「では、何から話そうか」
場所は1年、伊吹の教室。もう帰ってしまったのだろう、生徒は誰も残っていなかった。
日は既に傾いている。窓から差す、赤みを帯びた日差しを背に受けながら、伊吹が切り出した。
「…本来ならば、これは式守が自分で何とかせねばならぬのだがな」
「今更、そういうのは必要ないぜ。
友達が困ってるから助ける。友達が傷付けられたから怒る。
理由なんて、それで十分だ」
断言する雄真に、春姫と杏璃が頷く。
「…皆さん。本当にありがとうございます」
「うむ。私からも礼を言う」
その言葉に沙耶と伊吹がそれぞれ答えた。
一瞬柔らかい表情を見せたが、伊吹は直ぐに引き締めなおした。
「昼に高峰ゆずはと御薙鈴莉から、話は聞いていた。
お主らもある程度は聞いておろう。
今回の主犯は、十中八九ミタカ・コーポレーションの者。
新橋恭介だ」
伊吹の言葉に、皆黙って頷く。
「こちらとて、無抵抗で秘宝を渡す気は無い。
昼の間にいくつか案を上げておいたが、今から言うのは最高レベルの警戒態勢だ。
明日から休講になる旨はさっき聞いたからわかるであろう。
学園はこれより、一足早い夏休みに入る」
「…え? じゃあ、試験は?」
「……中止。おそらく二学期の成績で一緒に評価するのではないかと」
杏璃の質問に沙耶が答えた。
「話を戻すぞ」
伊吹が逸れた話題を戻す。
皆の視線が自分に戻ったところで、伊吹は口を開いた。
Happiness story『小日向雄真の夏休み戦争』
Magic8.森の迎撃部隊たち
「ミタカ・コーポレーション。本社は京都だな。
あそこも七賢人が一角、神威一族(かむい)が統治していたはずだが…。
まぁ、その情報はいい。問題なのは、その会社の資金力。
国内有数の企業であるが故に、経済的地位が高い」
「それがどう関係あるっていうの?」
杏璃の疑問には、沙耶が答えた。
「裏で凄腕の魔法使いを雇っている可能性があります。
仮に瑞穂坂学園に侵攻してくるつもりなら、大半はそういった方々となるでしょう」
「な、なるほど」
「表向きは優良企業で通している。
足が付くのを避け、殆ど正社員は乗り込んでこないだろうな。
唯一、可能性があるとすれば――――――」
「……新橋恭介か」
「そうだ。禁呪は誰にでも扱える物ではない。
特異なスキル。それも土地勘に乏しい地域での決戦になるなら、
あの能力は重宝するだろう。あ奴が来ないというのは考えづらい」
「…確かに、そうかも」
春姫がうんうんと頷く。
「それから、裏で雇うと言っても民間企業だ。
あまり裏まで入ってしまえば、自分たちが引きずり込まれてしまう事は重々承知しているだろう。
さっきも申したが、足が付くのは避けたいはずだ。
また、同じ理由で人を殺めるという手段も取っては来ないだろうが…。
それでも危険なのは確かだ」
伊吹の言葉に皆が同意する。
「今回、相手を迎撃するにあたり、陣営を大きく二つに分けた。
学園での鍵を守護する者と、式守の森にて転移魔法陣を守護する者だ。
ここにいる我々は転移魔法陣の守護にあたる。
私がその指揮権を受け取っている。異論はないな?」
「ああ」
「はい」
「いいわよ」
「もちろんです」
「うむ。基本的にやることは聞いておるだろうが、森での警護だ。
万が一の時は連絡をとるか、魔法弾を打ち上げろ。
少数ではあるが、式守の者も配置しておる。
直ぐに助けが来るだろう」
皆が頷いたのを確認して、伊吹は雄真を見た。
「雄真、最近のお主の成長は聞いている。
遂には信哉すら危ぶませる程の力を身に付けたか。
戦力として考えて良いのだな?」
「…ああ、もちろんだ。あいつはやっちゃいけないことをした。
さらに秘宝まで奪おうとしているのなら、絶対に止めて見せる」
「良い心意気だ。そなたはClassは持ってはいないものの、
実践ではAクラスの力を持っているだろう。
さらには御薙の血縁者でもある。
よって、警護では私と共に行動し、一番危険な転移魔法陣が眠る祠近くを拠点とする」
「わかった」
「次にそなたら3人だ。ここにはおらんが、高峰小雪のグループに神坂春姫と柊杏璃。
そして信哉と沙耶で組んでもらう。
沙耶よ。相手がどのタイミングで襲ってくるかが分からん。
仮に信哉の回復が間に合わなかった場合、そなたは私たちのペアに入れ」
「了解しました」
「そういえば、小雪先輩はどこへ行ったのよ?」
ふと思い出したかのように、杏璃が周りを見渡した。
「…あ奴は、今占い研究会の部室だ」
「はぁ?! 部活やってる場合じゃないでしょ?!」
「たわけ。昼にこの話を聞いて閉じ籠っておるのだ。
あ奴にもあ奴なりの戦闘準備がある」
…タマちゃんをこねている小雪しか想像できなかったのは、
きっと雄真だけではないはずだ。
「んんっ! 話を戻すぞ。
神坂春姫と柊杏璃は、高峰小雪と共に、森の入口付近での警護を頼む。
敵の戦力が強すぎるようなら、中間付近で待機させる信哉と沙耶に合流しろ」
「わかった」
「オッケー」
「それから、神坂春姫。柊杏璃にはくれぐれも無理させるなと、
高峰ゆずはから受けている」
「なんでよ!!」
春姫に対して言われた言葉に、横から杏璃が食いついた。
「なんでと聞かねば分からぬのか?」
伊吹がやれやれと首を振った。
「今や、このメンバーで一番不安定なのはそなただ。
ClassA相当の魔法を秘宝事件では放ったらしいが、そこまで。
そなたの取得資格はClassCだ。神坂春姫と高峰小雪はB。
言いたい事は分かるな?」
「わからないわよ!!」
ダンッ!!
手を机に叩き付け、顔を真っ赤にしながら杏璃が叫んだ。
「Classで言うなら、雄真だって持ってないじゃない!!」
伊吹は鬱陶しそうに手を振りながら答えた。
「そういえば、今日行われたという雄真と信哉の模擬戦。
そなた見ていたのだろう?
どうだ、雄真は軽く一捻りで倒せそうだったか?」
「ぐっ!!」
杏璃が言葉に詰まる。
「そなたの言いたい事は分かる。Classだけで判断はするなと。
それに見合う実力があれば、高峰ゆずはとてあのような事は言うまい」
「ぐぅぅぅぅっ!!!」
「私に噛みつくな。決めたのは私ではない。
そう言う訳だ。頼むぞ、神坂春姫」
「は、はい」
今にも飛び掛かりそうな杏璃と伊吹を交互に見つつ、春姫は戸惑いながらも頷いた。
「警備は明日からだ。少なくとも今はこの学園の教師がほぼ全員揃っている。
教員会議名目で残しているからな。問題なのは明日から。そこで私たちの出番というわけだ」
「とは言っても、明日以降も何人かは先生たちも学校来るんだろ?
それに見つかるのもまずい…よな」
「当たり前だ。明日からは夏休みとは言え、臨時対応だ。
学園に不審者が紛れ込んでいるというな。それなのに学校に生徒がいたら問題だろう」
「…その通りだ」
「相当困難な戦いが予想される。
明日以降は教師連中に警察、見つかってはならない者たちが集まってくる。
しかし、それは向こうも同じことだ。
こちらも全力で向かい打つ」
「ああ」
「はい」
「………ふん」
「わかりました」
「では、今日は解散としよう。
沙耶、ご苦労だったな。信哉の所へ行っておれ。
神坂春姫と柊杏璃、まだ時間に余裕があるようならば、
高峰小雪の様子でも見てくるがいい。
雄真は残れ」
「はい。行こう? 杏璃ちゃん」
「……」
「失礼します」
ガタン
3人で席を立ち、教室を出ていく。
それを確認して、伊吹は雄真に向き合った。
「さて、雄真。
そなたは新橋恭介と唯一相対しているわけだが、どうだった?」
「そんな長く会っていたわけでも話していたわけでもないが…。
そうだな、かなりできる人だったとは思う」
一瞬の視線の揺らぎで雄真の嘘を見抜いた事。
鈴莉からの怒気も軽くいなしていた事。
そして、立ち振る舞いや動作から雄真はそのように当たりをつけていた。
「そうか。まぁ禁呪を扱うほどの男だ。そうだとは思っていたが…」
『さらに、その方からは膨大な魔力を感知しました。
失礼を承知で申し上げます。
おそらく、対峙すれば伊吹さんといえど苦戦されるでしょう』
雄真の背中から、クリスが割り込んだ。
「うむ。これほどの強引な手段に出る輩だ。
私も一筋縄でいくとは思っておらぬ」
伊吹は気を悪くすることもなく、当然のようにそう答えた。
「雄真。チーム戦は行ったことがあるか?」
「いや。実戦では一度もないな。
授業で多少、そういった話が出た程度だ」
「前衛・後衛の役割は知っておろう?」
「もちろんだ。前衛が近接、そして後衛の大呪文補佐。
後衛は前衛の補佐をしつつ大呪文攻撃、だろ?」
「その通りだ。基本的な役割はそこに尽きる。
そして、雄真。
そなたはその年で、そのどちらの役割もこなせる稀有な存在ともいえる」
「そうなのか?」
「年を重ね、使える魔法が増えてくると、だんだんとこの役割は意味を果たさなくなる。
自分1人で全てができてしまうからな。だが、若いうちは覚えている呪文が少ないため、
どうしてもどちらかよりに傾いてしまうものなのだ。
身近な例で言えば、信哉は前衛、私は後衛だ」
「ああ、その例は納得」
「しかし、そなたは使える呪文が少ないながらも、バランスよく習得できたようだ。
風の身体強化に火の攻撃呪文。敵に合わせてスタイルを変えられる」
「…なるほど」
「私は近接は不得意だが、補佐は可能だ。
基本お主には前衛についてもらうが、チャンスがあればClassAの魔法を叩き込め。
詠唱中は私が障壁を張ろう」
「わかった」
雄真が頷くのを見て、伊吹はフッと笑った。
「よもや、この私がそなたと組むことになろうとはな。
世の中とは、分からぬものだ」
「それはお互い様だろ?」
雄真もニヤッと笑って立ち上がった。
「知ってのとおり、俺のワンド・クリスもお前のビサイムと同じで
ワンド単体による『独自詠唱』が可能だ。
クリス共々、よろしく頼むな」
『秘宝守護に向け、全力を尽くしましょう。
伊吹さん、ビサイムさん』
「ああ、こちらこそ。よろしく頼む」
『雄真様、クリス様。よろしくお願い致します』
2人と2本(?)は夕日の差す教室で頷きあった。
ここで先ほど出たワンド単体による『独自詠唱』について触れておきたい。
大方想像は付くだろうが、簡単に言ってしまえばワンドが勝手に呪文を使うということだ。
何を今更と思われるかもしれないが、もう少し付き合ってほしい。
まず、独自詠唱ができるワンドに成長させる為には、ワンドが自我を持つことが大前提だ。
それも当然。何を発現させるか考えて詠唱するわけだから、自我を持つことは最低限であるといえる。
そして、自我を持ったと言えども、必ずこれが使えるという訳でもない。
具体例として、春姫のソプラノ、そして杏璃のパエリアは独自詠唱を使えない。
小雪のタマちゃんは………。あれは自身の意志でも爆発できるが、あれはスフィアタムと呼ばれる、
また別の存在なので、この場では割愛させて頂く。
独自詠唱を行えるワンド生成並びに成長についても、いくつかの学説に分かれる。
しかし、ここではそのような事には触れず、雄真と伊吹はその域に立っていると理解してもらえればいい。
そして、独自詠唱が使える、といってもワンドがどんな呪文でも使えるわけではなく、制限はありデメリットもある。
第一に、術者が使える呪文でなければならない。
ワンドはあくまで、実践補佐の役割。そして術者の魔力を媒体に魔法を使っているので当然といえる。
よって、術者の得意不得意の属性魔法も、そのまま継承される形となる。
第二に、術者が自分で発動するよりも、多めの魔力消費を行う。
一旦術者から魔力を吸い上げ、ワンドの元で魔法へと変換するプロセスは、
その過程で無駄な魔力を消費することが多い。ワンドが成長すれば、
効率的な魔力伝達によって多少は減るものの、それでも通常よりは魔力を多めに消費することになる。
以上が、“一般的な”ワンド単体による『独自詠唱』についての説明である。
コンコン
「どうぞ」
「失礼します」
「失礼します」
中から聞こえた声に促され、春姫と杏璃はそろって占い研究会の部室に足を踏み入れた。
「まずはこれをどうぞ」
入るなり、それぞれに一枚の紙を手渡される。
「?」
「?」
そこに書かれた文字を覗き込む。
そこには―――――――――。
『占い研究会 入部届』
「「ちょっと―――?!」」
二人の声が、見事にシンクロした。
「ふふ。とんだ恥ずかしがり屋さんだったのですね。
まさか、2年のこの時期まで入部を申し出できずにいるなんて…」
「こ、小雪先輩?! まさか本当に部活やってたんですか?!」
「…決してそのような事は」
スッと目線を逸らす。
「嘘でしょ?! ちょっと――――――って」
小雪の視線の先にある物に、二人とも気付く。
そこには綺麗な輝きを放つ水晶が置いてあった。
「………視えたんですか?
今回の騒動の結末が」
春姫がおずおずと口を開く。
対して小雪はふるふると首を振った。
「駄目です。既にこの未来は靄がかかってしまっており、視ることができませんでした」
「そ、そんなことなんてあるんですか?」
不思議そうに尋ねる杏璃に、小雪は振り返ってこう告げた。
「未来とは、予言者にとっても、必ずしも鮮明に映るものではありません。
それは決定づけられた事柄ではないのですから。
しかし、ここまで視えないというのも珍しい…」
小雪は一度視線を落とし、また上げた。
「駄目なのです。もう。
彼の力が干渉する未来にアクセスすることは、不可能に近い。
私の母、ゆずはとて例外ではないでしょう」
「か、彼って…」
春姫の息を飲む音を聞き、小雪はゆっくりと口を開いた。
「そう。小日向雄真さんですよ」
励みになります。
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Leica
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