「雄真か」

 鉄平の視線を辿った先に居た少年を見て、信は呟いた。

「何してんだ、アイツ。今にもフィールドに乗り込みそうじゃないか」

 その直後、雄真が咆哮した。

「……七賢人次期当主の名を、あそこまで絶叫できる人間というのも珍しい」

「アイツにとって、そんな肩書きは飾りみたいなもんなんだろ」

 鉄平の苦言に、信は笑いをかみ殺しながらそう応えた。

「あまりいい傾向とは言えんな」

「どうだろうな。それで確かに“救われてる奴”もいるんだ」

「場は弁えるべきではないか?」

「おーおー。お堅いことで……っと?」

「はぁ……はぁっ!!」

 信と鉄平の目の前を、1人の女子生徒が走り抜けた。
黒髪に緑色の球体を引き連れたその女性は――。

「……高峰?」

「の、ようだな」

 信と鉄平がその後ろ姿を見送る。小雪は直ぐに観客の渦へと消えて行った。

「何してんだ?」



「それは私の台詞ではございませんか?」



「ん?」

「ほう?」

 その言葉に、信と鉄平が振り返る。
そこにはアゲハを連れた汐留渚の姿があった。

「よぉ、汐留」

「こんなところに結界を張って、密談をされていた殿方とは思えぬ気さくぶりですわね」

「……もっともな意見だ」

「おいおいおい、鉄平。その中に居たお前も同罪だぜ?」

 いきなり渚側に付いた鉄平に、信が抗議の声を上げる。

「罪の意識はあるようですね」

「誓って何もしていない」

「今ほどお前の言葉が空虚に聞こえた事は無いな」

「勘弁してくれよ、鉄平」

 信が呻くようにそう告げるのを見て、渚はクスリと笑った。同時に視線をずらす。

「高峰様にフラれてしまいまして。よろしければご一緒させて頂いても?」

「ん、構わんよ。それで? 高峰は何であんな必死に走ってたんだ?」

「さぁ」

 渚は頬に手を当てながら首を捻る。

「小日向様を見つけてから、直ぐに行かれてしまったので……」

「……何にせよ」

 渚から正確な回答が得られないと悟った鉄平は、おもむろに口を開いた。

「あの男が何かしでかす前に、是非とも止めて貰いたいものだ」






Happiness story『小日向雄真と七校対抗魔法大会』

Magic32.“七賢人・式守家次期当主”式守伊吹






 その叫び声に、全ての音が静止した。
伏す伊吹は愚か、空も審判も観客も。皆の動きが止まる。
視線はただ1点。その声の発信源へと向けられていた。

 そこには――――。

「諦めんじゃねぇよ!! まだ立てんだろ!? いつまでもひっくり返ってんじゃねぇよ!!」

 周囲の視線など、お構いなし。
最前列に座る人間を押しのけて身を乗り出す雄真は、そんな些細な事など気にも留めない。

「らしくないぞ、伊吹!!
 そんな簡単に諦めて負ける奴じゃ無かっただろ!!
 何でそんな簡単にやられてんだよ!!」

「ゆ、雄真くん!! 落ち着いて!!」

「危ないって雄真!!」

 完全に柵から身を乗り出して今にもフィールドへと突撃しそうな雄真を、春姫と杏璃が羽交い絞めにした。

それでも、雄真の咆哮は止まらない。

「何なんだよ、どいつもこいつも七賢人七賢人!!
 七賢人のプライドが、そんなにお前にとって重荷になるんなら――」

「はぁっ!! ゆ、雄真さんっ!!」

 息も絶え絶えに雄真の元へと辿り着いた小雪は、雄真の言わんとする事を察知して牽制の声を上げた。

が、それは無駄に終わる。



「そんなくだらないもの、捨ててしまえ!! お前は瑞穂坂の選手だろ!!!!」



 静寂が、更なる静寂を生んだ。
雄真の発言がゆっくりと浸透していく。
聞き間違いかと耳を疑いたくなるような発言だった。

「ゆ、雄真さん……何て事を」

「こ、小雪先輩っ」

 雄真の後ろで、小雪がふらふらと後退して尻餅を付いた。
杏璃が慌てて引き起こそうとするが、うまくいかない。
どうやらここまで走ってきた疲労感に加えて、今の雄真の発言にショックを受けたせいでうまく足に力が入らないらしい。

「……お前、何で選手に選ばれたと思ってんだよ」

 雄真の、絞り出すような声が伊吹の元へと届く。

「瑞穂坂の皆は、お前が七賢人だから選手に選んだんじゃないぞ。
 俺たちは、お前が七賢人だからシングルスを任せたんじゃないんだぞ!」

「ゆ、雄真くん! 流石にもうまずいって!!」

「お前はここに何しに来たんだ!! 答えろよ、伊吹ィィィ!!!!」

 春姫から強引に押し戻されながらも、雄真は叫ぶ。

「……雄真さん」

 それを。
伊吹の対戦者・空は遠くから聞いていた。
会場の外へと歩む足を止め、振り返る。

 そこで、信じられないものを見た。

「……」

 伊吹が、立ち上がっている。
体をぼろぼろにしながらも。
先ほどまでピクリとも動かなかったにも関わらず。
自身の足で、立ち上がっていた。

 思わず言葉を失う。
空はその光景を見てビシリと固まった。

「どう……して」

 あれだけのダメージを受けて、起き上がれるはずがない。
空自身、伊吹の身体を相当痛めつけた自覚があった。
本当なら、呼吸をするだけでも激痛が走るはずだ。
なのに。

 伊吹は、泣きながらも“笑っていた”。

「どうし――」

「“魔法回路封印術式解放(マジック・コード・オープン)”」

ズンッッ!!!!

 伊吹の口から紡がれたその言葉と同時、伊吹の身体から尋常では無い量の魔力が放出される。
凄まじい余波に、空は思わず手で顔を覆った。

 それは伊吹にとって反撃への絶好のチャンスとなったが、伊吹は動かなかった。

 代わりに。

「ア・グナ・ギザ・ラ・リライト」

「っ!? 今更新たな呪文詠唱をしたところで――」

「ラ・ティーナ!!!!」

 高らかに宣言された伊吹の頭上に、天蓋魔法が発現する。
しかし、“何かがおかしい”。
見た目はいつも伊吹が発現する転移魔法となんら変わり無い。
しかし、“何かが違う”と空の本能が告げていた。

「構えなくていいのか、空よ」

 ゆるりと。伊吹のぼろぼろになった腕が空へと向けられる。
それが合図となった。天蓋魔法から、直視する事すらできぬ眩い“光”が放たれる。

「――――え」

 その、“本来ならばあり得ない”光景に、空の反応が遅れた。

「構えろ!! 空ァ!!!!」

 客席の最後方から、信が叫ぶ。

 が。その声が届くよりも先に。



 伊吹の“白”が、空を覆い尽くした。






「はぁ……はぁ」

 伊吹は、糸が切れた人形のように抉れた壁へと倒れ込む。
ずるりと身体が滑るが、倒れる事無く辛うじて寄りかかる姿勢のまま前方を睨みつける。

 その先には、隆起した地面。
そして、そこに転がる空。
震える手で地面を掴み、起き上がろうとするところだった。
障壁を張るのは、間に合わなかったはずだ。
つまり、伊吹の天蓋魔法からの猛攻をフル・アーマーのみで耐えきった事になる。

「……お前もお前で、タフじゃないか」

「……く。……な、何で。伊吹さんが、光属性を……」

 伏してもなお、その眼光は衰えてはいない。
空は、睨みつけるように伊吹を見据えながらそう問うた。
その問いを聞いて、伊吹は鼻で嗤う。

「私……を、どこの一族だと思っている」

 伊吹が手を掲げる。
それに呼応するかのように、遠方からビサイムが飛んできた


それを掴みとる。

 瞬間。

『アムンマルサス』

ピカ――――――ッ!!!!

 光属性の時間回帰が発動した。

「しまっ――」

 空がそれに気付いたところで、もう遅い。
伊吹の身体は時を遡り、見る見るうちに回復していく。
全快したところで、伊吹を纏う光は消え失せた。

「私を、どこの一族だと思っている」

 大仰にビサイムを振り下ろしながら、伊吹はそう口を開く。

「“光の加護を受けし一族”。得意属性など、光に決まっておろう」

「――っ。な、なぜ……今まで」

 空は震える足で立ち上がりながらも、そう問う。
伊吹はその問いかけに、少しだけ悲しそうな顔をした。

「これは、楔だったのだよ」

 空から視線を逸らし、自身の足元を見つめながら。
伊吹はそう答えた。

「いつか、私が自分自身を赦せるその日まで。
 式守の次期当主として相応しい人間となれるその日まで。
 絶対に使わぬと、亡き那津音姉さまに誓った……身勝手な楔だったのだ」

「……」

 会場は静まり返っている。
伊吹の呟くような独白は、おそらく最前列の人間にも届いていないだろう。
それでも。七賢人同士のやり取りから、目を離そうとする者はいない。

「身勝手な束縛で、身近なものを見落としていたようだ。
 ……そう。私は瑞穂坂代表に選ばれた選手だ。
 試合には、全力で望まねばならん」

 ゆっくりと。伊吹の持つビサイムの切っ先が、空へと向けられる。

「雄真に阻まれたあの日。全てを気付かされたあの日。
 ……もう二度と解放できないと思っていたのだがな。
 まさか、結局その楔を解いたのもあの男のおかげとは」

 伊吹の口の端が、吊り上った。

「――全く以て、愚かなものだ」

「っ!?」

 瞬間。
ビサイムの元から再び閃光が奔る。
空は瞬時に発現した“インビジブル・アーマー”によって、地面を蹴りあげた。
紙一重のところで回避に成功する。

「得意属性が何であろうと、この身体強化の前には無意味ですっ!!」

 満身創痍の身体でありながら、空は駆ける。
瞬く間に伊吹の背後を捉えた空は、容赦無く拳を振りかぶった。

 しかし。

「折角だ、空。光属性の使い方を教えてやる」

ズバババババババババッ!!!!

「きゃあっ!?」

 上空から、障壁が続けざまに落ちてきた。
伊吹の周囲を囲うように、何枚も何枚も地面へと突き刺さる。
空は寸でのところで押し潰されるところだったが、後方へと跳躍したおかげで致命傷には至らなかった。

「プリシアミナス。そなたの“ごっこ遊び”とは、雲泥の差であろう?」

「戯言を!!」

 空が怒声と共に掌をかざす。

「……単調だな。まるで先ほどまでの私を見ているようだ」

「“インビジブル・バースト”!!!!」

ドキュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッ!!!!

 伊吹の言葉を掻き消す様に、空の元から不可視のレーザーが放たれた。
それは障壁ごと伊吹を巻き込み、爆ぜる。しかし。

ガシャァァァァァァァァァァンッ

「馬鹿力である事だけは、認めよう」

 障壁を破壊できただけ。中央に坐す伊吹には、傷1つ付いてはいない。

「あああああああああああっ!!!!」

 既に。空は伊吹の懐へと潜りこんでいた。

「ア・ゾーラ・デオニルス」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「レイ・オーゼス!!」

パァァァァァァァァァァァァンッ!!!!

「なっ!?」

「ふむ」

 伊吹の懐へと潜りこみ、まさに決着が着かんとしたところ。
突如空の体が、“何かに”弾かれるように吹き飛ばされた。
その不可思議な事態に、空の顔が驚愕に染められる。
対して伊吹は表情を崩さぬまま、切っ先を空へと向ける。

「“インビジブル・アーマー”の弱点。ここに見つけたり」

「っ!?」

 ビサイムの切っ先から、魔法球が発射された。
ただ、これは何の捻りも無い魔法球。
空は後方へと弾き飛ばされながらも片手で払い、回避した。
そのまま着地する。

 そして、伊吹にとってもそれで良かった。
今の一発はあくまでお互いの距離を離すための牽制球であり、それ以上の意味は含めていなかったからだ。

「はぁ……はぁ。弱点、と言いましたか?」

「ああ、言ったな」

 1つ頷く。

「この“インビジブル・アーマー”に、欠点があると?」

 伊吹は再び頷いた。あの不敵な笑みを浮かべて。

「……それより、いいのか? 空よ」

「いい、とは?」

 伊吹からの要領を得ない質問に、空が警戒して構える。
その光景に笑みを濃くした伊吹はこう言った。



「この距離は私の土俵だぞ、近接使いの神威よ」



 その言葉と同時に、伊吹の周囲に再び数えきれない量の魔法球が展開される。
言うまでも無く、“光”属性のだが。

「――いくぞ!!」

「遅いっ!!」

 伊吹が掛け声を上げた時には、既に空は地面を蹴っていた。
無属性の全身強化魔法“インビジブル・アーマー”。
先日の雄真との戦いでその防御力に目が行きがちだが、実際のところこの技の脅威はそれだけではない。
もともと全身強化“フル・アーマー”の真髄は、運動能力の飛躍的向上にある。

 すなわち。

「がら空きですっ!!」

 伊吹の背後へと瞬時に回り込んだ空が、拳を振りかぶる。
伊吹の周囲で展開されていた魔法球は、既に“先程まで空が居た場所”へと射出されており、もう役に立たない。
伊吹の顔に驚きの色が浮かんだのを見て、空は自身の攻撃がヒットする事を確信した。

 しかし。

「レイ・オーゼス!!」

パァァァァァァァァァァンッ!!!!

「なっ!?」

 弾かれる。
本来、敵の攻撃を弾く為の強化魔法であるはずなのに。
フル・アーマーを纏っている空の方が、標的である伊吹から弾かれる。

「――な、なんで……」

「喰らうがいい!! 空!!!!」

 ゼロ距離。
今度は伊吹が勝利を確信する番だった。

 が。
それよりも早く空の術式が完成する。

「ファイナス!!」

「っ!?」

ドォォォォォォォォォンッ!!!!

 爆音。
 この一瞬で。
 そして、無詠唱で。

 刹那に障壁を展開できた伊吹の技量は、賞賛に値するだろう。
しかし、それで全てを防げるわけではない。
空の掌から放たれたClassAの業火球は、伊吹を正面から捉えた。
ほぼゼロ距離。辛うじて障壁を展開した伊吹だったが、その爆風に呑まれ後方へと吹き飛ばされる。

「くぅぅぅぅぅぅっ!!」

 衝撃に、伊吹は歯を喰いしばった。
その間にも、空は次の一手へ魔力を込めている。

「“インビジブル・バレ――!!!!」

「オルム!!」

ゴシャァァァァァァァァァァンッ!!!!

 視界が奪われた事により、“インビジブル・バレット”の座標がブレた。
見当違いの場所とまでは言わないが、伊吹が十分に回避できる程度にはズレてしまった。

「急いたな、空!!」

「くぅぅぅっ!?」

 自らの目を抑える空。
それが、決定的なミスとなった。
上空に待機していた天蓋魔法が、再び唸りを上げる。

「貴様の敗因は、その兄の技に対する過大な妄信だ!!!!」



 ――――光が、全てを埋め尽くした。



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