「言葉通りの意味ですよ」

 伊吹のチームメイトである小雪に対して、渚は何の躊躇いも無くそう言い放った。

「伊吹さんが負けると?」

「そうですね……。確率としては80パーセントくらいでしょうか」

「……随分と自信がおありのようですね」

 小雪の言葉に、渚は扇子でパタパタと扇ぎながら笑みを濃くした。

「本当は貴方も気付いておいでなのでは?」

「……何の話です」

 ピクリと小雪の眉が動く。

「あらあら。普段のポーカーフェイスは何処へやら」

しゃらん
 渚は錫杖を揺らし、フィールドへと目をやった。

「式守様は、背負い過ぎなのですよ」

「……」

 そこでは漆黒が一点を目指し、破壊の限りを尽くしている。
魔法の美しさなど欠片も無い。根源的な恐怖を煽る光景だった。
観客からの声援も、いつの間にか止んでいる。

「チームとしての柱。七賢人としての資格。……そして。式守復興への義務」

 そこまで言って、一度口を閉じる。
フィールドへ顔を向けたまま、視線だけを小雪に向けて一言。

「良いのですか?」

「……何がです」

 何を言われるのかと目に見えて警戒する小雪に苦笑しながら、渚は問うた。

「このままでは、式守様は潰れてしまいますよ?」






Happiness story『小日向雄真と七校対抗魔法大会』

Magic31.“インビジブル・バースト”





 黒き弾丸は、目にも留まらぬ速度で空の元へと飛来し爆せる。
そして、空を襲う弾丸はそれだけではない。
伊吹が闇の特性は不可視と明言した通り、目に見えぬ弾丸も確実に空を捉えていた。
よって実際に着弾する弾丸数は目に見えるものの2倍近くはあり、凄まじい威力と音を生み出している。

 それでも、伊吹は止まらない。
天に掲げた手はそのままに。
天蓋魔法より放たれる魔法球の数も、まったく衰えない。
観客は愚か、審判ですら空の身を案じ始めたところで、その言葉は放たれた。

「この程度ですか?」

「っ!?」

 轟音響くフィールドで、その呟きにも近い声色は不思議と伊吹の元へまっすぐ飛んでくる。
天蓋魔法より数えきれぬ魔法球を放出し続けていた伊吹の肩が、ビクリと震えた。

 瞬間。

パァァァァァァァァンッ!!!!

 乾いた音と共に、空の周りからどす黒い魔力が拡散した。
伊吹から放たれた魔法球は、1つも空の元へと届いていない。

「……“インビジブル、アーマー”め」

 伊吹が苦々しい表情でそう呻く。

「それでは、こちらの番でしょうかね?」

 空の細腕が、伊吹の方へと向けられる。

ぞわっ

 その仕草に恐怖を覚えた伊吹は、恥を顧みず横へと転がるように跳んだ。

ドォォォォォォォォォォンッ!!!!

 直後に、轟音。衝撃。
 地面が抉れ、土煙が舞う。伊吹は転がりながら、空の方へと目をやった。

(……2発目がくるっ)

「ビサイム!!」

『御意』

ドォォォォォォォォォォンッ!!!!

 そのやり取りから1秒と経たずに、伊吹の足元が爆せる。

「あら、そちらに逃げましたか」

 空の視線が上へと上がる。
伊吹は衝撃波を利用して、ビサイムを片手に宙へと舞い上がっていた。
ただ、セリフとは裏腹に空の表情に驚愕の色は無い。
全て読んでいたとばかりに、片手を伊吹の方へと向ける。

「そちらに逃げ場は無いというのに」

「無駄だ!!」

ギュンッ!!!!

 傘で浮いている。
そのメルヘンちっくな光景には似つかぬスピードで、伊吹は宙を蹴り空の元へと弾丸の如く突撃する。

「“インビジブル・バレット”の特徴は、点で攻撃を拡散させる事にある!!
  高速で移動する私を捉える事など――」

「できない、と考えたのでしょう?」

 空が伊吹の言葉を遮る。
そして、伊吹が空の元へと到達するより先に、“それ”は放たれた。

ドキュゥゥゥゥゥゥゥンッ!!!!

「なっ!? うわぁぁぁぁぁっ!?」

『うぐっ!?』

 “それ”は、空の掌から“一直線上”にある全てのものを吹き飛ばした。
不可視の衝撃波は直線状の地面を容赦無く抉り取り、伊吹を豪快に弾き飛ばす。
 空中で、正面から成す術無く“それ”を受けた伊吹は、フィールドの側面へ激突した。

「があっ!?」

『伊吹様っ!! くっ!? あっ!!』

 手からビサイムが離れる。
相当な勢いがあったのだろう。
ビサイムもフィールドを面白いくらいに転がった。

「“インビジブル・バースト”」

 その光景を目にし、空が口を開く。

「伊吹さんの言うとおりです。
 確かに“インビジブル・バレット”は点で対象を定める為、お兄様ほどの腕を持たぬ私では、動き回る相手を捉える事はできません。
 ですが」

 空は一度言葉を切り、ずるりと崩れ落ちる伊吹を睨みつけた。

「それほどまでに見え透いた弱点を、我が神威家が放置するとでも思ったのですか?
 その思考こそが、私にとってはもっとも侮辱です」

パラパラと土煙が舞う。
一瞬の内に起こった出来事に、観客からは何のリアクションも無い。

「ぐっ……。く……」

 地に手を付きながらも、四つん這いの姿勢で痛みに身を震わせながらも、伊吹は空を睨みつける。
それを空は冷めた目で振り払った。

「どこまで堕ちても、七賢人。やはりこの程度では緩衝魔法は働きませんか」

 空はその流れるような黒髪を掻き揚げ、一歩前へと足を踏み出した。

「……諦めるのなら棄権を。続けるのなら起立を。どちらにせよ早めに行動する事をお勧めしますよ」

 足を動かし、伊吹の元へと近寄りながら言葉を続ける。

「ここからは、神威の土俵なのですから。そう、貴方の嫌いな接近戦というね」

 空は伏す伊吹を冷徹な目で見据えながら、腕を振り上げた。






「ははっ。調子良さそうだな、空の奴」

 その光景を観客席の最後部で眺めながら、信はそう口にした。

「お前の姫が好調なのは否定せぬが……。式守の方は些か不調に見えるな」

 隣に立つは、“七賢人・乃木家次期当主”乃木鉄平。
剃り上げた頭、厳格な顔つき、そして堂々たる体躯。
彼の持つ1つひとつのパーツ全てが、周囲に威圧的な雰囲気をもたらしている。
事実、周囲にいる観客は会話も、声を出す事すら出来ずにひっそりと佇むばかりだ。

 しかし、隣に立つ信には当てはまらないようで。

「やはりお前もそう見えるか、鉄平。この様子じゃ、伊吹はここで脱落かもな」

 気軽な口調でそう告げる。

「……責務、か」

「だろうな」

「大会前日の宿舎入り前で、記者団にあのような意見していた奴とは思えぬ理由だが」


『明日は今までの練習の成果を発揮する場だ。
 瑞穂坂の名に恥じぬよう全力を尽くす。
 七賢人についてはあまり意識はしておらぬ。これは学校戦なのでな』


 テレビで中継されていた内容を思い出し、鉄平がそう呟く。
信は同感だとばかりに肩を上下に揺らした。

「ま、表と裏の顔は違うって事だろうさ。俺とお前のようにな」

 その言葉に、鉄平の目が細められた。

「下手な探りは止せ、信。お前らしくも無い。何が知りたい?」

「乃木家の意向」

「お前にしては珍しく、漠然とした内容だな。ここは俺が想像力を働かせる場面か?」

「くくっ。そう睨むな、鉄平。深い意味は無いさ」

 信はフィールドへと目をやった。
瞬間、分かる者にしか分からない素早さ、静けさで魔法陣が展開される。

「……盗聴防止、か」

「それよりは立派なもんだ。外からは、他愛のない話をしているように見える」

「それこそ違和感しか残らんだろう。俺とお前は他愛のない話を長々と続けるような仲か?」

「ははは。そりゃあそうだな」

 笑う信に、鉄平は呆れたようにため息を1つ付いた。

「……それで? 聞きたい事は何だ」

「七賢人“光”の後継者」

「……」

 その単語を聞き、鉄平が押し黙る。

「信……」

「このまま行くならば、俺は御薙鈴莉が選ばれるんじゃないかと思ってる」

「その話は以前にもしたな。
 だが、信。良く考えろ。“光の加護”なのだぞ。
 御薙鈴莉の得意属性は何だ。あの婦人が七賢人の次席に座るのならば、“お前と”代わらねばならん」

「その話もしたな。
 そして、あの時も俺はこう言ったはずだ。もはや、洒落た枠組みなど取って捨てるべきだとな」

「相も変わらず革新的な物言いだ」

 鉄平は話にならんとばかりに首を横に振った。
その仕草に、今度は信の方が目を細める。

「魔法基本7属性に加護の名を用いて席を置いたのは、
 かつての七賢人を生み出した賢者・メイジの導きによるものに過ぎない。
 実際に日本に散らばる7つの龍脈、それぞれに属性が宿っているわけじゃないんだ。
 そもそもメイジが――」

「信」

 鉄平が、遮るように語り手の名を呼ぶ。
それだけで、十分な牽制となった。信はポリポリと頭を掻くと、

「……すまん。少し熱くなった」

 そう謝った。
鉄平はゆっくりと首を横に振る。

「気にするな。お前がこの国を想って発言している事は重々承知しておる。
 だが、場所を弁えるべきだ。
 本当にその手の改革が必要ならば、権議会の場で承諾されよう。
 それに――」

「……それに?」

 不自然に途切れた鉄平に違和感を覚え、信が言葉を繰り返しながらその視線を辿る。

 そこには――――。






「ア・ダルス・ディ・ラム・ディネイド!!」

バシィィィィィンッ!!!!

 咄嗟に展開した障壁が伊吹を救った。
突如2人の間に発現された障壁は、空の魔力が込められた拳を正面から受け止める。

「はぁ……はぁ……」

「……近接が苦手な割には、良く防いでいると言いたいところですが」

 そこまで言って、空は口を止めた。
直後、空の姿が“消えた”ように見える。

「っ!?」

 伊吹は勢いよく自身の背後へと振り返った。

「今の私は、フル・アーマーを纏っているのですよ?
高速での移動術を前に、前方だけの障壁で防ぎきれるとでも?」

「くっ……!?」

「終わりです!!」

 空が拳を振りかぶる。
そのまま振り抜かれるより先に、伊吹が口を開いた。

「嵌ったな、空!!」

『オルム』

「っ!?」

 伊吹の呼びかけに応じ、遠方よりビサイムの独自詠唱が発動する。
ほんの一瞬だけ閉ざされる視界。
しかし、強者同士の争いではその一瞬が命取りとなる。

「ア・ディバ・ダ・ギム・バイド」

「くぅぅっ!! ああああああああっ!?」

「っ!? ちぃっ!! ル・サージュ!!」

ドォォォォォォォォォォォンッ!!!!

 伊吹が発現した単発ではあるが高密度の魔法球は、
空の闇雲に放たれた“インビジブル・バレット”によって叩き潰された。
伊吹に傾きかけた流れが、強引に引き戻される構図となる。

「くそっ!! この馬鹿力め!!」

「なっ!? て、撤回して下さいっ!! 侮辱と受け取りますよ!?」

「お互い、今日は侮辱だらけだな!!」

 自棄になってそう叫ぶ伊吹から、無詠唱の魔法球が数発放たれた。

 しかし。

「っ!? この至近距離で避けきるのか!?」

「この程度、フル・アーマーを使えば造作も無い事です!!」

 視界が回復し始めている空は、それを流れるような動きで避け切った。
その可憐なる所作、尋常では無い反応速度に、沈黙していた観客たちが再び沸く。

ダンッ!!

 歓声の中、力強く空の脚が地面を蹴る。
それに応じる様に、伊吹は更なる魔法球を己の周囲へと展開した。

「いつまでも貴様のペースに乗せられていると思うな!!」

「ふっ!!」

パァンッ パァン パパパァンッ!!

「何だと!?」

 伊吹の顔が驚愕に染まる。
空は魔法球が射出されるよりも先に、自身の拳でその全てを打ち落した。

 そして。

「チェックですね、伊吹さん」

「しまっ――」

 強引なる手法に怯んでしまった一瞬の隙。
それを逃さなかった空は、伊吹が呆気に取られているうちに彼女の懐へと潜りこんでいた。

「流石に、この距離なら私でも外さないですよ?」

「――――っ!?」

ドォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!

 空の掌から放出された、膨大なる魔力の塊。
不可視のそれは、伊吹を正面から叩き潰した。

「あああああああああああっ!?」

 伊吹の口から、絶叫にも近い悲鳴が漏れる。
あまりにも強い衝撃を受けた為、伊吹の身体は地面に叩きつけられて跳ね上がった。
そこを、身体強化を纏った空の脚が狙う。

 容赦無く、懐へとめり込んだ。

「がっ……あっ!?」

 身体の中から、強制的に空気が吐き出される感覚。
もはや叫び声を上げる事すら叶わずに吹き飛ばされた伊吹だったが、空の猛攻はそれだけでは終わらなかった。

 再び掲げられる、その腕。

“それ”は再び放たれた。

「“インビジブル・バースト”!!」

ドキュゥゥゥゥゥゥゥンッ!!!!

 レーザーの如く一直線に。
空から伸びる高密度の魔力は、その直線状にあるもの全てを飲み込んでいく。

 無論。

 それは、七賢人とて例外ではない。

「ぐああああああああああっ!?」

 全身を打ち抜かれたような衝撃。
空中でそれをまともに受けた伊吹が、更に加速した勢いで後方の壁へと再び打ち付けられる。

 壁に激突してしまえば、“対象の動き”は止まる。

 対象の動きが止まってしまえば、“点”で狙える。

ベコォォォォォォォォォンッ!!!!

「ああああああああっ!?」

 直後、伊吹を中心として円状に地面が抉れた。
壁に接していた部分は壁ごと削り取られる。

 直線状に破壊力を引き伸ばし、威力よりも有効範囲を広げた“インビジブル・バースト”。
対して一点集中の破壊力のみを求め、狭い有効範囲に絶大な破壊力をもたらすもう1つの技。

「“インビジブル・バレット”」

 空がその名を口にするのと共に、伊吹の身体は再度地面へと叩きつけられた。

「あああああああああああああああああああっ!!??」

 絶叫が会場に響き渡る。
もはや、空が口にしていた“魅せる戦い”などではない。
強者が弱者を容赦なく叩き潰す、圧倒的搾取。
同格の七賢人であるにも関わらず、誰が見ても分かるこの戦力差。

 パラパラとフィールドの壁が砕け、舞う音が響く。
歓声はいつの間にか鳴り止んでいた。
痛いほどの沈黙がフィールドを包み込んでいる。
決着のブザーは、まだ鳴らない。
しかし、もう勝敗は明らかに見えた。
伊吹はもはや微動だにしない。

「……これが、王者京帝か」

 誰かがポツリと呟いた。
それは不思議と、観客皆の心へと浸透していく。

「七賢人2人を有する京帝が、負けるはずなんてない」

「3連覇に死角なんてなかったって事かよ」

「式守も、ここまでか」

 徐々に広まるざわめき。
空はうっすらと額に滲む汗を拭いながら、口を開いた。

「良く耐えた、と褒めるべきでしょうか?
 まさか“バレット”と“バースト”をあれだけ身に受けていながら、未だにブザーが鳴らないのは驚きです」

「……そ……れは、そなたの、技量……が、まだまだ、と、いうこと……だな」

「……あら」

 空の言葉に応じる様に、伊吹が絶え絶えにそう口にする。
空は少し驚いた顔をした。

「まだ意識があるのですか? 可哀想。もう保つ事すら難しいでしょうに」

「だ、だま……れ」

 腕に力を入れ、起き上がろうとして失敗した。
伊吹は勝手に起き上がろうとして、勝手に地面に転がった。
それを見て、空が嗤う。

「もう無理せずとも構わないのですよ。
 結局のところ。何も得ぬまま歩み続けてきた貴方では、式守の名も矜持も。
 何も救う事などできやしないのですから」

「っ!? そ、空ァァァァァァァァァァァ!!!!」

 伊吹が咆哮した。

 死力を振り絞り、立ち上がる――――事はできなかった。

ドォォォォォォォォォォォンンッ!!!!

“インビジブル・バレット”。
空の容赦の無い一撃が、伊吹の最後の反抗心を文字通り叩き潰したのだ。

「……あ……。……う」

 もはや、苦痛に声を上げる事すらできず。伊吹は地に伏した。
それを無表情で見つめながら、空はゆっくりと手を下す。

「……ここまで、でしょうか?」

 その問いに、伏した伊吹は答えない。

「……」

 空は無言のまま踵を返した。
無論、退場するためである。
審判からまだ宣言はされていないが、もはや勝敗など聞くまでも無かったし、
何より空自身がもう伊吹に手を下す必要など無いと判断したからだ。

 しかし。結果論で言うならば。

 それは、愚かな行為だったと言わざるを得ない。

「伊吹ィィィィィィィィィィィィィィ!!!!」

 その叫び声に、会場内の全ての視線が集まった。

 そこには――――。



励みになります。
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