「……空」

 担架が運ばれてくるのを遠目で見つめながら、伊吹はそっと口を開いた。

「確かに私は、雄真から差し伸べられた手に気付けていなかったようだ」

「……」

 空は答えない。
地面に伏したまま、顔も上げない。
それでもいい、と伊吹は思った。
そして、思うままに言葉を紡ぐ。

「結局、私は式守家再興と息巻くだけで、現状を何一つ理解できていなかったという事だな」

「到着しました! 選手を運びます!」

ザザッ

『丁重にな。そこにおられる方は神威家の血縁者だ』

「了解! それでは、失礼致します」

 救急隊が、空の身体を2人がかりで持ち上げる。
本来ならば緩衝魔法が発動し、救護室までは転移されるはずなのだが、そこは七賢人の桁外れのスペックというところだろう。
身動き1つ取れなくなった状態にも関わらず、緩衝魔法は発動しなかった。
その為の救護である。

 担架に乗せられる瞬間、ちらりと2人は目が合った。
空は気まずそうに目を逸らす。伊吹は、少しだけ頬を緩めた。

「礼を言う、空。お前のおかげで、大切な事に気付けた」

「……何に気付けたのですか」

 担架に横たわりながら、空が尋ねる。
伊吹はふふっと笑うと、視線を観客席に向けてこう答えた。



「私はもう、1人じゃない」






Happiness story『小日向雄真と七校対抗魔法大会』

Magic33.決勝カード、出揃う!!






≪シングルス 2回戦≫
Aブロック
 乃木鉄平(仙台)○ 対 × 蔵屋敷美紀(舞浜)
Bブロック
 式守伊吹(瑞穂坂)○ 対 × 神威空(京帝)

○現在の学校順位
※シングルスの加算得点は、1勝につき20P。

4位:仙台魔法学園(宮城)50P

7位:東京都立魔法学園(東京)40P

1位:瑞穂坂学園(神奈川)150P

4位:舞浜学園(千葉)50P

4位:静岡魔法学園(静岡)50P

3位:名古屋魔法高校(愛知)60P

2位:京帝高校(京都)130P

 並んでいた京帝高校を振り切り、再びトップに躍り出た瑞穂坂学園。
3位との差は更に開き、事実上優勝争いは瑞穂坂と京帝の2校に絞られた。
現段階でトップを走るのは、言うまでも無く瑞穂坂である。

 しかし、七校対抗魔法大会はそんな簡単に優勝が決定する大会ではない。
明日、明後日と行われるのは3、4位決定戦と1、2位決定戦。数多の魔法生徒の中でトップ4に立つ者たちの戦い。
勝敗により振り分けられる配点も増す。
どんでん返しも、平気で有り得る配点だ。
寧ろ、大会の行く末はここから混沌としてくると言っても過言では無いだろう。






「皆ぁ〜、お疲れ〜!!!!」

 夕食。
ホテルの食堂にて。
陽菜の元気いっぱいの音頭と共に、選手一同はグラスを頭上へと掲げた。
疲労感など弾け飛ばしてしまえ、と言わんばかりの笑顔だ。
車いすを利用して参加している静香・幸平・小百合も思わず笑みを零すほどの。

 皆が食事に手を伸ばし始めたところで、小雪が徐に席を立った。

「皆さん、本当にお疲れ様でした」

 皆、バラバラに「お疲れ様」と言い合う。
小雪はそれがひと段落してから、再度口を開いた。

「大会4日目が終了し、遂に各競技ベスト4が出揃いました。
 もう、どの試合においても一筋縄でいく相手など残っておりません」

 全員が神妙に頷く。

「さて、まずは現段階で残っている組み合わせをまとめておきましょう」

 小雪がそう言うのと同時に、陽菜が立ち上がりプリントを1枚ずつ配っていく。
受け取った面々は順にその内容に目を通していく。
そこにはベスト4の組み合わせが表記されていた。



≪ターゲットアタック≫
5日目 3,4位決定戦
 ●桜井誠(京帝)対 毛利哲也(静岡)
6日目 1,2位決定戦
 汐留渚(名古屋)対 高峰小雪(瑞穂坂)
配点内容:優勝50点。準優勝30点。3位20点。4位10点。

≪バルーンクラッシュ≫
5日目 3,4位決定戦【決定】
 3位 三井良平・桜井誠・向井正春(京帝) 20P
 4位 藍本静香・東山幸平・吉田小百合(瑞穂坂)【怪我により棄権】 10P
6日目 1,2位決定戦
 目黒竜也・藤原友則・大金利通(東京)対 神坂春姫・小日向雄真・柊杏璃(瑞穂坂)
配点内容:優勝50点。準優勝30点。3位20点。4位10点。

≪フライングキャッチ≫
6日目 決勝戦
 出場者 八乙女咲夜(舞浜)黒川アゲハ(名古屋)渡辺和正(京帝)
配点内容:優勝70点。準優勝50点。3位30点。

≪ダブルス 3回戦≫
5日目 3,4位決定戦
 ●星城聡・向井正春(京帝)対 日立ニオ・菅野宮重次(静岡)
6日目 1,2位決定戦
 上条信哉・上条沙耶(瑞穂坂) 対 神威信・児玉白(京帝)
配点内容:優勝50点。準優勝30点。3位20点。4位10点。

≪シングルス 2回戦≫
5日目 3,4位決定戦
 蔵屋敷美紀(舞浜)対 ●神威空(京帝)
6日目 1,2位決定戦
 乃木鉄平(仙台)対 式守伊吹(瑞穂坂)
配点内容:優勝70点。準優勝50点。3位30点。4位20点。

○現在の学校順位
1位:瑞穂坂学園(神奈川)150P+10P
2位:京帝高校(京都)130P+20P
3位:名古屋魔法高校(愛知)60P
4位:仙台魔法学園(宮城)50P
4位:舞浜学園(千葉)140P
4位:静岡魔法学園(静岡)50P
7位:東京都立魔法学園(東京)40P



「……何つーか、すげーメンバーだよな」

「ベスト4だからね。凄いメンバーなのは当たり前だよ」

 雄真の呟きに、幸平は苦笑いで応えた。

「……? 小雪さん、この黒く塗りつぶしてあるマークは何ですか?」

 雄真の質問に、小雪は深く頷いた。

「今雄真さんから指摘がありましたが……。
 名前、若しくはチームの前に黒く塗りつぶしているところがあると思います。
 それは私と陽菜先生が高確率で当たると予想した、京帝高校の勝率が高い方です」

「……勝率」

 杏璃が、ポツリと呟く。

「……この予想をポイントに直してみます。
 加えてフライングキャッチの結果を京帝2位と考えると、京帝の予想ポイントはこうなります」

 小雪が、白紙の紙に大きく数字を書いた。



 京帝:270P



「……270」

「この点数に、ダブルス決勝の配点は加えてません。つまり、まだ上がるという事です」

「む、無茶苦茶じゃない!!」

 杏璃が吼えた。

「だって、うちのポイントって……」

「現状で160P。
 そして、瑞穂坂に京帝高校ほど高確率で勝てる試合は無い……というよりも」

 静香が資料を見ながら、呻くようにそう告げる。

「はい、そうです。残っているのは、“全て相手が七賢人”です」

「済まない、こんな時に僕らは棄権する事に――」

「そういうのは、無しですよ」

 幸平のセリフを、雄真が遮った。

「それを言うなら、俺は信に負けました。
 この現状は、皆の責任であり成果です」

「雄真さんの言う通りです。誰かのせい、というのは野暮ですよ。
 フライングキャッチを勝ち残れなかったという責任が、私にだってあるのですから」

「……ありがとう」

 雄真と小雪のフォローに、幸平はぎこちなく頷いた。

「さて、話を戻します。問題はここからです。
 明後日。私たち瑞穂坂の面々は七賢人の方々と相対する事となります。
 ターゲットアタックでは、私こと高峰小雪が汐留渚さんと。
 バルーンクラッシュでは、雄真さんたちと目黒竜也さんが。
 ダブルスでは、信哉さんと沙耶さんが神威信さんと。
 シングルスでは、伊吹さんと乃木鉄平さんが。
 そして――」

 小雪が、一度言葉を切る。
少し考えた後、手元の紙に新たに文字を書き加えた。

「瑞穂坂の皆さんが、全ての七賢人戦に“負けた”と仮定するとこうなります」



 京帝 :320P
 瑞穂坂:300P



ざわっ

 食堂に、一気に緊張が走った。

「ちなみに」

 小雪は、その緊張を無視して続ける。

「同格である伊吹さんだけが、乃木鉄平さんに勝った場合のポイントがこれです」



 京帝 :320P
 瑞穂坂:320P



 ……。

 皆、これ以上は言われなくとも理解した。つまりは、こういう事だ。



 汐留渚 対 高峰小雪
 目黒竜也 対 小日向雄真&神坂春姫&柊杏璃
 神威信 対 上条信哉&上条沙耶

 この3つの七賢人戦のうち。
どれか1つでも勝たなければ、瑞穂坂に優勝は無い。
もちろん、このうちの1つを勝利しても伊吹がシングルスで負けてしまうと引き分けになるのだが。

 ……。

 痛いほどの沈黙が食堂を包み込んだ。
当たり前だ。皆がこの現状に押しつぶされそうになっている。
この大会で“七賢人”に勝てた人間はいない。
しかし、それを成し得なければ瑞穂坂は優勝できない。

 ……。

「……ひっく」

 嗚咽が聞こえた。

 皆が振り返る。

「……う……うぅ……。ご、ごめん……なさい」

 小百合が、泣いていた。

「ご、ごめん……なさい。
 ……ごめ……なさい……ひっく……ご、ごめん、さい……」

「吉田さん……」

 春姫が席を立ち、近寄る。
車いすに腰掛け前のめりに顔を隠す小百合の背中を、そっと撫でた。

「ごめ……ごめんなさい……ごめん、なさ、い」

「どうして謝るの?」

 摩りながら、春姫が問う。
小百合は声を震わせながら答えた。

「……わ、わたし……大事な、しあい、なのに……、

 棄権………なんて、わ、わたし……う……うぁ……な、なん……」

 言葉にならない。
だが、皆何が言いたいのかははっきりと分かっていた。
同じ立場である静香と幸平も、ぎゅっと唇を噛む。

ガタン

 嗚咽のみが響き渡る食堂で。椅子が床を擦る音が響いた。

無言で立ち上がった杏璃がテーブルを回り込み、小百合の横・春姫の反対側に立つ。

「……よっち」

 無表情のまま、目の前で蹲る少女に声を掛ける。
小百合が泣き腫らした顔を杏璃の方へと向けた瞬間。

パンッ

 乾いた音が、鳴った。

「……え」

 何が起こったのか、分からない。
そんな心情を表すかのような声が小百合の口から漏れた。
自身の頬へ手をやりながら、呆けた顔で杏璃の方へと向き直る。

 対して、杏璃は振り抜いた腕をそのままに顔を歪めた。

「……何、謝ってんのよ」

「……え?」

「なんで、謝ってんのよ!!」

ガタンッ!!

 咆哮した杏璃が、小百合の胸倉を掴む。
小百合を乗せた車いすが、大きく傾いた。
反対側にいた春姫が、焦って押し戻す。

「ちょ、ちょっと! 杏璃ちゃん!?」

「ふざけんじゃないわよ!! 何でそんな謝ってんのよ!!
 アンタ、何か悪い事したわけ!? してないでしょうが!!」

「したわよ!!」

 至近距離で睨まれながらも、小百合が叫ぶ。

「負けた!! そして次の試合も棄権よ!?
 これが悪い事じゃなくて何だっていう――!?」

「悪くなんかない!!」

 小百合の、喚くような言葉を杏璃が遮る。

「悪くなんかないわ!! アンタは!! 先輩は!! 勇敢に戦ったわ!!

 目黒竜也って七賢人を相手に!! 誰も諦めなかったじゃない!! 立てなくなるまで!!
 こんなにボロボロになるまで立ち向かった!! その行動の、何が悪かったってのよ!!」

「で、でもっ――!?」

「でもじゃない!!」

 ぴしゃりと言い放つ。

「じゃあアンタは、次の試合に備えて!
 目黒竜也との戦いは棄権するのが正解だったっての!?
 結局棄権するんじゃ本末転倒じゃない!!」

「っ!?」

 杏璃の言葉に、小百合が押し黙る。
口を真一文字に結びながら。
時々嗚咽を漏らしながらも。
杏璃と正面から睨み合う。

「……アンタに。アンタたちに。悪い事なんて1つもないわ」

 もう一度、杏璃はゆっくりとそう告げた。そして。

「だから、安心して見てなさい。安心して、託しなさい。
 後の事は、勝ち残った私たちが“引き受ける”」

「っ!?」

 小百合が、息を呑んだ。
それを見て、杏璃が不敵に笑う。
後ろで春姫もにっこりとほほ笑んだ。

 杏璃が再度叫ぶ。

「そうでしょ、雄真!!」

 それは、対面の席に座る1人の男子生徒に投げかけられた。
皆の意識がそちらに向く。小百合も、嗚咽を漏らしながらそちらへ目をやった。

 注目を受けながらも、その男子生徒はにやりと笑う。

「大丈夫だ。目黒竜也は、俺が殴る」

 雄真は、何の躊躇いも無くそう言い放った。






「信哉」

「む?」

 ぎこちなさの残る夕食会を終えて。
各々が食堂から退出する中、雄真はとある青年に声を掛けた。

「雄真殿か。先ほどの啖呵は見事であったぞ。俺も見習わねばな」

「よしてくれよ、恥ずかしい」

 真面目な表情でそう告げられ、雄真は顔を赤くしながら手で払った。

「して、何の用だ?」

「ああ、お前に頼みがあるんだ」

「ほう?」

 信哉が眉を吊り上げる。

「明日。3,4位決定戦の間、お前予定あるか?」

「……いや?」

 一瞬思案気な顔をするものの、信哉は直ぐに首を横に振った。
小百合たちが棄権する以上、瑞穂坂に出場する試合は無い。
つまり、応援以外の用事が無ければ1日フリーという事だ。

「なら、その時間を俺にくれないか」

「……何がしたいのだ?」

 雄真のセリフに、信哉の声のトーンが下がる。

 雄真は、躊躇いなく口を開いた。



「お前に、教えてもらいたい魔法がある」



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