「っ!? 申し訳無いぃ――ぐっ!? あっ!?」

「ほらほら! 起き上がるんじゃないよ!!
 どれだけ自分の身体を酷使していたと思っているんだまったく!!」

 雄真たちが病室に足を踏み入れるなり、
信哉はベッドから転げ落ちんばかりの勢いで土下座をかます。
 が、内外共に深刻なダメージを負っている身体がそれについてこず、信哉は蹲りながら呻いた。
 医師が強引に寝かせつけようとするが、それを頑なに拒んでいるのか、
信哉は蹲ったままピクリとも動かない。

「……ていうか、もう動けるのか」

 そこだった。
 人混みにもみにもまれ、ようやく医療室まで辿り着いた雄真は、呆れた口調でそう呟いた。





Happiness story『小日向雄真と七校対抗魔法大会』

Magic53.“がっかりだよ”





 激闘のダブルスから約1時間といったところか。
 本来ならそろそろフライングキャッチが始まる時間ではあったが、
ダブルス戦においてフィールドに加えられた被害が甚大であり、現在復旧作業が行われている。
 アナウンスによれば、30分ほど開始時間が遅れるとのことだったので、
軽く顔を出しておこうという話になったのだ。

 そう。軽く。
 あれほどの激戦だったのだ。
 信哉も沙耶も、てっきり寝たきりになっているかと思えばそんなことはなかった。

「あれほどの啖呵を切っておきながら、お力になれず申し訳ございませんでした」

 信哉と違い、大人しく布団に収まったまま沙耶が謝罪する。
 それに、雄真の後ろに立っていた春姫・杏璃・小百合は揃って首を振った。

「そんなことないよ。2人は十分に頑張ってくれた」

「あれだけの戦いを見せられちゃねぇー。正直、驚いてるもの」

「見事な連携だったわ。
 あれだけの攻撃を受けてなお退場にならなかった、相手が凄すぎるだけよ」

「……ありがとうございます」

 3人のそれぞれの感想に、沙耶ははにかむようにそう答える。

「信哉君も――」

 春姫が隣のベッドで蹲ったままの信哉へと目を向けた。

 が。

「申し訳が、……立たんっ!!!!」

 絶叫に近い声が、救護室へ響き渡る。
 顔を上げる事無く、身体を小刻みに震わせながら信哉は言う。

「俺は、皆にどう顔向けしていいのか分からない!!」

「お、おいおい、信哉」

 流石にオーバーリアクション過ぎる、と雄真は思った。
 信哉がオーバーリアクションなのはいつものことだが、
今回に限って言えばいつもの度を更に超えている。

「誰もお前らを責めちゃいないって。
 七賢人、それも信相手にあれだけやったんだぞ?」

 信の全力がどれほどのものなのか、雄真はそれをこの試合でようやく知った。
 雄真と戦った時など、一端にも過ぎなかったのだと痛感させられた。
 あれほどの怪物から、あれほどの実力を引き出してみせたのだ。
 慰めなどではない。雄真は本気で信哉と沙耶の戦いぶりに感服させられていた。

 しかし。

「……雄真殿は、……俺たちに託してくれたのだろう」

 ポツリと。相変わらず蹲ったまま顔も上げずに、信哉は呟くように言う。

「……そりゃあ、頑張れとは思ったさ」

 七賢人、その難攻不落の一角である目黒竜也を撃破したのだ。
 瑞穂坂学園の優勝へ『もしや』という思いが生まれたのも事実だった。

「けどな、信哉。俺は別に結果が全てだとは――」

「結果を得られずして、どうしろというのだ!!!!」

「っ」

「兄様!!」

 沙耶からの牽制の言葉に、信哉は深く押し黙まる。
 珍しく感情に任せたまま吼える信哉に面喰った雄真に対して、
沙耶は申し訳無さそうに頭を下げた後、信哉へと鋭い視線を向けた。

「兄様。分かっておりますか? 今、兄様がされているのはただの八つ当たりです。
 由緒正しき式守家の従者たる私たちが、この体たらく。恥ずかしいとは思わないのですか」

「さ、沙耶ちゃん。それ言い過ぎ――」

「いいえ。すみませんが、小日向さんは黙っていてください」

 沙耶の、その普段の姿からは想像できない、有無を言わさぬ威圧感。
 思わず押し黙ってしまう雄真を余所に、沙耶は続ける。

「兄様」

「……」

 口を真一文字に結び、俯く信哉。
 そして、それを冷たい目で見据える沙耶。

「……俺が、何か間違ったことを言ったか」

「……今、何とおっしゃいましたか」

 それはもう、温かみを欠片も持たぬ凍てついた声だった。

「俺が何か間違ったことを言ったか!!
 俺たちは、期待に応えられもせず、無様に敗北したのだぞ!!」

「その敗北を喫した上で、更に無様を重ねることが兄様の償いなのですか!?」

「ちょ、ちょっとちょっと……」

 いきなりヒートアップした2人の言い争いに、杏璃が待ったを掛けようと手を伸ばす。
 だが、それも形だけに終わった。伸ばされたその手は、何もない宙をふらふらと彷徨う。

「皆が必死に積み上げて来たものを、俺たちが滅茶苦茶にしたのだ!!
 それに対し、頭を下げることの何が悪い!!」

「論点をずらさないでください!!
 兄様がやっていることは、もはや謝罪では無く、ただの自己満足でしょう!!」

「俺たちが勝っていれば、瑞穂坂はまだ十分に優勝を狙える位置にいれたのだ!!」

「まだ負けが決まったわけではないのですよ!!」

「……やれやれ、まいったねぇ」

 医師はカルテを脇に、ボールペンでこめかみの辺りを掻く。

「これ、一度気の済むまでやらせた方がいいのかね?」

「……いや、それ私に聞かれても」

 医師からの突然の問いに、杏璃がたじろいだ。

「……あまり刺激していい状態じゃないんだけどねぇ、2人とも」

「で、ですよね」

 遠い目をしながら医師が呟いた。
 それに何と返していいか分からず、春姫が絞り出すような声でそう言う。
 そんなやり取りをしている間にも、信哉と沙耶の言い争いは続いていた。

「諦めるのはまだ早いだと!?
 伊吹様が相手の七賢人を下すのは、もはや最低条件なのだぞ!!
 それだけでもまだ優勝には手が届かんのだ!!」

「ですから、それは――」

 信哉の言葉に、沙耶が言いよどむ。
 いつもの妹への思いやりなど、見受けられない。
 容赦なく、畳み掛けるようにして信哉は吼える。

「それを知ってなお、主に負担を押し付けるか!?
 まだそんな戯言を口にするのか!!」

「上条君!!」

 そして。
 信哉の言葉を、春姫の金切り声に近い叫びが遮った。
 大して声を出していないにも拘わらず、
春姫は肩を上下させながら信じられないものでも見るかのような目つきで信哉を見つめる。

「……戯、言? そんな、……そんな言い方って、……ないんじゃないかな」

 震えを押し殺すかのような声色だった。

 知っている。
 ここに居る皆が知っている。
 瑞穂坂の勝利条件。

 シングルスで伊吹が優勝することは、最低条件。
 加えて。

 瑞穂坂の選手が誰1人として出場しないフライング・キャッチにて、京帝の選手が最下位になること。

 瑞穂坂が優勝するには、もうこれしか道は無い。
 自分たちの努力だけでは、もうどうしようもない状況。
 確かに瑞穂坂はそこまで追い込まれている。

 でも。それでも。

 皆がそれに悲観せず、最後まで走り切るんだと、信じていた。
 結果は必要だ。優勝しなくてもいい、と言ったら嘘になる。

 でも。それでも。

 諦めずに、最後まで立ち向かうんだと。
 試合に出ないメンバーも、最後まで声を枯らして叫び続けるんだと。
 春姫はそう思っていたのだ。いや、春姫だけではない。
 瑞穂坂のメンバー、その大半はその気持ちだっただろう。

 咄嗟に声が出てしまったのはそのためだ。
 裏切られた、と。春姫は勝手に思ってしまったのだ。

 そして。

 皆まで言わずとも、その感情は信哉に伝わった。
 嫌な沈黙が救護室を包み込む。

「……すまぬ。雄真殿」

 しばらくして。
 沈黙を破ったのは、信哉だった。

「出て行ってもらえぬだろうか。
 今の俺では、雄真殿と冷静に話などできん」

 絞り出すような声でそう言う。

「……アンタねぇ。
 ここまでいろいろ引っ掻き回しといてそうはいか――」

「もういいよ、杏璃ちゃん」

 信哉のその言葉に、ため息交じりに呟く杏璃を、春姫が押し留めた。

「春姫?」

 訝しげな表情で春姫を見る杏璃。
 しかし、その視線には合わせることなく、春姫は雄真の方へと向いてこう言った。

「もういいよ。雄真くん、行こう?」

 それは。
 あたかも、もう何を言っても無駄、と悟ってしまったかのような顔色で。

 雄真は、それが気に食わなかった。
 いや。

 それ、『も』、か。

「ふーっ」

 雄真は深くため息を吐くと、車椅子に手をついた。

「雄真?」

 怪訝な表情を向けてくる杏璃には応えず、雄真がゆっくりと立ち上がる。

「ちょっ」

「大丈夫大丈夫。もともと大事を取ってってことだったんだからさ」

 ふらつきながらも、雄真は己の2本の足で立ち上がった。

「信哉」

 一歩、一歩と。
 違和感はある。多少はふらつく。
 それでも雄真は、自分の足でゆっくりと信哉の元へと近付いた。

「……何だ、雄真殿」

「ちょっと、顔上げろよ」

 その声が、救護室にいた全員の耳に届いた瞬間だった。

バキィィィィッ!!!!

 鈍く、大きい音が響いた。
 万全では無い身体。
 それでも、腰の入った渾身のストレートは、
ベッドの上に座っていた信哉の身体が後ろへと仰け反る程度には有効だった。

「がっ!?」

 ベッドのスプリングが軋む音と共に、信哉が仰向けに倒れ込む。
 ただ、殴った雄真も無傷ではいられなかった。
 その衝撃は痛んだ身体中を走り回り、たららを踏んだ雄真も、信哉のベッドへと崩れ落ちる。

「こ、小日向君!?」

 いち早くフリーズから脱出した小百合が、慌てて雄真を助け起こそうとした。
 が、彼女も車椅子。結局は手で制され、春姫と杏璃が2人がかりで雄真を起き上がらせる。

「な、何やってんのよアンタ!! 相手は怪我人で――、あれ、アンタも怪我人だっけ」

「……そういう問題でも無いんじゃないかな」

 徐々に尻すぼみになる杏璃の台詞に、春姫が微妙なつっこみを入れた。
 その光景を、沙耶は黙って見つめている。
 呻き声を上げながら弱々しく上半身を起こす兄に対して、言葉一つ掛けようともしなかった。
 雄真へと鋭い視線を向けながら、信哉が血で濡れた口を手で拭う。
 その視線を真っ向から受けながらも、雄真は動じなかった。

「俺に、こんなこと言う権利なんて無いのかもしんないけど」

 医師が口を挟もうとするのを、小百合が制する。
 それに心の中でお礼を言いつつ、雄真は続ける。

「がっかりだよ、信哉。お前が信に負けたことがじゃない。
 お前がこうも簡単に折れる奴だとは思わなかった」

 睨み合う。
 春姫と杏璃から、無理やり車椅子へと押し戻されている雄真だが、
視線だけは信哉から離さなかった。

「だんまりかよ」

 信哉は、答えない。
 雄真の顔が、悲しそうに歪んだ。

「じゃあ勝手にしろよ」

 車椅子のハンドルへと手を伸ばしながら、雄真は言う。

「腐るなら、そこで一生腐ってろ。俺は伊吹を応援しに行く」

 踵を返すように車椅子の向きを変え、雄真は視線を切るように信哉へと背を向けた。

「俺はまだ、諦めてないからな」

 信哉は、答えない。
 それを確認して、雄真は車椅子を動かした。
 直ぐに後ろへ春姫が付く。
 少しだけ不満そうな顔をした杏璃だったが、特にそれを口にすることはなく、
小百合の後ろに回り、春姫の後ろへとついていくようにその車椅子を押し始めた。

 救護室の扉を春姫が開ける。
 退出の直前。
 振り返ることはせず。
 雄真は、今にも泣きそうな声色でこう吐き捨てた。

「伊吹の意志を貫こうと、俺にワンドを振ったあの時の信哉はどこ行ったんだよ」





 約30分という驚異的な所要時間を以て、C会場は完全に修復されていた。
 日本魔法協議会における『空間回帰』を得意とする魔法使いの面々の力が、
遺憾なく発揮された形となった。
 これは魔法を知らぬ者に対してのアピールの一環にもなる。
 魔法を身近に感じてもらうこと。魔法がいかに便利であるのかを伝えることも重要だ。

「すっげぇなこりゃ!!」

「ホントねー!!」

 大声でハチと準が叫びあう。
 既に会場の熱気は試合前のそれに戻っていた。

 これから行われるのはフライング・キャッチ決勝戦。
 七賢人が一角・八乙女咲夜が出場する試合だ。
 前例の無い、僅か3人によるフライング・キャッチ。
 それがどのような試合展開になるのか、会場の誰もが待ち侘びていた。

『選手入場!!』

わああああああああああああああああああああ!!!!

 会場の歓声の音量が、一段階上がる。
 薄暗い通路から、夕日の差す決勝の舞台へと。
 選ばれし3名の選手が姿を現す。

「今年も圧勝を期待してるぞー!!」

「格好良いところ見せてくださいー!!」

「ここで王者・京帝に一矢報いてくれー!!」

 じゃらり、と。
 様々な歓声をその一身に受け、選ばれし少女はフィールドを闊歩する。

 七賢人八乙女家・次期当主。“風の加護を受けし一族”。
 八乙女咲夜。

 赤い日差しを浴びキラキラと光るツインテールをなびかせて。
 腰の左右にはマジックワンドである扇をそれぞれ差し込み。
 左右の扇を繋ぐ鎖を引き摺りながら。
 彼女は、不敵な笑みを絶やさない。

 フライング・キャッチに瑞穂坂の選手はいない。
 にも拘わらず。
 この試合は、そのまま今年の七校対抗魔法大会の優勝校の決定に直結する。

 シングルスの結果を待たずして、王者・京帝が三連覇を果たすか。
 それとも。
 瑞穂坂が優勝へ一縷の望みを残すか。


 ――――審判は、間もなく下される。


励みになります。
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                      Leica

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