第5話「アリスと雄真の精霊探し」
昨日のミルファとの決闘から一夜明けて、土曜日。
ムー大陸のインフィティア学園も例に漏れず、土・日曜日はお休み。
そんな休日の麗らかな午後。
俺こと、小日向雄真は、向かいに座る伊吹と一緒に、目の前のレポート用紙を睨みつけていた。
「・・・・・・」
「・・・・・・むむむ」
2人揃って一向に筆が進まない。
というか、先程からペン先自体、まったく動かせていないとはこれいかに。
ちなみにこのレポート、留学するにあたって、期末試験免除の代わりに必ず提出しなければいけないものである。
内容は、単純に留学して感じたムー大陸の詳細及び、学んだ内容の要約である。
「小日向・・・・・・ここの表現は、どうすれば良いのだ?」
「んー?・・・・・・あー、『私はその時、不思議に思った』・・・・・・で、いいんじゃないか?」
「おぉ、そうか! 成程、成程・・・・・・」
「・・・・・・」
つい最近(というか今日)まで気が付かなかったのだけど、伊吹は、国語(正しくは文章表現)が苦手らしい。
なにを馬鹿な、と初めは思ったけど、妙に古めかしい言葉使いが仇となり、文字の表現まで現代風ではなかったりする。
それはそれで構わないかもしれないが、学校の先生はそうはいかず、“今の時代”の丁寧な言葉で文章を書くように言われてしまったらしい。
(そういえば、果たし状なんかも貰ったっけ?)
今時、あれはない。
加えて、その内容がデートの約束だったのだから、尚、ない。
良くも悪くも、伊吹の長所であり短所でもあるわけである。
―――――と、いい加減集中力が続かなくなってきた、なんて考えてると、
―――――リビングのドアが開かれ、ティーポットを持ったアリスがやってきた。
「お疲れ様です、式守さん、小日向さん。紅茶でも飲みませんか?」
「うぉぉ・・・・・・ありがとアリス」
「うむ・・・・・・すまぬな、アリス」
「いえいえ」
トレイを置いて、慣れた手つきでティーカップに2人分の紅茶を注いでくれた。
アリスの淹れ方が上手なのか、部屋に紅茶独特の甘い香りが広がり、自然と気持ちが安らいでいく。
ハーブティーにリラックス効果があるのは知ってたけど、紅茶も同様みたいだ。
「いただきまーす」
「いただくぞ」
「はい、どうぞ」
淹れてくれたアリスに感謝しつつ、紅茶を口へ。
正直、茶葉の種類とか味は解らないけど、甘い香りの紅茶が、鼻から喉へ。
喉に染み入るような芳醇な味に感動しそうだ。
「――――!」
と、リビングのドアの隙間から、エリスがぴょこっと顔を出しているのに気付いた。
服装からして、どこかに出かけるんだろうか。
「あ、いってらっしゃい、お姉ちゃん」
「――――」
アリスの一声をもらってから、静かに微笑むエリス。
ついでに、こっちに軽く手を振って、パタパタと出かけていった。
「―――エリスはどこに行ったんだ?」
「アルバイトですよ。毎週土曜日だけの、お手伝いみたいな感じですけど」
「ほーん」
アルバイトの内容がちょっと気になったけど、なんだか訊くのも躊躇われた。
単なる興味本位―――――以上に、言葉を話さないエリスが、どんな職場で働いているのかがすごく気になっただけだ。
「ところで、小日向さん、式守さん。ちょっといいですか?」
「ん?」
「なんだ?」
「もしお暇なら、少しお願いごとがあるんですが・・・・・・」
言われ、伊吹を見る。
お互い、レポートの進みはあまりよろしくない。
気分転換は必要だし、そもそもホームステイ先の家族のお願い。無碍に断るのはもっての外である。
―――――以上のことを伊吹も思っていたらしく、アイコンタクトで意思疎通は完了した。
「俺たちは構わないよ」
「ホントですか!? やったぁ♪」
可愛らしくぴょんっ、と跳ねながら喜んでくれるアリス。
うん。こんなに喜んでくれると、なんだかこっちまで嬉しくなってくる。
さて、それはそれとして、一体何をお願いされるのか。
――――――で、連れて来られたのは、家の外だった。
ローカルステッキバス(巨大ステッキに座り、各駅を巡行するバスみたいなもの)に跨り、約15分。
住宅街を離れ、ムー大陸の中心部により近い、丘の上までやって来ていた。
「おぉー、いい眺めだなー」
都会の喧騒などまるでなく、見渡す限り、緑の草。
草を撫でながら吹き抜ける風が、実に心地良い。
丘の上ということで、沿岸部の街を見渡せることもあり、ピクニックにはもってこいの景色だった。
「――――で? こんなとこまで来て何するんだ?」
「はい。小日向さんと式守さんの才能を見込んで―――――精霊探しを手伝って欲しいんです」
「精霊、探し?」
「はい」
幻想使いである、アリスの幻想は“精霊使い”。
水の精霊であるアクアマリンは生まれてからずっと一緒にいたけれど、そろそろ新しい精霊を加えたいとのこと。
うん。実にファンタジー。
魔法使いが何言ってんだとか言われそうだけど、普通に思う。
「それで? アリスはどのような精霊を探しておるのだ?」
「うーん・・・・・・実はあまり決めてないんです」
「決めてない? え? 狙ってる精霊がいるからここまで連れて来たんじゃないの?」
「そんなことないですよ? 精霊なんて、探せば街中にだって居ますし」
「んん?」
なんだかイマイチよく解らない。
どうも俺の考えるイメージと、精霊使いであるアリスの考え方(というか知識)は大きな齟齬がある模様。
となると、気になるのは当たり前で――――――
「なあ、アリス。今一度、精霊について詳しく教えて欲しいんだけど」
「はい、いいですよ? なんでもどうぞ」
「そっか、それじゃあ―――――えっと、精霊探しって言ってたけど、つまりは新しい精霊と契約するってことだよな?」
「ええ。けど、“契約”ではなく“雇用”ですけど」
「雇用? 精霊を? アリスが?」
「そうですよ?」
雇用て。
なんともまぁ、実も蓋も無い表現。
まるで精霊が就活生のような言い方である。
「えっとですね・・・・・・契約っていうと、術者が魔力を提供して力を貸してもらう、じゃないですか」
「うんうん」
「けど正しくは、私が精霊を見つけて、その精霊に魔力を与える代わりに、精霊が私に協力するって形なんです」
要は、立場の違いらしい。
契約だと、術者と精霊の立場は対等。もしくは精霊の方が上。
精霊『魔力を提供するってんなら、仕方ねぇから力を貸してやるよ』
が、契約。
に対し、雇用は、
精霊『私を選んでくれたし、全力で手助けします。代わりに、お給料代わりに魔力を分けて下さい』
というのが、雇用。・・・・・・らしい。少なくともアリスの見解では。
ムー大陸では精霊の扱いが“雇用側”らしい。
というのも、本来精霊は、そもそも魔法使いからの魔力など必要ない。
それこそ、大気に含まれる魔素だけで充分に存在維持できるらしい。
が、実は精霊にも個性があるらしく、大抵は多くの魔力を好むらしい。
けど、大気に含まれる魔素だけでは足りず、そもそも大量に集めることが出来ないらしい。
そこで、雇用制度である。
大気の魔素以外に大量に魔力を提供してくれる雇用者=精霊使いに雇用してもらえば、それが可能になるわけらしい。
というわけで、精霊使いの方が立場が上なので、“雇用”という表現を用いるとのこと。
いやはや、酷いカルチャーショックである。
「――――それで、より強い精霊を探すなら、街中より島中心部に近くて、人が住んでない所の方が多くいるんです」
「へぇ・・・・・・勉強になるな」
「うむ。なんというか、驚きだな」
さて、お互いの齟齬が無くなったところで、精霊探しの話に戻るわけだが。
「でもアリス。探す精霊が漠然としすぎだし、ある程度限定して絞ったらどうかな?」
「そ、そうですか?」
「ああ。第一、私も小日向も、そなたのように専門の精霊使いではない。ある程度狙いを絞らねば、探しようもないと思うぞ?」
「むむ、そうですね・・・・・・」
こちらの意見に素直に頷いてくれ、考えるアリス。
精霊について詳しくない俺たちの意見にも素直に頷いてくれる辺り、アリスは実にいい子だと思う。
ならばこそ、出来る限り力になってあげたいんだけど、さて。
「――――風の精霊、とかどうでしょう?」
「うん、いいね。実にイイ」
定番だけど、そこがいい。
水の次は風。水→風。
この繋がりはむしろ安心させてくれるほど。
「・・・・・・またヘンなことを考えておるな、小日向?」
「そんなことないって。むしろ健全な男子として当然だ!」
「?」
この年頃の男の子のファンタジー願望をイマイチ理解していないのか、伊吹とアリスに揃って首を傾げられてしまう。
―――――まぁともかく、風の精霊探しをすることになったのだが・・・・・・
「なぁ、アリス。風の精霊って・・・・・・すごい居るのな」
アリスのアドバイスを参考に、魔力の波長を合わせてみた。
そしたら、探すまでもなく、そこら中に風の精霊はいた。
ちなみに、色で言うなら期待通りの緑。
見た目は、蝶と鳥の羽を足して割った羽に、丸い球体の胴体、といったところ。
もちろん、いずれも“アクアマリン”同様、半透明だが。
「そうですね。ですが、この辺りの風の精霊は、あまり大きな力は持っていませんね」
「解るんだ?」
「はい。個体差は単純に魔力の大きさでもありますから」
「なるほどね・・・・・・」
納得しながら探すうちに、更なる疑問が浮上。
この際、まとめてアリスに訊いておくことにした。
「ところでさ、風の精霊って・・・・・・呼称とかは無いんだ? ほら、シルフとか、水ならウンディーネとか」
「シルフは風の“妖精”ですよ? ウンディーネも同じく、水の“妖精”です」
「・・・・・・精霊とは違うんだ?」
「妖精は、基本的に人の姿をしていて、言葉で会話もできます。それと、精霊と何よりの違いは、精霊は自然・自然物に属していて、妖精は個の種族として、この大陸に存在していますので」
「へぇ、つまり集落みたいな?」
「はい。この大陸の中心部に近いところに多くの妖精が住んでいますよ」
「へぇぇ〜・・・・・・」
それは、いいな。すごくいい。
一度、妖精たちの暮らしってのを見てみたいなぁ。
すごい興味あるぞ。
「・・・・・・あんまりお勧めできませんけど、小日向さんが行ってみたいなら、次の機会にでも?」
「え、いいの!? 是非是非!」
「・・・・・・まったく」
伊吹がやれやれ、みたいな感じで溜息をつかれる。
けど、正直興味があってしょうがない。
だって、子どものころから絵本で見てきた妖精が現実に存在しているのだ。それもたくさん。
一度、動いている姿を生で見てみたいのだ。
まぁ、何故オススメできなのかが、すごい気になったけど。
―――――なにはともあれ、今は風の精霊探し。
―――――が、アリスが望む精霊は中々見つからず、30分は経とうとしていた。
「・・・・・・なかなかいないもんだな」
「まぁ、いきなり一日で見つかるとは思ってませんでしたし」
「ふぅ・・・・・・・・・・・・む? アリス、あれはなんだ?」
伊吹が指差した方向にあるのは、丘の上にある錆びれた構造物。
あれは、遺跡だろうか?
「あれはシルナ遺跡ですね。随分昔のもので、完全に風化した遺跡です。ほぼ吹き抜けですし」
「ほう・・・・・・」
「・・・・・・行ってみたいとか?」
「うむ。良ければ、あそこまで足をのばしてみたいが・・・・・・」
「いいですよ。折角の式守さんの提案ですし、いきましょう」
疲れた様子もなく、先立って歩き出すアリス。
そんなアリスに着いて行く形で、何気なく伊吹が気になった。
「珍しいな。伊吹がこんなこと言うのは」
「・・・・・・まぁ、昔からこういったものが好きでな。よく博物館にも行ったものだ」
「あれか。考古学? そういうのに興味あったんだなー」
「へ、変か?」
「いや? むしろカッコいいとさえ思ってる。俺には無理な分野だからな。伊吹はすごいって思うよ」
「―――――そ、そうか」
なんだか言葉を濁しつつ、顔を逸らされてしまった。
けど横顔を見る限り、なんだか嬉しそうな顔してるし、まぁ良かった。
正直、ムー大陸に来てからというもの、伊吹と一緒にいる時間が一番ラクだし。
なんていうか、安心感がハンパないというか。
―――――で、数分もしない内にシルナ遺跡に到着。
―――――引き続き、強い風の精霊を探しつつ、観光気分で遺跡を見て回ることに。
「石造り、か。なんかいいなぁ、こういうの。趣があって」
「しかし、風化具合・・・・・・朽ち具合が酷いな。ちゃんと管理すればもう少し保存状態が良かったものを」
「ムー大陸は小さい島国ですからね。こんな丘の上でも僅かな潮風が届いてしまうんです」
「・・・・・・惜しいな。文明の名残が朽ち果てていくというものは」
「ま、遺跡って呼ばれてるぐらいだし。仕方ないだろ」
伊吹はまだ納得できてないみたいだけど、正直そんなことはない。
石造り故に、石柱にも草木が絡みつき自生しているのは、正直見ていて美しさしか感じないほど。
繰り返すようで悪いが、本当にゲームで良く見る屋外の遺跡の姿そのもので、テンションは先程から上がりっぱなしなのだ。
―――――と、
「ん?」
不意に、先程から視界の端に何かがいる。
特に敵意も無く見渡していると、その何かが目の前に現れた。
「おぉ?」
半透明でありながら、色はしっかり緑。
球体の胴体に蝶と鳥の羽を合わせたような、この独特の羽。
間違いなく、風の精霊だ。それもかなり強い。
なんていうか、先程までたくさん見えた風の精霊とは、存在する魔力の規模が違う。
これならアリスも満足するんじゃなかろーか。
「アリスー! 結構強そうな風の精霊見つけたけどー?」
「え! 本当ですかー!?」
先にいるアリスを呼ぶと、俺の目の前にいる風の精霊に気付いたんだろう。
嬉しそうな笑顔を見せながらこっちに走ってきて――――――
―――――瞬間、アリスが視界から沈む。
(っ!!)
原因は解らない。
だが、アリスの足元が崩れ落ちたのが、一瞬で理解できた。
よくよく考えてみれば、ここは古い遺跡。石造りの床が崩れ落ちたのだろう。
でも、そんなことよりも。
考えるより早く、脚は駆け出し、手を懸命に伸ばしていた。
「きゃああああぁぁぁぁっっっ!!??」
「アリスーーーッッッ!!!!!」
崩れた下は空洞だったのか、予想に反して何時まで経っても地面にぶつからない。
逆に底の見えない奥深さに恐怖を覚えつつ、右手が届いたエリスを抱き寄せ、懸命に庇う。
そして残る左手で防御障壁を展開しようとして――――――
――――――それこそ、何が原因なのか。
――――――全身を巡る全ての魔力が、まるで忘れ物をしてしまったかのように、どこかへ失くしてしまった。
「小日向!? アリス!?」
咄嗟の出来事に反応が遅れ、2人が底の見えぬ遺跡の地下へ落ちていくのを、伊吹は見ていることしか出来なかった。
「くっ・・・・・・!!」
唇を噛み締めながら、すぐに駆けつけ、ビサイムを構える。
昔はともかく、今の小日向なら咄嗟に防御障壁を展開するだろうし、何かしらの策は講じるだろう。
それだけの信頼はしているし、実力も認めている。
だからといって、こちらから何もしないなど、到底無理な話だった。
だというのに、
『いけません、伊吹様!』
「な、ビサイム!? どういうつもりだ!? 何故飛ばぬ!?」
『この下、推定10mに結界を感知しました。魔封殺の結界です』
「なんだと!?」
魔封殺結界。
魔封じの結界と違い、“魔を封じる”ではなく“魔を殺す”結界。
つまり、その結界内では魔法・魔力そのものが存在出来なくなるという、超高難度の幻想否定の結界。
それはつまり、この下に落ちてしまった雄真とアリスの2人は、魔法がまったく使えないということを意味する。
「ならば尚の事、助けに行かねばならぬだろう!!」
『ですが、このままでは伊吹様も同様に落下してしまいます。何より―――――』
このままでは二の舞だと、ビサイムは言葉にせずとも告げていた。
事実だ。
このまま感情に任せて2人を追ったところで、魔法が使えないのであれば出来ることなど何も無い。
そうなった場合、頼りになるのは魔法ではなく、その人が持つ人間としての力のみ。
それを問われた場合、伊吹自身は誇れるものが何もないというのも充分に理解していた。
だからこそ、魔法が無くても人として、確かな力を持つ雄真やすももを眩しく、尊く思ってすらいるのだから。
「・・・・・・っっ」
『・・・・・・伊吹様』
そして、それ以上に伊吹が痛感したのが、土地勘の無さ。
ここは多くの知り合いがいる瑞穂坂ではない。
助けを求めようにも、外国人であり顔見知りのほとんどいない自分が助けを乞うても、誰も来てくれないのでは? という不安が伊吹にはあった。
なら、取るべき手段は自ずと限られてくる―――――――。
「ビサイム。距離はあるだろうか、どうにかしてアリスの姉であるエリス、それからシュナ・アメジスト、それと・・・・・・確か、ミルファ・ガーネットのいずれかを探し、事情を伝えてくれ」
『御意』
ビサイムが独立行動できるだけの多量の魔力を込め、空へ舞うビサイムを見送る。
ここから離れるわけにはいかない。
もしかしたら、ここから戻ってくるかもしれない。
そうでなくても、彼らはこの場所を目印に目指すはずだ。
ならば、私がここに残る意味がきちんとあるということ。
「・・・・・・っっ」
でも、それでも。
何も出来ず、ただ祈り、待つしかできないということは、あまりに歯がゆくて、自分の無力さに嘆きたくて――――――
「――――ッッ、小日向・・・・・・っっ!! アリス・・・・・・ッッ!!」
叫ぶ伊吹の声は反響することすらなく。
底の見えない、奈落のような遺跡の穴に掻き消えた気がした。