C会場。
七校対抗魔法大会において使用される中で、もっとも広大な敷地を持つ会場だ。
その会場が今、大音量の声援によって震えていた。
瑞穂坂学園vs京帝高校。
前年メンバーの半数以上を入れ替えてきた新生、瑞穂坂。
神威信入学後負け知らずで3連覇を狙う、京帝。
接戦を繰り広げた両校にとって。
この試合結果は直接優勝校決定の要因に直結する。
七校対抗魔法大会。ダブルス決勝戦。
上条信哉・上条沙耶vs神威信・児玉白。
両チームはフィールド中央にて対峙し、今まさに激闘の火蓋が切って落とされようとしていた。
Happiness story「小日向雄真と七校対抗魔法大会」
Magic47.頂上決戦!! 上条信哉&上条沙耶vs神威信&児玉白!!
「心地の良い声援だ」
対峙する信哉・沙耶から視線を外し、自身を囲う観客席を見渡しながら信が口を開く。
「久しく聞いていなかった声色だ。
そして、同じく久しく感じていなかったこの高揚感。
素晴らしいものだな。雄真には、礼を言わねばなるまい」
「神威信殿。敵を前にして、随分と余裕があるように見受けられる」
「余裕など、無いさ」
信哉からの指摘を受けて、信は視線をもとに戻す。
「先の試合にて七賢人の絶対性は薄れた。
民に、もしやという気持ちが芽生えた。
それが今、この空間を作り出している。
余裕など持てるはずがないだろう?」
「その割には落ち着いているように見えますね」
沙耶が信哉の横で口を開く。
信は苦笑した。が、直ぐに真顔になる。
その雰囲気の違いを感じ取ったのか、信哉と沙耶も表情を引き締めた。
「小日向雄真は、良くも悪くも歴史を変えた」
ぽつりと呟かれたその言葉。
大声援が包み込むこの会場で。
その呟きなどは無にも等しい音量だったのにも関わらず。
信哉と沙耶の耳には不思議と強く響いた。
「MoL・御薙鈴莉の血縁とはいえ、魔法界にそれほど名の浸透していない者が七賢人の一角を落としたのだ。
今年の権議会が荒れる事は必至だな。中々に愉快な年末を迎えられそうではあるが……。
まぁ、それは今は良い」
どくんっ
「っ!?」
信哉と、沙耶だけではない。
信の隣に控えていた、信の従者である筈の白ですら息を呑むほどの威圧感が、信の体から発せられた。
「七賢人たる俺に託された役目はただ1つ。
その崩れつつある認識を、今一度立て直す事にある」
その言葉は、周りにいる全ての人間の心を根元から圧し折っていくほどの魔力と共に。
その圧倒的な威圧感に、一瞬にして会場が静まり返る。
信は構わず続けた。
「悪く思うな、式守の従者よ。この戦い、勝ちは俺たち京帝が頂く」
敵は、遥か怪物。
同じ人間である事を疑いたくなるほどの魔力を前に、相対する信哉は――――。
笑っていた。
信が、その予想外の反応に眉をピクリと動かした。
今度は、信哉が口を開く番だった。
「本来の我々の立場を考えれば、ここは引く場面であろう。
神威信殿は我が主・伊吹様と同じく選ばれし7つの名家が一。
先の雄真殿の戦いで揺らぐ七賢人の立場を考えれば……。
この戦いは、間接的にではあるが式守家にも影響を及ぼすものだ。だが」
信哉は一度言葉を切り、
「今、我々がここに立っているのは、瑞穂坂学園から選ばれし選手だからである。
そこにそのような作法を用いては、送り出してくれた皆に失礼であろう」
「……つまり?」
信が、先を促す。言われなくても分かっている、その宣言を。
信哉は、躊躇いなく発した。
「神威信殿。失礼を承知で申し上げる。今日、貴殿を。この場にて斬り捨てさせてもらおう」
面白い、と主は言った。
白は、信哉から発せられた勝利宣言には一言も口を挟まなかった。
前の試合にて、小日向雄真の勝利宣言には相当噛み付いていたにも関わらず、だ。
挟めなかったのではない。挟まなかったのだ。
信哉から発せられた言葉は、無礼なんかではない。
白の心の中で、そのように結論づけられた。
なぜなら、そこには確かに自身の主への忠誠心があるから。
同じ従者であるからこそ、分かる。
自身の主と同列である人間に対して啖呵を切る、その度胸の凄さが。
主の立場と願い。
どちらを優先させるべきかを瞬時に考える、その判断の難しさが。
白が抱いた想いは、純粋なる敬意。
だからこそ、思う。
斬り捨てなどさせはしない。できるはずがない、と。
なぜなら。
神威信の従者はこの私なのだから、と。
試合開始は直前に迫っていた。
先ほどの信の威圧により、会場は今なお静寂に包まれている。
極限までに張り詰められたその緊張は、少しでも触れれば爆発しかねない空気を醸し出していた。
その中で。
信と竜也を除く七賢人次期当主たち、その全てが会場の一角に集結していた。
ぱちん ぱちん ぱちん
乾いた、規則的な音が響く。
渚が持て余した手で扇子を鳴らしているのだ。
彼らの一帯は、人ごみがぽっかりと空いている。
満員御礼の会場であるにも関わらず、その付近だけには人が立ち寄らない。
恐れ多いからではない。
もちろん、普段でもそういった理由で近付かれはしないだろうが。
威圧感。それも、異質の。
信のように意図的に放出されたわけではないそれは、人を畏怖するために放たれているわけではない。
そもそも、彼らはそれを放っている自覚すらない。
もしかしたら、本当は放っていないのかもしれない。
それでも。
少し離れたところにいる観客の誰しもが、それを自身の身を以て感じていた。
次元が違いすぎる。
周囲の凡人たちでは、生涯に渡り足を掛ける事が出来ぬ領域に5人は立っていた。
しばらく沈黙を保っていた彼らだったが、舞が口を開いた。
「皆さんは、どちらに軍配が上がるとお思いですか?」
「神威信さんね」
「しんしんさんでしょ」
「お兄様です」
渚・咲夜・空が即答する。
無回答は伊吹と鉄平。咲夜が首を傾げた。
「あれれ? もしかしていぶいぶ、従者の2人が勝つとでも思ってるの?」
「……さてな。少なくとも、従者の技量を信じる事も主の務めだ。
曖昧な予測で結論を出す気は毛頭ないわ」
「そういった考え方ができるように“なってしまった”のも、小日向雄真様の影響でしょうね」
伊吹の発言に、渚がどうしたものかとため息を吐く。
やたらと艶のあるその吐息に、舞はぷるっと肩を震わせた。
「あとなぎなぎさんだよねー、ぎりぎりっ! 綱渡り!!」
ばちんっ
咲夜の傷口へ抉りこむ容赦ない言葉に、渚の扇子が少しだけおかしい音を出した。
その音に舞が再度肩を震わせる。
予想だにしなかった険悪なムードを瓦解しようと、舞はきょろきょろと目線を動かした挙句、
不動のもう一人の無解答者に目を向けた。
「の、乃木先輩はどうお考えですか?」
「愚問だ」
舞の心情など露知らず。
鉄平はフィールドから目を離す事無く口にした。
「元よりあの男に、敗北と言う2文字は無い」
試合開始を告げるブザーは、大歓声によって1秒も立たずに掻き消された。
しかしフィールドを揺るがす声援ですら、もはや4人には届かない。
ブザーが鳴るのとほぼ同時。
相対する4人のうち、2人の姿が“消えた”。
ドォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!!
爆音が鳴り響く。
何かが爆発したわけじゃない。大魔法が発動したわけでもない。
「神威家従者・児玉白と申します」
「式守家従者・上条信哉と申す」
ただ単純に、2つの得物が交わっただけ。
信は『風神雷神』を。
白は『ロッド』を。
互いの得物に打ち付けただけで、衝撃波が拡散した。
「先ほどの啖呵に見合うだけの動きに期待します」
「試してみるがいい」
挑発と挑発。
僅かに目を細めた白が先に動いた。
「『舞踏』!!」
カッという閃光と共に、白の体に光の身体強化が纏われる。
白はそれが体に馴染んだ事を確認するよりも先に、自身の脚を信哉の顎へと振り上げた。
が。
「『疾風の型』!!」
同じく身体強化、こちらは風の付加能力を纏った信哉には当たらなかった。
残像が残る程の素早さで顔を逸らした信哉は、真正面から迫りくる足を躱しつつ風神雷神を振るう。
パァァァァァァァンッ!!!!
それを、白のもう片方の足が払いのけた。
跳躍により軸足を防御に割いた白は、くるりと宙で回転すると人差し指を信哉の眼前に突きつける。
「むっ」
信哉が後方へと跳躍する。
その動作から一瞬遅れて放たれた光の魔法球は、風神雷神によって斬り捨てられた。
両者がそれぞれの間合いから、一瞬外れる。
そのタイミングを見計らって、白の後方から声が上がった。
「さて、始めるか」
にやり、と信が笑う。
突撃しようと地面を蹴った信哉だったが、その動きを白に止められた。
再び得物が交じり合う。
今度は一度きりではない。
互いが互いの死角を狙い、容赦のない斬り結びが行われる。
「オン・メイクス・ラン・ファイナス」
「幻想詩・第一楽章」
その一進一退の攻防の影で、後衛の術者が動き出す。
信の詠唱と沙耶の詠唱が始まった。
「アルカディア」
「混迷の森!!」
魔法は、同時に発現した。
信が発現したるは、天蓋魔法。その光景を捉えて沙耶は直感する。
(……あれは)
間違いない。小日向雄真を退場に追いやった、信の必殺の魔法陣。
雄真が愛用するClassAの高等魔法、火属性・ファイナス。
信が発現させた魔法陣は、それと同等の威力を持つ魔法球を無限に放出し続ける凶悪なものだ。
だが、沙耶の表情は揺らがなかった。
前衛が目にも留まらぬスピードで斬り結んでいる中。
それを挟んで対極に控える沙耶の表情を見て、信が笑みを深くする。
「良い覚悟だ」
同時に、手を振り下ろした。
比喩ではなく、天がオレンジ色に染まる。
遥か上空に浮かび上がった魔法陣からは、数えきれぬ程の『ファイナス』が射出された。
「捌ききれるか!? 式守の従者よ!!」
信が叫ぶ。
魔法球の軍勢は沙耶だけではなく、近接戦を行う前衛2人の身にも迫っていた。
フィールド一帯を襲う魔法球。
本来ならば自身と信哉の身さえ守れれば、後の魔法球がどのような軌跡を描こうが関係ない。
だが、沙耶はそれでは“流れ”を奪われると直感した。
キュンッ キュンキュンッ キュンキュンッ キュンッ キュンキュンッ!!
混迷の森の作動範囲を限界まで引き延ばす。
結果。不可視の障壁がフィールド上空を覆い込み、着弾する魔法球を片っ端から異次元へと放り捨てた。
「ほう?」
信が、純粋に感心して声を漏らす。
完全なる無効化。沙耶の魔法により、信の魔法球その全ては地上に何ら影響を及ぼさなかった。
「風神の太刀ぃっ!!!!」
「くぅっ!?」
パァァァァァァァァンッ!!
信の攻撃が無効化された事に驚愕した白の体が、ほんの一瞬だけ硬直する。
その一瞬を見逃す信哉ではない。ご丁寧に“タメ”の動作を用いつつ、風神の太刀を放ち白を弾く。
その行く末を確認する事もせずに、風の身体強化を纏った足で地面を蹴りあげた。
ほんの一瞬だった。
息を呑む暇すら与えずに、信哉が信に肉薄する。
「貰った!!」
「ふ……」
ガカッ ガガガガガガガガガガガッ!!
風神雷神の太刀筋が、信の体を捉える事は無かった。
その直前。何か見えない壁によって阻まれているような状態となる。
信が放出する、無属性の魔力との拮抗。“インビジブル・アーマー”だ。
そして。
「1対1で白を抑え、ここまで来たのは褒めてやる」
不可視の障壁と拮抗する信哉を見据えながら、信が掌をかざす。
「だが、“まだ”早いんじゃないか」
「っ!? 風神の――」
「“インビジブル・バレット”」
ベコォォォォォォォォンッ!!!!!!
フィールドが、“陥没した”。
抉れたどころの話ではない。
信の一撃で地表は一瞬にして地中深くまで掘り下げられた。
が。
「お?」
「ぬああああああああああああああああっ!!!!!!」
信哉は、倒れない。
疾風の型により風のフル・アーマーを纏った信哉。
その付加能力は風神雷神にも及ぶ。
それが信哉の窮地を救った。
そして。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
「むっ!?」
ちょっとした、違和感。
豊富な実戦経験を持つ信だから感づいた、違い。
信は、自身の絶対防御とも言える無属性のフル・アーマーを纏っているにも関わらず、
その両の腕をクロスさせる事で自身の体の防御を図った。
ズパァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!!
今度は“タメ”を一切用いぬ風神の太刀が飛び出した。
そう。信哉は疾風の型使用時において、風神の太刀に予備動作を必要としない。
少しでも反応が遅れていたら、まずかったかもしれない。
自身の前方にフル・アーマーの魔力を集中していたからこそ、防げた一撃。
受け止めた反動によって、信は後方へと吹き飛ばされた。
「ちぃ……ん?」
空中で体勢を整えようと一回転したところで、信が怪訝な顔を作る。
信哉が、信を追って来ないのだ。
そのまま全く違う場所へと走り出していた。
「幻想詩・第5楽章」
しかし、その疑問は直ぐに氷解する事になる。
「天空の流星!!」
沙耶の詠唱により、術式の準備が完了する。
信の天蓋魔法よりさらに上空。
C会場全域を射程範囲に据えた沙耶の大規模魔法が発動した。
それは。天を覆い尽くすほどの、星々の輝き。
「……おいおい、こいつは……」
信哉は、カウンターを恐れて追うのを諦めたわけじゃない。
追う必要が無いと判断したのだ。
信が思わず苦笑いになる。
同時に、両手を天に掲げた。
その動きに呼応するかのように、スタンバイ状態になっていた信の天蓋魔法の向きが、180度回転する。
すなわち、沙耶の大規模魔法陣が展開する上空へと。
「お手並み拝見させて頂きます!! 神威家次期当主殿!!」
「来い!!」
先ほどとは、真逆の位置関係。
沙耶の挑発に、今度は信が真っ向から立ちはだかった。
後衛の魔法戦は、遥か上空で再開された。
天空より降り注ぐ沙耶の流星群。
対するは、上空に向けて迎撃体勢の信の天蓋魔法。
「ああああああああああ!!!!!!」
「はあああああああああ!!!!!!」
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!!!!!!!
観客席から、悲鳴が上がる。
まるで空で大爆発が起きたかのような轟音と閃光。そして衝撃。
手数は、圧倒的に沙耶の方が上。
ただ、一発一発の威力はやはり信に分があるようだった。
天空から落ちてくる眩い星の矢は、信の魔法球によって次々と食われていく。
だが、数と威力のそれぞれのバランスによって空中戦は拮抗していた。
「空を見上げ、敵から目を離しっぱなしとは!!
随分と余裕ですね、式守の後衛さん!!」
そこへ異分子が紛れ込む。
白は退場になったわけでも手傷を負わされたわけでもない。
瞬く間に沙耶との距離を詰めた白が、ロッドを沙耶へと振りかぶる。
が、沙耶はそちらを見向きもしない。
「上空で手一杯、気付けもしませんか!? 終わりですっ!!」
「後ろががら空きだぞ!! 児玉白殿!!」
「うっ!?」
頼れる兄が前衛を張っているのだ。
そちらに視線を向ける必要など、無い。
白が半回転しながら信哉の風神雷神を弾く。
そう。信哉が信を深追いしなかった本当の理由は、ここ。
沙耶を守る。
それは、信哉にとっては大前提の事項だ。
ちらりと上空の空中魔法戦を見て、信哉が叫ぶ。
「こちらも少々ペースを上げるが、構わぬな!?」
「望むところです!!」
強襲を防いだ反動で沙耶から遠ざけられた白が、応じるように叫んだ。
再び2人の得物が幾重にも交じり合う。
その2人の頭上。
上空で弾け合う星の矢と火の弾は、地上を揺るがさんばかりの威力でお互いを破壊し合う。
そして。
――――その拮抗は唐突に終わりを告げた。
沙耶が手を振るった瞬間。
天から舞い降りし星の矢の軍勢は、突如その軌道を変える。
「むっ!?」
その光景に信が反応する。
が、遅い。
沙耶の操りし流星群は、
信の魔法球が迎撃する軌道を迂回するルートを辿り、そのままフィールドへと着弾した。
ズドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!!!!!!
今度は、陥没したどころの話ではない。
悪夢のような光景だった。
信の魔法球に比べれば威力が劣るとは言え、これも立派な攻撃魔法。
着弾する星の矢の軍勢は、次々に地面を破壊し、隆起させ、粉々に砕いていく。
信の魔法球は上空へ向けて射出されている為、地上にいる4人に影響は出ない。
逃げではない。これも1つの戦術。
沙耶は自身の思考を切り替えて、空中での遠距離魔法戦を強引に打ち切った。
それを、信は高く評価した。
最初の対・天蓋魔法では、沙耶はその全てを無効化する手段を取った。
それは、信の仕掛けてきた勝負に正々堂々受けて立った証明だ。
だからこそ、信はこの遠距離魔法戦においても沙耶は乗ってくるだろうと半ば確信していた。
しかし結果は違った。
沙耶は自身の手数・威力では信の天蓋魔法を突破できないと分析。
即座に戦術を切り替えた。
自分に勝算のある勝負には乗る。
自分の勝利に確信が出来ぬ時は、素直に引く。
自身の実力を把握した上での、その場その場での最適な判断能力。
そして、その自身が下した判断を忠実に実行できる、その魔法技能。
「ははっ」
信の口から、思わず笑いが漏れる。
自身の体をフル・アーマーによってガードしながら、前衛の近接戦に目をやる。
白も、予想以上に苦戦しているようだった。
伊吹の従者。Class未所持の、未知数の魔法使い。
面白い。
信は、素直にそう思った。
励みになります。
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Leica
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