「兄様っ!!」
第六楽章『告解の祭壇』の発現によって白が動けなくなった事を確認し、沙耶が叫ぶ。
ほぼ同時に信哉が地面を蹴った。
「むっ!?」
相対していた自分には目もくれず駆け出した信哉の行動に、信の身体がほんの一瞬硬直する。
しかし、その理由には直ぐ気付いた。
「ちぃっ、白!!」
壁に打ち付けられ俯いたままの白。
間違いなく属性協調を果たした信哉の一撃は躱せない。
即座に結論付けた信は、信哉の後を追うように跳躍する。
その瞬間。
信の身体が、鉛のように重くなった。
「――っ!? こいつはっ」
驚異的な身体能力を見せた信。
しかし。
「幻想詩・第四楽章『懺悔の檻』」
沙耶の口からポツリと呟かれたその言葉が、信の耳へと届く。
あと一歩。
あと一歩で信哉を射程圏内に捉える。
その位置で捕まった。
そして、それは即ち。
信哉にとっても射程圏内まであと一歩の位置だという事で。
信哉がその足を止め、180度切り返す。
轟音と共に地面が抉れた。迸る疾風と迅雷。風神雷神を振り上げる。
刹那。
信哉と信の視線が交差した。
「ああああああああああああああああああっ!!!!」
その叫び声は、信哉の後方から。
Happiness story『小日向雄真と七校対抗魔法大会』
Magic50.“こちら側へようこそ”
その光景は見る者全ての視線を釘付けにした。
木刀を振り抜く信哉。
全てを吹き飛ばす風。
全てを貫く雷。
そして。
身を挺して主を庇う従者。
「――白」
その声は、悲しみに満ちた声ではなかった。
その声は、身を裂くような声ではなかった。
ただただ親しい者の名を呼ぶように。
ただただ慈愛に満ちた声だった。
風と雷により相当な威力で吹き飛ばされたはずの白。
信は鉛のように鈍く動くその身体で彼女を受け止めた。
隙。
七賢人が一族・神威家次期当主である信を討ち取るこの上ない好機。
王者京帝をトップの座から引き摺り下ろせる絶好の機会を、信哉は自ら放棄した。
属性協調を解いて2人から離れ、沙耶の隣へと着地する。
そこでようやく沙耶が我に返った。
慌てて『懺悔の檻』を解除しようとした沙耶を信哉が制する。
手出し無用、この場を黙って見守るべきだと考えたか。
それとも、この後に控え打った手は残しておくべきだと考えたか。
その真意は語らぬ信哉のみぞ知る。
魔法陣が信の抱きかかえる白を中心として展開された。
これはあくまで競技。当然ながら白の命に別状はない。
もっとも、纏う魔力全てを移動の為に足へと集中させ、防御には全く割いていなかった白の身体だ。
属性協調の一撃を受け無傷であるはずもない。
「……分かっていたはずだぞ、白」
信は転移魔法により救護室へと運ばれようとしている白へ言う。
「“あの程度の一撃”なら、仮に受けたとしても俺ならば耐えられた」
「こほっ、……はい。存じてますとも」
咳き込みながらも白ははっきりと答えた。
それが、僅かながらも確実に信の気に触れる。
「……なら、なぜ。これは実戦ではないのだ。お前がここまでする必要は」
「何度申し上げても、分かっては頂けないのですね」
信の言葉を遮るようにして、白は笑った。
「私は、貴方の従者ですから。例えこれが模擬であっても。
例えここが戦場であったとしても。それは変わりません」
「……お前」
「貴方を護る事ができて、良かったです」
信が目を見開く。
「でも、……護りきれなくて、ごめんなさい」
ぱちぱちぱち……
その言葉に。
信哉が手を叩く。沙耶も直ぐに続いた。
――それは、惜しみの無き賞賛。
「貴殿の勇姿。しかとこの目で見届けた」
「従者としての心構え。確かに拝見させて頂きました」
そして。
わああああああああああああああああああああっ
会場が拍手で包まれる。白の退場に会場が沸いた。
「……良くやってくれた、白」
「勿体ないお言葉です」
顔を赤らめ、そっぽを向きながら白は続ける。
「失礼ながら、一足先に休ませて頂きます」
「そうしてくれ。終わったら直ぐに顔を出すよ」
「お気になさらず。……ただ」
「……ただ?」
白の思わせぶりな溜めに信が首を傾げた。白はちらりと信へ目を向けると。
「優勝以外のご報告は、必要ありませんから」
白はそれだけ告げて救護室へと転移されていった。
手に残る温もりを感じつつ信は笑う。
「はは、……ははは」
沙耶による『懺悔の檻』の効力は未だ解かれていない。
それでも信は、俯きながらも肩を震わせて笑う。
「ははははははははははははははははっ!!!!」
どくんっ
「――っ!?」
「――っ!?」
圧迫感。
説明のつかない有無を言わさぬ威圧感が、信哉と沙耶の身体を硬直させた。
ゆらり、と。
信は身体をふらつかせながら言う。
「そんな事言われちゃ負けられないよなぁ。七賢人云々の前に」
言う。
「1人の男として、な」
真っ赤な炎。
それ以外に表現のしようがない。
信の立っている場所を中心として極悪なまでの炎が噴き出した。
「幻想詩!!」
咆哮。
沙耶らしかぬその行為が、沙耶自身の戒めを解くトリガーとなった。
信哉よりも早く硬直から解放された沙耶が、過去最速で幻想詩の魔法を紡ぐ。
「第一楽章『混迷の森!!』」
炎が迫る。
信哉が動くより先に、沙耶の魔法が完成した。
バシュウウウウウウウウウウウウウウウッ!!!!
間一髪。
そう言わざるを得ないほどのタイミング。
2人を跡形も無く消し去らんとばかりに迫った業炎を、
沙耶の魔法が触れたものから異次元へと放り捨てていく。
が。
「ぐっ、ぅぅぅぅううううああああああああああああっ!?」
沙耶の悲鳴。
「はああああああああああああああああああああっ!!!!」
そして信哉の咆哮。
属性協調。
沙耶の表情を見るまでもなく信哉は勝敗を悟った。
瞬時に発現させた身体強化魔法の極みで元凶へと突貫する。
そして気付いた。
元凶に面影は無かった。
中心部。
そこにあるのは、ただの炎の塊
「雷神の太刀ィィィィ!!!!」
身体強化により溜めを不要とした信哉の奥義が、炎の塊を真っ二つに両断する。
瞬間。
左右に分かれた炎から、幾多の槍が射出された。
「――っ、はあああああああああああああああっ!!!!」
もう終わりかと誰もが思った。
それほどまでに炎から射出された槍の速度は速かったし、その数も尋常ではなかった。
しかし。
ズパパパパパパパパパパパパァァァァンッ!!!!
信哉はその全てを斬り捨てて見せた。
ざわっ!!
観客がざわめく。
いくら身体強化魔法を宿しているとはいえ、人の動きの範疇を完全に超えていた。
「まさか……」
心がざわめいたのは攻撃を仕掛けた信も同じ。
「……今のを防いでみせるとはな」
声のした方角へと信哉が振り向く。
その方角とは。
遥か上空。
白い雲に青い空。
蒼天を覆い尽くすかのように広がる炎が、一点へと集約されていく。
それはやがて人の形となった。
神威信。
炎の衣を身に纏ったその姿に、観客は皆息を呑む。
「……それが、神威家の極意、『炎帝(えんてい)』……か」
信哉の呟きに、信は頷いた。
属性同調。
それは目黒竜也はが至ったもう1つの身体強化魔法の極み。
それは攻撃特化の“火”を完全に掌握した証。
暴力的なまでの威圧感に、信哉は全身の鳥肌が逆立つのを感じた。
「……先ほどの動き。名は何と言う」
今度は信の問いに信哉が答える。
「……『疾風迅雷』」
『疾風迅雷』。
操作系を得意とする“雷”で自分自身を強制的に操作。
自分を害する魔力に反応するよう設定。
移動系を得意とする風がその速度を後押しし、迫る脅威その全てを圧殺する。
これこそが、限りなく2つの属性を極めあげた信哉の至った答え。
『疾風迅雷の型』の名をそのまま用いた信哉の持つ最強防御。
「『疾風迅雷』、か。……オリジナル魔法だぞそれは。協議会に提出するといい」
信の茶化すような物言いに、信哉は静かに首を振った。
「ご助言痛み入るが遠慮しておこう。
従者とは日陰の存在。自身の力で脚光を浴びるのは好ましくない」
「……ほお?」
その言葉に信が眉を吊り上げる。
「その割には随分と好戦的じゃないか。ここで披露していい技だったのか?」
「愚問」
信からの質問を、信哉は一言で切り捨てた。
「七賢人・神威家次期当主殿相手にそのような無礼は許されまい。それになにより――」
「なにより?」
先を促す信を見上げ、信哉は笑う。
木刀を構え、爆音と共に信の下へと跳躍した。
「全力で主へと応えた児玉白殿の気概!! 無為にはできまいっ!!!!」
「はははっ!! その心意気や良し!! 気に入ったぞ上条信哉っ!!!!」
属性協調。
属性同調。
別の道。
それでも互いが頂点。
明確に別れた道を歩き頂点へと登り詰めた2人が、今まさに激突する。
その瞬間に。
――――沙耶の魔法が発現した。
突如。
信の身体から“火”が消える。
属性同調していたはずの身体が、生身に戻る。
初めて。
この大会において初めて。
信の表情から余裕の色が消え、驚愕一色に埋め尽くされた。
眼前には属性協調の力を得た木刀を振るう信哉。
風。
そして雷。
全てを破壊し尽くさんとする両属性は。
一点へと集約され信を狙い討つ。
「――上条、……沙耶かっ!?」
「――幻想詩・第六楽章『告解の祭壇』」
「――風雷神の太刀ィィィィ!!!!」
――――全てが白に染まった。
これが、沙耶の答え。
五楽章『天空の流星』にて、沙耶は確かに攻撃魔法を手に入れた。
三楽章と違い、牽制だけではない本当に攻撃できる力を。
それでも、沙耶は自分を納得させられなかった。
それは、兄・信哉の扱う魔法が攻撃に秀で過ぎていたが故。
だからこそ、沙耶は理解するしかなかった。
相手へ物理的なダメージを与える事だけが攻撃ではないのだと。
だからこそ、沙耶は納得するしかなかった。
やはり自分の役割は、そのようなものにはないのだと。
では。
沙耶の持つ役割とは何なのか。
彼女の求め続けていた答えは、結局のところそこにあった。
立ち戻る。
原点へ。
原点へ。
物音1つ無い静まり返った観客席で。
鈴莉は1人呆然と立ち尽くす雄真を半ば無理やり席に着かせた。
掴んだ雄真の手は、震えていた。
鈴莉は知っている。
今、雄真の中を駆け巡っているその感情の正体を。
それはかつて、彼女も歩んだ道。
大魔法使いと称されるようになる、彼女の第一歩。
「……ははっ」
雄真の口から笑い声が漏れた。
今自分が笑った事すらも、本人は気付いていないだろう。
雄真の視線は一点へと釘付けになったまま動かない。
鈴莉はその邪魔をしない。
雄真が大人しく座った事を確認すると、鈴莉も静かに視線を戻した。
(……感謝するわ。上条信哉君、上条沙耶さん。……神威信君に目黒竜也君)
鈴莉はそのトリガーを引いてくれた者たちへ、心の中で礼を言う。
そして。
歓喜と悲哀、焦燥の入り混じったかのような。
そんなわけの分からない感情に浸りながらも、鈴莉はもう一度我が子へと目を向ける。
もう引き返せないところまで来た。
賞賛と羨望。嫉妬と憎悪。
全ての感情をその一身に受けてきた彼女だから分かる道。
努力だけでは辿り着けない、選ばれし者だけが踏み入れる聖域。
一度登り詰めたが最後、決して引き返せぬ悪夢の呪縛。
鈴莉は隣に座る雄真には聞こえぬよう、限りなく小さな声で呟く。
――――こちら側へようこそ。雄真君。
待った無しの。
もう後戻りのできない、こちら側へ。
その呟きに。
反対側に座る音羽だけが気付いていた。
産声があがる。
正真正銘。
選ばれし者のみが辿りつける領域へ、雄真は辿り着いた。
励みになります。
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