会場は、沈黙に包まれていた。
「……」
誰もが言葉を失い、食い入るようにモニターを凝視している。
先ほどまでのシリアスな雰囲気は微塵も感じない。
ただ、誰もが何とコメントしていいか分からぬままに呆然としていた。
いきなり超高難度の魔法を発現させ、周囲の動揺を煽ったかと思えば。
対戦相手である竜也と一度も拳を交えることなく、一瞬で自爆。
明らかに、魔法コントロールができていなかった。
「……まさか、そんなはずは」
そんな中、呻くような声。
観客席の最前列を陣取っていた京帝高校。
その中央に坐す信は、顔を掌で隠しながらに俯いた。
「おいおい、冗談だろ。ありゃ属性協調じゃねぇか」
桜井誠が震える声でそう漏らす。信が無言で頷いた。
「属性強化、フル・アーマー、そして属性協調……。
あの男、底が見えないぞ。本当に魔法初心者なのか?」
「事実です。夏休み、私とお兄様が瑞穂坂で初めてお会いした時には……、
確かに魔法を始めてから2ヶ月弱と」
三井良平の質問に、空が抑揚のない声で淡々と答えた。
「し、信じられません」
向井正春が頭をぶんぶんと振る。
「ふ、普通に考えてありえないです。
魔法を手にして3ヶ月足らずの人間が、ClassSの魔法を発現するなんて」
「……」
白は正春の声を聞きながら、隣に座る信へと目を向けた。
「どう思われますか、信様」
「……どうも何も」
未だ埋もれた地面から姿を現さぬ雄真をモニター越しに見つめながら、信が口を開く。
「俺たちと戦った時。あの時は、確かにあれが奴の全力だったはずだ。
実力を隠しているようには見えなかった」
「第一、あの大一番で奥の手を温存しておく意味は無いしな」
雄真・春姫vs信・白の一戦は、その後の流れを左右する一戦だった。
それが分かっていたからこそ、誠は信の言葉に深く頷く。
「……戦いの中で、進化しているということですか?」
「そうとしか考えられん。しかし……、だとしたら……」
空からの質問に、信は答えに詰まった。
しかし、紡がれなかった言葉が何を指しているのか。
聞かずとも、ここに集まる京帝の面々は理解してしまっていた。
Happiness story『小日向雄真と七校対抗魔法大会』
Magic43.属性協調と属性同調
「信哉」
「誓って、何もしておりません」
伊吹からの短い非難の言葉を、信哉は全力で否定した。
選手控室。
雄真たちを見送った後、そのままここへ居座っていた瑞穂坂メンバーの沈黙を破ったのは伊吹と信哉だった。
「だが、確かにあれは属性協調だ。コントロールこそできてはいないが、完全に発現されている」
「雄真殿は、あれから朝までは目を覚ましておりませぬ」
「……」
信哉の発言に、伊吹が押し黙る。
「小日向君、火のフル・アーマーが使えるようになったのって、ダブルスの神威戦からでしょ?」
「そのはずだったね」
静香の質問に幸平が頷く。
「あれも身体に慣らすまでの間、一苦労していたはずだ。
次の日のバルーンクラッシュには、平然と使っていたけどね」
「……無茶苦茶ね」
幸平の苦笑交じりの発言に、小百合は頭を抱えそうになった。
つい最近まで身体強化を教えていた人間とは思えない。
気が付いたらあっという間に先を越されていた。
それも、もはや自分が辿りつけるかも分からない領域まで踏み入れているのだ。
小百合の感情は、既に悔しいを通り越して呆れの境地に至っていた。
「……流石にこれは驚きなんですけど」
瑞穂坂選手の少し後ろで試合経過を見守っていた陽菜が呟く。
「鈴莉さん、教えてたんですか? 協調魔法」
「馬鹿言わないで」
鈴莉は有無を言わさぬ声で切り捨てた。
「ただでさえ不安定な今の雄真くんに、あんな技教えるわけないでしょ。
それに、使える事を知っていたら試合前に禁止令をしいていたわよ」
「……ですよね」
「式守さん、雄真くんのあれ」
陽菜を余所に、鈴莉は無言でモニターを見つめる伊吹に声を掛ける。
伊吹は一瞬だけ、ちらっと鈴莉の方へと視線を向けた後、直ぐにモニターへと目を戻した。
そして言いずらそうに口を開く。
「確かに、昨日あ奴は信哉に属性協調の特訓を受けていた」
「ちょっと、雄真くんに無理はさせるなって言っておいたでしょう」
「こちらも最初は反対した。が、あ奴がどうにも折れなくてな」
陽菜の非難を伊吹が払いのける。
「で、結果は?」
「御薙鈴莉、そなたの察しの通りだろう」
「完成はしなかったわけね」
伊吹は振り返る事無く頷いた。
「強引に止めさせた。できるようにはなっていなかったはずだ。……あの時はな」
「それからは直ぐに寝室でお休みいただきました故」
「……」
沙耶の一言で、伊吹たちが下した処置の方法に見当が付いた鈴莉は、大きなため息を吐いた。
ようは物理的に眠らせたのだ。
沙耶と信哉が申し訳無さそうな顔色で頭を下げたのを見て、鈴莉はそれを確信した。
「杏璃ちゃん、杏璃ちゃん」
ゆさゆさと身体を揺すぶられる。
その不快感に杏璃はゆっくりと目を開いた。
「……は、春姫? なに……って、痛っ!?」
びくんと身体が振える。
ぼんやりとした頭に、突き刺さるような激痛が走った。
それで現状を悟る。
「っ、ゆ、雄真はっ」
「多分、無事だと思う。凄く濃密な魔力を纏った身体強化だったから……」
ガシャンッ!!
ガラスが割れたような音が響く。
春姫と杏璃を守るように展開されていた障壁が、砕け散った音だった。
「あ……、春姫、もしかして」
「ごめんね、間に合わなくて。
雄真くんの身体強化で杏璃ちゃんが吹き飛ばされたのを見て飛び出したんだけど。
……ちょっと遅かったね」
その言葉で自分が意識を失っていたことを知った杏璃が、首を振る。
「うぅん、助かったわ。ありがと、春姫」
足元を見てみれば、春姫の張っていた障壁の線を境とした向こう側は、
雄真の風と火の魔法によって荒野と化していた。
草木は切り裂かれ、燃やし焦がされ、抉られ、吹き飛ばされ、完全な荒地となっている。
「余波だけでこれ。正面から戦ったら、もう私の障壁じゃ敵わないかな」
えへへと弱々しい笑みを浮かべながら春姫が笑う。
その寂しそうな笑みに、杏璃は顔をしかめた。
「……じゃあ、もう私たちの出番は終わりかしら」
ふてくされたように言う。
結局、大した活躍もできなかった。
3人のうち1人は撃破したが、もう1人は竜也がやってしまった。
そして残っているのはその竜也本人のみ。
雄真が更なる成長を遂げ足元にも及ばなくなってしまった今、自分がどうこうできるとは思えない。
ここからの戦いは、自分たちが手を出せる領域ではなくなってしまったということだ。
しかし。
「それは違うよ、杏璃ちゃん」
春姫は杏璃の考えを否定した。
「雄真くんは言ってくれた。『これが俺“たち”の最後の試合になる』って。
一緒に戦うって言ってくれた。だから、まだ私も戦う。戦える」
「春姫、それは……」
それは、雄真が更なる成長を遂げる前の話でしょ。
そんな言葉を、杏璃は口に出す事無く飲み込んだ。
春姫が、泣いていたから。
「春、姫……」
「ま、まだ……一緒、に。……戦えるんだもん」
痛む身体を抑え込むように。震え絞り出すような声で、春姫は言う。
本当はもう力になれないと分かっている悔しさ。
協力どころか、自身を守る事で精一杯という現状へのやるせなさ。
雄真1人、先へと進んでいってしまう寂しさ。
その全てと、春姫は戦っているのだ。
何て声をかけたらいいのか、杏璃には分からなかった。
この春姫が感じている今の感情を、杏璃は知っている。
それは、いつも自分が感じている劣等感。
入学当初から、他でもない春姫に与えられた負の感情。
初めて勝てないと思った相手。けれど、それを認めてしまえば自分が自分ではなくなってしまう。
だからこそ、必死に否定しようとした。がむしゃらに挑み続けた。
結果は変わらない。勝てる見込みなんてない。それでも挑み続けなければ、全てを失ってしまいそうで。
それを、“あの”春姫が味わっている。
“瑞穂坂の才媛”が。
それよりも遥か高みにいる相手と出会ってしまった。
「っ」
杏璃は、声を出そうとして、声が出せないことに気付いた。
何て言えばいい。
何て言葉を掛ければいいのだ。
今まで自分が感じてきた負の感情。
自分ですら克服できていない恨めしいその感情。
目を逸らしてきただけ。逸らしてきただけなのだ。
ただ、がむしゃらに挑んで。がむしゃらに自分を信じていただけ。
そんな自分に、いったい何が――。
「あ」
そこで、杏璃の思考が止まった。
「う……ひっく。うぐ……うぅ」
必死に嗚咽を飲み込もうと下唇を噛み締めるその動作は、大して役に立たなかった。
双眸からは涙が止まらず、春姫はそれでも歯を喰いしばる。
ぼろぼろと零れ落ちる涙を拭おうとしたとき、春姫の膝の上から杏璃がのそりと頭をあげた。
「あ、杏璃ちゃん。まだ、動か、動かない方が……」
しゃくりをあげながらも、春姫が言う。
杏璃は悲鳴をあげる身体を力づくで黙らせながら、春姫の方へと振り返った。
「まだ、戦えるんでしょ。なら私も混ぜなさいよ」
「っ!?」
春姫の目が見開かれる。
その反応を見た杏璃は、やはり春姫は心の奥底ではもう諦めていたのだと悟った。
「何て顔してんのよ。アンタが言い出したのよ? まだやれるって」
パエリアを拾い上げながら、杏璃が立ち上がる。
その足は、震えていた。
「あ、杏璃、ちゃん」
「立ちなさいよ」
「え」
「立ちなさいっつってんのよ!!」
「っ!?」
いきなりの咆哮に、春姫がびくりと肩を震わせる。
そうだ、簡単な事だったのだ。
痛みに、悔しさに、悲しさに震える春姫を見据えながら、杏璃は思う。
「信じなさい」
「……え?」
諦めてしまったら、そこで終わりだから。
「雄真を、信じなさい」
足を止めてしまったら、そこで終わりだから。
「私を、信じなさい」
だから。
「自分を、信じなさいっ!! 私たちはっ!!」
杏璃は一際大きく、息を吸い込んで。
――――仲間でしょうが!!!!
がらっ
瓦礫が崩れる音が聞こえる。
その音の発信源に、竜也はじろりと目線を向けた。
大量の土砂は、今なおそれを生み出した張本人を埋め尽くしている。
大きく抉れたクレーターは、未だ土に埋もれたままだ。
しかし。
しゅ―――――っ
砂煙ではない。何か、別のもの。
湯気のような煙が、まるで何かが焼けるような匂いと共に立ち上っている。
「さっきは、油断した」
姿を見せぬ相手を前に、竜也が呟く。
「そーだ、油断してたんだ。そうとしか考えられねぇ」
自分を納得させるように何度も頷く。
「属性協調、確かに見事なもんだ。その領域にたどり着ける蝿は少ねぇ」
こきりと、首を鳴らす。
「だが、ここまでだ。お前はそれをコントロールできねぇ。
それに、今俺が発現している身体強化は――」
瞬間。
ひゅおっ
竜也の耳元で、風を切る音が聞こえた。
直後。
ドゴォォォォォォォォンッ!!!!
再びフィールドの一部が爆発した。
「何っ!?」
竜也が驚いて振り返る。
そこには、新しく出来たクレーターから這い出る雄真の姿があった。
完全に不意を突かれた。
竜也の体に冷や汗が伝う。反応できなかった。
注意していたにも関わらず。
その事実に、竜也は自身の感情がざわつくの感じた。
「ちっ」
舌打ち1つ。
それと同時に、竜也の身体がまるで実体を無くしてしまったかのように“ぼやけた”。
属性同調。
雄真の発現した属性協調と同レベルの超高難度魔法。
属性協調が、2つの属性の同時発現という並列作業の極みに難度をおくのに対して。
属性同調とは、1つの属性の熟練度を限りなく極めることに難度をおく。
属性同調とは、属性と同調するということ。属性との一体化を意味する。
すなわち。
「俺は、闇だ」
風によって揺らめく拳を握りしめながら、竜也が呟く。
「俺に実体はねぇ。どれだけ早く来ようが、どれだけ強く来ようが関係ねぇ。
お前に、俺は倒せない」
クレーターの外へと登り終えた雄真を見据えながら、竜也は嗤う。
「お前が悪いんだぜ? お前が俺を本気にさせたんだ」
片や闇。
片や風と火。
属性を完全に手なずけた両者が遠方から睨み合う。
竜也は気付いていない。
なぜ、属性同調をした自分が先ほど蹴り飛ばされたのかを。
竜也は気付いていない。
なぜ、絶対的優位に立っていると自分へ必死に言い聞かせているのかを。
竜也は気付いていない。
なぜ、自分が根源的な恐怖を目の前の男から感じているのかを。
竜也は気付こうとしていない。
目の前の脅威から、目を逸らそうとしている自分自身を。
――――戦いは、最終局面を迎える。
励みになります。
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