わあああああああああああああああああ
「渚さんっ」
大歓声を背に、渚は眩いフィールドから一転して薄暗い通路へと足を踏み入れた。
それを待ち構えていたかのように、アゲハが駆け寄ってくる。
「お、お疲れ様でした。あ、あの」
「……ごめんなさい」
差し出されたタオルにも、心配そうに寄って来たアゲハにも。
まるで目を向けようとはせず、震える声で渚は言った。
「少し、1人にさせて下さいませんか」
「あ……」
アゲハが何かを言うよりも先に、渚は横を通り過ぎて行ってしまった。
「……」
近くにあるはずの歓声が非常に遠くから聞こえる気がする、とアゲハは思った。
それもあながち間違いではない。
この歓声は、渚に対する純粋なる好意のみによって構成されたものではない。
確かに。
卓越した魔法技能、そして属性奥義クラスの大魔法を披露した渚に、賞賛の声を上げる者もいるだろう。
しかし、この歓声はそれだけを賞賛しているわけではない。
高峰小雪。
七校対抗魔法大会において、七賢人が勝利を逃した試合というものは前例が無い。
日本が誇る七代名家、七賢人。魔法使いの頂点に君臨する一族に、負けは許されない。
その一族相手に、本気を出させた。その一族相手に、敗北をしなかった。
小雪の成し遂げた偉業は、日本中を沸かせる話題であると同時に、
七賢人という制度への風当たりを強くする結果になる。
負けは、許されない。
汐留一族だけでなく、七賢人そのものの総意だったのだろう。
でなければ、渚があんな手段を取ってまで負けから逃れようとするはずがない、
とアゲハは声を大にして叫んでしまいたかった。
いっそのこと、負けてしまいたかったはずだ、と。
そうでなければ――――。
「……あんな悲しそうなお顔を、するはずがないっ」
壁を強く叩き付ける。掌が、ジンジンと痛んだ。
きっ、とフィールドの方を睨みつける。
何も知らずに身勝手な歓声を上げ続ける観客に苛立ちを覚えながら、
アゲハは渚とは別のルートを辿ってチームメイトの元へと戻ることにした。
Happiness story『小日向雄真と七校対抗魔法大会』
Magic38.だから、安心して見てろ。
わあああああああああああああああああああ
「詰んだな」
鳴りやまぬ歓声の中、特に抑揚も付けずに信はそう結論付けた。
「瑞穂坂、一戦目の大将戦は敗退か」
「ああ、負けたという事実よりもメンタル面でかなりくるものがあるだろうな」
三井良平と桜井誠の会話に、信が頷いた。
「フライングキャッチ決勝戦に瑞穂坂選手は出ない。
ダブルスは俺と白が相手。シングルスの七賢人戦は鉄平だ。
正直、結果は見るまでも無い」
「……雄真さんは」
「ん、雄真な」
空の呟きに信は頭を掻きながら。
「後一年。後一年あれば、結果は分からなかった。
だが、少なくとも今年は駄目だろう。相手は、あの目黒竜也だからな」
どういう事情かは分からないが、信は竜也が雄真を毛嫌いしている事は知っていた。
つまり、次の試合に油断は無いという事。
「チェックメイトだ、瑞穂坂。三連覇は頂きだな」
信の宣言に、空以外のメンバーは笑みを浮かべた。
わあああああああああああああああああああ
鳴りやまぬ歓声は、選手控室まで聞こえるほどに高まっていた。
「ふーっ」
息を、大きく吐き出す。
選手控室。
雄真、春姫、杏璃は早々に魔法服へと着替え中央に配置されている椅子に腰かけていた。
周りには、瑞穂坂のチームの面々。
バルーンクラッシュの会場は、C会場から転移した先にあるので観客席から応援する必要はない。
それならば控え室でぎりぎりまで激励をし、そのまま控え室のモニターを借りてしまえという事で、
皆がぞろぞろとついてきていた。
但し、例外はいる。
ガチャリと控えめな音を立てて、控え室の扉が開いた。
「……高峰さん、少し1人になりたいみたいだから」
入って来たのは静香。
ターゲットアタック終了後、夢遊病にでも掛かったかのようにふらふらと小雪はフィールドを後にしていた。
心配になった雄真たちは直ぐに追おうとしたが、
既に試合時間が間近に迫っているバルーンクラッシュ決勝を前に、余計な行動は取るべきではない、
と静香1人で追っていたのだ。
「……そうですか」
雄真は、心配そうな表情を隠そうともせずにそう答える。
「平気よ、小雪さんなら。いつも通り、気が付いたらケロッとしてるわよ」
「はは、そうだな」
杏璃の微妙な慰めに、雄真は頷いた。
「僕としては、汐留さんをあそこまで追い込んだ時点で胸を張っていいとは思うけどね」
実際に渚と対峙し、苦汁をなめさせられた幸平は苦笑いしながら言う。
「高峰さんはあの性格だし、それに瑞穂坂の大将でもあるわけだからね。
そう割り切ることはできないわよ」
「高峰様、あまり思いつめなければ良いのですが……」
「そなたら、いい加減そこまでにしておけ」
静香や沙耶の心配そうな声色を含んだ物言いに、うんざりだと言わんばかりに伊吹が口を挟んだ。
「これから試合を控える者の前で、そんな士気の下がる様な物言いをしてどうする」
「その通り!!」
ダンッとテーブルを叩きながら、陽菜が叫ぶ。
「残りの七賢人戦は3戦!!
その内の2勝をしなければ、瑞穂坂に勝ちは無いんだよ!!
まさかこの期に及んで準優勝でも構わないなんて言わないよね!?」
「当たり前です」
陽菜の声に、雄真は呟くような声色で応えた。
しかし、それは別に白けているとか緊張で張り裂けそうになっているとか。
そういった感情とは別の理由で、だ。
「……雄真くん、あまり熱くなっちゃダメだからね?」
「……ああ、分かってる」
春姫の心配そうな声に、雄真は1つ頷いた。
バルーンクラッシュ、決勝。相手は、目黒竜也。
大会初日に会うなり伊吹や信哉を小馬鹿にし、小百合や静香、幸平を必要以上に痛め付けた張本人。
正直、熱くなるなと言うほうが無理だった。
春姫ですら、内心では様々な思いが渦巻いているのもまた事実なのだから。
「徹底的にぶちのめしてやるわよ!!」
杏璃に至ってはこの有様である。
もともと血の気が多い性格だし、売られた喧嘩は買うのが彼女の心情だ。
「作戦はどうなってるの?」
更にヒートアップを見せる杏璃を宥めながら、小百合が問いかける。
「目黒竜也は、俺に決勝で潰してやると言った。
多分、試合開始直後にあいつが狙ってくるのは、まず俺だ」
「……まさか、一騎打ちに持ち込むつもり?」
「それこそ、まさかだよ」
小百合の驚きが混じった質問に、雄真は苦笑しながら首を振った。
「そこまで自分の力を過信しちゃいないさ。
それに、1人で全てを片付けようなんて思っちゃいない。
ちゃんとみんなに目を覚まさせてもらったからな」
雄真は自身の頬を指さしながら、そう言う。
そこには今朝咲いたもみじの跡が未だにうっすらとだが残っている。
「じゃあ、どうするの?」
「倒せなくとも、時間くらいなら稼げる」
「え?」
きょとんとする小百合の顔を視界の端に収めながら、雄真は春姫と杏璃の顔を見た。
2人ともにこりと頷く。
「頼んだぞ」
「うんっ」
「まっかせといてよ!!」
力強く頷き返された。
小百合の頭に更なるはてなマークが浮上したところで。
『選手のみなさんは、フィールドゲートへお集まりください』
アナウンスが鳴る。
雄真の、春姫の、杏璃の。そして、瑞穂坂の命運を握る試合は。
もう、目前に迫っていた。
わああああああああああああああああああああ
刻々と迫る試合開始時間。
ここは観客席。もはや一介の市民には手も出せぬ値段と化しているプラチナチケット、
それよりも高値が付くであろう最善席に、準とハチ、そしてすももの姿があった。
そして、更にその周囲には――。
「さあ、みんなっ!! 雄真くんが登場したら、声が枯れるくらいに叫ぶのよーっ!!」
は――――――いっ!!!!
音羽の声に呼応し、黄色い声が鳴り響く歓声の中で一際輝く。
垂れ幕には『小日向雄真応援団』の文字。
団員は上記4名に加え、雄真の魔法学科のクラスメイト+普通科のもとクラスメイト+
すもものクラスメイト(有言実行。大会前日に言っていた通り、
すももは本当にクラスメイトをかき集めてきた)。
更に非団員ではあるが、その周囲を瑞穂坂の学生が取り囲む(彼らは『小日向雄真応援団』では無く、
普通に『瑞穂坂学園』とと書かれた垂れ幕やプラカードを持っている)。
この会場はホームグラウンドか、と問い掛けたくなるほどの身内ぶりだった。
「ゆっうっま!! ゆっうっまっ!!」
「はーるひ!! はーるひ!!」
「みっずほっざか!! みっずほっざか!!」
「あーんり!! あーんり!!」
選手入場の前に力尽きてしまわないか心配なほどの絶叫で、応援団は叫ぶ。
男子生徒が居ないわけではない。が、どうしても黄色い声が勝る。
理由は簡単、魔法科の在籍者は圧倒的に女性の方が多いからだ。
「ゆうまー!!」
「瑞穂坂の英雄ー!!」
「神坂さんがんばってー!!」
「いけいけ杏璃ちゃーん!!」
「すげーなっ! 見てるだけのこっちもテンションあがってきたぜ!!」
ハチが手に持つポップコーンのケースを揺らしながら叫ぶ。
「えー!? 何だってー!?」
叫んだにも関わらず、隣に居た準には聞こえなかったらしい。
準は叫び返すのと同時に、耳に手を当てるジェスチャー付きでもう一度言えとハチに問いかけた。
「テンションあがってきたって言ったの!!」
「そうねー!! 私もーっ!!」
隣に居るにも関わらず、叫びあわねば会話もままならぬ音量。加えて、熱気。
「あっついですぅ〜」
椅子に溶けるように腰かけるすももは、ぐでーっと頭を揺らした。
「だいじょーぶーっ!? 小日向さーんっ!!」
「え!? あ、大丈夫ですよーっ!!」
後ろに座っていたすもものクラスメイトから心配され、わたわたと応える。
それを見て笑ったすもものクラスメイトが、フィールドに目を移しながら叫んだ。
「もう直ぐだねーっ!! おにーさんの試合ー!!」
「はいーっ!!」
叫びあう。
「ここまできたら優勝してほしーよねー!!」
「平気ですー!!」
親友の声に、すももは力強く。
「こういった時の兄さんは、絶対にみんなを裏切りませんからーっ!!」
そう、答えた。
激励の言葉は、無かった。
もう既に、言葉に出来るだけの思いは選手の3人に伝えてしまったから。
繰り返し繰り返し「頑張れ」と言い続ける事は、野暮であると皆が知っていた。
無言で席を立つ。頷きも無く。声を掛けあう事も無く。
雄真は。春姫は。杏璃は。
入場ゲートへと続く扉へと、足を踏み入れた。
この先で、待っている奴がいる。
雄真は立ち止まり、振り返った。
そこには、口ひとつ開かぬ、頼もしき仲間たち。
「藍本先輩」
「ん?」
「東山先輩」
「何だい?」
「吉田さん」
「なに?」
「あいつは、必ず俺がぶん殴ってくるから」
その言葉に。
静香は勝気な笑みを宿しながら微笑み。
幸平は苦笑しながら頬を掻き。
小百合は。
「っ、こひなたっ、くんっ」
声を詰まらせながら自分の名を呼ぶ親友に、雄真は力強く頷いた。
悔しくないはずがない。
比較的冷静に事態を受け止められた静香、幸平と違って。小百合は己を責め、泣いていた。
静香や幸平にも、やるせない思いや憤りはあっただろう。
だが、2人はそれをうまく御する方法を持っていた。
それが、最上級生としてのメンツなのか、それとも単なる性格の違いによるものなのか。
それは雄真には分からない。だが、少なくとも。
小百合がどれだけ辛い思いをしていたのかを、雄真は知っていた。
だからこそ。
「お前に教わった身体強化で、あいつをぶん殴ってきてやるから」
だから、安心して見てろ。
泣き崩れる小百合の答えは聞くことなく。
雄真は、その言葉を聞いて笑みを増す2人の後を追う。
――――彼の人生を左右する事になる、運命の一戦が始まった。
励みになります。
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Leica
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