太陽が、傾き始めた。
青空に、少しずつ朱の色が射し始める。
空気も、徐々に冷気を帯びるようになってきた。
それでも。
『選手、入場!!』
会場の熱気は冷めることがない。
全霊の熱意を以て選手を迎え入れる。
『名古屋魔法高校、黒川アゲハ』
わあああああああああああああああああああああああ!!
歓声があがる。
アゲハは、ワンドである箒を手のひらでクルクルと回しながら、会場へと足を踏み入れた。
一見、余裕そうに見えるその態度。
しかし。
「……プレッシャーを感じるな、という方が無理でしょうね」
汐留渚は、その姿を見てぽつりとそう呟いた。
『京帝高校、渡辺正和』
わあああああああああああああああああああああああ!!
京帝コールが鳴り響く。
この試合は、京帝が連覇を決められるかが懸っている試合。
京帝高校の生徒だけでなく、この会場全ての人間が、
渡辺正和の一挙手一投足に注目していた。
「……渡辺さん」
神威空の役目は既に終了している。
彼女にできることは、ただチームメイトの勝利を祈る事だけだ。
『舞浜学園、八乙女咲夜』
わああああああああああああああああああああああああ!!!!
会場全体が震えた。
浅草舞が予選で消えた今、この試合で残る七賢人は彼女のみ。
そしてこの競技の去年優勝者。観客の期待値は俄然高まる。
舞浜学園、八乙女咲夜。
名古屋魔法高校、黒川アゲハ。
京帝高校、渡辺和正。
3名が、今、フィールドの中央へと揃った。
Happiness story『小日向雄真と七校対抗魔法大会』
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『これより、フライングキャッチ決勝を開始します』
わああああああああああああああああああ!!
宣言と同時、会場が歓声で覆い潰される。
審判の指示受け、係員が地面へ置いた木箱に手をかけた。
蓋を開ける。
瞬間。
予選の時と同じく、箱から多量の“なにか”が凄まじい勢いで弾け飛んだ。
それは、フライングキャッチに必須となるマジックアイテム。
『ただ今、フィールドへ金、銀、銅のボールをそれぞれ1個。
白のボール47個。計50個のボールを放ちました』
わああああああああああああああああああ!!
『今回は、キャッチのスピードを競うものではありません!!』
歓声に負けぬよう、審判が声を張り上げる。
『フィールドを縦横無尽に駆け巡るボール!!
銅のボールを手にした者へ30点!!
銀のボールを手にした者へ50点!!
金のボールを手にした者へ70点!!
得点が一番高かった者を優勝とします!!』
審判を中心として向かい合う3人。
うち、咲夜が口角を吊り上げた。
「点数なんて関係ないよ」
腰から伸びる鎖を撫でながら、咲夜は言う。
「この試合。貴方たち2人は、浮遊魔法を使うまでもなく終わるから」
「何だと?」
京帝・渡辺が眉を吊り上げた。
「それはどういう意味だ」
「言葉通りの意味だよ」
顔をしかめる上級生にも動じず、腰に差した扇を抜き、咲夜は宣言する。
「10秒。それでこの試合の勝者は決まる」
「こりゃみんなの所には戻れないな」
選手入場と試合ルールの説明が終わり、
今まさにフライング・キャッチが始まろうとしている瞬間。
観客の目は一つの例外も無く、会場中央へと吸い寄せられていた。
雄真の呟きに、春姫が頷く。
「そうだね。試合が終わるまでは、移動するのも諦めようかな」
「雄真、立てる? 座ったままじゃ見えないんじゃない?」
「んー」
杏璃からの問いかけに、雄真はしばし考えた後。
「けど、競技が競技だからなぁ。みんな飛ぶんだろ?」
そんなことを言った。
「確かに、試合が始まってしまえばすぐ見えるようになるでしょうね」
小百合が苦笑しながら同意する。
試合開始直前ということもあり、雄真を見て観客が道を開けるといった現象も起こらない。
信哉と沙耶の見舞いにいった4人は、試合終了までの間はこの場にとどまることにした。
『試合を開始します!!』
ビ―――――――――ッ
開始ブザーが鳴り響く。
同時に。
「かまいたちの舞」
シュバババババババババババッ!!!!
空を切り、地を抉り、轟音を響かせて。
風の刃がフィールドを縦横無尽に駆け巡る。
しかし。
「……お?」
その現象を引き起こした張本人・咲夜は眉を吊り上げた。
「何度も同じ手を」
「喰らうものか!!」
アゲハと渡辺。
敵対する名古屋と京帝の2人は、その攻撃は予想していたとばかりに障壁でやりすごした。
咲夜を挟み込むように、2人は両サイドへと駆けていく。
ただ、この試合は咲夜を負かすことを目的とした試合ではない。
2人は浮遊魔法を発現させて、地面を蹴ろうとして――。
「ウェンテ」
凄まじい風の奔流に巻き込まれた。
衝撃でワンドを手放さなかったのは、なけなしのプライドか。
咲夜を中心とした完全な逆サイドから、それもほぼ同じタイミングで空へと飛び立とうとしていたにも拘わらず、
アゲハと渡辺は咲夜から放たれた『風属性が付加された初級魔法』によってフィールドの側面へと激突した。
「うっ!?」
「がっ!?」
「もう10秒経っちゃうじゃん。足掻く予定があるならあるって言ってくれなきゃ。
そしたら余裕を以て、30秒くらいにしてたのにー」
気の抜けるような不満を漏らしつつ、咲夜が扇を振う。
その声色に反する暴力的な風の二撃が、壁へと激突し崩れ落ちる2人の下へとそれぞれ到達した。
きゃあああああああああああ!?
観客席から悲鳴があがる。
障壁によって守られてはいるものの、衝撃全てを吸収できるわけではない。
七賢人次期当主の一撃をモロに受けた会場が、激しく揺れる。
咲夜はそれを感情の読めぬ表情で聞いていた。
「……なんだ。まだ退場になってないんだー」
二撃。三撃。四撃。
ドォンドォンドォン、と。
継続的に攻撃を加える咲夜。
その顔へ、徐々にだが陰りが生まれる。
瞬間。
キィィィィィィンッ!!
「身体強化魔法、ね。足だけ?」
「余計なお世話です!!」
箒の形をしたワンドが振われ、咲夜が扇の片方でそれを受け止める。
澄ました顔で指摘してくる咲夜に、アゲハが吼えた。
「“オープン”!! ウェンテ!!」
風魔法の一撃。
咲夜が先ほど放ったそれとは比べるべくもないが、それでも、ゼロ距離。
風圧に負けた咲夜の腕が、扇ごと跳ね上がる。
そこへ。
「よくやった!! 名古屋!!」
雷属性の身体強化魔法を纏った渡辺が急接近した。
渡辺が強化しているのは、脚と腕。
「喰らえ!!」
雷を纏った一撃が、咲夜の脇腹へと吸い寄せられるように叩きつけられかけて。
そして、吹き飛んだ。
「がっ!?」
風のフル・アーマー。
咲夜が発現した全身強化魔法によって生まれた暴風が、渡辺の一撃ごと吹き飛ばす。
風圧に負けて後方へと吹き飛ぶ渡辺。
「あんまり粋がらないでよ先輩。観客はもうそんなの求めてないんだからさ」
「っ!?」
それに並走する咲夜。
振われる扇。
ビ―――――――――ッ
『緩衝魔法の発動を確認。緩衝魔法の発動を確認。渡辺正和、退場』
生まれた暴風が渡辺を呑み込んだ直後、退場コールが鳴り響く。
しかし、咲夜の視線はもうそちらには向いていなかった。
「っ!!」
視線の先。
そこには箒を構えたアゲハがいた。
咲夜が渡辺にとどめを刺している間。
やろうと思えばアゲハは、浮遊魔法を発現させてボールを追いかけることもできた。
でも、しなかった。
他者を囮にして自分が利を得るという手段を嫌った、彼女なりの意地だった。
そして。
「本当に無価値だよね。なけなしのプライドってさ」
咲夜は、アゲハ本人とともにそのプライドをも一刀両断し、斬って捨てた。
「……飛んでこないんだけど」
「うん。だってもう勝負ついたし」
「はあ!?」
いつまで経っても戦況が確認できなかった雄真は、杏璃からもたらされた回答に驚きの声をあげた。
「え、なに。今の退場コールってネタじゃなくてマジだったの?」
「公式の試合にそんなユーモア取り入れてどうすんのよ」
杏璃がやれやれと首を振る。
「あ、ほら。飛んできたわよ。良かったわね。見れて」
杏璃が指差した先には、ゆっくりと浮上してきた咲夜が、空中で飛び回るボールを吟味し始めていた。
既に競争相手がいないので、緊迫感のかけらもない。
制限時間も競争相手も無し。
飛び回るボールの中から高得点のボールを探し出すだけの、ただの作業ゲームだった。
どうしてこうなった、と。
今頃主催者たちは頭を抱えていることだろう。
現に、観客からの歓声も消えている。
「……シュールすぎるな」
これが本気を出した七賢人の実力ということなのか。
なぜ不文法で彼らが掛け持ちしてはならないと定められたのかがよく分かる光景である。
そんな中。
宙をふわふわと移動する咲夜と、雄真の目が合った。
にんまりと笑われる。
そして、何やら口を動かしていた。
何かを伝えたかったのだろうが、残念ながら口話術をマスターしていない雄真には届かなかった。
「これは出血大サービスだよ、ゆーゆー」
空中で。
1人風に吹かれながら咲夜はそう呟いた。
七校対抗魔法大会。
その優勝争いは、既に2校へと絞られている。
つまりは京帝と瑞穂坂だ。
京帝の三連覇がかかっているこの大会だったが、咲夜にとってはどうでもいいこと。
それよりも。
「ゆーゆーが勝った方が、この先もっと楽しいことになる気がするんだよねー」
外れである白のボールを目で追いながら、咲夜は楽しそうに言う。
もっとも、渡辺が今回点数を獲得できなかったからといって、京帝の優位が変わるわけではない。
全てが決まるのは、大会のクライマックス。
シングルスの決勝だ。
対戦カードは乃木鉄平と式守伊吹。
鉄平の高校も、既に優勝は逃している。
しかし、だからといって勝負を投げるような男でないことは、咲夜も良く理解していた。
あとは、伊吹次第。
「んふふー。どーなるかなっと!!」
高速で通過しようとしたボールを片手間でキャッチする。
握られた手の中には、金色のボールが輝いていた。
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Leica
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