来るスペシャリストのみに協力を仰ぎ、
 世間には知られることなく、完了させる心積もりでした。
 しかし、今日。第三者たるミタカ・コーポレーションの者が、封印の情報も踏まえた上で訪れた。
 護国さんが日本魔法協議会に打診し、承諾を得たのがつい先日です。
 それまでは、世間に知られていなかった…」

「まさか、協議会に協力者がいたとでも?」

「可能性は否定できないでしょう。若しくはハッキング等、強引な手段に出たか、です」

「……まさか」

 雄真は流石に信じられなかった。
日本魔法協議会と言えば、国の魔法使いのいわばトップクラスが集まる場所だ。
国の魔法関連の決定は、すべてここを通す必要がある。
Class試験の最高責任者も、ここの人間のはずだ。

「……雄真君?
 魔法使いたるもの、目に見える物だけで全てを信じるな。
 これは鉄則よ?」

「た、確かに、そうだけど…」

 鈴莉に咎められても、まだ雄真は信じられなかった。

「まぁ、その部分に関しては、雄真君は気になさらないで結構です」

 それを見かねたゆずはが声を出した。

「その件に関しては、こちらで洗うとしましょう。
 相手が万が一の行動に出た時、有力な罪の証拠になりますからね」

「あ、洗うって…」

 相手は日本魔法協議会なのに。
そんなことできるのか、と問おうとした雄真は、その疑問を即座に切り捨てた。

(…できるよね。この二人なら)

「ん? どうしたの、雄真君」

 素敵な笑顔で首を傾げる鈴莉に、若干畏怖の念を感じながら、思考を切り替えた。

「…それで、理事長。万が一の行動とは?」

 ゆずははよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに、満足げに頷いた。

「その件で、貴方“たち”の力をお借りしたいのです」



 ゆずはの目がきゅぴーんと光ったのを、雄真は見逃さなかった。


励みになります。
個人情報登録等は一切ございませんので、
作品が気に入って頂けましたらお願いします。
                      Leica

『小日向雄真の夏休み戦争』に戻る

『Happiness story』に戻る

『小説置き場』に戻る

『A Fateful Encounter』のトップページに戻る