「……決まった、よな」

『はい。回避されてはいないかと』

 雄真の自信の無さそうな質問に、クリスが即答する。

『但し、有効打になったかと問われると断言はできません』

「……だよな」

 クリスを構え直す。
目の前で立ち上る黒煙の中は見えない。

「春姫! 杏璃! 無事か!?」

 黒煙へ注視する目はそのままに、雄真は声をあげた。
視界の端、二ヵ所でそれぞれもぞりと身体を動かすのが見える。

 2人とも、何とか持ちこたえたようだった。

「っ、あいつ……好き勝手やりやがって」

『雄真さん、熱くなるのは駄目ですからね』

「……分かってる」

『……』

 ホントは、分かってないクセに。

 そう出かかった言葉を、クリスは静かに飲み込んだ。
仲間をこれほどまでにコケにされたのだ。
熱くならないはずがない。むしろ、これで熱くならないなら雄真じゃない。
それが分かる程度には、クリスは雄真と共に歩んできたつもりだった。

 未だに立ち上る黒煙の中が、どうなっているのかは分からない。
ClassA・ファイナスは確かに目黒竜也に直撃した。それを雄真もクリスも見ている。

 が。

 七賢人が一角、目黒竜也。
彼にどれ程の痛手を与えられたかまでは分からない。

 式守伊吹、神威信。
強大な2人を見てきたからこそ、雄真は分かる。
クリスも理解している。

 これが決定打には、成り得ないだろうと。

 彼らに油断は無かった。
いつ襲いかかてこようが、迎撃する体勢は取れていた。

 しかし、結論から言うならばそれでも甘かった。

 それでも。

 雄真たちへと傾きかけていた戦局は、一瞬にして引き戻された。

 変化は、一瞬だった。






Happiness story『小日向雄真と七校対抗魔法大会』

Magic42.解放






 突如黒煙から放たれたのは、黒い槍だった。
一本ではない。ありとあらゆる角度から射出されたそれは、瞬く間にフィールドを蹂躙した。

「ディ・ラティル・アム――っ!?」

 詠唱をする暇も無く、雄真・春姫・杏璃はその脅威に飲み込まれる。

「ぐあああああああああああああああっ!?」

 身体中から湧き上がる激痛に、雄真は叫び声をあげた。
周囲を確認する余裕などない。しても意味がない。視界は、真っ黒だった。

 数十m吹っ飛ばされた雄真は派手に草原を転がる。
しかし、呑気に草原に伏してはいられなかった。

「があっ!?」

 雄真の首が、草むらより伸びる影に掴まれた。

『っ!? まさか!?』

ずるりっ

 影が、雄真の身体を“持ち上げる”。

「くだらねぇことしやがって」

 影は地面からゆらりと姿を現すと、人の形となり竜也となった。
無抵抗のまま掴まれている雄真の足が、宙に浮く。

「このまま絞め殺してやろうか? あ?」

「っ、あっ、ぐっ」

 口をパクパクとさせるものの声は出ない。
竜也に締め上げられた喉は、空気を通さない。

「いいザマだな、小日向雄真」

 乱れた黒髪をもう片方の手で掻き揚げながら、竜也は言う。

「お前が悪いんだぜ? 愚民は愚民らしく分相応に生きなくちゃあよ」

「――――っ!!」

 雄真の口が再度開く。しかし、声は出ない。
それでも、その諦めの色が見えない眼光から何が言いたいのかを悟った竜也が顔をしかめる。

 竜也の腕が、不自然に揺らめいた。

「……調教が足りねぇよう――」

「はぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

ズバンッ!!!!

 竜也がセリフを言い終えるより先に、杏璃のパエリアがその身体を一閃した。
小気味の良い音と共に、パエリアが振り抜かれる。

「はぁっ!?」

 死角からの一撃。
何の反応も示さなかった竜也は、完全にその一撃を喰らっていた。

 それでも、驚愕したのは杏璃の方だった。



 竜也の上半身と下半身が、真っ二つに分かれていた。



「なっ、なん――」

「お前の方から来てくれるとはな。光の女、これで終わりだ」

 ――よせっ!!

 その言葉すら、雄真は声を出せなかった。

『ディ・ラティル・アムレスト!!』

バチィッ!!

「お」

 竜也の目が、軽く見開かれる。
主の命令を受ける事無く、クリスが反応した。

 即座に展開された障壁は、決して耐久値が高いわけではない。
けれども、竜也の行動を一瞬だけ遅らせることならできる。

 障壁によって弾かれた竜也の腕が、更なる攻撃を加える前に、
パエリアが杏璃の身体を強制的に竜也から引き離した。

「ご、ごめん、パエリア」

『闇雲に突進して敵う相手では御座いませんぞ』

「う、うん……。こほっ、こほっ!! け、けど、雄真が」

 杏璃は周囲に目を走らせながら呟いた。
春姫は直ぐに見つかった。ソプラノを投げ出し、草原に伏している。

「……春姫は、もう――」

『さっきの攻撃をまともに受けてしまっていたのなら、むしろ退場扱いになっていないことの方が……』

 パエリアは語尾を濁したが、杏璃にも言いたいことは分かっていた。



 いっそのこと、退場になっていた方が楽だったのに。



 杏璃自身も、そう思う。身体中が悲鳴をあげている。
パエリアを握る手も、自身の身体を支えている足も、もうガタガタだ。

 逃げ出してしまいたい。魔法は、こんな苦しいものなんかじゃない。
もっとあったかくて、楽しいものであるはずなのに。

「けほっ! で、でも……」

 それでも、逃げない。絶対に諦めない。

 だって約束したのだから。

『ご、ごめん……なさい』

 小百合の声が聞こえる。
涙ぐみ、嗚咽を漏らし、震える声で呟かれたその言葉が、反芻する。

 この試合は負けられない。

 瑞穂坂の優勝がかかっているから。

 それだけが理由じゃないのだ。

 雄真もそれをしっかりと自覚している。

 だからこそ。






 朦朧とする意識の中で。

 竜也に首を掴まれ宙に浮いている状態で。

 雄真は自身の身体から、じわじわとにじみ出てくる熱を感じていた。

 怒りからくるものではない。

 カッとなって形振り構わず突貫する、頭に血が昇る様な感覚ではない。

 竜也が何かをしゃべっている。

 しゃべっているのは分かるが、何を言っているのかは分からない。

 頭が、分かろうとしていない。

 もっと他の事に意識を割いているようで。

 経験したことのないような感覚だった。

 いや、正確に言えば似たような感覚は一度だけ味わったことがある。

 夏休みに起こった秘宝騒動。新橋恭介と戦った時のような、あの感覚。

 自身の身体の中心から、何かが溢れ出てくるような感覚。

どくんっ

 心臓が一際大きく脈動するのを感じた。

 喉を掴まれることで、満足な呼吸ができずに酸素が足りない。

 状況は何1つ好転していない。

 何1つ打つ手もない。

 それが朦朧とした雄真の頭の中で、焦りを生んでいた。

 身体の奥底から、熱く滾る何かが迫ってくる。

 じわじわと侵食されていくのを感じる。

どくんっ

 再び大きく脈動する心臓。

 酸素が足りない。本気で命の危険を感じた。

 しかし、対象的に身体は力の入らぬ人形のようだった。

 ゆっくりと視線を下へとずらす。

 そこに、せせら笑う竜也の顔が見えた。



 その瞬間、目は開けているにも関わらず視界が暗転した。



どくんっ

 雄真は、遠のく意識を自覚しながら、自身の首を掴む竜也の腕へと手を伸ばした。






「そろそろ終わらせるか」

 何の気なしに、竜也はポツリとそう呟いた。

 転移された先のフィールドで戦っている為、観客のリアクションがまるで分からない。
いつまでもいたぶっていると、審判団が乗り込んできそうだ。それは流石に面倒臭い。

 それに。

「もう飽きたしな」

 そこだった。
最初の方はいちいち反応してくる面々を軽くあしらう事で面白みを味わっていたのだが、
もういい加減反応が鈍く楽しくない。しかも、戦えないクセに立ち上がってくる。

 それははっきり言って面倒臭いだけだった。
せっかく竜也自身のできる最高難易度の身体強化を発現したのだが、あまり活躍する場面も無かったようだ。

 雄真を持ち上げている腕とは逆の拳に力を入れる。
ちょうどそのタイミングで、雄真も手を動かした。
だらりと垂れさがっていた手がゆらゆらと動き、竜也の腕を掴もうとする。

 ふわっ、と。

 竜也の腕の、掴まれた部分が闇に帰化した。
まるで実体のない腕だった。それでも雄真の首は掴まれたままだ。

 行き所を失った雄真の手が、虚しく空を切る。

「何してんだお前。最後の反逆のつもりか?」

 雄真は答えない。代わりに、雄真の手がもう一度竜也の腕を掴む。

「だから無駄だって――」



 掴んだ。



「……は?」

 呆けた声が、竜也の口から漏れる。

 目の前の事実に思考が追いつかないまま、側面から迫っていた雄真の膝が、竜也の左顔面を捉えた。

バキィィィィィィィィッ!!!!

「がっ!?」

 風の身体強化が発現していた。

 ミシミシと鈍い音を立てた後、踏ん張りが効かなくなった竜也の身体がはじけ飛ぶ。
竜也の手から解放された雄真が、軽い音を立てて地面へと着地した。

 無言で竜也の飛ばされた先を見据える。

『……ゆ、雄真、さん? ま、まさかこの感覚は』

 クリスが恐る恐る話し掛ける。が、雄真は答えない。

「エル・アムダルト・リ・エルス」

 呟くように詠唱する。

「が、はっ!! て、てめぇ、どこにそんな馬鹿力を……」

 遠くで、竜也が起き上がる。

「ファイン」

「は?」



ゴッ!!!!!



 雄真の周囲に、荒れ狂う“炎”が発現した。
その光景に、竜也が演技でも何でもなく、素で驚愕の表情を浮かべる。

「おいおいおいおいっ!!」

 叫ぶ。雄真が何をしているのか理解できない。そんな感じだ。

 ただ、それも当たり前の事であると言える。

 雄真が今詠唱したのは、火の身体強化発現呪文。別にそれ自体は珍しいものではない。

 問題なのは、そこじゃない。



 ――――――雄真は、既に風のフル・アーマーを纏っているのだ。



「狂ったか!? 魔法が暴走するぞ!!」

 竜也が叫んだ瞬間。雄真を包み込んだ炎を中心として、爆発が起こった。






 けたたましい轟音が起こった。
炎が四方八方へと舞い上がる。 モニター越しの観客席からも悲鳴が漏れた。
相当な規模の爆発だ。生身の人間ならば、普通に耐えられない。

「……馬鹿野郎が」

 竜也は、辛うじてその爆風を回避していた。
腕で顔を庇いながら前方を見据える。徐々に煙が消えていくところだった。

 その先にある光景を見て、竜也の顔が驚愕に染められた。

「………おいおい。ウソだろ」

 雄真は立っていた。

 爆発が起こったその中心部に。



 ――――――風と火の身体強化。その“両方”を纏って。



「う、嘘……だろ」

 竜也の声が僅かに震えている。
信じられないものを見ている顔つきだった。

「たかが数か月で………。
 身体強化に、複数の属性を混ぜることができるはずが……」

 本来、身体強化魔法自体は、ClassBに相当する技術である。
属性によって難度の差はあるものの、基本的には大学卒業時の魔法技能で扱えると思っていい。
その身体強化の全身版が、いわゆる『フル・アーマー』と呼ばれるものだ。
こちらはあくまで身体強化魔法の派生形であり、
日本魔法協議会が認定するオフィシャル・キーには該当しない為、Classの概念が無い。
なぜなら、身体強化も全身強化であるフル・アーマーも、同じ詠唱キーで発現するからだ。

 ただ、敢えてClassの難易度に合わせるなら、先に信が言った通りAクラスとなる。



 そして。今まさに雄真が纏っているのは。
 そのフル・アーマーの中でも更に上位の魔法技能。属性と属性の協調によって成り立つ超高難度魔法。



 融合ではない。協調。
火と風が混ざり合ったわけではないからだ。
そう。雄真の体には、火と風がひしめき合うように混在している。

 通称“属性協調”と呼ばれる技術を用いたフル・アーマーの進化版。
こちらは、同じフル・アーマーでも、Class難度で言えばSにすら匹敵するもの。
それもそのはず。属性単体のフル・アーマーですら天蓋魔法に匹敵するほどの難度を誇る。
それを2つ同時に発現し、かつ同じ身体に纏わせているのだ。
並大抵の魔法コントロールでは不可能。右を見ながら左にいる敵の動向を伺えと言っているようなものだ。

 それが今、雄真の体に発現している。

 全てを切り裂かんとする風が猛威を振るい。

 全てを焼き尽くさんとする炎が、陽炎の如く立ち上る。

 一般的な魔法使いなら、生涯に渡り到達し得ない領域。



 ――――――その領域に、雄真はわずか数か月で足を掛けてしまったことになる。



 風と炎が荒れ狂う中、雄真の視線がゆらりと竜也を捉えた。

 目が合う。 ざわっ

 竜也は、全身の毛穴が逆立つのを感じた。

「っ!?」

 違和感。
些細な変化を感じ取り、竜也が後ろへ振り返った時には。

「うおおおおおおおおっ!!!!」

 既に雄真はそこにいた。

「ちぃっ!?」

 竜也が、咄嗟にガードの体勢を取るべく両腕をクロスさせる。

 しかし。

「ぐっ!?」

「はっ!?」

 あろうことか雄真の拳は空を切り、そのまま見当違いの方向へと体ごと吹っ飛んだ。

ドゴォォォォォォォォォォンッ!!!!

 凄まじいスピードで、はるか遠方の草原に着弾する。

 激しく隆起する音が鳴り響き、地面へと抉りこんだ雄真は大量の土砂によってそのまま押しつぶされた。



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