上条沙耶の魔力容量は、お世辞にも多いとは言えない。
天賦の才に恵まれた七賢人や小日向雄真、
それには及ばないとはいえ強力な魔力を有する神坂春姫や柊杏璃とは比べるべくもない。
突き放した言い方をするならば、彼女は平凡である。
悪いわけでは無いが、良いわけでも無い。どこにでもいる魔法使いの1人。
七賢人次期当主・神威信。
今大会最強とも謳われる彼に喰らいつける理由。
信念。根性。もちろん、そういった事情も無いわけではない。
が。もっと現実的な話で言うのならば。
音楽を基盤とし、魔法発現スピードに特化した沙耶の魔法。
それが信との魔法戦闘を可能とした。
長い詠唱を用いない、効率の良い魔法発現。
信とやり合うだけの魔法を発現する為には、本来ならばもっと複雑かつ長い詠唱式を構築する必要がある。
それが、非凡と平凡との違い。
沙耶の特異な魔法スタイルが、その垣根を取り払った。
スタート地点から同じフィールドにすら立てぬ平凡な魔法使いの土俵から、一歩踏み出た沙耶。
しかし、だからといって接戦できるかと言われればそうではない。
沙耶は、攻撃魔法が苦手だ。
彼女が今まで使用していた攻撃魔法は、『幻想詩第3楽章・天命の矢』のみ。
一本の矢に魔力を凝縮して打ち抜く、唯一の攻撃魔法。
一本しか作り出せなかったのではない。
沙耶の魔力容量や攻撃魔法の不得意さを考慮すると、
ある程度の長期戦を視野に入れた上で、まともに相手を打ち抜く程の攻撃力を与える為には、一本が限界だった。
これが、限界だと思っていたのだ。
夏休み。あの事件が起こるまでは――――。
Happiness story「小日向雄真と七校対抗魔法大会」
Magic48.幻想詩・第5楽章『天空の流星』
天より降り注ぐ星々の矢が、フィールドを蹂躙していた。
幻想詩・第5楽章『天空の流星』。
沙耶は、自身の攻撃魔法の苦手さを克服したわけではない。
そもそもそれは克服できるものではない。
本来、彼女は防御魔法や補佐魔法に特化した魔法使いだ。
攻撃魔法『天命の矢』生成の為には、自身の魔力容量とその攻撃力を保つ為に一本の矢にせざるを得なかった。
ならば、それを捨てればいい。
天空の流星は、数こそ膨大なものの一本毎の攻撃力は微々たるものだ。
おそらく、障壁1枚あれば何十本も防げるだろう。
神威信に至っては片手で防げるかもしれない。
その攻撃力を底上げする要素。沙耶はそれを自然現象から貰い受けた。
すなわち、重力。
遥か天空より降り注ぐ星々の矢は、重力による落下速度をその身に纏い攻撃力を増す。
例えばビルの屋上から10円玉を落とせば、人を傷つける凶器になるように。
上空から下へ向けて射出される数多の矢は、
その落下速度によって天命の矢に勝るとも劣らない力を手にしていた。
それが今、フィールドを蹂躙している。
「面白い」
信の口から、自然とその言葉が漏れ出た。前方へと目をやる。
そこには身体強化を身に纏い、ワンドとロッドを振りかぶる2人の姿があった。
上空から数えきれぬ程の矢が着弾しているにも関わらず、2人は一切空に目を向けない。
余計な場所に思考を割かれれば、一瞬で勝敗が決してしまう事をお互いが理解しているからだ。
彼らは音や魔力の揺らぎから、襲い来る矢を的確に感知し適切な回避行動を取る。
必要最低限の意識と動作でそれをこなし、残る全精力を前方の相手に叩きつける。
前衛といい後衛といい。
もはや一介の高校生が行える剣術・魔法術式のレベルを遥かに超えている。
いや、大袈裟ではなく大学・社会人でもこの域に達する人間は一握りだろう。
「はぁぁっ!!」
「せやぁっ!!」
パァァァァァァァァァンッ!!!!
2人の間合いが再び開く。
「やるな、児玉白殿」
「そちらこそ。洗練された剣術、感服致しました」
得物を構えたまま。
一切の緊張を解かぬまま、お互い笑みを濃くする。
白が一度息を吸い込んだ。それが、信哉の突撃の合図となった。
ギィィィィィィィィンッ!!!!
一瞬にして2人の間合いが0になる。
「息を吐く暇までは与えん」
「そうですか、残念です」
ドカッ!!!!
「ぐっ!?」
白はくるりとダンスを踊るように回転しながら、遠心力を得た右足で信哉を蹴り飛ばした。
「貴方なら、この術式を使っても構わないでしょう」
「――つぅ、何、だと?」
身体強化を纏った足蹴りの威力は、伊達ではない。
同じく身体強化を纏っていても全てを相殺できるわけではない。
信哉がよろめく一瞬の隙を使い、白の術式が発動した。
「『舞踏・光(ぶとう・こう)』!!」
カッ!!!!
「むううっ!?」
凄まじい閃光が、信哉の視界を奪う。
まるで目の前でフラッシュを焚かれたその衝撃に、信哉の足元がふらついた。
「いつまで目を瞑っているのです!? 討ってしまいますよ!!」
「っ!? ちぃっ!!」
声の発信源を耳で察知し、聴覚のみを頼りに白の場所を特定する。
腕は長年の修行の賜物か、ほぼ条件反射のように無意識の内に動いた。
ギィィィィィィィィィンッ
「へえっ!! よくぞ防ぎましたね!!」
「くっ、不覚!!」
その衝撃に、信哉が思わず目を開く。
視界の先では、白が二撃目を構えているところだった。咄嗟に風神雷神をガードに回す。
しかし、その行動は失敗だった。
ギィィィィィィィィィィンッ
「なっ!?」
互いの得物が交わった瞬間、再び焚かれるフラッシュ。
信哉の視界は、今度こそまともに奪われた。
「ふふっ!! これで終わりで――」
「あああああああああああああああああっ!!!!!!」
咆哮。
同時に、風神雷神へ“雷”の力が纏われた。
「っ!? この魔力はっ……まずっ!!」
「雷神の太刀ぃぃぃっ!!!!!!」
ガカァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!!
視界を奪われながらの、信哉の一撃。
痛烈な雷の付加と共に放たれたそれは、白の体を思いっきり吹き飛ばした。
「くあああああっ!?」
白の体が2回3回と地面をバウンドする。
信哉は追撃を掛けなかった。いや、掛けられなかったと言った方が正しい。
回復しない目を抑えながら、信哉は風神雷神を構えるので精一杯だったのだ。
「兄様っ……くっ」
そこで、戦局が傾いた。
目の見えない信哉の為、天空からの星々の矢を止める沙耶。
それを黙って見過ごす信ではない。
迎撃する必要の無くなった信の天蓋魔法が、再び地上へと向けられた。
「しまっ――」
沙耶の行動は責められないだろう。
現状、フィールドに降り注いでいたのは自身の攻撃のみであり、
それを避けられぬ状態となった信哉の為にそれを解いただけなのだ。
しかし、結果としてそれは悪手となった。
「まだまだ甘いな。戦いでは、常に二手三手と先を読んで動くものだ」
信のその言葉の直後。
ファイナスの猛攻撃がフィールドを蹂躙した。
「す、すげぇ……」
その光景を、雄真はそう表現することしかできなかった。
信のファイナスがフィールドを蹂躙したのは、ほんの数秒。
沙耶の流星が、それ以上の猛攻を許さなかった。
精密なコントロール下にあるそれは、
落下と同時に向きを変えてファイナスに着弾し、狙いを外させる。
信哉や沙耶を狙っていたはずの一撃は、ことごとく標的から逸れて着弾した。
レベルが、違う。明らかに。
先の戦いで七賢人を下した雄真ですら、素直にそう感じてしまう程の、戦闘。
「式守さんにも、迷いがあったのでしょうね」
「え……?」
鈴莉の呟きに、雄真が振り向く。
鈴莉はフィールドに視線を固定したまま口を開いた。
「彼女たちが本気で攻め入ってきていたら……。多分、勝てなかったわ。
私もゆずはも、全てが後手に回っていたから」
「……」
それが秘宝事件の事を指している事を察した雄真は、そのまま押し黙った。
気を悪くしたわけではもちろんない。その通りだと思ってしまったからだ。
光という自分の得意属性を封印し、闇の力のみを振った伊吹。
愛用するマジックワンドを用いながらも、一度として実力の底を見せなかった、信哉と沙耶。
あの時、雄真たちは伊吹と同じ舞台には立てていなかった。
あの戦いは、最初から最後まで伊吹自身の、伊吹だけの戦いだったのだ。
「……は、はは」
思わず笑いが漏れた。
「雄真君?」
鈴莉が怪訝な顔をする。
「ははは」
笑ってしまう。笑う事しかできない。だって。
「……まだまだ、遠いなぁ」
そう感じてしまったから。
「兄様、平気ですか」
「うむ。……不覚。あのような術式だったとは」
信は沙耶の流星によってことごとくファイナスの軌道を代えられていることを悟ると、
天蓋魔法を一時的に停止させた。これ以上は無駄打ちとなると判断したためだ。
目まぐるしく展開されていた試合に空いた、少しだけの空白の時間。
前衛である信哉と白は、それぞれが一度距離を取り、後衛の元へと戻っていた。
「どう読む、沙耶」
「児玉様の身体強化は、厄介の一言ですね。
魔法的な衝撃なのか、物理的な衝撃なのか。
その判断は付きかねますが、接触に反応して発光する仕組みとなっているようです」
沙耶の考察に、信哉は深く頷いた。
「斬り結ぶことすら許されぬ……か」
「兄様には分が悪いかと。代わりますか?」
代わりますか。
信哉の相手と沙耶の相手を。
すなわち、前衛と後衛を代えるかということ。
信哉は首を横に振った。
「わざわざ相手の土俵に上がってやる必要はない」
「しかし……そうなると、児玉様は一撃で仕留めなくてはなりませんよ?」
斬り結ぶことができないのだ。
まさか目を瞑って戦うわけにもいくまい。
そうなると、発光してしまう前に倒さねばならなくなる。
沙耶は、信哉の扱う技を全て熟知している。
それ故、“白を一撃で倒せる術式があることも知っている”。
が、知っているからこそ理解している。
それは、現実的ではないと。
白のフル・アーマーの付加効力は確かに脅威だ。
だが、それだけが脅威なわけではない。
流石は神威家の従者ということなのだろう。
運動技能も群を抜いている。信哉の“あの”一撃が、白を捉えられるとは思えない。
「一撃で仕留める必要は、ない」
「え?」
そう考えていたからこそ、信哉の回答は沙耶の意表を突くものだった。
「ようは発光された後、次の一手を打たせなければいいのだ。
それに先に討つべきは、児玉殿ではない」
「……まさか」
その言葉で、沙耶は信哉が何をしようとしているのかを悟った。
「もう使うのですか? そう長くは持たないはずですが……」
「出し惜しみする必要はあるまい。時間を掛ければ隙を見せる相手か?」
「……。そうですね」
頷く。同時に、沙耶はサンバッハを構え直した。
「援護します」
「どうだ、奴は」
「素晴らしい腕前です。驚嘆に値するかと」
自分の元へと後退してきた白からの予想通りの返答に、信は笑みを深めた。
「だろうな。妹の方もどうして、なかなかやる。
伊吹のやつめ、いい人材に恵まれている」
信の評価に、白は無言で頷いた。
「さて、次はどう攻めるかだが……。どうせなら俺も切り込むとするか?」
「いえ、信様はそこに」
信にとっては軽い気持ちでした発言だったのだが、白は思いの外強い拒絶を示した。
「何だ、俺が前面に出るとやりづらいか?」
「いいえ、そういうわけではございません」
この回答が来ることは、分かっていた。
白が信の事を邪魔だと言うわけがない。
信も、それは分かった上で敢えての質問だった。
「信様がわざわざ出向く必要は無い、ということです」
「おいおい」
白の矛盾するような物言いに、信は思わずつっこんだ。
「奴らの技量はお前も認めるところなんだろ?」
頷く。しかし、白は動揺する素振りは見せない。
「もちろんです。ですが、やはり信様は動くべきではありません」
「……ほう。その心は?」
若干声のトーンを落とした信の質問に、白は躊躇う事無く言い切った。
「七賢人たるもの、従者が居る中で前線に出てはなりませぬ故」
その言葉に、信は一瞬だけ目を丸くした。
そして。
「白」
「はい」
「従者がお前で、俺は本当に良かったと思う」
そう言った。
「……なっ!?」
一瞬にして白の顔が真っ赤になる。
七賢人が一角・目黒竜也の敗北。
今はまだ大会の最中、そして外界から隔絶された会場の中という事もあり、それ程実感は湧いてこない。
それでも。
外は大騒ぎになっているだろう。
明日の一面記事など、世論へ晒す前に焼き捨ててしまいたいくらいには。
そんな中、回ってきた自分の番。七賢人が落とされた、次戦。
ここで自分が成すべき事など考えずとも分かっている。
そして目の前にいる少女も、それをしっかりと理解してくれている。
それが信にとっては、この上なく嬉しかった。
「あ、あの……そ、その、それは身に余る光栄と申しますか、
ありがたいお言葉と申しますか、でもですね、その」
「……白、構えろ」
「っ」
信の抑揚の無い声色に、白の思考が瞬時に切り替わる。
信が指し示す先には――――。
バチッ!!!!
風の身体強化魔法を纏いし信哉の身体に、突如電流が駆け巡った。
初めは一筋だった青白い光が、2つ、3つと徐々に数を増す。
「……まさか、あれは」
「そのまさか、だろうな」
白の言わんとする事を、信は迷わず肯定した。
「はああああああああああああああああ!!!!」
咆哮と同時に、身体に纏わりついていた電気の筋が拡散する。
信哉の立っていたフィールドが一瞬にして隆起した。
不安定だった魔力が、一気に安定する。
荒れ狂う風に迸る電撃。異なる2つの属性の協調。
すなわち。
「――『疾風迅雷の型』」
属性協調。
信哉がいとも簡単に2つの属性を手懐けたのを見て、信が苦笑いした。
「動かないってのは、無理かもな」
励みになります。
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