第6話「アリスと雄真の精霊騒動」

 

 

 

 

 

 

――――――それは、夢だった。

 

意識しなくても、これが夢なんだってわかった。

いなくなってしまった人たちが居る。

それは、何よりも嬉しいもので――――――目覚めた時、何より悲しいこと。

だから、これは夢だった。

 

 

 

小さい頃、私の目標は両親だった。

精霊使いとして大成した父と母。

その血を、エメラルド家の幻想を受け継いだ者として、私の目標は両親のような精霊使いになることだった。

 

―――――あ、あ・・・・・・逃げちゃった・・・・・・

―――――どうしたんだい、アリス。また精霊に逃げられちゃったのか?

―――――うん・・・・・・

 

小さい頃、私はまだ自力で精霊を雇用することが出来なかった。

実際、まだ魔力が成熟してなかったのだし、仕方無いと言えば仕方ないのだけど。

でも、そんな私に対し、両親は苦笑するばかりだった。

 

―――――いいかい、アリス。精霊使いはね、精霊を雇用することばかりが目標ではないのだよ。

―――――?

―――――精霊使いは、人間と精霊を繋ぐかけ橋となること。・・・・・・それが私たち一族の成すべきことだ。

―――――???

―――――あなた、まだアリスには解りませんよ。

―――――むぅ、そうかなぁ?

 

 

わかんない。

お父さんが言ったことも、何を教えてくれたのかも。

でも、頭を撫でてくれたおっきな手。

その感触は、ずっとずっと忘れてない。

 

 

―――――いい、アリス。私たちはね、確かに精霊を雇用してる。それをするだけの幻想がある。

―――――うん。

―――――でもね、私たちはそれが一番とは思わないの。

―――――・・・・・・?

―――――そんな古いしきたりなんか、いとも簡単に跳ね飛ばしてしまう人が、確かにいるのよ。きっと、どこかにね。

―――――おかぁさん、わかんないよ?

―――――アリス・・・・・・いつか、あなたにも解る日が来るわ。

 

 

わかんない。

お母さんが言ってくれたことも、全然わかんない。

でも、ほっぺを優しく撫でてくれた優しい手の感触。

嬉しそうに微笑んでくれた、お母さんの笑顔は、今でも覚えてる。

 

 

 

 

 

今でも忘れない、大切な家族の思い出。

精霊使いとして、両親から教わったことはほんの僅か。

だから、少し不安に思う。

今、私はしっかり精霊使いをやれているのかな。

お墓の前で、お父さんとお母さんに誇れるぐらい、ちゃんと成長できているのかな・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・ん」

 

そうして、目が覚めた。

久しぶりに見た夢は、いつもの両親の夢。

あの夢を見ると、嬉しさ以上に寂しさを感じてしまう。

だから、ほんの少しだけ、心に隙間が空いたような――――――

 

「お? アリス、気が付いたんだ?」

「!? え・・・・・・と」

 

懐かしい夢を見たからなのか。

一瞬、向こうからやってくる男の人が誰なのかが解らなかった。

 

「え、と・・・・・・小日向さん・・・・・・?」

「? なに? 大丈夫か?」

「あ、え・・・・・・だ、大丈夫です!」

 

ようやく頭が回り始めてくれた。

そうだ。

確か小日向さんと式守さんに精霊探しを手伝ってもらって、シルナ遺跡に来て、そのまま崩落に巻き込まれちゃって――――――

 

「・・・・・・ここ、どこですか?」

「さぁ・・・・・・むしろ俺が訊きたいくらいだ。とりあえず、向こうに地底湖みたいなのがあったけど」

「――――」

 

小日向さんは私が気を失ってた間、周りを見てきてくれたみたい。

―――――と、いうか。

 

「―――っ」

 

今更な話だけど、崩落に巻き込まれた際、小日向さんに助けてもらった。

正確に言えば、抱き寄せられ、庇ってくれた。

それはいい。

むしろ感謝してるくらい。

・・・・・・なんだけど、正直なところ、どさくさに紛れて胸を思いっきり掴まれていたのです。(ワザとじゃないだろうけど)

おかげで右胸には今でも“がしっ”と掴まれた感覚を思い出せるほど。

正直今までの人生で、年の近い男の人に“全力で”胸を掴まれた経験なんてありません。

いったいどういう対応が正解なんだろう。

 

「アリス? どうかした?」

「な、なんでもないです! 大丈夫です! ほら!」

「?」

 

今更、それを小日向さんに説明するのは正直恥ずかしい。

というか、小日向さんは必死に私を助けようとしてくれたのだ。

胸を思いっきり握り掴まれたぐらい、我慢しないと。

――――――すごい恥ずかしいけど。

――――――それに、お姉ちゃんほど“おっきく”無いし。

 

 

 

「さて、アリスが起きたところで相談しないといけないことが一つ」

「なんですか?」

「現時点で、元いた場所に戻る手段が見つからないんだ。これが」

 

あっさりと、『俺たち遭難中です』と告げる小日向さん。

その、あまりのなんでもない風に言われたからか、一瞬状況が理解できなくなった。

 

「――――え?」

「いやー参った参った」

「・・・・・・そんなに落ちてきたんですが?」

「みたいだね」

 

言いながら、指で上を差され、素直に見上げる。

・・・・・・なんてまぁ、随分遠い地上の光なんだろう。

正直、目を凝らさないと見えない程。まさに豆粒ほどに遠い。

 

「で、でも、小日向さんなら魔法で飛んでいけば・・・・・・」

「俺もそう思ったんだけどね。でもなんでか、この場所だと魔法が使えないんだ」

「え? ど、どういうことですか!?」

「いや俺もわかんないよ? ただ、落ちてきた時、咄嗟に防御魔法を使おうとしたんだけど、なんでか俺の中の魔力がそのまま弾き飛ばされたっていうか・・・・・・」

 

 

小日向さん自身、的確な言葉が見つからないのか、頻りに首を捻っている。

だっていうのに、対して大事に考えてない風に見えるのはなんでだろう。

魔法使いが魔力を失くすなんて、相当な事態だと思うのだけど。

 

 

「まぁ、魔力が無くなっただけだし。多分だけど、この場所特有の結界みたいなのが張られているんじゃない?」

「そ、そうですか・・・・・・・・・え、あれ? じゃあ落ちてきた時、どうやって・・・・・・」

「それはホラ、アリスの精霊が水泡でクッションを創ってくれたからだよ」

「アクアマリンが・・・・・・?」

 

気づけば、さっきから私の周囲をアクアマリンが心配そうに飛び回っていた。

私が気絶してたのに助けてくれたことに、魔力を与えながら感謝を伝える。

・・・・・・それに、アクアマリンは嬉しそうに応えてくれた。

 

「・・・・・・やっぱり、アリスは魔法、ってか幻想、使えるんだな」

「え、あ。ホントですね」

「なんでだろな?」

「・・・・・・魔力の性質とか?」

「かもね。でもま、ここで考えててもしょうがない」

 

小日向さんの言葉に頷きながら、ようやく私も立ち上がる。

ちょっとだけふらついたけど、なんとか大丈夫そう。

スカートの砂を払いながら、小日向さんと向き合う。

 

「それで、アリス。脱出手段を考えないといけないわけだが、何かアイディアはある?」

「・・・・・・風の精霊を探しましょう」

「風の精霊を?」

「はい。風の精霊の力を借りれば、私たちを浮かせて飛ぶことぐらい、できると思いますし」

 

実際、雇用したことないから解らないけど。

でも、水の精霊であるアクアマリンが出来ることから、多分、風の精霊なら大丈夫そう。

ともあれ、結局風の精霊を探すしかないわけである。

 

「なるほど。じゃあ当初の目的通り、ってことだな」

「はい」

「じゃあ、行こうぜアリス」

 

言って、一度だけ遥か頭上の落ちてきた穴を見上げ、小日向さんは歩き出す。

その行動力、というか決断力の速さにちょっと舌を巻いてしまう。

基本、のんびりした人だと思ってたのに。

正直、そのギャップがちょっと意外だった。

 

―――――正直に言えば、小日向さんがこの状況にまるで慌てていないこと。

―――――それが、精神的に凄く落ち着けたのだと思う。

―――――まぁ、まるで慌てていないところに、何やら疑問を感じなくもないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――で、歩くこと暫く。

 

あまり急ぎ過ぎず、隣を歩くアリスに多少歩幅を合わせつつ歩く。

只今、落ちてきた場所からすぐにある地底湖をぐるっと回っているところで、ようやく反対側といったところである。

地底湖特有の鍾乳洞も多くみられ、想像以上に湿度がある。

まぁ、比較的涼しいから助かっているんだけど。

 

「――――にしても」

「はい?」

「綺麗な地底湖だよなぁ・・・・・・」

 

水に魔力が含まれているのか、水自体がほんのり発光している。

それは洞窟自体にも言えることだが、おかげで驚くぐらい神秘的な光景になり、遭難中であることも忘れてしまいそうだ。

 

「そうですね。そのせいか、アクアマリンもご機嫌ですし」

「へぇ。やっぱ水ある所の方がいいんだ?」

「基本的には、ですね。だから水や土の精霊は多いですけど・・・・・・」

 

アリスの言いたいことは解る。

地底湖である以上、水や土の精霊はいるのだが、風の精霊はまったく見られないのだ。

確かにこの洞窟内は無風。

風の精霊がいないことも妙に納得してしまう。

 

「・・・・・・なあ、アリス。そういや精霊って他にはどんなのがいるんだ?」

「えっと、水、風、土、火、木、光、影、の精霊ですね。あくまで、“自然精霊”に限った話ですけど」

「え? 自然精霊? 他に精霊の種類あるの?」

「はい。私は使役できませんけど、他には“色種精霊”が。こっちは色分けで、青、赤、黄、緑、紫、橙、白、黒・・・・・・」

「わ、わかった。もういいよ」

 

こっちが興味を持ったのが嬉しかったのか、実にいい笑顔で語り出すアリス。

その姿は精霊マニアといっても過言じゃないほど。

しかし、あれだ。

しっかり者だけど、アリスはアリスで面白いところがあるなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――それからしばらく、私と小日向さんは歩き続けた。

 

特に何かを話すことなく、ただ風の精霊を探す。ついでに出口も探しているけど、一向に見つからない。

疲れはそんなに感じないけど、なんだか溜息が出てしまう。

それもあってなのか。

気まずさよりも、なんていうか、純粋な退屈さに耐えられなくなって、話しかけていた。

 

「小日向さん」

「ん?」

「今更ですけど・・・・・・小日向さん、不安じゃないんですか?」

「なにが? ここまで落ちてきたこと?」

「いえ。―――――魔法が使えないことが、です」

 

 

ムー大陸に暮らす者にとって、魔法及び幻想は、生活になくてはならない。

だからこそ、気になって仕方がない。

ムー大陸程でなくても、彼の住む日本も魔法文化は浸透しているはず。

加えて、私から見ても相当な才能、実力の持ち主であるのに、当の小日向さんは魔法が使えないことを何とも思ってないように見えてしまう。

それが、ちょっと私には想像できなかった。

 

―――――そして、それに対する小日向さんの返答。

―――――実に予想外で、予想通りだった。

 

 

「別に、なんとも。まぁそれならそれでいいや、って」

「・・・・・・マジですか」

 

あまりの返答に、思わず100%、素の反応をしてしまった。

それをまるで気にせず、マジマジ、なんて笑いかけながら同意されてしまった。

 

「まぁぶっちゃけると、俺、魔法使いになってまだ日が浅い半人前だからさ」

「え? そんなに覚醒が遅かったんですか?」

「いやそーいうわけじゃなくて・・・・・・まぁ、いろいろあってさ。小学校から去年の春まで、魔法使いを辞めてたんだ」

「辞めてたって・・・・・・辞められるものなんですか?」

「・・・・・・今思うと、実に馬鹿らしいけどね。別に魔法が使えなくなったわけじゃないし」

「・・・・・・」

 

小日向さんの説明に、理解できない感情に染まる。

多分、相当困惑した顔だったと思う。

小日向さんは苦笑しながら、それでも受け入れた顔で話してくれた。

 

「まぁ、その時にできた友達から学んだことだけどさ、魔法なんか無くたって、出来ることはたくさんあるもんだ、ってな」

「魔法が、無くても・・・・・・?」

「うん。・・・・・・その時なんだろうな。魔法に依存しなくなったのが。まぁ、それをアリスに解れ、なんて言うつもりはないけどね」

「―――――」

 

 

正直、解らない。理解も出来ない。

魔法という、幻想を操る者にとって、彼の言っていることはまるで理解できない。

魔法使いが魔法を使わないのは、魚が泳ぐことを止めてしまうに等しいこと。

それを、良しとして話す小日向さんが―――――――少し、別世界の住人にすら見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――さらにしばらく歩く。

地底湖はとっくに一周して、休憩中。

さすがに疲れてきたし、お腹もなんだか減ってきた。

 

「ふぃー・・・・・・いないもんだね、風の精霊」

 

彼がポツリと零した愚痴。

それに、精神的に弱っていたのか。

自然と、謝罪の言葉が口から洩れていた。

 

「・・・・・・ごめんなさい」

「え?」

「私が小日向さんと式守さんに、精霊探しをお願いしたから、こんなことに・・・・・・」

「・・・・・・」

 

謝罪の言葉を口にしたからか。

弱ってきたメンタルに釣られて、なんだか視界が滲んできてしまう。

それでも私から謝ったのだからと、涙を零さないよう懸命に耐えながら小日向さんに向き直る。

と、なぜか鳩が豆鉄砲を食らったかのような、素っ頓狂な顔をされてしまった。

 

「――――小日向、さん?」

「あ、いやごめん。まさか謝られるなんて思わなかったっからさ」

 

困ったような、少し恥ずかしそうな。

そんな表情で笑う彼に、こっちはどうしていいのかがまるで解らなかった。

 

「アリスが気にすることないよ。そんなこと言ったら、この遺跡に来たいって言ったのは伊吹じゃんか」

「え、で、でも・・・・・・」

「だからいーって。伊吹だって、今頃慌てて申し訳なく思ってるだろうし。それに――――」

「―――?」

「少なくとも、俺は気にしてないよ」

 

 

にっ、って笑いながら、周囲を見渡す小日向さん。

居ないなぁ、ってぼやいてる辺り、風の精霊を探すことを諦めているわけじゃなさそう。

ううん、それ以前に。

初めから本当に、彼はこうなってしまった事態を誰のせいでもないって思ってる。

ただ運が悪かっただけだって。

やれやれ、なんて溜息と一緒に。

 

 

「――――ん? なんだアレ?」

 

と、何かを見つけたのか壁際に近づいていく。

私も気になって、自然と後についていった。

 

「小日向さん? なにかありました?」

「ああ、うん。なんだろコレ」

 

指差す壁にあったのは、何やら刻まれた痕。

というより、これって―――――

 

「文字・・・・・・碑文でしょうか?」

「なんて書いてる?」

「えっとですね・・・・・・」

 

 

 

 

―――――  それは幻想の連鎖  ―――――

―――――  祈りの共鳴  ―――――

―――――  大地の呼応  ―――――

―――――  海の音色  ―――――

―――――  大空の解放  ―――――

―――――  金陽の調和  ―――――

―――――  銀月の残照  ―――――

―――――  生命の欲望  ―――――

―――――  其れ即ち、全てを繋ぐもの  ―――――

 

 

 

 

「――――ですね」

 

幸い、文字は今とまったく同じなので、問題なく読めた。

普通に会話してるから忘れそうだけど、小日向さんと式守さんって、この国の文字が読めないんだっけ。

 

「なんだか詩みたいですね?」

「そうかな? 俺にはもっと別の何か・・・・・・真言みたいに聞こえたけど」

 

この碑文に何かを感じたのか。

小日向さんは少しだけ真剣な顔で、何気なく碑文の刻まれた壁を手でなぞっていた。

―――――その、瞬間だった。

 

「え!?」

「な、なんだ!? 俺なにかしちゃったか!?」

 

碑文が、光る。

明るいなんてものじゃない。

眩しいなんて言葉じゃ不釣り合いな、突き刺すような銀の光。

洞窟中を埋め尽くす程の光は、私と小日向さんを完全に呑み込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、く・・・・・・」

 

一体、どれだけ目を閉じていたのか。

徐々に収まりつつある光を堪えつつ、視界が戻ってくる。

咄嗟にアリスを庇って前に出たけど、それが無意味な程の光だった。

まるでスポットライトをゼロ距離で浴びたみたいだなぁ、と頭の片隅が呑気に考えていた。

や、浴びた事ないけどさ。そもそも。

 

「こ、小日向さん・・・・・・?」

「あぁ、アリス。大丈夫?」

「へ、平気です。それより、今の――――――」

「ん? アリス?」

 

言葉の途切れ方がすごく変だ。

今だ、腰から手を離してくれないアリスに首を傾げつつ、そのまま前を――――――って。

 

「・・・・・・ん?」

 

なんだろう。

なにかが、いる。

というか、この光、目の前の大きさ20cm程の何かから発光されてない?

 

「・・・・・・んん?」

「―――――」

 

凝視するアリス。

対して、状況がより解っておらず、ただ首を傾げるばかり。

 

―――――とりあえず、結論から告げると

 

目の前に“いた”のは、およそ20cm程の多分、精霊。

今まで見た精霊の中では最も人間らしい見た目だ。

顔、首、身体、脚、髪の毛まで個々のパーツでしっかり見て取れる。・・・・・・ただ、両手の代わりに魚のヒレみたいなのが腕の代わりに着いてるけど。

あと、多分女の子。

だって胸の膨らみがあるし。

 

 

「・・・・・・アリス。これって精霊だよな?」

「―――――」

「アリス? おーい?」

「――――ウソ、これって・・・・・・」

 

こっちの言葉などまるで届かず、アリスはただ独り言を呟いているだけだ。

その驚愕が、何に対してかがまるで解らないのだけど。

 

「銀の、精霊・・・・・・」

「銀? さっき言ってた、色種精霊ってやつ?」

 

言葉を失くしてるのか、頷きだけで答えられてしまった。

が、残念なことに、俺は精霊の階級とか上位、下位とかはまるでさっぱりだ。

なので、ごく普通に銀の精霊を眺めた。―――――と、

 

『     』

「え? なに?」

「ど、どうかしましたか?」

「いや、今コイツが・・・・・・」

 

確かに何かを言った。

そう言い切る前に、脳内に直接届く“言葉”以外の何かで、目の前の精霊は意思疎通を図ってきた。

 

「え? 碑文に触れるな? いや、知らなかったからさ・・・・・・うん、ごめんごめん」

「・・・・・・小日向さん?」

「ん?」

「・・・・・・ひょっとしなくても、この精霊と話してるんですか?」

「うん。って、アリスには聞こえないんだ?」

「・・・・・・ええ、まぁ」

「そっか。まぁあるよな、そんなことも」

 

少なくとも、俺はアクアマリンの声を聞いたことないし。

聞いてみたいとは思うけどさ。

―――――などと考えてから、思いついたことがある。

 

「そういや君さ、・・・・・・え? クラウ? それが名前?」

『    』

「そっか。じゃあクラウ、この辺で風の精霊見なかった? ここから出るのに協力して欲しいんだけど」

『    』

 

少しだけ考える仕草を見せてから、銀の精霊“クラウ”が強く輝く。

それがなんの光かは解らない。

けど、光が止む頃には、探して已まなかった風の精霊が一人(匹?)、クラウの傍に現れていた。

 

「あ! お前、遺跡の上に居たやつだろ!」

『    』

「まぁいいや。ともかくこれで――――――アリス?」

 

そういえば。

さっきからアリスが何も話してないことに気付いた。

 

「アリス? 風の精霊見つかったぞ?」

「―――――はい。そう、ですね」

 

 

その、一瞬の視線。向けられた感情。

それは間違いなく、“負”に違いなかった。

刹那的とも言える、多分、アリスの本心。

自分の何がそうさせてしまったのか。

そんなの解るはずがないけど、原因といえば間違いなく、目の前にいる銀の精霊クラウなんだろう。

 

 

「さて――――今からあなたを雇用したいけど、いいですか?」

 

両手で風の精霊を包み込むように語りかけるアリス。

契約ではなく雇用だけど、その光景がどこか神秘的に感じられるのは間違いない。

そんなアリスの声に応えるように、風の精霊は嬉しそうに体を上下に動かした。

 

「うん、ありがとう。――――私はアリス・エメラルド。あなたは・・・・・・そうね、エアラズリ。エアラズリよ、よろしくね」

 

あれが、契約――――じゃなく、雇用の儀式なのだろうか。

アリスの言葉から察するに、風の精霊にアリスが名前を付けたっぽいけど。

ん?

じゃあなんでクラウは自ら名乗ったんだろう。精霊なのに。

 

「なあ、アリス。ちょっと訊きたいこと―――――」

「小日向さん」

 

言葉を遮るように、振り返り、強い視線を向けられた。

いや、というより。

間違いなく言葉を遮られた。

 

「・・・・・・なに?」

「とにかく、ここから出ましょう」

 

言いながら、右手を差し出してくる。

握れってことなんだろう。

意図は伝わるが、その態度がさっきまでとはまるで別人だ。

(・・・・・・けど)

原因はなんとなく解っても、心当たりがまるで無い。

というか、解らない。

故に――――――とにかく、穏便に済ますことにした。

 

「それじゃ、失礼して」

「――――っ」

 

差し出された手を左手で握る。

今更だけど、指は細いし手も小さい。

どこか、すももに似てる感じで、不思議と懐かしくて笑顔がこぼれていた。

 

「? アリス?」

「な、なんでもないです。――――行きますね。エアラズリ!」

 

アリスが新たに雇用した風の精霊“エアラズリ”が、アリスに応えるように力を増して、

次の瞬間には、相当なスピードで上昇を始めていた。

 

「おおぉぉ!? ちょ、早くないアリス!?」

「そうですか?」

「ソウデスヨ!!」

 

思わず、空いてる右手もアリスの右手を掴み、結局両手でアリスの手にしがみ付いてしまう。

 

「こ、小日向さん・・・・・・?」

 

だってしょうがない。

なんだかんだ言っても、今の俺は魔法が使えないのだ。

つまり、全面的にアリスに頼るしかないのだから。

普通、自衛手段が無いのってすんげぇ怖いんデスヨ?

そんな気持ちを、小雪さんや伊吹辺りは微塵も解ってくれないんですが。

 

 

 

―――――時間にすれば、ほんの数秒。

―――――あれほど遠かった地上への穴は、いとも簡単に飛び越してしまった。

 

 

 

「どわーっ!!」

「あ、すいません」

 

勢い余って、墜落した穴から大分、飛び上がった。

―――――その途中で手を離してしまい、地面に激突してしまったのが実に情けないが。

 

「痛ぇよぅ、痛ぇよぅ・・・・・・」

「・・・・・・! こ、小日向! アリス!」

「んお? あ、伊吹だ」

「ぶ、無事だったのだな、2人とも!!」

 

恐らく、ずっと心配してくれて待っていたのだろう。

伊吹には珍しく、少しだけ瞳が潤んで見えるし。

 

「大丈夫か? 怪我は・・・・・・」

「ん、平気平気。アリスに助けてもらったからさ」

 

な、と呼びかけようとして、思わず躊躇した。

アリスは自分たちを運んでくれた風の精霊を労っていて、

―――――その姿に、確かな壁を感じてしまった。

―――――同時に神秘的すぎて、触れてはいけないと感じてしまう程に。

 

「・・・・・・」

「小日向・・・・・・? どうかしたのか?」

「――――いんや、なんでもないさ」

 

心配そうな伊吹に笑いかける。

理由は解らないけど、アリスはどこか俺に壁を作っている。

なんとかしたいとは思うけど――――――残念なことに、心当たりがこれっぽっちも思い当たらないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遺跡の騒動から、翌日。

昨日のことも落ち着いてお姉ちゃんと一緒に昼食を仕上げていた。

ちなみにメニューはサンドイッチ。

あらかた出来上がったところで、お姉ちゃんからのアイコンタクトに気付いた。

―――――2人を呼んできて?

 

何気ない、当たり前のお願い。

それに、確かに怯む私がいた。

 

 

 

と、言うものの、この感情はよろしくない。

昨日から私は、小日向さんに対し壁を作ってしまっている。

理由は明白。自己診断するまでもない。

そう、要するに――――――嫉妬だった。

 

精霊使いでもないのに、私が雇用はおろか、触れることさえ不可能な“最上位”の色種精霊、銀の精霊と意思疎通をし、あげく本当の意味で協力してもらっていた。

精霊使いの家系に生まれ、他に争う相手もほとんどいなく、けれど真面目に努力し、頑張ってきた。

だっていうのに、小日向さん―――――彼は、自らの才能だけで私ですらできないことをいとも簡単に・・・・・・

 

だから、壁を作った。作ってしまう。

留学初日から見てきた、小日向さんの才能の片鱗。

けど昨日の一件は、私からすれば片鱗なんてレベルじゃない。

だって言うのに、彼は―――――

 

―――――その時かな、魔法に依存しなくなったは。

―――――まぁ、いいかなって。別に魔法が使えなくても。

 

魔法という神秘に対し、微塵も固執していない。

解らない。理解もできない。

だから、望まなくても壁を作ってしまう。

 

 

 

(・・・・・・けど、小日向さんは)

気にする素振りを微塵も見せない。

慣れているのか、式守さんに心配させまいとしているのか、どちらにせよあの人は至って普通に振舞っていた。

それが尚更、自分が子どもだと思い知らされているみたいで――――――

 

「・・・・・・式守さん、小日向さん、お昼で―――――」

(しーっ)

 

ガラス戸を開けながら声をかけようとして、式守さんに静かにするように言われてしまった。

不思議に思い首を傾げていると、式守さんが庭の芝生を指差していた。

 

「―――――」

 

そこには、なんていうか、まあ。

すごく無防備な、けれど無邪気というか、どこか幼く見えてしまう、小日向さんの寝顔が見えた。

 

「・・・・・・お、お昼寝中ですか?」

「うむ。まぁ、元々小日向は昼寝好きだからな。休日はいつもああしていると聞いていたのだが―――――」

 

苦笑しながら、けれど嬉しそうに微笑む式守さん。

そんな笑顔に気づきもせず、小日向さんはすうすうと寝入っていて――――――

 

「―――――!」

 

一瞬、視界が白く濁る。

ピントを合わせようと目を擦り、

―――――その光景に言葉を失った。

 

芝生の上で眠る小日向さん。

その周りを、ありとあらゆる精霊が飛んでいた。

自然精霊だけじゃない。色種精霊すら一緒に、小日向さんを見守るかのように、彼の周りに存在していた。

それに、彼の頭の上には、あの銀の精霊“クラウ”までもが。

 

(――――)

 

ああ、なんだ。

なんだか、解っちゃった。

あの人は、才能に生きる人なんかじゃない。

むしろ、あんな風に多くの人や、多くの精霊に“好かれる”人。

それを才能と呼ぶのは、なんだか無粋な気がする。

 

だって、そう。

あんなにたくさんの精霊に好かれる人が、悪い人のハズがない。

シルナ遺跡を守っていた、銀の精霊までもが彼に着いて来てしまうほどに。

 

 

「もう少し、あのままにしておいてやろう」

「・・・・・・そうですね」

 

式守さんと一緒に、眠る小日向さんを眺める。

日曜日の麗らかなお昼の陽気。

その下で、多くの精霊に慕われながら、そんなことに微塵も気づかないまま、彼は幸せそうに昼寝を楽しんでいた。

 

 

 

 

 

―――――いつか、お父さんに言われたこと。

―――――いつか、お母さんに言われたこと。

 

―――――精霊使いは、人間と精霊を繋ぐかけ橋となること。

―――――そんな古いしきたりなんか、いとも簡単に跳ね飛ばしてしまう人が、確かにいるのよ。きっと、どこかにね。

 

 

 

・・・・・・うん、いたよ、お母さん。

すごく変で、どこか抜けてて―――――けれど優しくて。

きっと何か凄いことをするんじゃないかって、そう思える人が、こんな近くに・・・・・・・・・