「ふーっ」
大きく長い息を吐きながら、信哉は沙耶の隣へと着地した。
無論、身体強化魔法は解かれており、余波で沙耶が吹っ飛ぶような事態にはならない。
「……兄様」
「ああ、……分かっている」
第六楽章『告解の祭壇』にて、沙耶は信の属性同調・『炎帝』を封じる事に成功した。
そしてその状態の信へ、信哉は風雷神の太刀を当てる事に成功した。
しかし、2一人の顔色は優れない。その理由は明白。
神威信の退場コールが流れないのだ。
信の肩口から叩っ斬るようにして発現された風雷神の太刀は、
フィールドに一際大きなクレーターを生み出し、現在は煙幕によって状態が分からなくなっている。
「……どう思われますか?」
「どうも何も。属性同調無し、生身の状態であの技を防ぎ切られていたら、もうどうしようもないだろう」
正真正銘の化け物だ、と信哉にしては珍しく吐き捨てた。
正直なところ、信哉は七賢人次期当主の中でも随一と謳われる信に自分が勝てるとは思っていない。
沙耶とのコンビネーションがうまく作用すればもしや、という程度の淡い期待しか抱いていなかった。
その後ろ向きとも取れる感情を、誰が責められようか。
七賢人とは本来それほどの存在であり、だからこそ勝利してしまった雄真たちが過剰な反応に晒されたのだ。
しかし。
沙耶の『告解の祭壇』と自信の属性協調によって放った『風雷神の太刀』。
その組み合わせでなお結果を残せなかったという事実に、やはり信哉はショックを隠せないでいた。
どうやって防いだのか。もはや意味が分からない。
信哉の知る限りでは、理論上不可能であるはずだった。
「……どう、しますか」
「……」
沙耶からの問いに信哉は答えられない。
闇雲に突撃するのは得策ではない。
かと言って、相手の体勢が整うまで棒立ちで見守るわけにもいかない。
それでも、信と相対したところでどうすればいいのかも分からない。
もうこれ以上の最善策が思い浮かばないのだ。
無意識のうちに震えだした右手を左手で押さえつける。
妹に動揺を悟られたくない一心で、何かを紡ごうと頭を悩ませたのが信哉最大の過ちだった。
それはほんの一瞬。
素人目では刹那にも満たぬほんの僅かな隙。
信哉の意識が信から離れたその一瞬の隙を、信は見逃さなかった。
Happiness story『小日向雄真と七校対抗魔法大会』
Magic51.“同格”
「信哉ァァァァ!!!!」
会場の誰よりも。
名だたる七賢人次期当主の面々や、御薙鈴莉、高峰ゆずはといった大魔法使い、
そして当事者である信哉や沙耶よりも早く。
その異変を真っ先に感知した雄真が叫ぶ。
変化は唐突。
並ぶようにして立ち、構えていた信哉と沙耶の間を切り裂くようにして一筋の線が奔った。
フィールドが割れた。
そう表現するのが的確か。
轟音と共にフィールドへ亀裂が入る。
その余波で吹き飛ばされ、信哉と沙耶は瞬く間に両断された。
前衛と後衛の分断。
その好機を逃す信ではない。
信哉が飛ばされた方角とはちょうど逆の方で、一際大きいクレーターが誕生した。
既にズタズタにされていたフィールドに止めを刺さんばかりの抉れ具合。
次いで再び襲いくる衝撃波に、信哉は成す術なく更に吹き飛ばされる。
散弾の如く四方八方へと飛び散る土砂。
それらと同じように宙を舞った信哉は、
地面へと叩きつけられ視界が暗転したところでようやく現状へと理解が追い付いた。
「がっ、……あっ!?」
「……チェックだ。上条信哉」
風神雷神を握る右腕は信の左足で抑えられ、
喉もとにはうっすらと原型を映すブレードのようなものが突きつけられている。
それは限りなく透明色に近かった。
粉塵に紛れていなければ、見落としてしまいそうなほどに。
「はぁっ、はぁっ、動くんじゃあない」
息切れを起こしながら、信は言う。
風に切り刻まれ、雷に焼け焦がされて。
信の魔法服は見るも無残なほどにボロボロで、上半身は既に裸だった。
ブ――――――ッ!!!!
『瑞穂坂学園・上条沙耶、退場』
そこで鳴り響く、無機質な宣告。
「……っ!? 沙耶ァァァァ!!」
「動くなと言ったぞ!!」
一振り。
信の右腕から伸びるブレードのようなものが、
信哉の耳元近くから再びフィールドを両断し、観客席を護る防護結界にまで衝撃を与えた。
観客席から悲鳴が上がる。
縦一直線に伸びる亀裂は深く深く。
地中のどこまで切り裂かれたのか検討も付けられない。
「……ぐっ、くぅっ!!」
直接的なダメージは無い。
今の一撃は信哉を狙ったものではなかった。
しかし、耳元からの轟音。
咄嗟の判断で魔力を集中させていなければ、鼓膜が破裂していたかもしれなかった。
「……はぁっはぁっ、……やって、……くれたな!
上条信哉!! ……っ、はぁっ、そして上条沙耶!!
緩衝魔法が作動している空間にも拘らず、死を覚悟したぞ!
……っはぁっはぁっ!!」
沙耶は当然のようにもうフィールドにはいない。
インビジブル・バレットのまさに中心部にいた沙耶は、何の抵抗もできずに膨大な魔力という暴力に呑まれた。
力。
何の装飾も無いただの魔力の塊。
努力など才能という壁の前には微塵も役に立たないと思わざるを得ない、それほどの圧倒的戦力差。
今まで神威信という選手が、どれほど自分の力をセーブして戦っていたのかが分かる凶悪な一手だった。
しかし。
凶悪さで言うならば、先ほどのインビジブル・バレットなど比較にならない。
今まさに信哉の喉もとに突きつけられているモノこそが、信の持つインビジブル・バレットをも上回る一手。
「……、“魔力、……硬化”、……ごほっ!!」
「知って、いるか。はぁっ、はぁっ……。
まあ、今更その程度の事で驚かされはしないが」
魔力硬化。
原理は雄真がクリスに用いる物質強化と変わらない。
しかし、手法はまる異なる。魔力硬化とは、もともとある物質を強化する魔法ではない。
読んで字の如く、魔力そのものを硬化させる。
そう。
本来ならば存在しないモノを自ら生み出し、自ら強化する。
魔力が武器となる。比喩ではない。魔力そのものが武器となる。
インビジブル・バレットのように、
膨大な魔力を一気に解放することによって起こる余波で押し潰すのではない。
随時展開されている魔力、それ自体に攻撃能力が宿る。
このClassの難度とは。
「神威信、……殿。ごほっ!! 貴殿、いったい、どこまで……」
「この技を披露するつもりは無かった。しかし状況が変わった。
8人の選ばれし七賢人の血統、まさかそのうちの3人が勝ちを逃すわけにもいくまい。
ごほっごほっぐっ!? ……げほっ!! はぁっ、はぁっ!!
引き分けた汐留だけでもアウトぎりぎりだったというのに、竜也に引き続き……。
これ以上状況を悪化させてたまるか」
噴き出しかけた血を、信は無理やり飲み込んだ。口元から血が垂れる。
ぐらりと傾きかけた身体は、気合で持ち直していた。
「インビジブル・アーマー……、間に合っていたのか」
信哉が呟く。信が頷いた。
「上条沙耶の封印魔法の対象は属性単体か。
最初は魔法技単体かと思っていたが、火の身体強化魔法魔法でなく、火そのものが封じられていた。
それでも一属性しか縛れなかったようだな。
これが限界なのか、それとも火だけが封じられる発動条件を満たしてしまったのか……。
それは分からないが……」
「がああああああああああっ!?」
突如、信の身体に火のフル・アーマーが宿る。
襲いくる高熱の波に信哉は堪らず悲鳴をあげた。
『炎帝』。
神威家の誇る最強の属性同調魔法。
それはすなわち沙耶の封印魔法が途切れてしまったということで。
「咄嗟に身体強化魔法で身を守ったか!! 天晴れだな上条信哉!!」
信はそう叫びながら、いつの間にか消失させていたブレードの代わりに人差し指を信哉へと向ける。
「オン・メイクス・ラン・ファイナス」
「っ!?」
強張った信哉の身体へ、信は躊躇いなく呪文を唱えきった。
「“アエギル”!!」
「あああああああああああっ!!!!」
全てがオレンジ色に染まった。
が。
「むっ!?」
自らの足に違和感を覚えた信が、視線を落とす。
そこには先ほどまで信哉を踏みつけていた足が膝から下にかけて無くなっていた。
「……まさか、あのタイミングで逃がしたのか」
属性同調を果たしている信に、もはや物理的な攻撃は通用しない。
しかし、今問題なのはそこではない。
回避された。
大規模殲滅魔法と謳われる必殺の魔法。
独り言のように呟きながらも、それが信には信じられなかった。
もはやゼロ距離と言っても過言ではない体勢だった。
信哉に向けて放ったのは信の持つ火力最大の魔法、ClassS・アエギル。
この距離ならば、自分ですら属性同調を果たしていなければ耐えられない一撃だ。
ただ単に直撃を免れれば何とかなる魔法ではない。
「アエギルの射程距離から逃げきるとは……」
俄かには信じ難い。
それでも、退場のアナウンスが流れないのだから、つまりはそういうことだ。
会場を覆っていた獰猛な炎が薄れる。ようやく開けた視界の先に、信哉はいた。
「っ、はぁっ!!はぁっ!!」
満身創痍。
それでも、信哉の身体には風と雷が宿っている。
属性協調。
属性同調とは対極の。
それでも身体強化魔法を極めし者が辿り着く、もう1つの頂点。
「よく生き残った」
『炎帝』を纏ったまま信が手を叩く。
まさかここまでできるとは思わなかった、ではない。
それは信哉の技量が想像を上回っていた事に対する称賛ではない。
「俺はこれから俺自身が口にするこの言葉が……。
どのような意味を持つのかを知っている」
「……はぁっ、はぁっ。……?」
今にも崩れ落ちそうな膝に鞭を打ちながら、信哉は相対する。
立っているのもやっとな状態でありながらも、信哉は属性協調を維持し続ける。
薄れそうになる意識に必死にしがみつきながらも、信哉はその言葉を確かに聞いた。
「認めよう上条信哉。
お前の実力は、……神威家次期当主たる俺、神威信と同格だ」
ざわっ
その言葉に、会場中がどよめいた。
その言葉が何を意味するか、この会場に集まる魔法に関わる者が知らぬはずがない。
その言葉がこれからどのような影響力を持つのか、分からない信ではない。
それでも、言った。言わなければならない、と信は思ったのだ。
「インビジブル・ブレードはもう使わん。いや、使えないと言った方が正しいか」
喋ることもままならぬ信哉を相手に、信は自らの技を淡々と口にする。
まるでそれが礼儀であるとばかりに。
「魔力硬化とは純粋なる魔力の硬化。属性の付加ができぬ技だ。
属性付加した魔力を硬化しても意味がない。属性とは、流動してこそ意味があるものだからな」
炎の衣を纏った右拳を突き出しながら信は続ける。
「だからインビジブル・ブレードは属性同調とは相入れない関係にある。
無属性のフル・アーマーに同調技術はないのだから」
厳密に言えばないわけではない。
しかし、無属性の属性同調とは、文字通り“無”になることを意味する。
それはすなわち死というわけだ。
「だから安心しろ。火の力が戻った今。俺はもうそんな小細工は使わん」
力を込めて握られた拳から、収まりきらない炎が噴き出した。
「火の加護を受けし一族。神威家次期当主・神威信。
お前を対等な敵とみなし、我が全力をもって焼き払おう」
その時点で、信哉の焦点は既に定かではなかった。
たび重なるダメージはとっくに限界を越えており、
属性協調を維持していることは疎か、今この場に立っているだけでも奇跡と言えるほどの状態だった。
信の口にしていた言葉が、どれだけ信哉に届いたのかは分からない。
後に信哉にこの時の話を聞いてみたとして、彼が憶えているかどうかも分からない。
それでも。
信哉は、今、自分が何をすべきかだけは、頭ではない本能で分かったいた。
風神雷神を握る手になけなしの力が入る。
どちらが言ったのかは分からない。
どちらか1人だけが言ったのかもしれないし、もしかしたら2人とも言ったのかもしれない。
それは定かではないが、呟くようなその一言を、固唾を飲んで見守る観客は確かに聞いた気がした。
――――さあ、決着をつけよう。
励みになります。
個人情報登録等は一切ございませんので、
作品が気に入って頂けましたらお願いします。
Leica
『小日向雄真と七校対抗魔法大会』に戻る
『Happiness story』に戻る
『小説置き場』に戻る
『A Fateful Encounter』のトップページに戻る