ざわざわっ

 周囲の観客がざわめく中、信哉は重々しく口を開いた。

「―――安藤ももか殿。………まさか、これほどとは」

「常駐型広域掌握魔法。『明鏡止水』とは名ばかりでは無いようですね。
 安藤様は、既にフィールド全体を覆うようにフィールド魔法を展開しています。
 その有効範囲であれば、瞬時にリフレクターが発動するでしょう」

「そ、それって大ピンチじゃない!!」

 沙耶の分析に、杏璃は焦ったような声色で叫んだ。

「はい。如何に自我を持つスフィアタムとはいえ、おそらくあの発現スピードには対応できないでしょう」

「………しかし妙ではないか?
 安藤ももか殿は、今大会初出場ではないのだろう。
 去年もこの戦法を使っていたのなら、小雪殿は知っていそうだが…」

「…ううん」

 これまで沈黙を保っていた春姫が、静かに首を横に振る。

「去年までは、こんな技使ってなかった。多分、使えなかったんだと思う」

 例え違う種目への出場であったとしても、これほどの技があるなら惜しげもなく使うだろう。
しかし、去年はそのような素振りは一度も見せていなかったはずだ。

 つまり。

「………成長してる。それも、この1年で格段に」






Happiness story「小日向雄真と七校対抗魔法大会」

Magic12.明鏡止水を破れ!!






「…なるほど、そうきましたか」

「ふふふ」

 小雪の苦々しげな顔とは正反対に、ももかがほほ笑む。完全にももかのペースだった。

「手詰まり? 棄権しても構わないのよ?」

『な、なんやて〜!?』

「落ち着いて下さい、タマちゃん」

『そ、そやかて姐さん』

「相手のペースに呑まれてはいけませんよ。
 点数ではまだこちらがリードしてるんです。焦らずにいきましょう」

『………了解や』

「あら、残念。乗ってくるかと思ったのに」

 さして残念そうな顔もせず、ももかが肩を竦めた。ゆっくりと掌をタマちゃんの方へと向ける。

「けど、ごめんね。こっちは悠長に待ってはいられないの」

「っ!! まずい、タマちゃん!!」

『へ? 姐さ―――へぶっ!?』

ガァァァンッ!!!

ピ―――――――ン

『舞浜学園。10ポイント』

 突如発現したリフレクターに、タマちゃんが無造作に接触する。
空中にふよふよと浮かんでいたことが仇になった。
既に一帯はももかの領域。いつ、どこでリフレクターが発現してもおかしくはなかったのだ。

 強引に吹き飛ばされたタマちゃんが、小雪の得点板へと激突する。
すぐさま舞浜学園へのポイント加算アナウンスが流れた。

 しかし。ももかの攻撃は、これで終わりでは無かった。

「捕えた」

 にこっと笑いながら左手をかざす。瞬時にリフレクターが発現する。
それに続いてそのリフレクターの周りに複数枚のリフレクターが同時展開した。

 タマちゃんを、得点板と挟み込む形で。

「しまった!?」

 小雪がその意図に気が付いた時には、全てが遅かった。

ガガガガガガガガガガガガガッ!!!!!

ピピピピピピピピピ!!!!

 凄まじい音が鳴り響く。
リフレクターに吹き飛ばされたタマちゃんは、その勢いで得点板へと突き刺さる。
そしてバウンドして戻ってきたところを、再びリフレクターが迎え入れる。

 完全に、無限ループへと陥ってしまった。

「これで私の勝ちね!!」

「くっ、まだです!! レム・ラダス・アガナトス!!!」

 小雪が発現させた魔力の渦が、バウンドするタマちゃんを中心にさく裂した。
それを囲うようにももかの障壁が次々に発現されるが、間に合わない。

ピピピピピピピピピ!!!!

 当然。魔法の渦である為、得点板に接触すればカウントとなる。
しかし、そんな悠長な事は言ってはいられなかった。

 魔力の渦は小雪の思惑通り、タマちゃんに影響を与えた。
得点板とリフレクターで挟み込まれていたタマちゃんは、これによって遥か上空へと吹き飛ばされる。

「エル・アムイシア・ミザ・ノ・クェロ…」

「無駄よ! 例え空へと逃がそうが、そこも私のテリトリーであることには変わりないっ!!」

 ももかが再びタマちゃんへと掌を向ける。

「レム・トゥーナ・カルヌス!!」

 ももかのリフレクターがタマちゃんに触れるのと、小雪の得点板の前に障壁が発現されるのは、ほぼ同時だった。

どずっ!!

『はぶっ!!??』

 緑色の軌跡が、凄まじい音と共に「く」の字を描いた。
リフレクターによって小雪の得点板目掛けて弾かれたタマちゃんは、
小雪が作り出した障壁によって行く手を阻まれ、そのまま反射して地面へと突き刺さった。

(………え!?)

 小雪が自身の障壁を見て、驚愕する。
小雪が発現した障壁の周りには、それを覆うように複数枚のももかの障壁が発現していた。

(なぜこのような真似を…、いえ。今はそれより―――)

「タマちゃん、景気よくお願いしますっ!!」

『了解や、いくで〜!!』

ピカ――――――ッ!!!!!

 小雪の掛け声とともに、タマちゃんの体が光り出す。それと同時に、徐々に徐々に膨らみ始めた。

「………これはっ」

 その異常なまでの魔力の高まりを察知したももかの顔から、笑みが消える。

「どちらの障壁が堅いか。一勝負如何です?」

シュババババッ!!!

 タマちゃんの魔力を感知し、ももかの鏡花水月が発動。
周囲を囲う形で幾重にも重ねられた障壁が発現する。

「―――――くっ」

 ももかが両手をクロスさせながら前へと突き出す。
瞬時に複数枚の障壁が、さらにももかと得点板を覆った。

 ぴくりと小雪が反応を示す。

 爆発は、それとほぼ同時に起こった。






「うわぁぁ…」

 観客席で両耳を塞いでいた杏璃が、呆然とした表情でフィールドを見つめる。

 フィールドと観客席の境には、不可視の防護結界が張られている。
これによって、どれだけ危険な魔法が試合で使われようとも、観客席に被害は及ばない。
だからこそ、魔法を使えない人々であっても気軽に見学できる大会でもあるのだ。

 無論、小雪の用いた爆撃魔法とて例外ではない。
防護結界はその役目を見事に果たし、大爆発から観客席を守った。

 防護結界を境界に、内側は中の状況が視認できないほどに黒煙が充満している。

「………妙だ」

「何がですか? お兄様」

 信哉の呟きに、沙耶が首を傾げる。

「小雪殿の爆撃とて魔法攻撃。なのに得点を告げる放送が入らない」

「…つまり、お互いが爆発から得点板を守り切ったってことだわ」

「うそぉ…。あの大爆発から?」

「うん。それしか考えられない」

 信じられないという声を出す杏璃に、春姫は冷静に答えた。

「ならば、小雪殿の立場はより悪くなるな」

「なんでよ」

「簡単なことだ」

 杏璃からの問いに、信哉は苦々しげな顔で答えた。

「小雪殿の最大規模の攻撃でも、安藤ももか殿の障壁を破壊できないことが証明されたからだ」

「ま、そういうことだよねー」

「―――っ!?」

「え!?」

「っ!?」

「ア、アンタ、八乙女咲夜!?」

「やっほー」

 突如会話に割り込んできた人物。
突然の登場に息を呑む4人に対して、七賢人が一角・八乙女咲夜は、気の抜けるような声で返した。

 緑がかったツインテールを揺らしながら、ぴょこんと春姫の横に立つ。

「あれれー、ゆーゆーは? 見に来てないの?」

「むっ」

 咲夜のお目当てが雄真だと分かるや、春姫がむっとした表情を作る。

「雄真ならここにはいないわよ。向こうの会場で、応援してるわ」

 春姫の代わりに、杏璃がそう答える。

「なぁーんだ。向こう行っちゃたのかー。絶対こっちだと思ったのにー」

「? なぜ、こちらだと?」

「へ?」

 沙耶からの質問に、咲夜がきょとんとした顔を作る。

「だって、今日向こうで瑞穂坂と試合するのって、なぎなぎさんでしょ?
 応援するならこっちなのかなって」

「っ!? どういう意味よ、それっ!!」

 ガタンと大きな音を立てて杏璃が立ち上がる。

「ちょ、ちょっと杏璃ちゃん!?」

 今にも飛び掛かりそうな杏璃を、春姫が腰に抱きつくことで抑える。

「…お、おい。あれ…」

「七賢人の…」

「なんでこんなところに…」

「もう1人の金髪の娘は誰だ?」

ざわざわ

 騒ぎに振り返った観客たちの目線が集まり始める。

(…ま、まずい)

 春姫がそう感じたところで。

「ごめんっ」

 誰よりも早く、咲夜が頭を下げた。

「へ?」

 あまりの急展開に、沙耶や春姫はおろか、頭に血が上っていた杏璃ですら気の抜けた声を出す。

「あなたの気に障ること言っちゃったんだよね? ごめん。
 私、いっつも後先考えずに喋っちゃうから、よく怒られるんだ」

 頬をかきながら、咲夜がてへへと笑う。

「だから、ごめん」

 もう一度、頭を下げた。

「………」

「…あ、杏璃ちゃん」

 拍子抜けして固まっている杏璃を、春姫が小突く。

「あ、え、えと…。いや。私も悪かったわ。急に声荒げて、ごめん」

 我に返った杏璃も、すっかり毒気を抜かれてしまっていた。
咲夜に対して、素直に頭を下げる。

「ううん、私は気にしてないよ! それで、あなたのお名前は?」

「わ、私?」

「もち!」

「あー。…柊杏璃よ」

「“ひいらぎあんり”? ん、んうー。

 “あんあん”? ちょっと違う……。“あーあー”は変だし…。むー?」

「あの、ちょっと…?」

 急に顎に手を当てて唸りだす咲夜に、杏璃がおそるおそる声をかける。

「決めた!! “ありあり”で!!」

「は?」

「あなたのこと、ありありって呼ぶね!! 今日から友達っ!!」

 呆然とする杏璃の両手をがっしりと握り、ぶんぶん振り回す。
気が済んだのか勝手に握った手を勝手に放すと、咲夜は踵を返して駆け出した。

「まったねー、ありあり!!」

 ざわめく観客を意に介した様子もなく、咲夜は見る見るうちに小さくなり、群衆の影へと消えていった。

「………」

「………」

「………」

「………ふむ。流石は伊吹様と同格の魔法使いといったところか。全く隙が無い」

 絶句する3人の横で、信哉が完全に的外れな発言をする。

「………春姫」

 それを無視して、杏璃が春姫に問いかける。

「私って今…」

「…たぶん、友達認定されたね」

「うそぉ………」

「有無を言わせぬ感じではありましたが…」

 沙耶がぽつりと呟く。

「で、でも許せないわ!! あいつ―――― 」 

 まるで七賢人の試合は、最初っから結果が決まってるみたいに言ったじゃない!!
と、言おうと杏璃は口を開いたが。

「…わ、悪い奴じゃなかったわよね?」

 まったくもって見当違いの言葉が漏れ出た。それに苦笑しながら春姫が頷く。

「うう〜ん。少なくとも悪気はなかったのかな」

「…そうよね」

 “瑞穂坂の先輩と七賢人、どちらが勝つと思いますか?”

 おそらく、今周りの人間に聞いてみても皆が同じ答えを返すだろう。
それは、杏璃も春姫も知っている。そしてその考えを持つことが、別に悪いわけでは無いことも、もちろん知っている。

 だとするならば。

「むむむ?」

 杏璃が首を捻ったところで、

「あ、杏璃ちゃん。そろそろ座ろ? み、みんな見てるから…」

「へ? あ、きゃっ!? す、すみませんっ!!!!」

 春姫によって現状に気づかされ、杏璃は顔を赤くしながら着席した。






「ふぅ―――」

 小雪がゆっくりと息を吐く。
徐々にではあるが、視界が晴れてきているところだった。

 ポイント変動に伴うアナウンスはなし。
それは、お互いがあの爆発を凌ぐだけの障壁なり結界を発現できたことを意味している。

 つまり。

(………力任せでは勝てないということですね)

 しかし、その思考とは裏腹に、小雪は笑っていた。

(ですが、見破りましたよ? 鏡花水月、その穴を―――)






 黒い煙がゆっくりと上空へと消えていく。
小雪とももか。お互いがお互いを視認できる程度に晴れたところで、ももかが口を開いた。

「どう? 強度もなかなかのものでしょう?」

「はい。私のタマちゃんぼんばーを退けるとは、正直思ってませんでした」

「………さっきの爆発よりも、今の技名の方が衝撃が大きかったわ」

 ももかがひくついた笑みを作る。

「それで? もう打つ手はないんじゃないかしら」

「いえいえ。そんなことはありませんよ」

 小雪が怪しげな笑みを浮かべる。それを見たももかの表情から、笑みが消えた。

「どうしたの? 人の悪い笑みを浮かべて」

「人が悪いとは心外ですね。この善人・高峰小雪に対して」

「…話術でそちらのペースに巻き込もうとしても無駄よ」

「ふふふ。そう警戒なさらないでください。
 ちょっと見つけただけですよ。鏡花水月、その弱点をね」

「………なんですって?」

 ももかが訝しげに眉を動かす。

「それは………」

 小雪が片手を空へと掲げる。

「これですっ!!」

ヴゥン!!

 それは、魔法と呼べるものではない。ただ単純に。掌に魔力を灯しただけ。
しかし、“それ”は過剰とも言える反応を示した。

シュバババババッ!!

 ももかの鏡花水月が、瞬く間に小雪の周囲へと展開する。

「ふふふ。何を危険に感じてるんです? 私は別に攻撃魔法を放とうとしているわけではないのですよ?」

「くっ」

 ももかの顔が悔しげに歪められる。

「つまりは、こういうことです」

 対照的に、小雪はほほ笑んだままそう告げた。

「鏡花水月。これはフィールドで感知される魔法に応じ、障壁が自動展開されるもののようですね。
 どの程度の魔力がボーダーラインかは存じませんが、タマちゃんが浮遊する程度では反応しませんでした。
 ただ、今私が灯した魔力量には、確かに反応した。それも“あなたの意志に反して”ですね」

「…どうして分かったの? やっぱり、貴方の障壁に反応して展開してしまったときかしら」

「いえ、疑問に思ったのはもっと前ですよ」

「いつ?」

「貴方が鏡花水月と名乗り、自身の能力を明かしたあたりです」

「うそ! だってあの時は、私が自分の意志で障壁を展開したときじゃない!!」

「はい。“だからこそ”分かったのです」

「……どういう意味?」

「その通りの意味です」

 小雪は自分の顔に掛かった髪を耳へとかけると、再び口を開いた。

「鏡花水月によって自動展開される障壁と、
 貴方自身が任意で展開される障壁にはその発現プロセスに違いがあります。
 その違和感に気づいたときから、ですかね」

「そんなもの、見分けられるはずが…」

 ももかの反応を見据えながら、小雪は自分の人差し指を自身の目へと向けた。

「そのネタが分かったのは、ずばりこのおかげです」

「? …なに? 視力が良くたって関係は………。まさか」

 ももかが目を見開く。

「そのまさかです。私の目には身体強化魔法が掛けられています。
 映力強化。私の“師”直伝の光系解析魔法です」

「………九条、陽菜」

「ご存じでしたか」

「瑞穂坂、映力強化で言ったらその人以外思いつかないでしょ。
 瑞穂坂チームの顧問にもその名が記されていたから。
 瑞穂坂の英雄“フィギュアズ”その1人、九条陽菜。
 まさか貴方があの人の弟子だったなんて」

「今大会限定ですが。開催までの間、みっちり鍛えてもらいました」

 そう告げるや否や。小雪は両手を空へと掲げた。

「タマちゃんズ、出番ですよ!!!!」

ボボボボボボボボボボボボボボボボッ!!!!

 空中にて、数えきれないほどの簡易魔法陣が展開される。

「これはっ――――」

 魔法陣1つひとつから、数えきれないほどのタマちゃんが姿を現した。
その光景に、ももかは息を呑んだ。

「このタマちゃん全てを、これから起爆します」

「なんですって!?」

 小雪は表情1つ変えることなく、こうのたまった。

「そんなことしたら、貴方の障壁だって持たないわよ!!
 まさか引き分けを狙う気じゃ―――」

「違いますよ」

 ももかの言葉を遮って小雪が口を開く。

「確かに爆発した後の影響が、私の障壁に届くまで試合が続いていればそうなるでしょうが…。
 今回に限って言えば、その心配をする必要はありません」

「………どういうこと?」

「簡単なことです。鏡花水月が影響を及ぼしているフィールド内で、私は起爆します。
 言ってる意味、分かりますよね? 自動展開されるフィールド内で、これだけの数が同時に魔力を発したらどうなるか」

「――――――っ!?」

「天蓋魔法のような展開型魔法と同じく、
 常駐型広域掌握魔法も、絶えず術者から魔力の供給を受けることで成り立っています。
 違うのはただ一点。“術者の意志により起動できるか・できないかです”。  後者である『鏡花水月に』、これだけの数を同時に起爆すれば――」

「………持たないわね。私の魔力が」

 ももかが悔しげにそう呟く。スコアボードに目を向けた。
現時点では、ポイントはももかの方が上回っている。
だが、もはやその数字は、勝敗には関係なくなっていた。

 魔力が尽きれば戦闘不能。その時点で負けは決まる。

「さて」

 ももかの絶望的な思考を断ち切るように、小雪が手を挙げる。いつでも起爆できるようにと。

「今なら降参、受け付けますよ?」

 ももかは舞浜における貴重な“掛け持ち”選手だ。
今日はこの後に控えるフライングキャッチにも出場する予定となっている。

 ここで魔力を失うわけには、いかなかった。

 ゆっくりと、目を瞑る。



 試合は、驚くほど静かに幕を閉じた。



励みになります。
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優勝校予想アンケートは終了しました。ご協力ありがとうございます。
最終結果につきましては、改めて専用ページを設けたいと思います。
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