うぉぉぉぉぉぉぉっ

 既に会場は異様なまでの熱気に包まれていた。
大会3日目。ターゲットアタックAブロック第2回戦・第2試合。
瑞穂坂学園3年・東山幸平vs名古屋魔法高校3年・汐留渚。

 今大会初となる、七賢人の参戦。
それがこの試合会場へと集まった観衆の、大半を占めるこの試合への印象。

 ほとんどの者は既に勝敗などに興味は無く。
次期当主がどのような魔法技能を見せてくれるか、それのみに意識が集中していた。

 名古屋魔法高校3年。七賢人が一角・“水の加護を受けし一族”。その次期当主・汐留渚。

 会場の観客たちは、1人の少女の登場を待ちわびていた。

「いよいよだな」

 伊吹が囁くようなトーンで、そう口を開く。

「強いんだろ?」

 雄真の問いに、伊吹はフィールドから目を放さずにこう告げた。

「見ればわかる。見れば、な」

 伊吹の多くは語らぬその姿勢が、汐留渚の実力を雄弁に物語っているかのようだった。

「い―――」

『ターゲットアタック・Aブロック。
 第2回戦第2試合。
 瑞穂坂学園3年・東山幸平 対 名古屋魔法高校3年・汐留渚』

 雄真が口を開きかけた瞬間。

 これ以上、言葉は必要ないと言わんばかりに。


 ――――――会場全体へとアナウンスが響き渡った。






Happiness story「小日向雄真と七校対抗魔法大会」

Magic13.“七賢人・汐留家次期当主”汐留渚






うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!

 アナウンスと共に地鳴りのような声が鳴り響く。観客が一斉に立ち上がった。
2つのうち、1つの選手出入り口に皆の目が集まる。

しゃらん…

 綺麗な金属音を放ちながら、その女性は現れた。

 腰まで届く、真っ白な髪をなびかせて。

 振袖を思わせるような、淡い青色の魔法服。

 黒い棒状のワンドの先端には、金色の輪っか。

 その輪っかに無数の小さな輪っかが付いている。錫杖を思わせる形状のワンドだ。
どうやら美しいまでの音色は、そのワンドから奏でられていたらしい。

 観客の誰しもが、その女性に目を奪われていた。

 対峙するは瑞穂坂3年の東山幸平。
渚のブルーの瞳に映りし彼は、苦笑するかのようにフィールド中央へと歩み寄った。

 歓声は七賢人へのラブコール以外の声はない。完全にアウェーの環境だった。

 幸平は、相対する女性へと頭を下げる。
すると、相手側からまったく予想していなかった返事が返ってきた。

「お久しぶりですね。東山幸平さん。
 こうしてこのフィールドで相対するのは1年ぶりです」

「…憶えていらしたんですか?」

 前回の試合内容は、幸平自身あまり思い出したくない内容だった。
文字通りのストレート負け。手も足も出ない試合だったのだから。
それほどまでに呆気なく敗れた相手など、憶えていないだろうと思っていたのだ。

「もちろんですわ。
 私は、私と“きちんと”対戦者として向き合って下さる方を忘れません。
 この大会は毎年参加させて頂いておりますが、皆私と戦う前から諦めてしまわれる方ばかり。
 それは対戦者とは呼びません。貴方と高峰小雪さんだけは、最後まで私と向き合って下さいましたから」

「………」

 渚の打ち明けに、幸平は言葉を失う。

「あの時と同じ、素敵な目をされていますね。
 本日の試合も、期待してよろしいのでしょうか…?」

 穏やかな声色に、試すような眼差しで見つめられた幸平は、
その言動が本当に対戦者として認められているという事を理解した。

 だからこそ、幸平は思った。
少しくらい、「“あの後輩”の様に大きく出てもいいかもしれない」と。

「もちろんです」

 きっぱりと断言した。公平な立場であるべき審判ですら、息を呑んだのが分かった。
それに対しては何の返答もせず、渚はゆっくりと踵を返して自身の陣地へと向かった。
幸平もそれに倣う。

『構え!!』

 審判より合図が掛かる。渚はゆっくりとワンドを構えた。

『始め!!』

ビ―――――――――ッ!!

 開始ブザーが鳴る。

 ―――――今大会初。対七賢人戦が幕を開けた。






「参ります」

 渚がワンドを振りかざす。無詠唱にも関わらず、
同時に彼女の周りには、まるで生き物のように蠢く水が巻き上がった。

「ラン・シャードス」

 対して幸平は、ワンドを地面へと垂直に立てて静かに詠唱する。
一見、何も起こってないかのように見える。少なくとも、幸平の魔法は、彼の周辺では発現されなかった。

「?」

 渚が微かに眉を上げる。
あれだけ威勢よく啖呵を切ったわりには、大人し過ぎる開戦だったからだ。

「準備はよろしくて?」

「もちろん」

 渚の問いかけに、幸平が1つ頷く。
それにどこか釈然としないまでも、己の次にする行動は変えなかった。

 錫杖が振るわれる。無詠唱とは思えぬ、魔法操作能力。
錫杖の動きに倣った水の塊は、瞬く間に幸平の元へと迫る。

 が。それよりも早く。


ドシュッ


 その音に、時が止まった。






ピ―――――ン

『瑞穂坂学園。50ポイント』

 無機質なアナウンスが鳴り響く。
会場はおろか、渚ですら攻撃の手を止め、その場で固まっていた。

 誰かの、生唾を飲む音が響いた。

ざわっ

 会場がざわめきを取り戻す。


 ―――――汐留渚が、先手を許した。


 この事実を、徐々に皆が受け入れ始めていた。

「な、なんだ? 今の…」

 雄真が隣に座っている伊吹の方へと振り向く。

「………分からん。闇属性特有の不可視の魔法球を放ったのだとしても、挙動が早すぎる。
 それも汐留渚に感知されないほどのスピードなど、あり得るはずが…」

「ふふふ」

「か、会長?」

 そんな中、1人おかしそうに笑う静香に、小百合がおそるおそる問いかける。

「皆びっくりして当然よ。これは幸平が対七賢人相手に練習してきた、とっておきの秘策なんだから」

「秘策、だと?」

 その言葉に伊吹が反応する。
伊吹に応えることなく、静香は幸平を見やりながら呟いた。

「気づかれるまでが勝負よ。幸平」






「いきますよ!」

 対戦者の声で、渚は我に返った。
侮っていたわけでも、見下していたわけでもない。

 しかし。
ただ単純に、信じられなかった。

 まさか、自分が不意を突かれるなど。

ドシュッ

ピ―――――ン

『瑞穂坂学園。50ポイント』

 再び、感知不能の攻撃が自身のポイント板を襲う。

 おかしい。
渚の上には、未だ攻撃のタイミングを逸した多量の水の塊が浮いている状態だ。
対戦相手・東山幸平とポイント板の真ん中に位置するそれは、明らかに今狙われた部分を死角にしている。
それなのに、塊には何の影響も及ぼさずに死角を突いてくる。

ピ―――――ン

『瑞穂坂学園。50ポイント』

ピ―――――ン

『瑞穂坂学園。50ポイント』

ピ―――――ン

『瑞穂坂学園。50ポイント』

 連続してポイントが入る。

 それでも渚は微動だにしない。
別に自棄になっているわけではない。

(………感知不能、不可視の魔法球?)

 そう当たりを付けた渚は、上に控える水を薄く伸ばして自身と幸平との間に展開する。

 これは物理的な効力を持ったものではない。
よって、魔法の攻撃を受ければ何の抵抗も示さずに貫通するだけの代物だ。
しかし、そこに目的がある。例え感知不能、不可視の魔法球であっても、そこを通過する以上何らかの効果を及ぼす。
もし渚にすら気づかせないほどの隠密さで攻撃が通っているのだとしたら、これに反応するはずだった。

 ―――しかし。

ピ―――――ン

『瑞穂坂学園。50ポイント』

ピ―――――ン

『瑞穂坂学園。50ポイント』

 次々に得点が加算されていく。無論、幸平側に。
そして、目の前の水の膜には、波紋1つ立っていない。

ドシュッ

ピ―――――ン

『瑞穂坂学園。50ポイント』

 またしても得点が入る。
その不可思議な現象に、渚は自身が高揚するのを感じた。

(…素晴らしい。東山幸平さん、貴方がここまで力を付けて来られるとは………)

 試合に勝つことは簡単だ。
相手がどのような手段を取っているかは分からないが、先の高峰小雪のように速射の機能は果たせていない。
渚の水の力を持ってすれば、幸平をすぐにコールドに追いやることができる。
しかし、それでは――――。

(…この勝負に、勝利したとは言えませんものね)

 渚がほほ笑む。妖艶なそれは、動揺する会場に再び静寂を与えた。


 皆が理解する。

 渚は勝てないんじゃない。

 まだ、勝とうとしていないのだと。


ピ―――――ン

『瑞穂坂学園。50ポイント』

 得点は入り続ける。
渚は発現している水に新たな指示を与えた。

ザザザザッ!!!

 今度は自身のポイント板の前に立ちはだかるように配置する。
更に――――。

「ウォルタルス・リフレクト」

 渚が、流れるような声色で詠唱を唱える。
それによって水の壁は物理的な力を得た。
今度は感知するだけではない。正面から防ぎきる。

 そう意気込むものの。

ドシュッ

ピ―――――ン

『瑞穂坂学園。50ポイント』

 幸平の秘策は、それすらも凌駕した。






ビ――――――――ッ

『前半戦、終了です。選手の方々は5分のインターバルに入ってください』

 ブザーと共に、審判のアナウンスが入る。

 前半が終了した。
現在の得点は瑞穂坂学園が2250P。
対して静岡魔法学園は0Pのまま。

 誰も予想しなかった試合展開となっており、会場は静寂に包まれたままだ。
渚が先手を許すばかりか1Pも取らず前半を終了する。
そもそも、渚は1年の時から出場し続けてきたが、今まで一度として“後半戦を迎えたことが無かった”。
つまり、全試合早々にコールド勝ちしてきたということだ。
それは去年行われた対小雪戦ですらも例外ではない。

 会場全体から向けられる怪訝な視線を物ともせず、
当の本人である渚は何食わぬ顔で、試合フィールド横に設置されているベンチに腰かけた。正座で。
錫杖を胸に抱きよせ、目を閉じる。そのままピクリとも動かなくなった。






「瞑想モードに入ったか。怖い怖い」

 それを観客席から眺めていた信が見つめる。
口元には笑みが浮かんでいた。

「渚さん、攻撃に転じる気はないのでしょうか…」

「無いわけじゃ無いな。
 ただ奴が攻撃に転じるのは、間違いなく瑞穂坂のカラクリを暴いてからだろう」

「………それは、無抵抗に攻撃を受け続けてでもしなければならないことなのでしょうか?」

「…ふむ」

 空の視線は渚に向けられたままだ。
信からしても、空の言い分が分からないわけではない。
ようは、七賢人たるもの全身全霊を以て相手を討て、ということだろう。
少し考えた上で、信はゆっくりと語った。

「何を大切と捉えるかは、各々の自由だ。
 お前が持つ考えも間違っていない。寧ろ七賢人の一族であるが為の、大切な誇りだ」

 そこで一度切る。空と視線が合った。

「だが。奴にとっては、そうじゃない。
 相手の持ち得る手段を全て受け入れた上で、尚も上回ろうとしている、ということだ」

「…仮に、それで負けることになってもですか?」

「負けないさ」

 空の問いを、信は一言で払った。

「それが、奴にとっての七賢人の誇りだからだ」






「…凄い」

 雄真は意図せずそう呟いた。それに小百合と、伊吹までもが頷く。

「認識を改めねばならぬようだ。東山幸平。
 汐留渚相手に、ここまでやってのけるとは…」

「こ、これ…もしかして勝てるんじゃないかしら?」

「…どうかしら」

 小百合の問いかけに、静香が難色を示す。

「汐留さんは、やろうと思えばいつでも幸平をコールドに追いやることができるはずよ。
 このまま打開策が思い浮かばないようなら、最終的にその手段を取ってくるはず」

「いや、それはないな」

 静香の考えを伊吹が一蹴した。

「あ奴にはあ奴なりの、七賢人としての矜持がある。このまま打開策が閃かねば、あ奴は負けを選ぶだろう」

「舐められてるみたいで嫌ね、そういうの」

「違う」

 伊吹は首を横に振る。

「試合より勝負を。結果より過程を。あ奴はそういう奴なのだ。
 同時にそれは、東山幸平を対等たる対戦者として認めたことを意味する」

「じゃ、じゃあ…。副会長は本当に…」

「ただ…」

 幸平をじっと見ていた雄真が呟く。

「東山先輩。随分と息が荒いな…」






ビ――――――――ッ

『後半戦を開始します。選手の方々はフィールドに入ってください』

(……もう5分経ったのか)

 幸平は、未だに息が整わない自分に苦笑した。


 “ステルス・シャドウ・ショット”。通称“SSS”。


 幸平は自身が考案した秘策に、この名前を付けた。

 名前の通り、影を用いた攻撃法である。
やり方は簡単。自身の魔力を影に干渉させ、その影に物理的効力を持たせる。
その影を目にも止まらぬスピードで射出し、ターゲットを打つのだ。

 無論。今回対象となった影は、渚のポイント板。その“裏側にできた”影である。

 よって、対戦者・渚には完全に死角となっており、その攻撃を目視することはできない。
いや、渚だけではない。おそらく、ポイント板の裏側に位置する観客席に座っている者にも、捉えることはできないだろう。
なぜなら、ポイント板そのものにできた影を使っているからだ。

 指定した影と、攻撃対象が離れていた場合。
影からは、そこから作られた槍状の攻撃が射出される。
目にも止まらぬスピードといえど、気づく者はやはり気づく。
相手がやり手であればあるほど、その可能性は飛躍的に向上するのものだ。

 しかし。今回の場合はその心配はない。
攻撃対象そのものにできた影を使っているからだ。
地面にできた影ではない。対象物に付いている影、そのもの。
よって。攻撃は日の目を見ることもなく、発現した瞬間にはもうその効力を発揮している。

 さらに。今大会において、この技はまさに打って付けであるといえる。
攻撃対象であるポイント板にも、当然魔力は流れている。
そうでなければ、ポイント板が魔法を受けたかどうかの判定ができないからだ。
そして、それはこの“SSS”に用いられている微弱な魔力よりも遥かに多い。
故に、幸平が後方で魔法を発現していても、
ポイント板の魔力によってその気配を掻き消され、対戦者・渚はそれを認知することができていない。

 但し、使う魔力が微量と言えども欠点はある。それは、魔法発現に伴うコントロールの精密さだ。
自身から離れた場所で。それも自身から死角の場所で行われる緻密な魔法発現は、想像以上の精神力が必要となる。

 それにより、極限まで高められた集中力を維持し続けた前半戦。
この代償は、たった5分のインターバルでは賄いきれず、今まさに後半戦に突入する幸平に襲いかかろうとしていた。






「見事です、東山幸平さん」

 フィールドで再び相対した渚が、手放しでの賛辞を贈る。幸平は、それに笑うことで答えた。

(………極力、疲弊していることを悟られるのは避けなければ)

 幸平は、笑いながらも心の中ではこう考えていた。
“SSS”に用いられる魔力は微量。むしろ必要なのは精神力・集中力、そしてそれらを支える体力だ。
疲弊の度合いが高ければ高いほど、ほぼMaxで残っている魔力との矛盾に、渚が気づいてしまう。
それだけで戦術が見抜かれるとは幸平も思ってはいないが、それでも。
相手はあの七賢人・次期当主だ。用心に越したことはない。

 会話をすれば、息が上がっているのがばれる。
幸いにして後半戦は、前半戦試合開始前と違い、フィールド中央で挨拶を交わす必要はない。

 もちろん、見ればある程度疲れていることくらい簡単に気づかれてしまうだろうが、前半戦を熟したのだ。
その辺りは当たり前だと捉えてくれるだろう。

 そこまで考えていたところで、渚がクスリと笑ったのを幸平の耳が捉えた。
ふと、前を見る。渚は異性どころか同性までを虜にしてしまいそうな魅惑的な笑みを浮かべていた。

「貴方の、魔法技能。そしてその戦術に。私、汐留渚は敬意を表します」

ざわっ

 渚の発言に、観客がどよめく。今のは、七賢人が一介の男子高校生を自身と同格だと認めた発言だ。
自身の立場を考えるのならば、間違ってもこのような場で口にしていいことではない。

「その卓越した努力と才能にお応えするために―――」

 渚の言葉と同時に、フィールドに冷気が走った。

「私の“力”を、お見せしましょう」



 渚の表情は。

 この上ないほどに。

 ただただ、美しかった。



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