爆音が会場に広がった。
鼓膜が破れるかと思う程の衝撃。地震でも起きたかと疑う程の地鳴り。
スフィアタムの集団起爆。
辺り一面を一瞬にして焼け野原に変えてしまう程の、もはや兵器と言っても過言では無いほどの威力。
その凄まじい爆発が。
汐留渚の“後方から”巻き起こった。
「……な、何が」
条件反射。
咄嗟に違和感を覚えた渚は、自身の後方に氷のかまくらを形成し、辛うじて難を逃れていた。
ガシャアアアアンッ!!
しかし、その耐久性も不十分。
爆発から間一髪で渚の身を守った氷のかまくらは、渚の命ずる前に粉々に砕けて散った。
ピピピピピピピピピピピピ
「……っ」
黒煙の満ちるフィールドの中。規則的に聞こえる電子音。
渚はその音に、言いようのない不安を覚えた。
「まさかっ」
錫杖を振う。無詠唱で風の竜巻が巻き起こった。
周囲の黒煙と同時に、“氷の破片”も天へと吹き飛ばす。
「これはっ」
電子音が止む。
煙が晴れて、分かった。氷の城壁が、木端微塵に吹き飛んでいる。
どうやら、その反動で飛ばされた破片が渚の得点板を襲っていたらしい。
『集計終了。瑞穂坂得点、6850ポイントです』
「っ」
渚が、下唇を噛んだ。
その時、頭上からひらひらと落ちてくるモノがあった。
「?」
迂闊とした言いようのない行為だったが、渚は自然とそれに手を伸ばした。
そっと掌で受け取る。布きれだ。爆発の影響だろうか、完全に焦げている。
原型など、分かるはずも無い。周囲は焼け千切れていて、大きさは渚の掌よりも少し小さいくらい。
しかし。
「……」
それでも。
「……まさか」
渚は、勢いよく対戦相手の方へと振り返った。
その答えを、口にする。
「これも、エプロンなのですか?」
Happiness story『小日向雄真と七校対抗魔法大会』
Magic37.エプロンのヒミツと、決着。
その声に、小雪はいつも通りのポーカーフェイスのまま頷いた。
「見抜きましたか、流石ですね」
表情が少しも変化していない為、本当にそう思っているのかどうかは本人しか分からない。
「私の放った氷塊は、貴方のエプロンに吸い込まれたはず」
「ええ」
「それにも関わらず、氷塊の中にあったスフィアタムは、私の後方で起爆した」
「はい」
「……2対のエプロン。このポケットは、“繋がっている”のですね?」
「概ね、正解です」
小雪はもう一度頷いた。
「雄真さんたちはこれを見て、四次元ポケットと解釈していたようですが、残念ながら不正解です。
私のこのポケットは同期させた他のエプロンのポケットへと転移させる為のもの」
ポケットを撫でながら、小雪は言う。
「それが、氷の障壁の元で起爆したわけですか。
しかし、いつの間にエプロンを? 聞いた限りでは、エプロン自体は転移できそうにありませんが」
「はい、タマちゃんに運んでもらいました」
小雪は、躊躇いも無く答えを提示した。
「……数えきれぬ程のスフィアタムを打ち込んでいたのは、その伏線だったとは」
「理解が早くて助かります」
にこり、と小雪がほほ笑む。
「さて、そんな汐留さんに問題です」
ロッドをくるくると回しながら、小雪は言う。
「貴方が『残念でならない』と評価した不肖・高峰小雪。
先ほどまでの行為は、“何処までが演技だった”のでしょうか」
「っ」
その言葉に、渚は過剰に反応した。
錫杖を振い、水を発現させる。
何処までが演技だったのか。
ダイヤモンドダストは、本当に小雪の意表をつけていたのか。
あの時に映力強化で看破されていなかったという確信は無い。
あの時の驚きの表情や、慌てていた仕草、そのものも。
氷の城壁に向けて、むやみやたらにスフィアタムを打ち込んでいた行為。
あれは、考えなしの行為では無かった。
確かに目にも留まらぬスピードで射出される複数の弾丸の1つが、
エプロンを加えて飛んできた事に、渚は気付けなかった。
残念でならない、と。渚は小雪の腑抜けぶりに落胆した。
しかし、その油断が自身の失点に繋がった。
後方へもう少し注意を向けていれば、気付けていたかもしれない異変。
着弾する度に起爆していたスフィアタムも、その伏線。
起爆による狙いは、障壁を崩すためのものでは無かった。
目くらまし。逐次起爆していれば、そのうちの1つがエプロンを加えたまま不発でも気づきずらい。
しかし、それでも。
障壁にエプロンがぶら下がっていれば。注意深く観察していれば、気付く。
何処までが演技だったのか。
その演技に、確実に渚は一本取られた。
覚えはなくとも、気を抜いた。油断した。
その、結果。
「ウォルタルス――」
錫杖の元に、渦を描くように水が集まる。
「ハリベリーナ!!」
ズアッ!!!!
凄まじい水圧が、渚の錫杖から解放された。
まるでトルネード。一瞬で人の命すらも刈り取れる一撃が、小雪の元へと放たれた。
しかし、小雪は動かない。
「っ!?」
防御の構え1つ取らない小雪に、一瞬渚の顔が強張る。
が、それは無駄な心配だった。
バチュチュチュチュチュ!!
渚の攻撃は、小雪に直撃した。
否、小雪のエプロンに直撃した。
その結果――。
「そんなっ」
渚から驚きの声が上がる。
回転する事で貫通力を格段に増幅させた一撃は、小雪のエプロンのポケットへと吸い込まれていく。
「なぜ……。対になるエプロンは、先ほどの爆発で使い物にならなくなったはずっ」
「いけませんよ、汐留さん。人の説明はちゃんと聞きませんと」
「?」
渚の表情に疑問の色が浮かぶ。
その隙を、小雪は逃さない。
「言ったじゃないですか。貴方の答えは、『“概ね”正解だと』」
ズドンッ!!!!
小雪の遥か頭上。
“ポケットが渚へと向くようにと、器用にエプロンを咥えた”タマちゃんが、ふよふよと浮いていた。
そして、そのエプロンから放たれる一撃。
七賢人、汐留渚の放った一撃が、本人へとそのまま返される。
「くっ」
渚は錫杖を軸にくるりと一回転する。
「ウォルタレス・プロテクタ!!」
ザンッ!!!!
水の槍を、強化した錫杖で切り裂く。勢いよく水飛沫が飛び散った。
そして、それも小雪の狙い。
ピピピピピピピピピピピピピピピッ!!!!
「っ」
気付いた時には遅い。
水飛沫は確かな魔法攻撃となって、渚の得点板を襲う。
「これで、チェックメイトです!!」
「――――っ」
渚が、息を呑む。
間に合わない。
誰もがそう思った。
ドンッ!!
渚が、錫杖を地面へと突き刺す。
「遅いですっ!!」
何を発動しようが。
もう遅い。
誰もが、確信した瞬間。
キィ――――――――ンッ!!!!
フィールドから、全ての音が消えた。
「っ、これは」
ガシャシャシャシャシャシャッ!!
一拍置いて、空中に存在する氷の礫が全て地面へと落ちていく。
派手に割れる音が断続して響いた。
「はぁっ、はぁっ」
渚が、息を切らしている。
七賢人が追い詰められた表情をするなど、この大会ではそれだけで前代未聞だ。
ガシャンッ
最後の1粒が地面へ落ち、粉々に砕け散る。
ピ―――――――――ッ!!!!
そして、電子音。得点板の音ではあるが、得点が加算された時になるあの音とは違う。
まるでエラーを告げるような音だった。
小雪はその音に、思わず振り返る。そして、自身の得点板を見据えて絶句した。
「そんな……」
得点板が、凍り付いている。
少しの隙間も無く。見事な氷のオブジェになっていた。
エラー音の原因はこれ。
四方八方から纏わりつく魔法攻撃に、得点板が不具合を起こしたのだ。
「……ま、負けた……のですか?」
自分が勝ちを確信した瞬間だった。だからこそ、信じられない。
小雪は誰に聞くでもなくぽつりと呟き、そのまま倒れ込みそうになった。
しかし。
「いいえ」
小雪の放った独り言に、予想に反して返事が返ってきた。
「貴方は負けてなどおりません。まあ、勝ってもいないのですけれど」
その言葉に、小雪は声の発信源へと目を向けた。
白い靄が徐々に晴れ、フィールドの全貌が露わになる。小雪は再び絶句した。
小雪の得点板だけではない。
フィールドそのものが氷で覆われていた。一部の隙も無く。
あちらこちらでひび割れや氷の破片が散らばっているのは、先ほど落ちてきた氷の礫のせいだろう。
そして問題なのはそこではない。
フィールドは、氷で一部の隙も無く覆われている。そう、“一部の隙も無く”だ。
例外は無い。
すなわち。
渚の、得点板でさえも。
「氷の属性奥義“ホワイトアウト”。
まさか、これを出す事になるとは思いもしませんでしたよ、高峰様」
「ぞ、属性……奥義」
属性奥義。
数ある属性付加魔法の中で、その属性の頂点に君臨する最終魔法。
難度ClassMの文字通り最終奥義だ。
「もっとも、氷属性が扱えるのは我が汐留家だけで、
世界魔法協議会はこの魔法を奥義と認定しておりませんので……。
実際のところは非公式な命名なのですけれどね」
渚が、弱々しく笑う。
錫杖に体を支えてもらいながら立つのがやっとの様子だ。
「卑怯かとも思いましたが、申し訳ございません。何分、立場上負けるわけにはいきませんので」
「……何の話を」
ピ――――――ッ!!
『試合続行不可能と認定する。この試合は、引き分け!!!!』
「ひ、引き分け!?」
小雪が驚いたように声を上げる。
無理も無い。この試合に引き分けなど前例がないからだ。
そもそもターゲットアタックのルールは、得点板が使用不可能になる事を考慮していない。
タイムリミットや、選手のリタイヤなどは文面に記載されているが、
得点板が使用不可能になった時の対応が書かれていないのだ。
本来ならば、続行不可能になった段階で得点の高かった小雪に軍配が上がるべき一戦。
しかし、それがルールとして定められていない以上、その措置は取れない。
従って。
『瑞穂坂△ ―― △名古屋』
わああああああああああああああ
モニターに表示される結果。それを見て、観客の声援が一層高くなった。
七賢人相手に、負けなかった。
七賢人相手に、引き分けた。
これは、大いなる名誉。
会場は、その歴史的瞬間に大盛り上がりを見せていた。
しかし、小雪はその場に立ち尽くしたままだ。
渚が、ゆっくりとふら付きながらも小雪の元へ歩み寄ってくる。
目の前に立って、渚は何かを言っていた。
それも、小雪の頭には入ってこない。
引き分け。
前例の無い、結果。
すなわち。
無得点。
七賢人相手に善戦しようが、得点が入らないのならば――――。
小雪は個人の名誉に目が眩むより先に、瑞穂坂の優勝が遠のいてしまったことに頭のふらつきを覚えた。
励みになります。
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Leica
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