後半戦開始のブザーが鳴る。

 渚の笑みと共に、フィールドに冷気が走った。
もちろん比喩ではない。

 凍てつくまでのその空気は、瞬く間に渚の後ろに控える得点板を覆った。

「あっ」

 誰かの声が上がる。それが幸平のものだったのか。
それとも見ている観客の誰かのものだったかは分からない。

 しかし。無意識に声が出てしまうほどに、
それほどまでに圧倒的なスピードで、渚の得点板は霧に包まれた。

「………これは」

 幸平がその光景を見て呟く。

(………感知タイプか)

 渚の圧倒的なまでの魔法技能だからこそできる芸当だ。
それも得点板が反応して自殺点とならぬよう、ぎりぎりのラインまで覆い尽くしている。

 “360度”。その全方位に。

(…間違いなく、次に打てば気づかれる)

 今までは得点板から漏れ出る魔力に潜み打ち込んでいたが。
全方位を網羅した感知タイプの霧が、自身の攻撃原の目と鼻の先に配置されれば話は別だ。

 戸惑いを隠せない幸平を前に、渚が片腕を掲げた。

「これが私にできる次の一手です。
 さあ、どうされますか? 東山幸平さん」

 渚が妖艶にほほ笑む。
冷気により靄が掛かりながらも、その笑みははっきりと幸平の脳裏に焼き付いた。






Happiness story『小日向雄真と七校対抗魔法大会』

Magic14.雪原に咲く、一輪の花






「―――っ。まずい」

 静香が顔をしかめながら、呻くようにそう呟いた。

「…やはり。東山幸平の攻撃元は得点板の裏側であったか」

 伊吹がそれに応えるようにそう告げる。

「…気づいていたの?」

「薄々とな。ポイント板を反応させる為には、魔力による干渉が必須だ。
 しかし、前方を固く守る汐留渚の魔法にはまったく反応を示さない。
 残る答えは1つしかなかろう」

「………影か」

「ほう? 雄真よ。そなた、カラクリが解けたか?」

「なんとなくな。汐留さんの得点板。何となく不自然な魔力を感じる気がしてて」

「うそ。私全然分からなかったんだけど」

 雄真の発言に、小百合が驚いたように首を傾げる。

「……吉田さんが普通の反応よ。
 本来ならば、気づかれることがないほどの微量な魔力放出だから」

 それだけ告げると、静香は寂しそうに笑った。

「やっぱり、分かる人には分かっちゃうのね」

「いえ」

 それに対し、雄真が否定の言葉を入れる。

「俺が気づいたのは、東山先輩が息を乱し始めてからです。
 精密にコントロールされている間は、全く気付けなかった。
 東山先輩の秘策に穴があったとすれば、それは持久戦には不向きであったということだけ。
 おそらく、汐留さんも気づけなかったはずです」

「それには同意だ。特にあ奴はフィールドで前方に立つ東山幸平自身の魔力を注視していたはずだからな。
 我々よりネタに気づくのが遅れるのは当たり前のことだ」

 伊吹が雄真の言葉に相槌を打つ。

「いずれにせよ…。あの霧の配置からして見ても、
 もう汐留渚はカラクリに気づいておるのだろう。
 あれは最後の確認というわけだ」

 そう話すと、伊吹は視線を幸平へと向ける。「ここまでだ」という言葉は発さなかった。
静香の為ではない。静香も、もう幸平が負けるということは受け入れているだろう。

 理由は、隣に雄真が居たから。


 七賢人に臆さず立ち向かえるその姿を、伊吹は眩しいとさえ思った。

 目黒竜也然り。神威信然り。
雄真は本気で七賢人を倒そうとしている。

 相手が七賢人だから、仕方がない。
この大会に古くから根付く、根本的な思想をねじ伏せようとしている。

 そして、厄介なことに。
雄真なら可能かもしれないと考えている自分にも、伊吹は気づいている。

 敢えて二極化して分類するならば。
雄真は間違いなく“七賢人側”の人間だ。

 身分の話ではない。
その底知らずの魔力容量に圧倒的なまでの才能。
東山幸平や藍本静香では、生涯に渡って辿り着けないであろう領域に、雄真は足をかけている。

 そして。さらに厄介なのは、雄真はその自分自身の立場を自覚できていないことだ。
だからこそ、東山幸平も頑張れば七賢人に勝てると、信じているのだ。

 しかし、それがあり得ないであろうことを、伊吹は“知っている”。
圧倒的なまでの実力差を、同じ七賢人たる伊吹は初めから心得ている。

 驕りではない。純然たる、事実。


 伊吹は、ゆっくりと目を閉じる。
もう見るまでもない。勝敗は明らかだ。
口には出さず、幸平への賛辞の言葉を贈る。

 そして―――。

(東山幸平。貴様の戦いは無駄ではなかった。
 その姿勢は、間違いなく雄真に影響を与えたであろう。
 だからこそ最後は―――)


 潔く、散るがいい。






ピ―――――ン

『瑞穂坂学園。50ポイント』

 再び瑞穂坂にポイントが入る。
しかし、もはやその数字が意味を成さぬことは、誰よりも幸平自身が自覚していた。

「………なるほど」

 目を閉じたままの渚が呟く。
幸平はそれを聞きながら苦笑した。

(…1発で気づかれるか)

「影を用いた魔法攻撃。
 それも私に気づかれぬようポイント板の裏から射出していましたか。
 魔力も微量………。これが長期戦でなく短期決戦であるならば、
 私はこれに気づけずに敗北していたでしょう」

「…はは。たった一回感知しただけで、そこまで気づかれてしまうなんてね」

 もはや笑うしかない。

「もう手はないのですか?」

「ああ。持ち得る手は、これ以上ない」

「それでも、貴方の瞳から諦めの色が見えないのはなぜでしょう?」

「そんなの決まってる」

 幸平が、笑う。

「諦めてないからさ」

 その幸平の一言に、渚はほんの少しだけ瞳を見開いた。

「見事です」

 渚の錫杖が振るわれる。
フィールド上には、瞬く間に冷気が充満した。
吐く息すらも、白くなる。

パキパキパキッ

 乾いた音が鳴り響く。
地面には霜が降り、フィールドだけが別世界のように白く染まり始めた。

「………こ、これは」

 幸平が驚きのあまり声を上げる。それに対して渚はほほ笑んだ。

「フリージア」

パキィッ!!

 幸平側のポイント板の頂上に、氷の花が咲いた。
会場の全ての人間の目が奪われる。
一瞬にして咲いたその大輪は、圧倒的なまでの存在感を誇示している。

 渚は、その花に向けて右手を掲げた。

「クラッシュ」

ガシャァァァァァァッ!!

 派手な音と共に花が砕ける。
粉々に砕け散った魔法の氷塊は、次々と重力に従い落下を始めた。

 ―――無論。
途中にある得点板を経由して。

 勝敗は、火を見るまでもなく、明らかだった。






わぁぁぁぁぁぁぁぁぁ

 観客は総立ちで色めきだっている。
両者の握手により、その声はさらにボリュームを上げた。

 七賢人相手に、これほどまで善戦できるとは誰も思っていなかったのだろう。
だからこそ、ときおり飛び交う「只の高校生にしては、よく頑張った」という発言も、仕方のないことだといえる。

 雄真はその空気に顔をしかめた。

「そのような面白い顔をしてくれるな」

「…面白い顔なんてしてねーよ」

 言葉通り微塵も面白くなさそうな顔で、雄真が答える。

「うぅーん、ダメか。イケると思ったのに」

 小百合が横で悔しそうな声を漏らす。

「外見上、かなり善戦はできたんだけどね。
 それでも、汐留さんが真っ向から幸平を倒すつもりなら、前半戦で勝敗は決していたはずよ。
 だからこそ、余計に悔しいわ」

 それに倣い、静香が苦々しげに呟いた。
それを鬱陶しく思った伊吹が手で払う所作をする。

「そこまでにしておけ。反省会なら食事の席でよかろう。これから出陣する奴らが何を言う」

 確かに。
この後ターゲットアタックの第2試合が終われば、次はバルーンクラッシュ。
雄真は春姫・杏璃と。静香は、幸平・小百合と出場するのだ。
試合前にテンションを下げるのはよろしくない。

「さて、じゃあ行くか」

 雄真が立ち上がる。
静香と小百合もそれに倣い、3人で会場の出口へと歩き出した。

「せいぜい頑張ってくるがいい。
 これ以上、他校に好き勝手させてくれるな」

 伊吹の声に、雄真は手を上げることで答えた。






   大会3日目。ターゲットアタック第2回戦の工程が全て終了した。
勝敗は、以下のとおりである。

≪ターゲットアタック 2回戦結果≫
Aブロック
第1試合
 飯田剛(仙台)× 対 ○ 桜井誠(京帝)
第2試合
 東山幸平(瑞穂坂)× 対 ○ 汐留渚(名古屋)

 Aブロック内1・2位決定戦は、京帝 対 名古屋 に決定。

Bブロック
第1試合
 高峰小雪(瑞穂坂)○ 対 × 安藤ももか(舞浜)
第2試合
 毛利哲也(静岡)○ 対 × 茅ヶ崎愛(名古屋)

 Bブロック内1・2位決定戦は、瑞穂坂 対 静岡 に決定。

 A・Bにて勝利した者同士が、ターゲットアタック1・2位決定戦に。
A・Bにて敗北した者同士が、ターゲットアタック3・4位決定戦にそれぞれ進出する。


○現在の学校順位

5位:仙台魔法学園(宮城)30P

6位:東京都立魔法学園(東京)20P

1位:瑞穂坂学園(神奈川)70P

6位:舞浜学園(千葉)20P

3位:静岡魔法学園(静岡)40P

3位:名古屋魔法高校(愛知)40P

2位:京帝高校(京都)60P






「よぉ伊吹。隣は空いてるか?」

「ん?」

 雄真・杏璃・静香が席を立った後。
この後に控えるバルーンクラッシュもここで観戦しようと考え、
席に残っていた伊吹は、後ろからの声に振り返った。

「信か。それに空も」

 伊吹の言葉に、空がぺこりと頭を下げる。

「よいぞ。誰もここには来ぬわ」

「礼を言う。席が見つからなくてな。どうしようかと思っていたんだが…」

「ありがとうございます。助かります」

 兄妹は揃って礼を言って、先ほどまで雄真たちが使っていた席に腰かけた。

「雄真目当てか?」

「もちろん」

 信が即答する。

「バルーンクラッシュの目玉だろう?」

「今日の目玉は違うがな」

「はははっ」

 伊吹のジト目に対して、信は悪びれた様子もなく声を出して笑った。

「ま、それはそうだな。今日は七賢人の次期当主、その存在意義が試される日でもある」

 ことも何気に言う信に、伊吹が眉を上げる。

「その割には、随分と余裕そうなのではないか?」

「さぁてね。本当に余裕綽々な人間なら、
 わざわざ自分の試合前に、相手の視察なんてしないんじゃないか?」

「ふむ。確かに一理あるか」

 伊吹が頷く。信はフィールドに目を向けた。
フィールドでは、バルーンアタックへの準備の為、係員が忙しなく動いている。

「………信」

「…なんだ?」

 しばらくの間沈黙が続いていたが、それを伊吹が破る。

「雄真は………。本当に、そなたに勝つ気でいるぞ」

 ぽつりと。
伊吹は、呟くように信に告げた。

 信は伊吹の方を見ようともしない。
フィールドで動く係員を目で追いながら、さらに長い間を置いてようやく口を開いた。

「…知ってるさ」

 伊吹の目線が信を捉える。もう、信は笑っていなかった。
強い眼光は、同じ七賢人・次期当主たる伊吹ですら息を呑むほどだった。

 信が、ゆっくりと口を開く。



「―――だから、ここで叩きのめすんだ」



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