フライングキャッチが開始されてまもなく1分が経過する。

 しかし、現段階で飛行魔法を使った人間は0。

 にも関わらず、既に半数が脱落。

 例年とは違う試合運びに、会場は騒然としている。

 決勝進出条件である、キャッチすべき金のボール数は7。

 つまり。

 残っている選手全員は、穏便にそれぞれがボールをキャッチすれば決勝に進める。


 ―――はずなのだが。


 昨年度優勝者・八乙女咲夜により、それは叶えられそうもなかった。

 現在残っている選手は、以下のとおりである。


仙台 :【脱落】
舞浜 :八乙女咲夜・安藤ももか
東京 :【脱落】
瑞穂坂:高峰小雪
静岡 :浅草舞
名古屋:黒川アゲハ
京帝 :渡辺正和・平井司






Happiness story「小日向雄真と七校対抗魔法大会」

Magic22.“七賢人・八乙女家次期当主”八乙女咲夜






「…始まったか」

 伊吹が頭を抱えながら、フィールドでいがみ合う2人に目を向けた。

「3人って、冗談でしょ?」

 杏璃が「何言っちゃってんの」という空気を隠そうともせず、そう呟く。
それが伊吹の沈み具合に、更に拍車をかけた。

「本気だ。八乙女がああ言ったが最後。
 今年のフライングキャッチの予選通過者は、3人となるだろう」

 重々しく口を開く。

「そ、そんな。だってルール上は…」

「違反、ではないね。フライングキャッチのルールでは、“7人が進出できる”ってだけ。
 別に7人が“勝ち上がらねばならない”とは、一言も書いてない」

 小百合の言葉を遮るように、幸平がそう説明した。

「…うそでしょ」

 杏璃が口をあんぐり開けて呟く。

「舞浜学園から出場している安藤ももかさんを、八乙女咲夜さんが失格にするとは思えない。
 つまり3人って言うのは…」

「察しが良いな、神坂春姫」

 春姫の発言に、伊吹は目を合わせることもなく言葉を続けた。

「こうなってしまえば…。フライングキャッチ決勝は、舞浜学園の独壇場だ」






「………3人、たったそれだけですか」

「うん」

 舞の復唱に、咲夜は頷いた。

「結果が同じなら、7人も決勝に行く必要ないでしょ?
 だから1・2・3位に決まる人間だけを決勝に上げることにしたんだー」

 事も何気にそう告げる。その仕草が、舞の憤りに拍車をかけた。

「………ふぅ―――――」

 深呼吸と共に、舞の体から力が抜ける。

 後ろ手に、ゆっくりと太刀を抜く。
射殺さんばかりの鋭い眼光は、咲夜を見据えたまま。

 夕日に刃が煌めく。
しゃりんという固い音と共に、刀身その全貌が姿を現した。

 丁寧に手入れをされた太刀は、周りの空気すら切り裂かんばかりの威圧感を放っている。
その外見とは不釣り合いにも関わらず。太刀を構える舞の姿は、相当な手練れであることを窺わせていた。

「あれれ。まいまいは決勝に残ってもらうつもりだったんだけどなぁ〜」

 並みの魔法使いならば。
相対しただけで気絶しそうなほどの威圧を受けつつも、咲夜はいつもの調子を崩さない。

じゃらんっ

 怪しい笑みはそのままに。ゆっくりと両の手の扇を構えた。
鎖が地を這う鈍い音が、両者の間に響く。

「いいの? ここで消しちゃうよ?」

「できるとお思いですか?」

「もち」

 さも当然とばかりに、咲夜が頷いた。


かちゃり


 太刀がゆらりと動く。舞が下半身に力を込めた。

 咲夜の眉がぴくりと反応する。


ガシャンッ!!!!


 音は遅れて響いた。

 目では捉えきれぬほどの舞の太刀筋は、咲夜を正面から襲った。
咲夜は、それを左右の扇を結ぶ鎖で受け止めていた。

 ギシギシと固い音が鳴り響く。両者は至近距離でにらみ合った。

「―――参ります」

「参りなさい参りなさいっと!!」

 フライングキャッチ予選。
この競技優勝候補である2人の、まさかの対戦が幕を開けた。






「最初から、“気を抜かない”ように。それはこういうことでしたか」

「ええ、そうよ。ごめんなさいね?
 あの子ったら、自分が楽しめないと真面目にやらない性格だから」

 ももかは困ったという表情を作りながら、悩ましげに頬を撫でた。

「向こうの会話、少し聞こえてたかもしれないけれど。
 念のため私からも伝えておくわ。今年のフライングキャッチ、決勝に進めるのは3人だけよ」

「大層な自信ですね」

「あら、貴方は…」

「名古屋魔法高校、黒羽アゲハです。舞浜学園の安藤ももかさん?」

 小雪とももかの会話に割り込んできたのは、黒羽アゲハ。
ワンドである箒を携えながら、隙の無い姿勢でももかを迎撃する体勢をとっている。

「本当にそれができると思っているのか?」

「いくら七賢人とは言え、同格の者と戦いながらこちらの戦況を把握するのは不可能だろう」

「ふふ。王者・京帝のお二人も揃い踏みで。ご苦労様」

 ももかの後ろからは、京帝高校の2人・渡辺正和と平井司が歩み寄って来た。
丁度、ももかを中心として。小雪・アゲハ・渡辺・平井が彼女を囲い込む状態となる。

「あらあら、皆さん殺気立ってしまって。まだゲームは始まったばかりよ?」

 そんな状況下に置かれているにも関わらず、ももかは余裕の表情を崩さない。

「………なぜです」

「? 何かしら、高峰小雪さん」

 小雪がももかの態度に違和感を覚えて問う。

「なぜ、そんなに余裕な態度でいられるのです?
 貴方は今、1対4という状況下にいるのですよ」

 別に話し合わせたわけではない。
が。既に小雪を含め、ももかを囲う面々の気持ちは1つになっていることを、それぞれが自覚していた。

 まずは、舞浜から倒す。ということを。

「ふふふっ」

 小雪の質問に、ももかが嬉しそうに笑う。
ももかとて、それについては肌で感じ取っていた。

 明らかに、最初に狙われるのは自分。

 それでも、余裕は崩れない。それにはきちんと理由がある。

「だって――――」

 笑みを浮かべたままのももかの口から、その答えが告げられた。

「私は“1人じゃない”もの」

「―――っ!? 皆さん、障壁を!!」

ズババババババババッ!!!!!

 アゲハの叫び声と、それはほぼ同時に起こった。

 再び襲い来る風の刃の嵐。

 それはももかを中心とする周囲だけを綺麗に避け、包囲していた選手全員を襲った。

『緩衝魔法の発動を確認。京帝高校、平井司。退場』

「司っ!?」

「余所見はダメですっ!!」

ズババババババババッ!!!!!

「ちぃっ!?」

 アゲハの忠告があと一瞬遅ければ、京帝最後の1人・渡辺も餌食になっていただろう。
それほどまでに絶妙なタイミングで。なんとか渡辺の詠唱は、咲夜からの攻撃を防ぎ切った。

「礼を言う!! 名古屋!!」

「それは後で賜りましょう!! 今は目の前の魔法に注視して下さい!!」

 風の刃の嵐を、縫うように動き回る。避けるだけで、精一杯だった。

「これは、よろしく、ないですねっ」

 小雪がステップを踏みながらそう告げる。

 言うまでもなく、舞浜のペース。
決勝進出は3人まで。何を寝ぼけた事をと小雪は思っていたが、このままでは本当に実現しかねない。
しかもこのままでは3人中2人は舞浜で埋まってしまうだろう。

 それはまずい。

「………流れを変える必要がありますね」

『? どないするんでっか? 姐さん』

 小雪は、荒れ狂う風の嵐の中、冷静な瞳でタマちゃんを見据えた。






「はぁっ!!」

キィン!! ギンッ!! ガガッ!! ドドドッ!!

 金属同士がぶつかり合い、鈍い音を響かせる。

 舞の目にも留まらぬ連撃を、咲夜は事も何気に捌いてみせていた。

 しかも。

ズババババババババッ!!!!!

『緩衝魔法の発動を確認。京帝高校、平井司。退場』

 フィールド全体を注視しながら。

 舞と相対しているにも関わらず、咲夜はフィールド全体への干渉を忘れない。
チームメイトのももかのみを攻撃対象外とし、他の選手を的確に追い詰めていた。

「ふっ!!」

 舞の鋭い突きを転がるように避ける。
後ろ手で緩衝魔法発動のアナウンスが流れた。

 どうやら、また1人退場させられたらしい。これで残りは6人だ。

「まいまい〜、そんな怖い顔してたら、折角の愛くるしさが台無しだよ〜?」

「余計なお世話ですっ!!」

ギャリィンッ!!!!

「きゃんっ!?」

 舞の強引な振り払いが、咲夜の体を後退させた。両者、一度距離をとる。

「ふぃ〜。おっかないなぁ。まいまいとは決勝で遊ぶ予定だったのにぃ」

 言葉とは正反対に、咲夜はにこにことした表情でそう告げる。

「どうせ相対するならば、予選でも決勝でも一緒でしょう」

「そお? 決勝の方が盛り上がると思うんだけど」

「………はぁ」

 舞は頭を抱えそうになる自分を、必死に抑制した。
やはり、この先輩にはいろんな意味で敵わない。そう痛感していた。

 八乙女咲夜。精神年齢が、実際の年齢よりも幼い。
時に、恐怖を覚えるほどのわがままぶりを発揮する。

 しかし、本当に恐ろしいのはそんなことではない。
彼女において、最も恐ろしいのは。


 ――――――強すぎる才能が故に、大抵のわがままを自分で叶えられてしまうということ。


 今回のフライングキャッチ3人ルールもそう。
決勝進出可能人数は、最大で7人。例年ならば、金のボールを14人で争い、
必ず7人が決勝へと上がっていた。そもそもこれはそういう競技だ。

 が。今回は、去年までのセオリーが通じない。
なぜか。答えなんて決まっている。

 八乙女咲夜がそれを望まなかったから。

 ただ、それだけ。

 既に8人が脱落し、6人しか残っていない。
もう7人が決勝へと進出することはなくなっていた。

 このままでは、本当に3人しか生き残れない。

(………ならば、それは私が止める)

バチィッ!!!!!

 舞の体に、突如電撃が走る。

 言うまでもない。雷のフル・アーマーの発現だ。

「うわぁ〜。予選試合で、その技出す?」

「初っ端から“かまいたちの舞い”を出した貴方に言われたくありませんっ!!」

 雷の力を付与された舞の体は、もはや人間には視認できぬほどのスピードを得ていた。
コンマ1秒すらかからぬスピードで、舞は咲夜の後ろをとる。

「はぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 渾身の一振りが、咲夜を襲った。

ブンッ!!!!!

 風を切る、盛大な音を立てて舞の太刀が空を切る。

「っ!? まさかっ!?」

 舞の顔が驚愕の色に変わる。

「フル・アーマーを使えるの、まいまいだけじゃないんだよ〜」

「くっ!?」

 ゆらりと。
後ろからの威圧に勘付いた舞が、自身を襲う扇に太刀を合わせる。

ガガガガガガガガガガガガガガガッ!!!!!

 打ち合いのスピードが、更にワンランク上がる。

 雷のフル・アーマーvs風のフル・アーマー。
両者共に最も自身が得意とする属性を身に纏い、お互いを討たんと動きあう。

「ほいっ!!」

 舞の太刀を左の扇で受け止めた咲夜は、右の扇で舞の脇腹を狙う。
舞はそれを冷静に左足で蹴り飛ばし、その勢いを利用して半身を回転させた。

「ふっ!!」

「なんのっ!!」

ギィンッ!!

 遠心力を利用した舞の太刀が、咲夜を狙うも止められる。
舞は、次の一手を放とうと体勢を整えたところで、咲夜の体に魔力が集まっていることに気づいた。

「とっぷ〜ぅ!!」

「くぅっ!?」

ゴウッ!!!!!

 咲夜を中心として、突風が荒れ狂う。
体勢を崩した舞は、そのまま後方へと吹き飛ばされた。

「どんどんいくよ〜っ!!!」

ヒュバババババババババッ!!!!

 咲夜が振り下ろす扇から、数多の風の刃が発現する。
先ほどから小雪たちを襲っているものと同じものだ。

「させませんっ!!」

ガンッ!!

 一瞬で間合いを詰めた舞の切っ先が、咲夜の動きを封じる。
しかし。それにも関わらず、咲夜はクスリと笑った。

「あーあ。引っかかっちゃった」

「っ!?」

 咲夜の発言に、舞が遅れて気づく。

 発現された風の刃は、他の選手を“向いていない”。
その、それぞれの切っ先は、全て舞の方へと向けられていた。

「この距離なら躱せないでしょ?」

「―――くっ!!」

 嵌められたことを悟った舞が、バックステップで距離を空けようと試みる。
しかし、目の前で舞を逃がすなど、咲夜がするはずもなかった。

「ゲームオーバーだよっ!!」

ズバババババババババンッ!!!!

 無慈悲の風の刃が、舞を蹂躙する。
数えきれぬ程のその攻撃は、見る見るうちに砂塵を引き起こし、あっという間に舞の姿は見えなくなった。






「………ここまでかな?」

 一向に姿を現さない舞に対して、咲夜はハテと首を傾げた。

「うむぅ。じゃ、向こうの様子でも…」

キィ―――――――――ン

 咲夜の視線が逸れた瞬間、一筋の閃光が奔る。

 常人では、到底反応できない速度。
不意を突かれて尚、それに対応できるのは、流石は七賢人・次期当主と言ったところだろう。

 砂塵より突如襲来した舞の一撃を、咲夜は両扇を繋ぐ鎖で受け止めていた。

 が。

ドォォォォォォォォォンッ

 甲高い音と共に、舞の切っ先はその鎖を真っ二つに両断した。
ギリギリでそれに反応した咲夜は、瞬時に後ろへと跳躍して斬撃を回避する。

 対象物を失った舞の太刀は、そのまま地面へと叩きつけられ、その高い破壊力で地面を爆発させた。

「………逃げましたか」

 もうもうと立ち上る土煙の中で、舞がゆらりと立ち上がる。

「い、今の殺す気だったでしょ!? 危うく真っ二つになるとこだったよっ!!」

 何食わぬ顔で殺気を振りまく舞に、咲夜が抗議の声を上げる。

「平気ですよ。緩衝魔法がありますから」

 けろっとした声色で舞が答える。
その軽口とは裏腹に、彼女が持つワンドには劇的な変化が起こっていた。

「ありゃりゃ。“起動”しちゃったんだ、それ」

 舞の持つ太刀の刀身には、直視するのも難しいほどの電流が流れていた。

「そうしなければ、あれは避けられませんでしたよ」

 バチバチという耳障りな音を立てながら、舞はその太刀を下へと振るう。

 瞬間。

ドォォォォォォォォォォンッ!!!!

 触れてもいないのに、地面は隆起し、フィールドに激震が走った。

「何もかもが先輩の思惑通りにいくわけがない。
 それを貴方に教えることができるのならば、このくらい安いものです」

 舞が太刀を咲夜に向け、構える。
それを見て、咲夜は思わせぶりにため息を付いた。

「ふぅ。やっぱり、まいまいはなんにも分かってない」

「どういう意味です?」

 咲夜の言葉に、舞がピクリと眉を吊り上げる。
対して、咲夜は心底不満そうにこう告げた。


「私がしたいと思ったことは、誰にも止められないよ」


 その言葉が、合図となった。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 雷の力を纏った太刀を、舞が振りかぶりながら跳躍したところで。


 ――――――突如乱入してきた、緑色の球体が爆発した。


ドォォォォォォォォォンッ!!!!

 爆風が、フィールドの全てを蹂躙した。






「けほっけほっ。な、なんなのよ、もう〜」

 咳き込みながら、咲夜が風の魔法を使う。
無詠唱で巻き起こった風は、黒煙をはるか上空へと押しやった。

 少し離れた場所で、舞が太刀の切っ先を下に向ける。
彼女は、あの一瞬の内に何が起こったのか、きちんと把握しているようだった。

 ある一点に向かって視点を合わせている。
咲夜もそれに倣って、そちらの方へと目を向けた。

 そこには。

「あらあら。随分と白熱しているようですが」

 スタスタと。

 いつも通りの笑顔で歩み寄る、

「どうか私も混ぜて頂けないでしょうか?」



 ―――――――高峰小雪の姿があった。



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