会場のボルテージは上がる一方だった。
瑞穂坂vs京帝。
勝った方が七校対抗魔法大会において、主導権を握ると言っても過言ではない戦い。
そのダブルス戦は、両チーム1名が相打ちとしてリタイアする運びとなった。
「ダブルスとして挑んだ試合が、こうなるとはね…」
転移魔法陣によって強制退去させられる2人を遠目で見据えながら、幸平がポツリと呟いた。
「…ええ」
静香が苦々しげに唇を噛む。
「想定外です。信さんへは、雄真さんと神坂さん。
2人のコンビネーションで挑んで頂くつもりだったのですが」
『2人とも、頑張ってたんやけどな〜』
小雪に同調するように、タマちゃんがふわふわしながらそう評価した。
「姫ちゃん…、大丈夫なのか…?」
「春姫の方は平気よ。フィールドには緩衝魔法ってのが働いてんの。
強力なダメージは全部その魔法が吸収してくれてんだから」
「へぇぇ…。やっぱ凄いわね、魔法って」
春姫を心配するハチを杏璃が一蹴する。
魔法の何たるかが分かっていない普通科の面々からすれば寝耳に水のような話だが、
幸いにして“凄い”ということだけは伝わったらしい。準が感心するように頷いた。
「安心するのは早いわ。平気なのは、神坂さん“の方”」
それを遮るように小百合が呟く。
「そうですね」
その小さな呟きを聞き漏らすことなく、小雪が首を縦に振った。
「問題なのはここからです。ダブルスの試合としては、変則的な形となりましたが…。
今後の大会の行く末は、雄真さんと七賢人・神威信との一騎打ちによって、決定することになったのですから」
Happiness story『小日向雄真と七対抗魔法大会』
Magic17.激突!! “七賢人・神威家次期当主”神威信!!
「さて、やるか?」
信が軽い口調でそう告げる。
対して雄真は口を開かず、じっと信を見据えていた。
その鋭い視線に、信は苦笑して再び口を開く。
「おいおい、そんな睨むなよ」
冗談交じりに呟く。それでも雄真は答えない。
(ふむ。普段のおチャラけた雰囲気は、微塵も出ない。場面1つでこうも変わるか………)
「魔法は使わないのか?」
「ん?」
信が雄真の出方を探っていたところで、雄真がやっと口を開く。
雄真は先の戦いから風のフル・アーマーを纏ったまま。
対して、信は何の詠唱もしていない状態だった。
「ああ、そういうことか」
信が1人納得したような顔で頷く。
(ようは、俺が詠唱するまで待っているってことか。なら―――)
信は口を歪ませると、
「安心しろ。必要になったら使う」
先ほどから続く、らしくもない挑発的なセリフが再び放たれた。
それを聞いた雄真の目が、僅かに細められる。
ひゅおっ
風を切る音が聞こえた。
ガンッ!!!!
鈍い音が響く。
一瞬にして信の背後を奪った雄真が、状態強化を纏ったワンドを振り下ろしたのだ。
これが、2人の試合開始の合図となった。
しかし。
「こ、これはっ!?」
驚愕したのは、雄真の方が上だった。
確実に信の背中を捉えるはずだったワンドが、その直前の“なにか”によって静止させられている。
「驚いたな。お前の風のフル・アーマー。俺の想像以上の素早さだ」
少しも驚いた素振りを見せずに、信が平坦な声で告げる。
「ならっ!!」
雄真が地面を蹴る。
信が雄真の姿を捉えるより先に、雄真は逆サイドから回り込む形で再びアタックを仕掛けた。
が。
ガカカカカカカカカッ!!!
同じく、直前で“なにか”によって阻まれる。
「そんなっ!?」
間違いなく、信の反応速度より先に攻撃を仕掛けたはずだった。
現にたった今の攻撃は、信が雄真の方を振り向くより先に放たれたはずだ。
それなのに。
「どうした……?」
届かない。
「来ないのか?」
にやりと信が笑う。
雄真は、自分の頭に血が上るのを感じた。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!!!!!
地面を蹴る。蹴る。蹴る。
信の周囲を、縦横無尽に駆け巡る。
頭を。顔を。首を。胸を。肩を。腕を。
掌を。脇を。背を。腹を。膝を。足を。
目にも留まらぬスピードで打ち付ける。
どれ1つとして、目で追えているものはないはずだった。
身体強化していない、生身の体でついていくのは不可能な速さ。
観客の中で、雄真が信に与えた連撃の数を数えられる者など、そうはいないだろう。
それなのに。
ガンッ!!!!
渾身の力で信を殴りつける。
それでも。
「―――そんな………」
届かない。
「いいのか?」
驚愕に染められた雄真の顔へと、信の掌がゆっくりと向けられる。
「そんなところで突っ立ってて」
ぞくっ
言いようのない悪寒が、雄真の体を奔った。
(ヤバイッ!!!!)
全身全霊の力を込めて、地面を蹴る。
その直後―――。
ドォォォォォォォォォンッ!!!!
宙へと逃れた雄真の真下で、轟音が鳴り響く。
雄真が先ほどまで立っていた場所は、円状に大きく抉り取られていた。
「なっ!?」
思わず声を失う。あんなもの、喰らったら一撃で終わる。
「ウェンテ!!」
雄真は、自身の体を風の魔法によって移動させ、信から離れた場所で着地した。
あのまま。信の真横に着地して再び近接戦に持ち込むことは、得策とは言えないと判断しての行動だ。
信も、そこへ狙い撃つようなことはせず、雄真が離れた位置で着地するところを無言で見送った。
「………クリス。信の使っている魔法、分かるか?」
『ダメです。情報が足りなすぎます。神威様は詠唱を一切していません。
それだけは間違いないはずなのですが…』
「つまり、遅延呪文じゃないってことか」
『はい。解放展開の魔法は使用されていません。
魔力自体は感知できるのですが、構成・構築のプロセスの一切が掴めないのが現状です』
「………クリス、一度お前の状態強化を解く。
攻撃は呪文とフル・アーマーを使うから、その間お前は感知魔法を掛けてくれ」
『よろしいのですか? 感知魔法展開中は、私は“独自詠唱”を行えませんよ?』
「信の技は確かに強力で、規模もデカい。だけど避けれないわけじゃない。
機動力だけで見るなら、俺の方が上だ」
『それは否定しませんが…』
「あいつを倒すのに、あいつの技を知ることは必須だ。
どちらにせよ危ない橋を渡るなら、早いうちに越したことはない」
『…分かりました』
「作戦会議は終わったか?」
「………お陰様でな」
信は、先ほど腰を上げた場所から一歩も動かず、雄真の動向を伺っている。
今も、雄真がクリスと話しているところへ奇襲をかけてきたりはしなかった。
「またこっちからでいいのか?」
「ああ、構わない」
雄真のセリフに、信が頷く。
どうやら自分から攻める気がないらしい。
雄真が体勢を低くする。
「さっきと同じ戦法じゃ二の舞だぞ?」
「大丈夫だ」
信が忠告を放つのと同時に、雄真が地面を蹴る。
先ほどと同じく瞬く間に距離を詰める。その道中で―――。
「今度は、“これだ”!!」
雄真が掌を空で数度薙ぐ。そこから風の刃が具現化した。
「お?」
生み出された4枚の風の刃は、身体強化された雄真よりも早く。信の元へと到達する。
「いけっ」
雄真が念じるように呟く。しかし。
ガカッ ガカッ ガカカッ!!!!
弾けるような音と共に、風の刃は空中で砕け散った。
「…やっぱダメか」
ちらりと相棒・クリスの様子を伺う。
何の返答もない。感知魔法を展開していても、これくらいで情報は集まらないらしい。
雄真は、次の手に切り替えることにした。
「エル・アムダルト・リ・エルス」
詠唱しながら信との間合いを詰める。
そのまま身体強化を纏った手や足で、物理的な接触を試みた。
ガガカッ ガンッ ガッ!!
全てが信の体一歩手前で止められる。
「カルティエ・ディ・ルテ・エル」
足を振り上げる。先ほどと同じく、その軌道から風の刃が発現した。
そのまま信を襲うも、またしても“なにか”によって掻き消される。
「アダファリア・リース」
「その程度じゃ、俺には届かない―――む?」
雄真の詠唱に気づいた信が、眉を上げる。
同時に掌を雄真の方へと向けた。
「ウェンペティア!!!!」
ドォォォォォォォォンッ!!!!!
凄まじいまでの爆音が響く。
突如出現した嵐のような強風が、フィールド全体を包み込む。
雄真のClassA・風系魔法『ウェンペティア』が、ほぼゼロ距離で信へと牙をむいた。
「………なんで…」
思わず口からそう漏れる。
信は。
何事もなかったかのように、雄真の目前に立っていた。
「隙だらけだ」
ぞくっ
「―――っ!?」
再び雄真の体に悪寒が走る。迷わず地面を蹴りあげた。
ドォォォォォォォォンッ!!!!
間髪入れずに、轟音が鳴り響く。
先ほどと同じく空中へと逃れた雄真の真下には、円状に抉り取られた地面が広がっていた。
「何なんだよっ、これ!?」
『感知不能!! 分かりません!! 神威様から魔法構築の流れの一切を感知できません!!
もはや、膨大な魔力の塊を放出しているだけにしか――――』
「お前は本当に話し好きだな」
信の声が、“背後から”聞こえた。
「―――っ!?」
振り返った時には、既に信の拳は雄真の腹を捉えていた。
「が…あっ…!?」
空中で殴り飛ばされた雄真は、その勢いのまま地面へと激突する。
フィールドが割れ、雄真の体は地面へと面白いくらいにめり込んだ。
「おいおい。もう終わりか?」
信が落下しながらそう呟く。
下は砂埃が立ち込めて、雄真の安否が視認できない。
ひゅおっ
「…ご心配なく」
「ほう?」
ガカカカカカカカッ!!!!
信が雄真を認知する前に、手刀を振り下ろしたつもりだった。
しかし、それでも。“なにか”は雄真の攻撃をいとも簡単に防いでしまう。
どんな攻撃でも、直前の何もない空気中で押しとどめられる。
“なにか”と押し合っているような手応えはあるが、それが何なのかがまったく見えてこない。
「くそっ!!」
「動きを止めていいのか?」
信の手は、既に雄真の方へと掲げられていた。
ヴゥゥゥゥゥンッ!!!
視認できない“なにか”が、雄真を襲った。
「ぐっ………!?」
『―――これはっ!?』
再び吹き飛ばされる。
空中で成す術なく吹っ飛ばされた雄真は、またしても地面へと叩きつけられた。
「がっ………うっ…」
雄真が肩肘に何とか体を支える。
度重なる連撃で、既に視界はぼやけていた。
数メートル先で、信が軽やかに着地する。
ゆっくりとした足取りで、雄真の元へと近づいてきた。
「まだ緩衝魔法が発動しないのか…。雄真、発動条件は知ってるよな?
発動には『プレイヤーが耐えられない魔法攻撃及び物理攻撃を受けると判断』されなければならない。
つまりだ………」
信は何の躊躇いもなく、雄真へと手をかざした。
『――っ!? ディ・ラティル・アム―――』
ドォォォォォォォォンッ!!!!
「ぐぁぁぁぁぁっ!?」
『きゃぁぁぁぁぁっ!?』
クリスが独自詠唱によって、咄嗟に障壁を張ろうとするが間に合わない。
直撃を受けた雄真の体が、フィールドを横断するが如く吹き飛んだ。
クリスも、雄真とはまったく別の場所へと飛ばされる。
雄真はフィールドの側面の壁へと叩きつけられた。体を纏っていたフル・アーマーが弾け飛ぶ。
力なく、崩れ落ちる。この衝撃で、雄真は意識を手放してしまっていた。
「緩衝魔法、発動せず………か。
―――まだ耐えられる、と審判団は判断しているということだが、買い被りのようだな」
信が小馬鹿にしたような声色でそう口にする。
普段の彼からは想像も付かないような冷たい視線が、気を失っている雄真を射抜いた。
「………フル・アーマーは実際に登録はされていないものの、
技術的にはClassA・天蓋魔法にも匹敵するほどの難易度を誇る技法だ」
地に伏す雄真に、信が話す。
「纏えるようになるまでに数か月。
それを使いこなせるようになるためには、さらに数年単位の歳月を要する」
雄真はピクリとも動かない。信はそれに構わず続ける。
会場も静まり返っていた。信の言動に、皆の注目が集まっていた。
「お前が魔法を手にして数か月しか経過していないことは知っている。
その中で、これだけの魔法が使えるようになったという事実は賞賛に値する。
素晴らしい、その一言に尽きる」
そこで一度言葉を切る。
「そう、そこで“尽きる”。
本来数年を費やすべき技術を、たった数か月で習得したその才能は末恐ろしいものだ。
だが、そこまで。熟練の使い手には遠く及ばぬほどのちゃちなコントロール。
発現スピード・その応用技術………。お遊び程度の実践ならそれで十分だろうが、
こと“実戦”ではそうはいかない。俺の言いたいことが分かるか?」
信が大きく息を吸う。そして、会場を揺るがさんばかりの音量で咆哮した。
「その程度の技量で、七賢人の牙城を崩すことができると思うな!!!!
分別を弁えろ、この身の程知らずが!!!!」
ざわっ
会場がどよめく。
七賢人が一角。その次期当主・神威信の威厳に、会場の誰もが息を呑んだ。
そして同時に。誰もが理解した。
―――――やはり七賢人に勝てる者など、この国に存在しえないのだと。
「…これが、相応の結果か」
1人観客席に座っていた伊吹が、苦々しげに顔を歪める。
信は、間違ったことは何1つしていない。
七賢人としての誇りを、この場で守っただけだ。
過去、今大会において出場した七賢人・次期当主たちは、
相手も七賢人である場合を除けば、例外なく無敗を打ち立ててきた。
そんな中で、今年異分子が紛れ込む。
七賢人相手に臆することなく宣戦布告を叩きつけ、あまつさえ勝利宣言までやってのける輩だ。
―――勝たせてはならない。
―――叩き潰さねばならない。
それも、完膚無きまでに。
この国の七代名家として、財力と力を誇示し続けてきた人間は、常に強者でなければならないのだ。
そうでなければ、その者が統治する地域に軋轢が生じる恐れがある。
疑問を持たせてはならないのだ。
あの場に立っていたのが伊吹なら。
伊吹でも、そうしただろう。
――――ようするに。雄真は、“やりすぎた”のだ。
東山幸平のように、その他大勢の、ただのチャレンジャーでいるべきだったのだ。
「信が七賢人としての矜持を守り抜いた。
雄真はそれを打ち崩すことができなかった。
―――――ただ、それだけだ」
白い帽子のつばで顔を隠す。
あるべき姿として納得はしていても、心がざわめく。
伊吹は、今自分がどんな顔をしているのかすら分からなかった。
審判が雄真の元へと駆け寄る。屈んで雄真の容態を見ているのだろうか。
観客は、その姿を固唾を飲んで見守っていた。やがて、審判がゆっくりと立ち上がる。
手を空へと掲げて、告げた。
『試合、終了』
告げられた言葉に、歓声は響かなかった。
励みになります。
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Leica
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