第2話「神秘の指先、奇跡の掌」

 

 

 

 

 

 

空港での騒ぎも早々に、雄真と伊吹はエリス、アリス姉妹の家に連れられていた。

石造りの道に立ち並ぶ住宅街の一角、周りとは明らかに庭の規模だけが違う、一際目立つ家に連れてこられた。

それなりに大きい門を平然とくぐる。

つまり、ここが姉妹2人の家ということだった。

 

 

「うわぁ・・・・・・」

家の中に入り、思わず感嘆の声が出る。

石造りのエントランスから吹き抜けになっている階段。

というか、玄関がすでに玄関でない辺りから普通じゃない。

さながら城門のような玄関だったぞ、あれ。

 

「どうぞ、小日向さん、式守さん」

「あ、ども」

「ああ、邪魔するぞ」

 

明らかな豪邸に緊張しまくっている俺とは対照的に、伊吹はさして驚く様子もなく、普段通りだ。

さすがはお嬢様。

セレブリティな物事に怯むことはないらしい。

僕ら庶民にはでんでんわかりませんなー。

 

「? 小日向、どうしたのだ?」

「あ、いやいやなんでもない。ただまぁ、あまりの豪邸っぷりに驚いただけ」

「ふむ・・・・・・まぁ、そうだな」

「?」

 

何やら思う所があるのか、今度は伊吹が考えこんでしまった。

なんだってんだ、まったく。

 

 

 

 

居間に案内されてから、エリスの淹れてくれた紅茶をご馳走になる。

お茶の種類とかはまるで解らないけど、すごく美味しいのだけは充分に解った。

おかげで、ようやく一息ついた気分に包まれた。

 

「――――それじゃ、伊吹も一緒でいいんだ?」

 

何気に懸念の一つだった、伊吹の宿泊先。

急遽だっていうのに、このエメラルド家は問題なく受け入れてくれた。

正直、土下座する気だったので、これは素直に感謝である。

 

「ええ。ご覧の通り、家だけは大きいので。部屋も充分余ってますし」

「ふむ。すまぬな、助かる」

「いえいえ。ね、お姉ちゃん」

「―――――」

 

同意するように、エリスも微笑む。

なんていうか、仲のいい姉妹である。

姉であるエリスがまったく喋っていないのに、妹であるアリスとの意思疎通は完璧。

以心伝心とはまさにこのこと、と呼べるほど。

 

「そういや、気になったんだけど」

「なんですか?」

「エリスとアリスのご両親は?」

 

これだけの豪邸である。

しばらくお世話になる身としては挨拶をしなければ。

―――――だっていうのに、2人の表情はどこか困った様子だった。

 

「?」

「えっと、その・・・・・・両親はもう、他界してまして・・・・・・」

「・・・・・・」

 

失言だった。

薄々、疑問は感じていたけど、そんなことはないと頭のどこかで勝手に決めてしまっていたのだ。

或いは、伊吹は先程、それを感じ取ったのかもしれない。

大きく立派な豪邸に、驚く程人の気配が感じられなかったこの家に。

 

「・・・・・・そっか」

「―――――」

 

だからこそ、謝ることはしなかった。

訊いたことより、聞かされた内容そのものに謝る方が失礼だと思ったから。

それを知ってなのか。

エリスが視線だけで感謝を述べているような――――――そんな気がした。

 

「あはは、変な空気になっちゃいましたね」

「まったくだ。すまぬ、小日向が無神経で」

「ちょ!? お前がそれを言うか!?」

「あはは・・・・・・――――あ! そういえば!」

 

紅茶のお代わりを淹れてくれながら、思い出したようにアリスの顔が輝く。

 

「空港での小日向さんの魔法! 凄かったですね!!」

「い、いやー、あれはそういうものじゃあ・・・・・・」

「暴走の一歩手前だったな。ビサイムがいなければ大変なことになってたぞ」

「だからそれには感謝してるって。ありがとな、ビサイム」

『・・・・・・い、いえ』

 

今更だけど。

初めて会った頃に比べたら、伊吹はもちろん、ビサイムとも随分親しくなれた気がする。

昔はなんか、目の敵にされてた気がするしなぁ。

 

「――――えっと。ひょっとしなくても、小日向さんって凄い実力者なんですか?」

「いやー、そんな自覚はないけどなぁ」

「・・・・・・何、鼻の下を伸ばしておるのだっ」

「伸びてねーよ!・・・・・・まぁ、自覚はないけど、俺と伊吹って才能だけなら学園トップクラスなんだっけ?」

「私は実力もだっ! 実力が備わっていないのはお前の方だろう!」

 

実に実も蓋もない酷い言われようだけど、全て事実なので何も言えない。

というか、さっきからやけに突っかかってきてるのは何故だ。

伊吹の心情がまるで解りません。

 

「・・・・・・え、あれだけの魔法を使えるのに・・・・・・?」

「いや、まぁ。確かに小日向の実力も相当なものではあるが・・・・・・」

 

今度は弁護された。

伊吹の心情がほんとに解りません。ほんとに。

 

「・・・・・・凄いんですね、お2人とも」

「・・・・・・」

「い、いや、そんなことないって!」

「私は自覚あるぞ?」

「ちょっとは謙虚って言葉を知ってくれ!!」

 

 

 

 

 

 

――――――で、その後。

――――――街の案内と何かと物入りだろうと、4人で買い物に出かけることになった。

 

 

 

「今更だけど、やっぱ変わってるなぁ・・・・・・」

「? なにがです?」

「なんていうか、街並みがさ」

 

石造りの道に、木造の住宅。

商店通りにスーパーなんてなく、個人営業の店が数多く並ぶ。

活気に溢れる街並みには多くの人が通い、買い物を楽しんでいる。

それだけで、ここが日本でないことがひしひしと伝わってくるほどだ。

何より、大きな違いは――――――

 

「――――ほんとに車が無いんだな」

 

先程から、一台たりとも車を見かけないのだ。

あくまで魔法を使った技術で暮らしを支えており、文明の利器に頼ることがほとんどない。

なるほど。

ここが魔法と幻想の大陸と呼ばれるだけのことはあるわけだ。

 

「そうですね。特にこのレスティ地域は、別名、魔法街と呼ばれていて、大陸の中でも魔法店や研究所といった、魔法に関するモノが多いですし」

「へー、魔法街」

「そのマジックショップというのは興味があるな。後で案内してくれ」

 

実に遠慮のない伊吹である。

性格的なものなんだろうけど、やっぱりもうちょっと遠慮した方がいいんじゃなかろーか。

人選、ミスったかもしれない。

――――――と、

 

「ホントですか!?」

「うぉ!?」

「それじゃあ行きましょう! すぐに行きましょう!! お姉ちゃん、小日向さんはよろしくね! 私は式守さんとマジックショップ巡りしてくるからーっ!!」

 

目を爛々と輝かせ、有無を言わさず伊吹をドナドナしていったアリス。

その、あまりの豹変ぶりに、伊吹はまったくの無抵抗のまま連れ去られていった。

 

「ちょ!? アリス!? ちょっと待てー!?」

 

叫ぶが、すでに遅し。

とっくに視界から居なくなっていて、エリスと2人、完全に取り残されてしまった。

 

「・・・・・・す、すごいな。アリスってマジックアイテムとか好きなんだ?」

「―――・・・・・・」

 

呆れつつも同意されているのか。

なにやら申し訳なさそうな顔で、エリスに頭を下げられてしまった。

 

「あー、いや別にいいんだ。伊吹なら、どうにかなるって」

「―――――」

 

今度は小さく微笑まれた。

何を伝えたかったのかは解らないけど、とりあえずエリスもホッとしているみたいだ。

―――――となると、やはり問題はこっちだった。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・?」

 

正直、アリスがいないとエリスとはまともにコミュニケーションが取れない気がするのだが。

こんな、右も左も解らない土地で、言葉以外のコミュニケーション方法でエリスと買い物するのって、それはどれだけの難易度なんだろうか。

(まいったなぁ・・・・・・)

さすがに想定外である。

こうなったら、あまりウロチョロせず、アリスと伊吹が帰ってくるのを待った方が――――――と、

 

「?」

くいくい、と服の袖を引っ張られる。

引っ張ってる主であるエリスは、なんだか楽しそうな顔で“着いてきて”と言わんばかりに、袖を引っ張っている。

「エ、エリス? そ、そんなに引っ張らなくても着いてくから・・・・・・!」

 

 

 

 

 

―――――で、そのままエリスに連れて来られたのは・・・・・・

 

「・・・・・・雑貨店?」

 

品物に統一性がなく、探せば掘り出し物でも見つけられるような、様々な品々が置かれた店先。

言うまでもなく、日本でも全国どこにでも見られる、安くいろんなモノが買える、雑貨店だった。

(・・・・・・なぜ一番最初にここ!?)

一方、エリスはと言うと、胸を張って、

 

「―――(ドヤァ)」

「なんで!?」

 

後光が差しこむ程に晴れ晴れとした顔をしてらっしゃった。

いやまぁ、いいけど。

すんごい楽しそうだし。

というか、エリスが好きなだけなんじゃないのか、単純に。

 

 

で、折角なので物色することに。

まぁ、なんだ。

どの雑貨店にも言えることだけど、これほどウィンドウショッピングが楽しい店も珍しい。

珍しい物に溢れてるし、見ていて飽きない。

もっとも、その品物に実用性を求めると、途端購入率が激減するのは良くあること。

(・・・・・・)

実際、見てる分には楽しいけど、今必要なものは特には見つからない。

一方、エリスはというと、楽しそうな様子で店内をぐるぐると見て回っていた。

まぁ、やっぱそういうことか。

――――――と。

 

「ん?」

 

ふと、目に留まった、イルカのイラストが描かれたメモ帳。

なにか惹きつけられるものを感じて―――――よくよく考えれば、これは使えるんじゃないだろうか?

 

 

 

 

「あー、やっぱ見てる分には楽しいな。雑貨店って」

「〜♪」

 

店の外に出ると、エリスもご機嫌な様子。

で、そんなエリスを手招きして、先程買ったメモ帳を取り出して――――――

―――――『雑貨店、好きなの?』―――――

なんて、メモ帳に書いてみた。

 

「―――――」

 

それを、じーっと訝しむように睨むエリス。

で、今更気づいた。

 

「あ、悪い。日本語解らないよな」

 

言葉自体は、魔力に乗せて“意思”を伝えているので問題なかったけど、文字はそうはいかない。

むむ。ナイスアイディアと思ったけど、実質、なんの意味も無かった。―――――と、

 

「ん?」

 

エリスに袖を引っ張られ、メモ帳を返される。

と、そこには綺麗な字で、

―――――『はい。小さい頃から好きなんです』―――――

と、メモ帳に書かれていた。

 

「――――え? エリス、なんで日本語・・・・・・」

 

と、再びメモ帳を奪われて、何やら書き込んで再び返されると、

―――――『勉強したんです。以前から、日本には興味があったので』―――――

なんて書かれていた。

 

「そう、なんだ。・・・・・・すごいな、エリス」

「――――っ」

 

あ、なんか照れてる。

でも正直、ほんとに凄いと思う。

これだけ正しい文法で日本語を書けるようになるには、それこそ本当に多くの時間を勉強に費やす必要があるのだろうし。

少なくとも、そういったことは俺にはまるで無理だし。

 

「――――!」

「え、なに?」

 

と、メモ帳を返された。

なんだけど、受け取ってから少し考えて――――――メモ帳の半分を切り離し、エリスに手渡した。

 

「――――?」

「エリスにあげるよ。困った時は筆談で、ってことで」

「――――」

「・・・・・・だめかな?」

 

少し不安になる。

もしかしたら、そういったコミュニケーションは嫌がるのかもしれない。

などと思っていると、エリスは受け取ったメモ帳になにやら書き込んで、

―――――『そんなことないです。ありがとうございます』―――――

なんて、綺麗な字で書かれていた。

 

「――――ほんとに?」

こくこく。

「そっか。それなら良かった」

 

にっこり微笑むエリスは、なんだか可愛い。

声が出せない(聞こえない)分、表情は凄く豊かで、それが彼女の魅力になっているほど。

ともあれ、これで細かいコミュニケーションもなんとかなるし。

とりあえず、当初の目的通り、買い物を続けるとしましょうか。

 

 

 

 

 

「ふぃー・・・・・・結構買い回っちゃったな」

「――――♪」

 

生活必需品だけ、ということだったけど、実際買って回ると中々に入用だった。

なんでか枕までノリで買ってしまったぐらいだし。

ともあれ、今は露店の店外喫茶店で一休み中。

運ばれてきたコーヒーを啜りながら、戦利品をチェックしていく。

 

「・・・・・・うん。大体は揃ったかな」

「――――」

「ありがとな、エリス。助かったよ」

「―――♪」

 

会話こそ出来ないけど、エリスの道案内は実に的確だった。

筆談を交えつつ、こちらの要望の品がある店までしっかり案内してくれたし。

 

「――――」

「―――?」

 

と、不意に疑問いち。

そういえば、ここムー大陸に住んでる以上、エリスも魔法使い―――――もとい、幻想使いなんだろうけど、一体どうやって魔法を発現させているんだろう?

エリスは声だ出ない(弱い)ということは、詠唱をすることが出来ないのでは。

俺だって詠唱を省略できても、魔法の真明を省略することはまず無理だし。

―――――なので、ストレートに訊いてみた。

 

「なあ、エリス」

「?」

「エリスってさ、どうやって魔法を発現させてるんだ?」

「――――」

 

訊かれたことが嬉しかったのか、途端、笑顔になるエリス。

で、そのまま右手の人差し指と中指を重ねて、中空で円を描いていく。―――――と、

(うわ・・・・・・!)

エリスの目前の中空。

そこに、光で描かれたサークル―――――魔法陣が発現されていた。

(法陣使い、だったのか・・・・・・!)

 

日本では知識で知られるのみで、現存する人など訊いたこともない。

発声器官による詠唱ではなく、発現する魔法を方陣によって制御、発動する魔法形態。

つまりエリスは、声を必要としない幻想使い―――――魔法(陣)使いだったのだ。

 

「――――!」

 

と、魔法陣が完成したと思うと、即座に何かしらの魔法が発現。

見れば、カップの中の冷めつつあったコーヒーが、まるで淹れたてのように熱々になっていた。

 

「おぉ! 凄いな!」

「―――・・・・・・」

 

“そんなことない”とばかりに、手をぶんぶん降りながら照れるエリス。

随分謙虚なエリスだが、やっぱりすごい。

少なくとも、こういった細かな気配りのきいた魔法は、俺には使えないし。

なんていうか。

魔法が完全に“生活の一部”ならでは、なのかもしれない。

日本では、あくまで使える人の手段の一つだけど、このムー大陸では魔法が当たり前のように生活に溶け込んでいるのだ。

 

――――――あるいは、この大陸では。

――――――魔法使いとそうでない人の格差は無いのかもしれない。

 

 

もし、という話はあまりしないほうだけど。

もし、俺がこの大陸に生まれていたら・・・・・・・・・魔法を捨てることは、無かったのかもしれない。

あまりに無意味すぎる、“if”の話だけど。

 

 

「・・・・・・?」

 

険しい顔で黙り込んでいたせいか。

エリスが、どこか心配そうな顔でこちらを見ていた。

 

「あぁ、ごめんごめん。ちょっと考え事」

「――――」

 

あまり納得した顔ではないけど、エリスはそれ以上、追及してはこなかった。

彼女のできた人柄に感謝。

 

「――――というかだ。伊吹とアリスはどこまで行ったんだろうな?」

 

少なくとも、あれから実に1時間は経過している。

正直なところ、アリスに引っ張り回されているであろう伊吹のことが心配です。

どこかしら小動物を連想させるのだろうか。

こっちじゃ、すももに散々引っ張り回されてたし。

 

「――――」

 

と、エリスはプレゼントしたメモ帳を取り出し、ぐりぐりと何かを書いて、

―――――『あの子は昔から、そういった店に目が無くって・・・・・・』―――――

って書かれたメモを渡された。

 

「・・・・・・」

 

なるほど。

この姉にしてあの妹なんですね。

姉が現実的な雑貨店が好みなら、妹が幻想的な魔法店が好みであると。

実に対照的な、良く出来た姉妹さんだ。

 

 

 

 

 

―――――それから、さらにしばらく。

―――――おかわりしたコーヒーを飲み終えた辺りで、不意になんだか騒がしくなってきた。

 

「・・・・・・? なんだ?」

「――――」

 

手をトントン、と指先で叩かれ、メモ帳を渡されると、

―――――『この時間は、魔法の研究・実験をよく行う時間帯なんです』―――――

―――――『ほら、ここって魔法街ですから』―――――

なんて書かれてた。

 

「へー、魔法実験」

 

そういえば、向こうのビルの窓から、ピンク色の光と花火みたいに何かが炸裂してる気がするし。

だっていうのに、熱も衝撃も来ないのはさすが魔法街。

・・・・・・音だけはどうしようもないみたいだけど。

 

「・・・・・・それにしたって騒がしいな。移動する?」

「――――」

 

同意したようにエリスは頷く。

なので、手早く荷物をまとめて席を立とうとして――――――遠くから呼ぶ声に気付いた。

 

「お姉ちゃーん! 小日向さーん!」

「あ、アリスだ」

「―――――」

 

向かいの交差点から、満面の笑顔でアリスが帰ってきた。

何やら両手に紙袋をたくさん持ってる辺り、充実した買い物だった模様。

・・・・・・隣の伊吹の顔から生気を感じられないのは、気のせいだと信じたい。

 

「あはは・・・・・・やっぱ予想通りだったな」

「―――・・・・・・」

 

エリスと2人、しょうがないなぁ、といった溜息をつく。

ともあれ、2人に呼びかけるように手を上げて応えようとした。

その、瞬間。

 

――――――――ドゴォン!!

 

「――――!?」

「っ!?」

 

一際、大きな爆発音がしたと思った直後、目先の建物から煙が溢れ――――――

文字通り、建物の屋上2階分の構造物が落下してきた。

その落下先は、冗談のようなタイミングで、伊吹とアリスの真上――――!!

(・・・・・・ッ!!)

迷うよりも叫ぶよりも早く、自分の両足は駆けだしていた。

自身の真上だからか、伊吹とアリスは事態に気付くのに一瞬遅れた。

けれどその刹那の遅れは、大惨事から逃れようのない微かな時間。

なら、助けに行く以外の選択肢などあり得るものか――――!!

 

「伊吹ッ! アリスッ!!」

 

こちらの叫びで気づいたのか、伊吹とアリスも状況に気付く。

が、遅い。

今からでは逃げることも魔法で防ぐことも出来ない。

そして、2人を抱えて退避することも、今の自分には不可能だった。

目前に迫る構造物。

激突まで2秒もない。

けれど、すでに準備は整っている―――――!!

 

「――――ッッ!!」

 

選ぶ魔法は一種類。

しかし、春姫の使うような防御障壁では“隙間”が多く、全てを防ぐことは出来ない。

隙間なく、多重に、高密度を誇る障壁。

それはいつか、母さんが使った、あの防御障壁に他ならない。

未だ、あの領域の障壁を発現できないのなら、

真名を変えて、あの形状を無理やりでも作ればいい―――――!!

エル(・・)・ラティル・アムレスト!!

 

7つの魔法陣から展開される、7つの光膜障壁。

本来なら、使用者の前面のみを防ぐほどの大きさのソレは、

一切の加減を利かせなかった雄真の魔力とムー大陸の高濃度のマナにより、構造物を“完全に包み込む”、空を覆う程の巨大さで展開されていた。

 

「え――――!?」

「――――っ!!」

 

アリスの驚きの声と、エリスの息を呑む気配を感じる。

だが、どうする。

倒壊した建物を障壁で受け止めたものの、この構造物をどうすればよいのか。

障壁を解除すれば、地面に激突して大変なことになる。

かといって、このまま攻撃魔法で消し飛ばしてしまっては、今、受け止めている建物の中に人が居た場合、より大問題になる。

とどのつまり、まだこの国に来て間もない雄真では、どうにかすればそれだけで問題になる。

 

――――――なら、答えは明白。

――――――つまり、“どうもしなければいい”だけのこと。

 

「――――ッッ!!」

 

突き出した左手の防御障壁を維持したまま、残る右手に更なる魔力を収束。

大気に含まれるマナの助けもあって、驚くほどアッサリと魔力が集まり、

 

「ディ・アムシアス!!」

 

右手を突出し、拘束魔法を発動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――それを、エリスは茫然と見つめていた。

 

「・・・・・・」

彼は今、なにをしたのだろう。

正直、どれほどの想像を以てしても、まるで理解できない。

建物の倒壊に気付いた刹那、驚く私と違い、彼は一切の躊躇なく駆け出していた。

それだけでも相当な凄さだというのに、彼はまたしても離れ業をやってのけた。

 

―――――彼の左手は、光の障壁を展開し、家一軒分はあろう構造物全てを受け止め、

―――――彼の右手は、光と共に構造物ごと“空間そのものを固定・停止”させてしまっていた。

 

(・・・・・・奇跡の、掌・・・・・・)

 

いつか、誰かに言われた気がする。

指先で幻想を紡ぐ私の指を、“神秘の指先”だと。

だとすれば、彼の両手は奇跡を具現する掌だ。

魔力加工という、極めてオーソドックス、原始的とさえ呼べる魔法形態でありながら、その力は他一切の追従を許さない。

 

あるいは、彼は本当にただの魔法使いなのか。

彼が持つ才能、彼がこの大陸に呼ばれた理由。

それが、ただの偶然ではないのかもしれないと。

エリスはどこか、本能的に直感していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――そうして彼はいつの間にか、

――――――惨事を防いだ、小さな街の英雄になっていた。