「ふーっ」
深く息を吸い込み、吐き出す。
全身に意識を張り巡らせ、自身のコンディションを確認する。
大丈夫だ。問題無い。
伊吹はそう結論付けた。
強いて問題を挙げるとするならば、メンタル面での強張りくらいか。
ここは、選手控え室。
目前に迫っているシングルス戦を前に、
伊吹は久しく味わっていなかった緊張を身に宿していた。
『“龍脈の秘石”ってのは、それ単体で七つの魔法領域のバランスを、根本的に崩しかねない力を持ってた。
それに監視を集中させるのは当然の事だ。どこも知ってる事だぜ? 世間知らずの箱入りお嬢様』
目黒竜也から放たれた言葉が頭を過ぎり、伊吹は奥歯を噛み締めた。
伊吹自身、己の失態が同格たる七賢人の面々に隠し通せていたとは思っていない。
竜也の言っていた通り“龍脈の秘石”は生成当初から魔法社会の注目の的だった。
強大な魔力を蓄えたそれは、天然でできた核爆弾と称しても過言ではない。
日本国内は愚か、海外の魔法部隊も警戒していたくらいなのだから。
今、式守家は微妙な立ち位置にいる。
“龍脈の秘石”が暴走した記録は、過去に2回。
1つめは上条兄妹の父が起動させ、式守那津音の死と引き換えに収束させた時。
もう1つは言うまでも無く、伊吹が起動させ雄真に救ってもらった時だ。
1回目を起こした段階で、式守家は四方八方からバッシングを受けていた。
様々な誹謗・中傷があったが、要約すると次の2点になる。
1.今回の責任を取り、七賢人の座から降りるべきである。
2.式守家は“龍脈の秘石”を管理するに足りる資格は無く、その権限を直ぐに返還すべきである。
当時当主であった那津音が亡き人になったのも大きかった。
一族の名誉を失い柱を失い。当時の式守家は陥落も時間の問題。
そう。誰もが、そう思った時だった。
“七賢人”式守家と“未来予知”高峰家。
“瑞穂坂の双翼”と称されていた瑞穂坂の力関係に、劇的な変化が起こった。
御薙鈴莉が世界魔法協議会から「Master of Legend」を授与された事により、御薙家の名が世界中に轟いた為である。
日本人初めてのMoLの授与。これほどの栄誉は無い。しかも彼女が拠点にしているのは、今揉めている瑞穂坂だという。
誰もが御薙家の、御薙鈴莉の七賢人入りを望んだ。
事実、当時の日本魔法協議会は鈴莉本人に直接打診すべく、彼女を協議会本部へと招集した。
そこで放たれた鈴莉の一言。
『私は、私よりも遥かにその座に相応しい人物とその家柄を知っています』
式守護国が、再び式守家当主へと返り咲く要因となった一幕である。
Happiness story『小日向雄真と七校対抗魔法大会』
Magic30.“七賢人・神威家長女”神威空
≪シングルス 2回戦≫
備考:勝利した者が1・2位決定戦、敗北した者が3・4位決定戦へ。
Aブロック
乃木鉄平(仙台) 対 蔵屋敷美紀(舞浜)
Bブロック
式守伊吹(瑞穂坂) 対 神威空(京帝)
○現在の学校順位
4位:仙台魔法学園(宮城)50P
7位:東京都立魔法学園(東京)40P
1位:瑞穂坂学園(神奈川)150P
4位:舞浜学園(千葉)50P
4位:静岡魔法学園(静岡)50P
3位:名古屋魔法高校(愛知)60P
2位:京帝高校(京都)130P
わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
「……凄い歓声ですね」
「当然です」
周囲の音量は更に高まっていた。
まだ審判すらも足を踏み入れていない会場であるにも関わらず、
誰1人として口を閉ざしている者はいない。
どこぞの重役や御曹司たちも、しきりに周囲の者と言葉を交わしていた。
アゲハがその光景に圧倒されて呟いた言葉に、渚は直ぐに反応した。
ぱちん
その手に握られた扇子が、小気味の良い音を鳴らす。
それを口元に添えながら、渚は口を開いた。
「七賢人vs七賢人。今回は、フライングキャッチと違う他からの影響を一切受けぬシングルス戦。
純粋に“その土地の七賢人後継者の実力が浮き彫りになる”試合です。
皆が注目を集めるところでしょう」
「……そういうものですか」
「誰であっても、統治する人間にはそれなりの器を求めますからね」
その当人でもある渚は、事も何気にそう口にする。
「……それにしましても。式守様は少々ツキが悪かったようですね」
「それはどういう意図での発言なのでしょう?」
「っ!?」
「あら」
不意に、背後から声。
その発信源へと目を向けて。アゲハは息を呑み、渚は目を丸くした。
「あ、貴方は!?」
「……高峰様では御座いませんか」
高峰小雪が、そこに居た。
1回目の秘石暴走で式守家が立て直せた要因。
“瑞穂坂の御三家”と称され、日本国内において瑞穂坂そのものの地位が格段に上がったのも1つの救い。
しかしそれ以上に、日本中が賞賛するいわゆる“時の人”鈴莉本人が、公式の場でプッシュした事が一番大きい。
再び式守家の当主として護国が着任し、七賢人として有り続ける事に異議を唱える者は極端に減った。
“龍脈の秘石”においても、新たな管理体制を確立する事で事無きを得た。
所有するのは形式上式守家だが、管理するのは式守家にあらず。
所有の式守。管理の高峰。維持の御薙。
書面上、所有するのは式守家である。
瑞穂坂学園の一角に敷居を設け、秘石を管理するのは高峰家である。
実際に秘石へアクセスする為の転移キーを握るのは御薙家である。
御三家がそれぞれに役目を負い、乱用を防ぐ。
一番乱用のリスクが高いとされる転移キーを任された事から、
当時の鈴莉がどれほどの脚光を浴びていたのかが窺えるだろう。
こうして。
式守家は、再び七賢人の一角として瑞穂坂を統治する事を許された。
にも関わらず。
“七賢人・式守家次期当主”式守伊吹による、瑞穂坂学園襲撃事件である。
表向きは揉み消された事案とはいえ、七賢人の面々はもちろん、
日本魔法協議会の上層部もリアルタイムでの報告を受けていた。
“龍脈の秘石”が暴走するかもしれないのだ。
仮に最悪の結末を迎えた場合、“瑞穂坂の御三家”だけでは対処し切れない。
ある程度の情報は流し、もしもの時に備えておく必要がある。
式守護国にとって、それは苦渋の決断だった。
別に七賢人の座を追われる事が怖かったのではない。
彼にとって、そんな事は些細な事に過ぎない。
伊吹のこれからの人生に、傷を付けてしまう。
式守家の次期当主が式守家にて内乱を起こし、
秘石が眠る学園を襲撃し、その秘石を起動させようとしている。
そんなふざけた内容を大々的に公開してしまえば、
協議会含め他の七賢人たちからも危険な因子として捉えられる事は必須。
彼の悩みはそれだけだった。
しかし、黙っておくには手に余る内容である事も事実。
そして、自身の立場もそれを許さない。
結局、ごく一部の人間のみに情報を流し広まらないよう尽力する事が、彼に出来る精一杯だった。
無知と無実は、イコールにはならない。
式守家を窮地から救った御薙鈴莉を目の敵にした。
秘石管理に協力を申し出た高峰家の長女・小雪に牙を剥いた。
二度と悲劇が起こらぬようにと願いながら死した那津音の想いを払いのけた。
家の厄介事に巻き込まれぬよう最善の手を尽くした護国の全てを否定した。
事件後。
これまで式守家が辿ってきた全貌を聞かされた時、伊吹は卒倒しそうになった。
どれほど愚かな行為をしたのか。言葉では言い表せない、と伊吹は思った。
どれほど頭を下げようとも。決して許される事はないだろう、と伊吹は思った。
顛末を聞かされ、それを今まで知らず知らずに生きてきた自分に気付く。
伊吹はそこで、自身がいかに大切に、そして愛されてきたのかを知った。
成長すれば、自分が式守家の当主になるのだと思い込んでいた。
七賢人の一族として式守家があるのは当たり前で、自分はただそれに備えていればいいのだと思い込んでいた。
泣いた。力の限り。
己の無力さに。
許されるとは思っていない。
許してもらおうとも思わない。
既に自身の言葉は力を失くした。
残る力は、あと1つしかない。
故に、今出来る事も1つしかない。
「いくぞ、ビサイム」
「御意」
相棒を手にし、伊吹が立ち上がる。
見計らったかのようなタイミングで、選手入場のアナウンスが響いた。
式守伊吹の、負けられない戦いが始まった。
『シングルス。Bブロック第2回戦。
瑞穂坂学園、式守伊吹 対 京帝高校、神威空の試合を開始します』
わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
会場のボルテージは毎度その限界を更新する。
試合ごとに高まる熱気の圧力は、会場中央に広がるフィールドへと容赦無く注がれていた。
しかし、それでも。
そこに控えし2人の選手には、何ら影響を及ぼさない。
“七賢人・式守家次期当主”式守伊吹。
“七賢人・神威家長女”神威空。
共に七賢人。言い訳の利かない一騎打ち。
日本国内の魔法権力のバランスを根本から揺るがしかねない一戦が、
今まさに始まろうとしていた。
「よくこの場に立てたものですね」
空からの第一声は、彼女のものとは思えぬ冷たい色を帯びていた。
「今回は、辞退するのが筋かと思ってましたけど」
「そうは思わぬ」
伊吹は無表情で払った。
「私は式守の名を地の底へと突き落とした。ならば、その責任を取らねばならん」
その言葉に、空の端正な顔がピクリと反応する。
「……この大会で?」
「式守家が、瑞穂坂に立つ家柄であるという事をここで証明する。
空よ、悪いがそなたにはその礎となってもらう」
「ふっ……」
空が嗤う。そう、笑う、ではない。嗤った。
「結局、あれだけの悲劇を生みだしておいて。
貴方という人間は“何も分かっていない”ようですね」
「……何だと?」
今度は伊吹が反応する番だった。
「私は自身の立場を重々承知しているつもりだが」
「いいえ」
伊吹の言葉を、空が斬り捨てる。
「貴方は何も分かってない。
雄真さんが差し伸べて下さった手すら、満足に掴めなかったようですね」
「……貴様。それは侮辱と受け取るぞ」
「そう受け取るならば、結構」
空は踵を返しながら、一言。
「それが、貴方が何も理解していない証明となる」
そう、言った。
『試合を開始します!!!!』
ビ―――――――――――ッ
中央での長話が過ぎた為か。
空と伊吹が持ち場に着いた瞬間、審判は確認を取る事無く試合を開始させた。
しかし、それで不意を突かれる2人では無い。
「そのふざけた口を直ぐに閉じさせてやるぞ、神威空!!」
伊吹の咆哮と共に、闇属性の魔法球が計24発伊吹の周囲に展開された。
無詠唱で、この数と質。完全に本気だった。
真っ向から力付くで潰しに掛かる魔法球を一瞥し、
空は流暢に障壁の詠唱を行った。
「――――プリシアミナス」
光属性の障壁が展開する。計24枚。
光と闇は相殺の関係にある。1発につき1枚。
空を狙いし魔法球はことごとく相殺され、宙へと消え去った。
わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
その可憐な手口に、観客が沸く。
その中で、伊吹だけが不敵に笑みを浮かべた。
「“魔法使いたるもの、目に見える物だけで全てを信じるな。”
目先の数だけで物事を判断しようとしない事だ。足元を掬われるぞ」
瞬間、突如姿を現した“25発目”の闇属性の魔法球が、空の背後から迫る。
「闇の利点は、不可視だ」
「存じておりますとも」
伊吹の忠告に、空が応える。
空は、右足を軸にクルリと一回転した。
それだけ。それだけで。
伊吹から放たれた闇の矢は、音も無く消失した。
おおおおおっ!!
観客からざわめきが漏れる。
「ふん。相も変わらず魅せる戦い方をするものだ」
「ふふふ。これは生死をかけた決闘ではありません。
観客の前で行う、一種のレクリエーション。
ならば、その戦い方も観客の目を奪うようでなければ面白くありません」
空の言葉に、伊吹はふんっと一笑した。
「見解の相違だな。確かに、ここでは生死を分かつようなことはあるまい。
だが、賭けているものならある。名誉だ。
式守の名をここで生かすために、私は全力でそなたを倒す」
ビサイムを再び空へと向ける。
それに対し、空は異性ならば一瞬で“堕ちて”しまうであろう妖艶な笑みを浮かべた。
「勘違いなさらないで下さいね?」
流れるような動作で、空は構えをとった。
「その戦いをしても尚、私は神威の名を守り通します」
「ほざけ!!!」
シュドドドドドドドドドドッ!!!!!!
再び発現する闇属性の魔法球。今度は完全に躊躇いが無い。
目に見えるものと見えないものを巧みに打ち分け、伊吹の元から射出される。
並みの魔法使いなら、絶対に対処できない。
闇雲に障壁を張っても防ぎきれるものでは無い。
それでも空は動じない。
今度は、微動だにしなかった。
パパパパパパァァァァァァァン!!!!
魔法球が空を貫く一歩手前で。
魔法球のことごとくが、“目に見えぬ何か”で遮断された。
伊吹の目が、少しだけ細められる。
「……“インビジブル・アーマー”。そなたも遂に習得したか」
無属性の全身強化。フル・アーマーの極致。信の十八番である魔法。
「お兄様ほどの強度はありませんけど、
それでも“今の貴方程度”の魔法球ならどうにかなるようですね」
その言葉に、伊吹は敏感に反応した。
「ア・グナ・ギザ・ラ・ディライド!!」
叫ぶように詠唱する。
それを邪魔する事無く、空は遠目から見つめているだけだった。
「ラ・ディーエ!!!!」
上空に、恐ろしいまでの魔力が蓄えられた天蓋魔法が発現する。
既に小手先での探り合いは終わりを迎えていた。
「その余裕、直ぐに消し去ってくれるわ!!!!」
フィールドが、巨大な音を立てて抉れた。
励みになります。
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Leica
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