トゥルルルルルルルル
トゥルルルルルルルル
トゥルルル、ガチャッ
「もしもし?」
『私だ』
「社長でしたか、どうされました?」
新橋は吸っていた煙草を灰皿に押し付けて立ち上がった。
『…盗聴は大丈夫だろうな?』
「ははっ」
電話越しに慎重になっている上司に、
思わず新橋は笑ってしまった。
『…新橋』
「いえ、これは失礼」
確かに、“お客様”にする態度ではなかったと、非礼を詫びる。
「まったく問題はありません。
光の住人たちは、思ったより平和ボケをしていたようですね」
そう言って新橋は、ビジネスホテルで借りている自室の窓際へ寄った。
カーテンから覗いて見るが、人の気配はまるで感じられなかった。
「尾行なし。あれ以来、必要最低限しかこの部屋は出ていませんし、
帰って来てからも、一度探知魔法を掛けています。
盗聴・盗撮の類は一切ないと断言できます」
『そうか』
「それで、どうされたんです?」
安堵した声を聞き、新橋は話を進めることにした。
『ああ、全て手配通りに配置した。健闘を祈る』
「…そうですか。わかりました」
ブツッ
電話が切られる。まったく相変わらず心配性だ、と新橋は思った。
テーブルに戻り、新しい煙草に火をつける。
「いよいよか。くくっ、楽しみだ」
Happiness story『小日向雄真の夏休み戦争』
Magic9.夏休み戦争、開戦
「杏璃ちゃん、ストップ!!」
「んっ!!」
バシュウウウッ!!
春姫の声に従い、杏璃が魔法を解く。
続けて、小雪が周囲に張っていた結界を解いた。
静寂があたりを包む。
杏璃と小雪は一言も喋らず、春姫の反応を伺った。
「………ふぅ、行ったみたい」
春姫が安堵した声を漏らすと同時に、小雪が再度結界を張りなおした。
ヴゥゥゥン
無詠唱で張られた結界に、再び杏璃は足を踏み入れた。
この結界は、物理的攻撃を防ぐものではない。
鈴莉が模擬戦にて使用した、攻撃緩和の為の安全なフィールドでもない。
ただ、単純に結界内部の魔力を、外に漏らさないようにする為のもの。
春姫は、結界外にて探知魔法を用いて、近くに人が来ていないかを調べている。
この結界は、視覚まで遮断するわけではない。あくまで魔力のみ。
杏璃は二人に協力を依頼し、森の警備兼修行に精を出していた。
小雪の結界で強大な魔力を感づかれないようにし、春姫の探知魔法で視覚的にも見つからぬように。
「オン・サイレス・ライレスト」
3音により詠唱された魔法が発現する。
ブンッ!!
杏璃を中心に3枚の無属性障壁が展開された。
杏璃の得意属性は光。雄真や春姫の火とは違い、防御に適さない属性ではない。
しかし、属性付加を加えると魔法の扱いが格段に上がってしまうのは変わりない。
そこで杏璃は、雄真から聞いた技法を杏璃専用の詠唱キーに直して利用する事にした。
『ライレスト』という杏璃の障壁は、前の『サイレス』というスペルで、属性キャンセルされていた。
「お願いします、小雪先輩」
3枚の障壁を全て自分の正面に重ねるよう移動した杏璃が、そう告げる。
コクッ
小雪は無表情で頷くとタマちゃんに状態強化を掛ける。
「シャイノス・プロテクタ」
ウゥゥゥンッ
『みなぎるで〜!!』
「タマちゃん、全力はいけません。ゆっくりと、徐々に力を加えてあげて下さい」
『いくで〜』
「来なさい!!」
光の状態強化を纏ったタマちゃんは、
杏璃の張った障壁にふわふわと近づき…。
バシィィィィィィィッ!!!
「甘いわね!! その程度へっちゃらよ!!」
『むむ?! これならどうや〜』
ガガガガガガガッ
タマちゃんが障壁を跳ね回る。
『おらおらおらや〜』
「まだまだぁ!!」
杏璃がタマちゃんと張り合いながら障壁を展開しているのを見て、
小雪は思わずクスッと笑ってしまった。
「すみません、小雪先輩。
本当は皆で警備をしていないといけないのに…」
「いえ、いつ来るかもわからない敵を相手に、ずっと警護では気が参ってしまうでしょう。
丁度いい息抜きですよ」
小雪は笑いながら、探知魔法を発動させて辺りを伺いながら謝ってくる春姫に答えた。
「それにしても、この一週間近くで急成長ですね。
魔法理論が穴だらけの柊さんが、属性キャンセルのスペルを引っ提げて、
障壁の特訓を見てほしいと言われた時は、どうしたものかと思いましたが…」
「…杏璃ちゃん、のめり込むと一途だから…」
新橋恭介が、瑞穂坂学園を訪れてから、もう一週間になる。
未だ、相手側からのアクションは無い。
迎撃部隊である自分たちは、それまで特にやることはない。
杏璃はその間を使って、ひたすらに魔法の腕を磨いていた。
理由は言うまでもなく、
(あの銀髪のチビに、目に物を見せてやるわ!!)
である。負けず嫌いな杏璃だ。
伊吹は高峰ゆずはが〜、と言っていたが、自分もそう思っていたに違いない。
柊杏璃は、戦力としては微妙である、と。
そう杏璃は勝手に解釈し、勝手に対抗意識を燃やしていた。
「負けるかぁぁぁぁ!!」
タマちゃんになのか、伊吹になのか。それとも自分自身にか。
杏璃は真剣な目で、そう叫んだ。
「ふむ、異常はなさそうだな」
「そのようです」
信哉の声に沙耶が同意した。
こちらは、森の入口付近の3人から離れ、森の少し奥まった部分。
転移魔法陣がある祠と森入口の中央付近に構える2人は、前3人と違い、ひたすら真剣に任務を遂行していた。
しかし、式守の従者といえどもやはり人間。集中力は当然切れる。
「少し休みましょう、お兄様。休息も任務の一環です」
「……そうだな」
新橋恭介と戦って気を失ってから、
目を覚まして一番最初に信哉がしようとしたことは、土下座だった。
それも、伊吹と沙耶が強引にでも止めなければ、そのまま切腹へと移行していただろう。
それほどまでに信哉は、この件の失態について悔いていた。
わからないでもない。
主君の大切な秘宝の情報を、隠し場所から行き方までまるまる見知らぬ男に渡してしまったのだ。
義理人情に人一倍熱い信哉でなくとも、この失態は我慢ならなかっただろう。
新橋の用いた『エレクトリック・ダイブ』は、相手の脳波に干渉して発動する魔法。
強制的に精神介入するその魔法は、受けた相手の意識をシャットアウトさせる。
よって。信哉は、自分から何をどこまで吸い出されたかを知らない。
しかし、それでも何の情報が欲しかったのかを知っている信哉は、何を知られたかは容易に想像が付いた。
転移魔法陣の場所と、鍵の存在・その在り処。
肉体に外傷はほとんどなかったものの、精神的には相当追い込まれていた。
伊吹の言葉がなければ、死んではいなかったにせよ、ここまで精神的な回復はできなかっただろう。
『死んでけじめをつけようとするな。己が力で事態を好転させ、けじめをつけてみせよ』
その言葉で、信哉は何とか持ち直した。
そして、今ここにいる。気力も魔力も全快した。後は来たるべき決戦に向け、待機するだけ。
信哉は沙耶の言葉に頷き、共に木のふもとに腰を下ろした。
「伊吹様は平気だろうか」
「当たり前です。
仮に敵が襲ってきたとしても、近くには小日向さんも一緒にいるのですよ?
大抵の敵では、お2人に触れることすらできないでしょう。
兄様も、小日向さんのお力は身に染みてわかっているかと」
「ふふふ。違いない。雄真殿は、強くなられた」
二人で空を見上げる。
木々の隙間から、穏やかな日の光が二人を照らしていた。
「すっげーいい天気だな」
ゆっくりと流れる雲の動きを見ながら、雄真は呟いた。
「気を抜くな。そなたはここに何をしに来ているのか分かっておるのだろうな?」
「わかってるさ。ただ、あんまり気合い入れ過ぎてると、最後まで持たないぞ」
ジト目で睨んでくる伊吹に目線だけ寄越し、雄真はそう流した。
「はぁ。そなたを見ていると、こちらまで気が抜けてくるわ」
「良い事じゃないか。気は張るべき時にしっかり張ればいい」
ぽんぽん
「な、何をするっ!!」
「何って、頭を撫でてるだけだ」
「その手をどけんか!!」
「伊吹の髪さらさらしてて気持ちいいな」
「なっ?!」
伊吹の顔が一瞬で真っ赤になった。
『マスター、恋人は伊吹さんに決めたのですか?』
「はい?」
「なっ?!」
『ほう?』
クリスの言葉に三者三様の言葉で返す。
順に、頭に?を浮かべた雄真、目を剥くほどびっくりしている伊吹、
品定めするかのような響きを浮かべるビサイムだ。
「こ、こいび…?! って、いい加減手を離さぬか!!」
ばしっ
弱々しく手を払い、伊吹は雄真から距離を取った。
「あ、ごめん。そんなに嫌だとは思わなくて」
「なぁぁぁぁっ?!」
『マ、マスター? 本当に?』
「へ? いや、ただ伊吹が頭撫でられるのが、そんなに嫌だったのかなぁと…」
「…は?」
『えと、マスター。恋人の話は?』
「恋人? 誰が?」
「ふ…ふふ」
不穏な笑い声を漏らす方に、雄真は目を向けた。
そこでは――――――。
「い、伊吹さん? なんかすごく禍々しいオーラを感じるんですが…」
「……貴様は」
「ひっ?!」
「一度死んでしまえぇぇぇ!!」
「ウ、ウィンズ!!」
ちゅどぉぉぉぉん!!
「ちょ?! ちょっと伊吹!! その魔力はまずいって!!
俺ら見つかっちゃいけないんだろ!!」
「知ったことか!! 一度当たらんか!!
身体強化でちょこまかするでないわ!!」
ガガガガガガガ!!!
「いやいや!! 避けないと死んじゃうって?!」
プルルルルルルルルル
プルルルルルルルルル
「……げ?!
ちょ、ちょっとタンマ!! 電話!! 電話だから!!」
「む」
雄真の声に、伊吹は魔法の連射を止めた。
ピッ
「もしもし」
『雄真君? 私よ』
相手は鈴莉だった。
『敵の侵攻が始まったわ。
学園校舎の周りを警戒していた式守の方が二人。
倒れているのが保護されたの』
「っ?!」
一気に現実に引き戻された気がした。
やられた人間が出た。今も警察が出入りしているこの学園で。
音も無く侵攻してくる相手に、雄真は恐怖を覚えた。
『その二人には『エレクトリック・ダイブ』を使用された形跡も見つかってるわ』
「……それは、つまり」
『新橋恭介も来ているでしょう。ほぼ確実にね。
雄真君、鍵はこちらで絶対に死守するわ。
転移魔法陣が一時的に占拠されようが、さほど問題とはならない』
雄真は黙って聞いていた。
鈴莉が言わんとすることは容易に想像が付いた。
『…だから、無理だけはしないで頂戴。
貴方はまだ、魔法を手にして間もないのだから』
鈴莉の切実そうな声が響いた。
それに対して雄真は、
「平気さ。こっちには伊吹もいるし、そう無茶はしないよ」
そう、努めて明るい声で返した。
『………わかったわ。頑張ってね』
「母さんも、気を付けて」
ブツッ
電話を切る。
伊吹にも伝えようとして、振り向くと既に雄真の対応で想像が付いていたのだろう。
式守家次期当主・式守伊吹が立っていた。
「来たか」
「ああ」
一言で伝わる。伊吹は学園へと目を向けた。
「雄真、そなたは危なくなったら逃げろ」
「嫌だね」
即答した。
「雄真、確かにお主も三家と関わりがある者ではあるが、
ここは直に1、2を争うほどの激戦区となるのだぞ。
正直、今のお主の実力では――――――」
「関係ないよ」
「なに?」
「三家だとか関係ない。俺はここに居たいからここに居る。
安心しろ。足を引っ張ったりはしないさ。
さっきの身体強化、見ただろ?」
そう言って、雄真はニヤッと笑った。
「だから、そういう問題では………。いや、よそう。
そなたはこうなってしまった以上、こちらが何を言っても聞かんからな」
「分かってきたじゃないか」
伊吹が呆れてため息をついた。
その時。
バチチチチチチチッ!!
「なんだ?!」
「む?!」
大気を揺るがすほどの、轟音が響いた。
「まさか、もう来たのか?!」
「…構えろ雄真」
雄真はクリスを。伊吹はビサイムを。
ワンドを構えた二人は、音がした方に注意を向ける。
ガサッ
茂みを掻き分けて、堂々とこちらへ歩いてきた人物。
「……あ、あいつ」
「…? 何だ、あ奴を知って――――――、いや、なるほど。
お主が知っておるということは、そういう事か」
男は、自分のスーツについた葉を鬱陶しそうに払った。
「なるほど。ここが転移魔法陣を隠している祠、ね。
それで、そこにいるのは“光の加護を受けし一族”のご令嬢と…」
男の視線が雄真を捉える。
「おやぁ…? 君は……。あの時の少年じゃないか」
そう言って、新橋恭介はニヤリと笑った。
励みになります。
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Leica
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