幻想詩・第六楽章『告解の祭壇』。
現在沙耶が保有する幻想詩シリーズの中で、唯一“単独で発現できない”楽章である。
告解とは、神の赦しを受ける為、権限を授けられた司祭に対して自らの罪を言いあらわす行為を意味する。
沙耶の扱う第六楽章『告解の祭壇』はまさにこの行為からヒントを得た。
ここで言う罪とは、第四楽章『懺悔の檻』から沙耶の許可なく自らを無理やり解放させること。
懺悔とは悔い改めること。つまりその行いをせずに檻から勝手に抜け出す行為、それが罪。
『懺悔の檻』から許可なく抜け出す際に使われた魔法、その魔法が属する属性魔法全てが対象となり封印される。
しかし。
この魔法の名称は『告解の祭壇』。
罪人にはもう一度だけその行いを打ち明け、悔い改める場を設けられる。
そう。
この封印魔法の解除条件は、“謝る”こと。
出口の無い、救いの無い封印魔法には相応のリスクが必要だ。
それは使用者の魔力であったり才能であったり様々だが、当然万人が使えるような代物ではない。
だからこそ、沙耶は一見するといかにも容易に思えるそれを解除条件とした。
自分がこれほどの魔法を持ち出さねば戦えぬ相手、その戦闘の最中に謝罪などないだろう、と。
結局、それが間違いだった。
それはとても皮肉なことで。
七賢人次期当主の中で、最強と謳われる神威信の、理不尽なまでの力。
対するは、ただの力では決して解くことはできない、沙耶最強の封印魔法。
負けるはずの無い勝負。
それでもその盤面をひっくり返したのは。
神威信の“甘さ”だったのだから。
Happiness story『小日向雄真と七校対抗魔法大会』
Magic52.決着
涙は、でなかった。
退場のコールが耳に響くよりも先、沙耶の目の前に広がったのは真っ白な天井。
信の放った凶悪な“インビジブル・バレット”の衝撃を身体に受けたのは、ほんの一瞬で。
身体に言いようのない激痛が走り抜けた時には、既に隣に医者がいた。
医者は大声で近くにいる看護師に指示を飛ばしながら沙耶の身体に触れる。
涙は、でなかった。
不意打ちとも言える“インビジブル・バレット”によって、沙耶はわけもわからぬまま退場となってしまった。
共に戦っていた兄をあの場において。
信哉が退場にならなかったかどうかを確かめる時間は無かった。
沙耶が退場せずに済んだと思っているのは、単に信哉が隣で倒れていないからだ。
涙は、でなかった。
救護室にあるモニターの電源は付いていない。
だから試合経過がどうなっているかなど、沙耶には皆目見当もつかない。
もしかしたら次の瞬間にも信哉が転移されてくるかもしれない。
それでも沙耶の心中は穏やかだった。
それは、今の今まで相対していた人物への印象が、沙耶自身の中で大きく変わったが故か。
沙耶は、思う。
神威信という人物は、どれほどのプレッシャーを胸にあの舞台に立っていたのかを。
神威信という人物は、どれだけの自分という存在をその胸に押し殺しあの舞台に立っていたのかを。
涙は、でなかった。
完敗だ、と沙耶は思った。
七賢人次期当主に負けたという認識は無かった。
ただ単純に、京帝高校の神威信という生徒に負けたという認識だった。
その認識に沙耶を至らしめたのは、沙耶が退場する直前に聞いた、あの言葉。
『すまない。お前たちは、全力で叩き潰さねばならぬようだ』
舞い上がる粉塵を前に、沙耶は確かにその言葉を聞いた。
そしてその言葉は間違いなく。
沙耶の封印魔法を解除する一言であり。
沙耶の認識を改める一言であり。
「……お疲れ様でした」
不意にかけられた声に、沙耶が目を向ける。
そこには。
風神雷神を手にしこの場に立っているのは、長年の修行から身に付いた癖のようなもの。
伏したら負け。
そう身体に叩きこまれ育ってきた信哉は、本能で倒れる事を嫌っていた。
勝ちたい、倒したいという欲求はとうに頭の中から消えている。
信哉が条件反射のように得物を構え属性協調を身に纏っているのは、
単純に自分が“倒される要因とも言える存在”が目の前にいるからだ。
「足元がふらついているぞ。ごほっ!!
ぐっ、……はは、俺も人の事は言えないかもしれんが」
神威信。
一族秘伝、攻撃特化の炎を身に纏う超高等魔法『炎帝』を惜しみなく披露しているその姿は、
見る者全ての戦意を根こそぎ焼き払っていく。
にも拘わらず悠然と立ちはだかる信哉を目にし、
信は心の中で信哉への評価をもう一段階上にした。
信も気付いている。
目の前の信哉には、既に意識が無いであろうことを。
目は虚ろで、風神雷神を握る手も小刻みに震えていた。
属性同調も発現こそしているものの、今にも解けてしまいそうなほど不安定だった。
それでも、この状態になるまで自分に挑み続けてきた信哉に対し、信は敬意を抱いた。
そして、いや、だからこそと言うべきか。
信哉の一手に、信は完全に不意を突かれた。
ドンッッッッ!!!!
爆音と共に、信哉の身体がフィールドから消える。
否。
「――っ!? 何っ!?」
その姿は、信の懐にあった。
風神雷神を振りかぶり、得物を握る腕が円を描く。
「ちぃっ!!」
手刀。
但し、攻撃特化のフル・アーマー『炎帝』を携えた上での。
ズパンッッッッ!!!!
――――振われた風神雷神が、真っ二つに割れた。
「ああああああああああああああああああっ!!!!」
信の膝蹴りが、信哉の顎をまともに捉える。
赤い爆発。
観客席を護る結界を境に、フィールドは紅蓮の地獄と化した。
終わってみれば決定打など一瞬の出来事で。
フィールドに鳴り響くアナウンスを聞くまでもなく、観客は決着を目の当たりにした。
舗装されていたコロシアムの影などどこにも残っていない。
黒く焼け焦げたフィールドに隆起した地面。燻っている残り火に立ち上る黒煙。
その中央に立っているのは、当然。
『勝者、神威信!!』
転移魔法で緊急避難していた審判が、フィールドに戻るなりそう叫んだ。
信はその宣言をしり目に、深く息を吐く。
「ふーっ」
ここまで自分を曝け出した試合は、信にとって初めての経験だった。
1年に1度行われる七校対抗魔法大会。
そのシングルスに出場していた信の相手は、決まって乃木鉄平だった。
気心知れた相手だったし、何より同じ七賢人。
一族や地域の者は目くじらを立てるかもしれないが、“負けても構わない相手”だったのだから気が楽だったのだ。
だからこそ、信の今大会におけるプレッシャーは計り知れないものがあった。
小日向雄真と上条信哉。
盤石と思われていた自身の足元を揺るがされ、それでも耐えきった今の信が何を考え何を感じているのか。
もしかすると信自身、今自分が抱いている感情を理解できていないのかもしれない。
「――――勝った、……か」
ぐらり、と。
信の身体が膝から崩れ落ちた。
『お!? おい!? ちっ、救護班!! 急げ!!』
審判の咆哮が会場一帯に響き渡る。
その声すら、今の信には頭に入ってこなかった。
≪ダブルス≫
6日目 決勝戦
上条信哉・上条沙耶(瑞穂坂)× 対 ○ 神威信・児玉白(京帝)
配点内容:1位50点。2位30点。
○現在の学校順位
5位:仙台魔法学園(宮城)50P
6位:東京都立魔法学園(東京)60P
2位:瑞穂坂学園(神奈川)240P
3位:舞浜学園(千葉)70P
3位:静岡魔法学園(静岡)70P
6位:名古屋魔法高校(愛知)60P
1位:京帝高校(京都)270P
ダブルス決勝戦の勝敗により、1位の京帝高校が2位の瑞穂坂学園をさらに突き放す形となった。
残る試合は後2つ。
フライングキャッチ決勝戦とシングルス決勝戦のみ。
各試合の参加者、及び得点内容は以下のとおりである。
≪フライングキャッチ≫
出場者 八乙女咲夜(舞浜)黒川アゲハ(名古屋)渡辺和正(京帝)
配点内容:優勝70点。準優勝50点。3位30点。
≪シングルス 2回戦≫
乃木鉄平(仙台)対 式守伊吹(瑞穂坂)
配点内容:優勝70点。準優勝50点。
仮にフライングキャッチにおいて京帝高校・渡辺和正が3位であっても、得点は30。
つまり京帝高校の最終獲得ポイントの最低点は300点。
対して瑞穂坂学園の現在のポイントは240点であり、差は60点。
シングルスの配点内容は優勝70点、準優勝50点。
つまり。
瑞穂坂学園が優勝するチャンスはまだ残っているということ。
但しそのためには、京帝高校がフライングキャッチ決勝戦で最下位となり、
かつシングルス決勝戦で伊吹が優勝しなければならない。
狭き門、限りなく低い可能性。
自分たちの努力だけではない、運も必要となる大勝負。
そして。
優勝争いからは脱落したものの、瑞穂坂と京帝、
その二校の勝敗に大きく関わる事になった少女といえば――――。
じゃらり、と無機質な音を立てて。
少女は寄りかかっていた壁から身を起こした。
トレードマークであるツインテールをなびかせながら、少女は同格である者たちの前を横切っていく。
「八乙女」
鉄平の呟きに、咲夜はピタリと足を止めた。
「何をすべきかは、……理解しているな?」
その問いかけに、咲夜は振り返らなかった。
その問いかけに、咲夜は答えなかった。
止まった足が再度動き出す。
結局、咲夜は鉄平からの問いに答える事無くその場から姿を消した。
ただ、ちらりと見えたその横顔は。
――――間違いなく、笑っていた。
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Leica
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